街が愉快な、聞き馴染んだ音楽に溢れる時期。
私は決まってあの頃のことを……数年前までの日々を思い出す。
信頼出来る仲間が居た。志を同じくした親友が居た。私を見てくれる、大勢のファンが居た。
あの大舞台で……たくさんの光を浴びて。色とりどりの光の波を、ステージの上から眺めていた。
七色のペンライト、溢れんばかりの歓声、満ちる音楽。目を瞑れば今すぐにでも思い出せるのに。
……街頭のショーウィンドウに積み重ねられた液晶に映るのは、美しい金髪を揺らす二人組。
妬ましい、と言うつもりもないし羨ましいわけでもない。
ならばこの胸に募る感情は……底のない穴を埋めようと、必死に物を投げ入れては落ちていく、そんな感情は。
…………後悔、なのかな。
聖夜。私が訪れたのは難波から遠く離れたモザイク市、名古屋。
この時期にのみ開催される特殊な大会……『SoD』の特別ルール版に参加すべく、遠路はるばるやって来たというわけだ。
都市軍のクリスマス会に参加するのも何だか気まずいし、かといって一人寂しく聖夜を迎えたくはない。
そしてこの鬱屈とした感情を少しでも誤魔化すように……私は、この薄暗く仄暗い排煙の街に降り立った。
光に溢れるあの舞台とはまさに真逆。こんな所に私が求めるものはないと……わかってはいても、それでも。
『おい、あれ……こるりんじゃねーの?』『マジかよ、この大会に出るつもりか?』『非リアの憂さ晴らしイベントに……』
参加者と思しき周囲の人々からは、そんな事を言いたげな視線がビシビシと飛んでくる。
……わかってる。それでも、私はいてもたっても居られなかった。どうせもう……守るべきプライドもないんだし。
配信用のカメラをセットし銃器の手入れを済ませておく。まもなく時刻は0時を迎える頃。
どうせ何をしても気持ちが晴れないのなら……せいぜい暴れて暴れて暴れ倒して――――――――
「あっ……あの!」「……へっ」
意識の外から投げかけられた言葉に、思わず小さく声が漏れる。
目を向けるとそこに立っていたのは……自分の歳の半分ほどの、まだ幼い少年だった。
参加者……にしては少々若いか。いかにも新米といった出で立ちの少年は、その手に銃……ではなく、色紙を握り締めていて。
「コルリさん……ですよね。ぼ、ボク……い、いつもコルリさんの配信見てて……」
思いがけない言葉に唖然としてしまった。そしてたどたどしい言葉でその少年は、俯き加減で話を進める。
「立ち回りとか、凄くうまくて……いつも、参考にしてて……コルリさんのおかげで、ボク……初めて勝てて……」
「そ、その……えっと……だから……ボク、コルリさんの……ふぁ、ファンなんです……!」
……緊張し、泳ぎながらもまっすぐとこちらを見据えるべく向けられた瞳。
純粋で、曇り無く……心の底からの真意で語られたその言葉に、私は思考を奪われてしまった。
ファン。私の、ファン?そりゃ私には……アイドルだった私には、数百ではきかない数のファンがいた。
でもそれは昔の話。アイドルファンなんて正直なもので、今では「私のファン」を名乗る人間などまず居ないだろう。
だというのに彼は……私のファンなのだと語った。私が活動していた頃にはまだ物心も継いていなかったであろう、その少年が。
ああ、そっか。
こんな私でも見てくれている人はいる。
表立って目に見えないだけで……画面の向こうで、私に憧れてくれる人がいるんだ。
その視線は、直接私の身体に届くことはないけど……カメラ越しに、ネット越しに。私を待ってくれている人が居たんだ。
今、目の前で向けられたその真っ直ぐな視線は―――――いつかあの舞台に立っていた時のような。
いや、あのときよりも心地良く……キレイな感触で。
「それで……も、もしよかったら……サインと、あ、あ、握手――――」
差し出された手を握り、少年の頭を撫でる。そして次に、生笑顔のおまけつき。
「……これでも昔はクールキャラで売ってたんだから。私の笑顔はプレミアモノよ?」
そんな言葉を返して立ち上がる。気がつけば試合開始の30秒前、そして聖夜を迎える30秒前だ。
どこか惚けた様子の少年も、カウントダウンを聞いて我に返ったか、頭を振るって己を鼓舞する。
……立つ舞台は違うけれど。あの日見た光も、歓声も届くことはないけれど。
私を見てくれる人がいる。私を心待ちにして、画面の前で応援してくれている人がいる。
それだけで―――――――もう後悔も、迷いも無くなった。
『SoD:ホリデー・ナイト・フェスティバル!レディ――――――』
戦場より、メリークリスマス。
数年越しの皆へのプレゼント、楽しんでくれるかしらね?