彼女の声は裏路地にこだまする。
ー、
彼女は死体の方へ、片手で死体を掴み上げる。
「…」
「ピッ…"死体のまねは見飽きたんだが"…ッー」
「ばれてた、か」
死体の首は急に彼女の方を向き、掠れた、人とは思えない声を発する。周辺に飛び散った血が、肉片が死体に向かって逆再生されたように集まる。銃弾による穴をふさぎ、うつろだった目は確かに彼女を鋭い眼差しで見つめている。
そんな異常な光景にも彼女は動揺することなかったが、死体に対して機械音声ながら嫌悪感を隠さない。
「ピッ…"化け物が人間の真似をするな、お前はザハールじゃない"…ッー」
「化け物、か、君もでは。リューディア。いや、アデリーナか」
「…」
「…私の、所属して、た、医療団、ザハールという人間、いた。彼、ここのあたりで、尊敬されていた、人物だった、らしい。死んだと聞いて、ここの人、とても悲しんだ、そうだ。」
"死体だったもの"はリューディアの手から離れ独りでに動き始める。始めは人の動きではなかったが段々と人として動き始める。先ほどよりも口調は流暢になり、声も元の老人と同じになる。
「人を理解するために、私は考えた。その人々は"ザハール"が生きていることを望んでいる。なら私が"ザハール"になればその人々は喜ぶはずだ。だから"ザハール"を食って私が"ザハール"になった。違うか」
「…、ピッ…"それが正しいと思うならお前は人間になれない"…ッー」
「…人間というものはわからないな」
リューディア達のいる裏路地を更に黒い影が覆う。上を見上げると、1機の黒く塗装されたヘリがエンジン音を響かせながら上空でホバリングしていた。上からロープが垂らされ、数人が降下してくる。全員が銃で武装し、降下してすぐリューディアと彼に銃を向ける。あきれた様子を見せながら両手を挙げた。
「M168、撤退命令が出ている。直ちに目標を回収して撤退しろ。最優先命令だ」
「…やはり、人間というものはわからないな。同族同士で争って、同じ国家に属するのにこの様子か」
隊長らしき男がリューディアへそう告げ、彼女は無言で頷いた。一通り部隊を回収したヘリは現地を後にした。
・リューディア
リューディア・ヨハンナ・カウハネン。偽名として「アデリーナ・エラストヴナ・ヴラジーミロヴァ」という名前もある。
・"ザハール"
人に化けたカッル。久々の登場。
・M168
第168臨時特務予備連隊。リューディアが単独で所属している。
・第14特務連隊
台湾でのルェン襲撃時に壊滅し、ベアトリスにより再編されたErbsündeⅡ。