反対意見です。(「現状、唯一、最高」はちょっと長いのでひとまず以下「暫定表現」とします。)
まずこの議論は「1.誰が」「2.何をする時」「3.どんな手間が」生じるのか、と言うところにポイントがあると思います。
暫定表現がある場合は木主の言う通り、
a…「読者が」「記事を読む時」「暫定表現が正しいか確かめる手間」
b…「編集者が」「アップデートがある時」「更新/変更する手間」
そしてbの時を逃した場合
c…「編集者が」「更新の必要に気付いた時」「暫定表現から更新変更すべき要素を探して確認する手間」
が生じますが、読者のaの手間はbcが機能すればある程度は無くすことのできる手間です。
対して暫定表現がない場合は
d…「読者が」「記事を読む時」「何が当てはまるのか、他に当てはまるものがないか確かめる手間」
が生じ、これは消えることのない手間です。
天空の刃の例なら
「1.4現在」を「2.5現在」に更新する時にcの手間として「1.4以降に追加された片手剣キャラが雷主人公、神里彩華、楓原万葉の3人であること」と「その3人の爆発CTが15秒以上であること」を確認する必要がありました。そしてbの手間としてこれから「片手剣キャラが追加される度」に確認し必要なら更新する手間が生じます。
一方暫定表現を無くし刻晴アルベドを例として挙げるだけに止めた場合、祈願で偶然天空の刃を引いて武器ページを見にきた読者には常に「他に爆発CTが12秒以内に収まっている片手剣キャラは誰か」を確かめる手間が生じ、片手剣キャラが増えれば増えるほど、その時々一回の手間は増えていきます。
つまり
更新が遅れ「読者にaの手間が生じる」可能性のあるリスクをとりながらも「編集者に」「bこまめなチェック/cそこそこの確認作業」を強いるのか、
更新の必要をなくして「読者に」「dその時々に状況に何がどう当てはまるか確かめること」を強いるのか。
ということだと思います。
そして自分としては
い「記事は読者のためにあるので、編集者の手間を減らすために読者の手間を増やすべきではない」
ろ「編集者は一人ではないのでbcがある程度機能することが期待できる」
は「一度でも更新が行われていれば、その後bcが機能しなかった場合のaの手間はdの手間よりは少ない」
に「aの手間が生じた際はコメント機能等により記事の更新が期待できる」
の4点から「現状/唯一/最高」などの表現を控えるという方針は、必要ないと考えます。
長文失礼しました。
記事は読者のためにあるは確かにそうですね、素晴らしいと思います。その上で
天空の刃のページが修正されたのが2,3日前なのですが、Ver1.5の開始が昨年の4/28なので約1年放置されてました。(その後追加された片手剣の万葉からカウントしても半年以上)
閲覧数の多いキャラページはともかく、それ以外のページになればこのリスクは高まります。
これだけの期間放置された事実がある中で、誰かが直すだろうと楽観視するのは問題だと思うのですがいかがでしょうか。
実はaとdの手間は変わりません。
仮に今現在「v1.4現在刻晴・アルベドの二人。」という文章を見た時、読み手は「情報古いし本当に全キャラでこの2人だけなのか?」となります。
これは情報が古くなればなるほど文章の信用性も下がります。
そうなるとaもこの2名以外の全片手剣キャラを確認する必要があり、これは編集者bcが修正する際にも当てはまります。
理由①バランス調整や新装備の追加で変わった可能性がある②今のデータが正しいとは限らないから
(爆発のCTはともかく、元素熟知やモナダッシュの調整などはありましたし)
後発組の人ほどいつどんなアプデがあったか知らないですからね。
wikiに書いてる事は全部正しいから自分で確認しなくていい、と言うならこの手間は発生しませんが…
逆に
この場合って暫定表現があっても、wikiを盲信する人でない限り結局手持ちの片手剣キャラのCTは確認すると思います。
なので手間とリスクが一緒…どころか増える場合もあるので出来るなら避けた方がいいと思いました。
確かに10ヶ月或いは半年放置されたページもありますが
少なくともこの「閲覧数の多いページ」に関しては適切な頻度で更新が行われ、読者の手間が減っているのは確かなはずです。
「手間とリスクが一緒…どころか増える場合もある」とあるますが、増える場合があったでしょうか?
「実はaとdの手間は変わりません」と仰いました。
もちろん、暫定表現が古ければ古いほどその手間の量は近くなりますが、逆に新しければ新しいほどaはdより小さくなります。逆にaがdより大きくなる可能性はありません。
「後発組の人ほどいつどんなアプデがあったか知らない」のはその通りですが、「知らない人たち」にはaとdの手間は変わりませんが、「知っている人たち」の手間は減らすことができます。
「wikiに書いてる事は全部正しいから自分で確認しなくていい」という「wikiを盲信する人」でなく結局手持ちを確認する人たちに「暫定表現があっても」生じる手間は逆に暫定表現が無くても生じるので、aとdの手間は変わりません。
であればどの場合であってもa≦dであり読者側の手間が増えることは無いはずです。
また木主の仰る
「情報が古くなればなるほど文章の信用性も下がる」という意見には同意しかねます。
ver.の明記が有れば例え古くなった場合でも「そのver.の時点ではそうだった」ということの信用性は変わりません。もし古くなったことにより文章の信用性が下がるのならば、暫定表現を無くしどの時点での情報に基づいた記述なのかわからない文章がどうして信用できると言えるでしょうか。
横です。読者をとるか編集をとるかは判断が難しいためその点についての言及は避けますが。
編集がないことを前提で考えたほうが良いと思います。様々なwikiをみてきましたが「気づいて編集する」人は稀です。
なんなら別コミュニティで「wikiのあの情報間違ってんだよね」と言われることすら放置されたままになります。
閲覧数の多いキャラページが例にあがっていますが、最近バーバラのページの聖遺物や運用を編集しましたが初期に書かれたままの部分も多くありました。
上の方も仰るようにキャラページの中でもバラツキがあります。
「人気ページは更新されるしそれ以外のページは仕方ない」となりますが、それなら尚更ある程度更新されなくても余計な誤解を与える説明は避けた方がいいと思うんです。
この説明を見た時、「wikiにこう書いてるから1.4以前のキャラのCTは見なくて良いや」とはならないですよね?これは1.4時点で見た場合も同じです。
そうなると一度は自分で持たせたいキャラデータを確認してるので、ここの手間はa=dになります。
※こうならないのは(一度調べた事があるor全キャラのデータを覚えている人)ですが、その人ならdの場合も追加で調べる必要はありません。
それに加えてこの文章に気づいた人は「現在も刻晴・アルベドの二人だけか」という正確さを確認しなければいけません。
これはbcの手間ですが、バージョンの数字がズレる度に確認する必要が生まれます。
この説明なら後から新キャラが追加されても別に修正の必要はありませんし、CT12秒という要点が伝わればプレイヤーは自分で応用できます。
もちろん持たせたいキャラのCTを確認する必要はありますが、その手間は上で述べたa=dとなります。
なのでa=dだけどaにはbc分も追加される、でしたね。
例の天空の刃については「爆発CT12秒以下ならループ出来る」というのが要点ですので、これが伝わるならbc分の手間が浮くBがいいなと思った次第です。
当然私も全部が全部変えられると思っていません。
どうしてもA→Bにした時に要点が伝えられない場合は当然Aの方が良いです。
ですので安易に誇張表現を使いたくなっても、最大などの誇張が本当に必要か考えようと言った提案でした。
まず「「wikiにこう書いてるから1.4以前のキャラのCTは見なくて良いや」とはならないですよね?」について
全員が全員几帳面な読者というわけではありません。少なくとも私が読者であれば「1.4現在」とあればそれ以降に追加された要素だけを確認するはずです。
木主の想定する読み方をする読者だけを見てaとdは同じ手間であると結論づけるのはa<dとなる様な読み方をする読者の存在を無視していると言わざるを得ません。
その上で「bc分の手間が浮くBがいい」について
もちろんbcが行われず放置されれば読者のaの手間はdとほぼ等しくなっていきますが、bcがある程度機能すれば読者のaの手間が減る可能性があります。
読者の手間を減らせる可能性を始めから捨てて、読者に手間を強いながら後々の編集の手間を減らすための編集をしましょうというのには同意できません。
そして最後の「安易に誇張表現を使いたくなっても、最大などの誇張が本当に必要か考えよう」
これに関しては全面的に同意します。しかしこれは編集作業全般に言えることで、暫定表現に限った話ではありません。
であれば暫定表現の有無や妥当性も含めた各記事の記述はそれぞれ個々に推敲されるべきものであり、方針として今ある暫定表現を削除したり新規に使うことを控える必要は無い、という反対意見でした。
それはもうお互いの想定するa,dの比率に違いがあるので収拾つかないですね
(私はwikiでも間違っている可能性はありますし、単純に自分も気になるので可能なものは自分で調べます)
この先は不毛になりそうなので天空の例えについてはこれ以上追求しません。
ただ半年以上も機能しなかった記事があるという事は記憶に留めておいてください。
「暫定表現の有無や妥当性も含めた各記事の記述はそれぞれ個々に推敲されるべき」
こちらは確かにそうですね。私も無闇に削除・禁止しようという訳ではないので、暫定表現を見かけた時や使おうと思った際は、他に適切な書き方がないか考えてほしいという提案でした。