まだ考えない人
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2024/12/09 (月) 21:50:22
ライラ・ニーニコスキは、窓から外の景色を眺めていた。
一定の間隔でチェコ空軍機が飛来し、山の麓めがけて爆弾を落っことしていく。
着弾のたびに地面が吹っ飛び、木々が燃え上がり、土煙が上がる。
「…まさか、一日中爆撃するつもりですか?」
ライラが振り返って、後ろに立っていたテオドル・リネクに質問する。
「なに、どうせ敵の主力を叩くついでさ。元は取れるよ」
「ハンネス大佐もこんな強攻策を取るんですね… お、ようやく音が聞こえた」
会話をさえぎるように、爆発音が遅れて響いてくる。
(多分、あの下は酷いことになってるだろうな)
この音を聞いて、ライラ・ニーニコスキはそう思った。
通報 ...
「こちら本部より第347大隊本部へ! 状況報告はどうなってるんだ!?」
「こちら大隊本部、昨日の夜から敵機がずっとこっちに爆弾をぶち込んでる!
…ああクソ、敵機来襲! 総員迎撃態勢を」
そこまで言って、マイクを通して爆発音が聞こえ―
無線が急に途切れた。
「こちら本部、どうした!? 応答しろ! 繰り返す、応答しろ!」
大声で無線機に向かって叫んでいる指揮官を横目に、刘梓萱は冷たい視線を向けながら言い放った。
「爆撃されて消し飛んだっぽいな。
全く、あんなハエ一つ叩き落せないってどうなってんの?」
「おい、刘! いくらお前が強いからって、そんなことを言うな!」
刘梓萱…「南昌の暗殺者」。
この地域における反撃の要として、上層部が送ってきた凄腕の狙撃手だ。
…だが、戦線は全く動かずむしろこちらが押し込まれている。
そもそもの話、戦車エースやエースパイロットなどならまだしも
こんな狙撃手一人で戦況が好転するわけがない。
無線機を握りしめながら、この不運な指揮官…
李 梓睿(リ ジルイ)はそんなことを考えていた。
「…降伏も選択肢の一つに入れるべきかもしれんな」
無意識に独り言をつぶやく。
だが、トラスト最強の兵士の一人とまで言われた彼女が
その言葉を聞き逃さないわけがなかった。
「たかがチェコ軍程度に、こんなことで引き下がるって言うのか?
全く、どうしてこんな臆病物が指揮官になれたんだ」
「留まるのは無理だ!
もはや、我々には補給も弾薬もない!
しかもそのうえ、対空火力は全くと言っていいほど無い!
これじゃ死を待つようなものだ!
…それとも、お前が敵機を全部撃墜してくれるのか!?」
思わず条件反射的に言い返す。
「ああ、できるよ。 今から撃ち落としに行ってくるか?」
(畜生… どうして上は、
こんな狙撃がうまいだけのガキを寄こして来たんだ!?)
とにかくここで引き下がっては、自分のプライドに関わる。
考えなしにそのまましゃべり続けた。
「ああ、撃ち落としてこい。
…命令だ、刘梓萱少将。
後方に行って撤退する見方を支援してくるんだ」
「分かったならいいさ。行ってくる」
そう言って、彼女は司令部から出ていった。
彼女が見えなくなったぐらいのところで、
指揮官は自分の部下を呼びつける。
「どうしました、李隊長?」
「生き残ってる部隊全員に伝えろ。
「総撤退の準備をしておけ」とな…」
2時間後、刘梓萱は最前線の野戦指揮基地に回されていた。
もっとも、基地と言っても連日の空爆で
ほんの少しのテントと通信アンテナぐらいしかなかったが。
雲った空を、チェコ軍の攻撃機が我が物顔で堂々と飛行していく。
「畜生、銃弾さえあれば…」
刘梓萱は、ライフルを持ちながら空を見上げていた。
少なくとも、敵機に対する攻撃はうまくいった…
たったの2回だけ。敵機は今までで5回来たが、
3機目に銃弾を叩きこんでそこで弾薬が切れた。
今は仕方がなく狙撃銃を捨て、代わりに死んだ味方から借りた
チェコ製のマークスマン・ライフルを持っている。
味方も対空機銃すら無く、そのせいで昼夜ぶっ続けで爆撃を食らっている有様だ。
そして現在進行形で、彼女の頭上にはありとあらゆる爆弾が降り注いでくる。
しかも、狐を巣穴から追い出すように包囲網の奥から手前に向かってゆっくりと。
「畜生、畜生、畜生…」
イラついているところに、再びチェコ軍の航空機が飛んでくる。
「…死にやがれ、この野郎が!」
そう叫びながら、空に向かって銃を乱射する。
何発かの銃弾は敵機へと向かっていったが、1発も届かなかった。
遠くから爆発音が聞こえてくる。
上空を呑気に飛んでいるパイロットは、
いったいどんな馬鹿らしいことを考えながら任務をしているんだろうか?
この音を聞いて、刘梓萱はそう思った。
「気をつけ! 」
ハンネス大佐が
その言葉を言い終わるか終わらないかするうちに、
周辺にいた部隊から引き抜かれてきた精鋭兵たちが
一斉に立ち上がった。
「いいか… 今から、君たちに重要な任務を伝える。」
その言葉を聞いて、辺りがざわめいた。
「今回の任務内容は、刘梓萱、通称「南寧の暗殺者」の殺害…
と言ってもあくまでその支援だ。すぐに終わる。」
さらに辺りがざわめく。
「…もう一回言うが、あくまでその支援だ。
ひょっとしたら、すぐに終わる可能性すらある」
そう言って、ハンネス大佐は壁に移っているスクリーンを操作するための
リモコンのボタンを押した。画面が切り替わる。
画面には、簡易な野戦基地の空撮写真と
刘梓萱の不鮮明な写真が映っている。
恐らく、無人偵察機が撮影した物だろう。
「今回の作戦の詳細だが、二個分隊による単純な夜間襲撃だ。
なお、開始数分前に攻撃機が焼夷爆弾とロケット弾による事前攻撃を行う。」
それと… 弾倉に入ってる弾は、全て曳光弾だ。
焼夷効果と見た目で圧倒できる。分かったか?」
「了解!」
全員が同じタイミングで回答する。
「作戦開始は明日の午後10時半だ!
それまで各自準備を行っておけ!」
そう言い終わると、ハンネス大佐はドアを開けて部屋から出ていく。
それに続くように、兵士たちも各自バラバラに部屋から出ていった。
暗闇の中で、真っ黒な迷彩を施した装備を着けた
チェコ軍の2個分隊が地面に伏せている。
全員が暗視ゴーグルが付いたヘルメットを被り、
レーザーサイト・サイレンサーが取り付けられた銃を握っている。
…そして、誰も微動だにしていなかった。
「作戦開始まであと10秒です」
「そうか」
「あと5秒」
「4秒」
「3」
「2」
「1…」
ちょうど言い終わったタイミングで、
ジェット機の轟音が聞こえてきた。
爆弾が落ちていく音とロケット弾が飛んでいく音が聞こえ…
直後、その全ての音が爆発音でかき消される。
「始まったぞ! 行け!」
それを見て、強襲チームが一斉に移動を開始した。