ちょ、足引っ張るのやめてもらっていいすか!
その2つのパターンでも例外的な(同じ結論にならない)ケースが存在すると言ってるんだよ。
理由が書いてるのは見ればわかるけど、それらの理由だけでは「1の名言を見たとき錯覚するやつは知性のないやつだ」とは言い切れないでしょうって話をしてるの。
錯覚にもいろいろあるだろ。
だから理由があるにせよその結論の出し方は「言いすぎじゃないの」って最初から指摘してるんだよ。
「分かりにくい」とか「文章が長すぎ」とか「余計な説明しすぎ」みたいな指摘はマジで知性低いな~と思う
これだけじゃ知性低いとは言い切れないし。
その指摘の中に恐ろしく知性を感じさせる文脈が含まれている場合もあるでしょう。
まさに状況によっては名言になりえるかもしれない。
『お前の文章力が低いんだ! vs お前の理解力が低いんだ!』ってバトルは今までさんざん目にしてきた
(たいていの場合は読み手の理解力、読解力の問題だと個人的には思ってます)
今回は読み手に軍配が上がったっちゅーことでええやん。
何が不満なんや!もうええやろ!
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例外的ケース・・・って言ってるけど
これらに関しては「それ例外じゃないんですけど」って説明を既に済ませてるぞ?
前者・・・つまり実際に新発想を得られている場合は、俺が批判している「新発想を得た(悟った)という錯覚」に当てはまってないし、後者の「錯覚ではない場合」なんてのは「錯覚するやつは知性がない」の要項にそもそも該当していないわけだから、それはもはや例外でも何でもなくただの別件だろ?
他に「それ以外の例外的ケース」って何かあるか?
提示されたものはだいたい否定(俺の言い分と矛盾せずに両立可能であることを説明)できていると思うんだが。
それってもちろん
「その説明は不適切だ!(誤解されかねない!)」って感じの指摘ならまだいいんだけど
このあたりも踏まえたうえで言ってるんだよな?
だとしたら>> 27の後半(文章ってのは人に読ませるために~以降)で俺が主張している理屈をへし折ってもらう必要が出てくるぞ?
「分かりにくい」とか「文章が長すぎ」とか「余計な説明しすぎ」みたいな指摘は知性が低いと思う・・・という意見の理由がその後半部分に書かれているわけだからな。
なんつーかこの辺マジで重複してるし、なごむに対しても>> 137で「この部分を読んでくれ」と理由部分を再掲示してるので、重複してる自覚があるならしっかり読んでおいてほしいんだけど
文章の長さの「適量」はどこなのか、説明の粒度の「適量」はどこなのか、って問題になってくるね。
この辺をもう一度しっかり読んでほしい。
「今から話す相手は高校生である」と事前に確定している家庭教師がわざわざ四則計算のイロハから説明し始めるのは「適量を超えている」ので無駄に長い説明と言われても仕方ないだろうけど、どの程度の予備知識を持っているか定かではない不特定多数の読者を想定して書かれた文章に「無駄に長い!」って評価を下すのめちゃくちゃ横暴じゃね?
「今から話す相手は小学生である」と事前に確定している家庭教師が説明もなく関数のグラフを用いるのは「適量に届いていない」ので説明不足と言われても仕方ないだろうけど、どの程度の予備知識を持っているか定かではない不特定多数の読者を想定して書かれた文章に「説明が足りていない!」って評価を下すのめちゃくちゃ横暴じゃね?
「自分にとって丁度いい分量じゃないからダメ!」みたいな横暴な審美眼を持つ知性なき読み手が、喧嘩界隈には溢れかえっていると日頃から感じている所存です。
この説明を経て、なごむは「確かに横暴だと思う」てな感じで誤解を認めてくれたぞ。
他にも、第2次世界大戦に関する歴史を説明する例とかも出した記憶があるな。
そういうコンテクストを踏まえてもまだ疑問に思う部分が残るのであれば
知性が低いと思う俺の意見の理由部分をぜひ崩してみてくれよ。
もう少し具体的にノルマを述べるのであれば
「その説明は不適切だ!」って感じの指摘(共有可能な予備知識を根拠とする指摘)はともかくとして
「分かりにくい」とか「文章が長すぎ」とか「余計な説明しすぎ」みたいな指摘をする喧嘩師は知性がない。ぼくに丁度いい文章を書いてくれない人は無能!と横暴で傲慢な戯言を並べているのと同じだ
この主張を否定できるかどうか、って話になってくるわな。
まぁそもそも「俺はこう思ってるんだけど、誰かこれ否定できる?」と挑戦者を募る感じで>> 27を書き込んだ俺からすればただの原点回帰に過ぎないんだけど
「詠み人知らずが述べた条件を満たしつつ知性を発揮できるやつ(例外)がいる場合もある!」みたいな想像や可能性の話ではなくて、俺が説明した理由や根拠を否定できるのか?っていう実践の話なんだよな。
俺を言い負かすことができるやつが現れたら、俺はそいつを「知性なき者」として扱えなくなる
言ってしまえばそれだけの、喧嘩オタク的には当たり前の構図だ。
マジでお前こそ俺の文章を読めよ…。
言い返せなくなったら別件として扱うのかよw
「1の名言を見たとき錯覚するやつは知性のないやつだ」って言ったのはお前だし、お前が想定できてない錯覚とか知らねーよw
「犬ってマジ頭悪いよな」って言説があったとして、「いやでも警察官のシェパードとかめっちゃ賢くね?」って言ったら「いやそれは俺の言う犬じゃないんだよ」って無理ありすぎw
どの場面でどういう理由を記載してたとかやたら強調してくるけど、理由があるからって言いすぎなことに変わらないし、言いすぎであることを否定するのに例外の話で十分だろ?
ちょっと表現ミスったわの一言くらい言えんのかよw
そんなんやからお前砂漠に勝てへんねんw
>> 184
ふぅ~ん・・・
何だかんだ言ってるけど最終的には「断言したな!?そうでない可能性もあるだろ!」って感じのアゲアシスタイルを選んでしまったってことか
なら分かりやすい言い方でもう一度言わせてもらうけど
想定済みだし対処済みなんだが?
相変わらず5までしか理解できてないのに6まで理解できたと錯覚したり
7まで理解できただけ(昇華できたのは2だけ)なのに8まで理解できたと錯覚したりする
・・・といった知性のない現象が起こる
この一連のコンテクストをしっかり踏まえろよな。
こちとら「2だけ昇華できた」の部分を錯覚として扱った覚えはねーよ。
そもそも「偏差値40のおそるべきバカこそが読み手のスタンダード」ってのはお前が持ち出した名言においても言われてる事だろ?
というわけで
俺は「犬ってマジ頭悪いよな」なんて端から言ってねーんだわ。
アゲアシスタイルなんて人聞き悪いな。
お前が適当なこと書いてたから注意してやっただけだろ。
ガード固めすぎ。
素直にアドバイス聞き入れとけや。
一連のコンテクストどころかお前の当初の言い分に沿ってずっと意見書いてるけど。
『5までを語り10を悟らせる』のが名言なんだろ?
そのうえで名言というのは決して真理を語った言葉ではなく、あくまで「真理を語っていると思わせるポエム」に過ぎないって考えなんだろ?
だから読み手次第で「真理を語っていると思わせるポエム」に過ぎないことはない、むしろそれ以上の価値を与えることも知性のなせる業と言えるので一概に名言をオリジナル解釈で錯覚した奴が「知性がない」とは言えないって話しとるだけやぞ。
実に喧嘩ヲタク的な意見だろうが。
俺がはあちゅうのつぶやきを出したからなんなんだ?
俺は「日本の人口の大半を占めているバカに目線を合わせることでより多くの理解や共感を得る」という反響の多いつぶやきのギミック程度しか触れてないんだが?
むしろ5までしか言ってない俺の文章を受けて6(錯覚する奴はバカ)まで悟ったと錯覚した知性なき読み手がまさしくお前で、だからこそ理解や共感を示す奴の中にバカじゃない奴もいるって話をしてるんだがw
この>> 114の時点で、なぜ新たな気付きを得た(昇華した)ことも含めて「錯覚」として取り扱ってるわけ?
別に俺はそこまで言ってないうえに、新たな気付き(昇華)があろうがなかろうがギミックの説明に不足はないと思うが?
『1を元にして2~5の道のりを自らの想像力で歩んだ読み手は、新たな気付きを実際に得る(昇華する)ことだってあるし?
それはお前も認めてるところだよな?
その錯覚を否定すれば「俺が言った錯覚とは違う」「否定してない」ってなんだそりゃw
ちゃんと『1を元にして2~5の道のりを自らの想像力で歩んだ読み手は、新たな気付きを得た(昇華した)かのような錯覚を抱く』って書いとるがなw
じゃあ『1を元にして2~5の道のりを自らの想像力で歩んだ読み手は、新たな気付きを得た(昇華した)かのような錯覚を抱かないこともあるので一概に言えない』ですでに論破されとんねんwええ加減にせえやw
ってことで、言うまでもありありだろうがw
もう自分で何言ってるかわかってないんじゃねーのか?
ブレブレすぎワロタ。
>> 186
だから何なんだよ・・・
想定済みだし対処済みなんだが?
オリジナル解釈するやつは知性がない!とか一切言ってないのでコンテクスト再確認ヨロシク😓
その「オリジナル解釈」ってのが元々知っていた5を超えているのであれば
それ即ち悟れた(昇華できた)ということなんだから「悟った(昇華した)という錯覚」にそもそも該当しねーだろ・・・
もう一度言うけど、俺が「錯覚に陥っている、知性がない」と批判している対象は
6以上の領域に足を踏み入れた錯覚に陥ってるヤツ
8以上の領域に足を踏み入れた錯覚に陥ってるヤツ
主にこの2つのパターンだぞ?
書き手の意図とは異なるオリジナル解釈することを錯覚と呼んでるのは、お前だけだよ・・・
つーわけで「一概に言えないだろ!」とか言われても「俺そもそもそんなこと言ってないんですけど」って話にしかならんのだわ
直截簡明に言わせてもらうけど
「何かを悟ったと錯覚するやつは知性がない」
に対して
「本当に何かを悟るやつも中にはいるだろ!」
ってのは反論になってねーんだよw
はああ?w
なら、「1を元にして2~5の道のりを自らの想像力で歩んだ読み手(オリジナル解釈)」は、「新たな気付きを得た(昇華した)かのような錯覚」に直結しないんだがw
それ錯覚じゃないパターン存在すんだろ?
なんで「1を元にして2~5の道のりを自らの想像力で歩んだ読み手」ってだけの前提条件でさも錯覚することがあたりまえのような書き方してんだよ。
書き手の意図に対して悟ることを錯覚と呼び始めたのはお前だろうがw
そもそも、5まで悟らせる文章を自分の想像力で5まで悟ったらそれもはや錯覚じゃねーだろwww
書き手の思い通りきちんと解釈しとるやんけw
ちゃんとコンテクスト拾って反論してたのにずるずるトークダウンしやがって。
もうやめとけっての!
>> 188
だからコンテクストを考慮してくれとあれほど言ったんだけどなァ
このくだりは、遡ること>> 110や>> 112の時点で説明済みなわけだが
「1~5までを既に心得ている読み手」というのも前提条件として書かれてるだろ
>> 119の図解も再確認してくれ?
もともと5まで知っていた読み手が 1だけ書かれた抽象的でポエミーな名言を読んだとして
その際に
でも実際のところ理解できてる範囲は相変わらず5のまま。
8や9ないし10まで悟ったかのような錯覚に陥るやつ。
上記のような読み手って知性ないよな~・・・ってのが俺の言い分だぞ?
1~5とかいう表現だと理解しづらいのかもしれないということも考慮して、具体例も既にいくつか出してるんだが・・・
🔸具体例1
「働くために生きるよりも人生を良くする手段として働くほうが良い」という発想は、ソクラテスに言われるまでもなく大半の人が心得ている内容なわけだが
その発想をもともと心得ていたにもかかわらず、ソクラテスの言葉を聞いた際に「確かにその通りだ!働くために生きるより生きるために働くほうが良いじゃん!悟らされたぜ~名言だわ~」ってリアクションするやつは知性がない
理由は明白。もともと知っていたことを再確認しただけだから。
🔸具体例2
意識を集中させずただボケ~っとCMを眺めている状態の人間は、試験で問題を解いているときと比べてアホである。
そんなことは電通の先輩に言われるまでもなく大半の人が心得ている内容だ。
そのことをもともと知っていたにもかかわらず、はあちゅうのツイートを見て「CMは意識を集中させてない状態の人でも理解できるように作った方が良いのか!なるほど!悟らされたぜ~」ってリアクションするやつは知性がない。
理由は明白。もともと知っていたことを再確認しただけだから。
・・・てな感じよ。
というわけで
これに関しても
「自分の想像力で解釈した場合それは錯覚である」とか一切言ってねーから・・・
自分の想像力で到達できたのが5(もともと知っていた範囲内)であるにもかかわらず昇華したと感じてしまうことを錯覚と呼んでるわけ
あるいは、自分の想像力で到達できたのが7(昇華できたのは2だけ)であるにもかかわらず8~10の領域まで到達できたと感じてしまうことを錯覚と呼んでるわけ
解釈の内容がオリジナルであることを知性がない理由として一概に直結させた覚えは一切ないんだが?
それが例えオリジナルの解釈であったとしても「もともと持ってなかった発想を新たに手に入れた」のであれば、何かを悟った(昇華できた)という感想は錯覚ではなく紛れもない事実である、別にそこは否定してないからな。
「再確認の道のりを自分の足で歩いた」ことは錯覚じゃないし一定の知性がないとできないことだと思うけど。
事前に心得ていることであったとしても、想像力によってある領域まで前進したならそれ自体は事実だし、学校のテストだってありとあらゆる始点から解答までのプロセスの再確認の連続みたいなもんだと思うけど、どう考えてもそれをバカって一括りにするのは言い過ぎだろw