kagemiya@なりきり

SSスレ / 15

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フルチューンしたモーターを唸らせ、力の限り自転車を漕ぎながら螺旋坂を突き進んでいく。

「うっえ~~を向い~~たらぁ~星ぃがあってぇ~~~!」
「ぶぇっほ!うぇほぶふ……!ハルナ下手すぎ!!」
「うっさい!!なつかぁしぃ記憶にぃ涙ぁあふぅれ出すのぉ~~~!!」

ご機嫌に流行りの歌を歌いながら―――なのだが、シノが茶化してくるから怒鳴り返す。歌は声量だろ常識的に考えて。
トップスピードで坂の終点をジャンプし、強い冷風が顔を吹き抜ける。
屋上―――市民が出入りできる範囲では一番高い、モザイク市「神戸」の天板に位置する屋外エリアに出てきた私は、自転車を降りてすぐに駆け出した。
空を仰げば、宇宙。
手が届きそうなぐらいに満月が上り、夕刻であっても冬空はすっかり真っ暗な背景に星を散りばめている。
その優美さに一通り胸が沸き立つものを感じながら、その姿をより観察するべく巨大なバッグを漁り始めた。
鏡、紙筒、エトセトラ。見栄えは図画工作みたいだが、これでもカリスマ観測士マナカさん推薦の立派な代物だ。
キチンと組み上げていくと一端の反射望遠鏡に仕上がってくる。

「よーし快晴!今日はよく見えそうだな~っと」
「ふひーつっかれた……あんたよくもまぁ飽きずに見にくるわねぇ。今時外の天気なんて業者が見るもんっしょ?」

今のご時世、空調の効いた「神戸」の中では昔に比べて気象情報を見る者は少ない。
外壁の作業員が利用するポータルをわざわざ覗いて、絶好の観測日和か否かをチェックするのが日課になっていた。

「趣味に時間を費やすのはいいことよー?シノ」
「お勉強とかなさらないんですか……!?私たちそろそろ人生の瀬戸内海に立たされていることですよ!?」
「瀬戸際ね。私はカリキュラムの試験模擬A+判定だったから」
「あーそーでしたね……カリキュラム出たらどこに入るかも決めてるの?奏金?ラジアルメカニカ?」
「そこまではまだ……研究方面が肌に合うなら、三島でもいいかもね」
「あたしはストレガにしようかなー?美の研究とかそんな感じの」

もうそんな時期か。
もうすぐしたら、私たちの年代はHCUの育成カリキュラムを受けてどこかの企業の社員を目指すか、外に出て自由と責任を謳歌するかを決断する。
私たちの言うことやることは大人曰く、聖杯がやってくる前とさして変わらないとか。
聖杯、サーヴァント。私はまだ後者を持ってはいないけれど、この辺の順応は皆割と早い。
テレビじゃ今後の危険性を訴えたりもしたが、すっかり聞かなくなったあたり誰も関心がないようだ。
ここはそんな街だ。
現在に熱狂し、過去も未来もキャッチーでなければ沈んでいく。爆ぜる泡の如きモザイク市。
対して、何千年も変わらず在る星々のなんと静かなことか。
―――などと感傷に浸るが、最新式の端末で望遠鏡の連動アプリを弄りながらだと説得力が無いかもしれない。
まぁ、結局何をするにしても楽観的にテクノロジーを頼るのが、良くも悪くも私たちの種なんだろう。

「まぁまぁ、そんなことよりジュリもどう?星見る?」
「えー……天の川どこ?織姫様に出会いをくださいって一念送りたいんだけど」
「今は冬だし……」
「あーじゃあアレ、あのでっかいの何?何等星?」
「……あぁ、アレは一等星より明るいやつで―――」

―――
――

―――上を向いたら、星があって。

空を仰げば、天井。
どこまでも上部構造は高く、真っ暗闇を背景に朽ちかけた人工太陽が頼りない光量で地上を照らす。

―――懐かしい記憶に、涙溢れ出すの……

2025年

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