アフリカ某所、高層建造物はなく低い家屋が広がっている。表通りこそ市場で賑わっているが、家屋の裏には迷路のような路地裏が形成され、知る人ぞ知る抜け道となっていた。
そんな路地裏を走り抜ける初老の男、何かに追われているように必死で走り続ける。
「はぁ…、はぁ…」
"追手"が見えなくなり、ふと家屋との間から表通りを覗く。行き交う人々の中で、迷彩柄に身を包み銃を持った者たちが右往左往している。あの肩の紋章…、明らかに帝国のものだ。
何故、彼らに追われているのか分からず必死に逃げていた。
「いたぞ!」
「…!?くそっ」
老人を見た兵士たちは咄嗟に駆け出し、老人も必死に逃げた。
ー、ただ年齢的にも肉体的にも老人は限界で、息を切らしながら逃げることしかできなかった。
死にそうになりながら裏路地を駆け抜け、途中のT字路を曲がったとき。
────目の前にあったのは壁であった。
「ピッ…、"追いついた"…ッー」
後ろから聞こえてきた声、…女の機械音声の主の方へ振り返った。杖をつき、頭に何かVRゴーグルのような機械をつけた女性と、老人を追いかけていた兵士たちの姿が目に入り腰を抜かして壁の方向へゆっくりと後ずさりする。
「な、何なんだ君たちは…!?…私に何か用か!?」
「ピッ…、"名前は"…ッー」
彼女は突然、そんな質問を口にした。困惑する老人は少し間を置いて質問へ答える。もう逃げる気力も、体力もなかった。
「…ザハール・ドナートヴィチ・シゾフだ」
「ピッ…、"ザハール、NGO団体に所属し第二次連邦内戦期に各国の医師と共に現地入りした。…間違いないか"…ッー」
「あぁ…、間違いないが…、何故それを…?」
「ピッ…、"そうか"」
女性の機械音声は、急に声色を変えた。
「ピッ…、"帝国では君は死んだことになっている。第二次連邦内戦中に旧連邦残党軍の空爆で、何故ここにいる"…ッー」
後ろの兵士たちが一斉に銃を構え、銃口は明らかに老人を狙っていた。老人は一気に青ざめ、咄嗟に声を出す。
「お、おい!?やめ」
命乞いもままならず、数多の銃弾が老人の体を蜂の巣にした。血しぶきが壁に広がり、息絶えた老人はその場に倒れ込んだ。
「ピッ…"回収は私がやる、他は持ち場に戻れ"…ッー」
「しかし…、これは第14特務連隊、M168の合同作戦で主体は我々です」
「ピッ…"こういうものの扱い方は私が一番わかっているのでは?それに、貴方方はまだ再編されて間もない"…ッー」
「…それはそうですが…、」
少しばかりの沈黙の後、最小限の人員を残して他は散開していった。そんなことにも目をくれず、彼女はずっと老人の死体の方を向いている。まるで目が見えているかのように。
「ピッ…"生きているだろ、お前"…ッー」
彼女の声は裏路地にこだまする。
ー、
彼女は死体の方へ、片手で死体を掴み上げる。
「…」
「ピッ…"死体のまねは見飽きたんだが"…ッー」
「ばれてた、か」
死体の首は急に彼女の方を向き、掠れた、人とは思えない声を発する。周辺に飛び散った血が、肉片が死体に向かって逆再生されたように集まる。銃弾による穴をふさぎ、うつろだった目は確かに彼女を鋭い眼差しで見つめている。
そんな異常な光景にも彼女は動揺することなかったが、死体に対して機械音声ながら嫌悪感を隠さない。
「ピッ…"化け物が人間の真似をするな、お前はザハールじゃない"…ッー」
「化け物、か、君もでは。リューディア。いや、アデリーナか」
「…」
「…私の、所属して、た、医療団、ザハールという人間、いた。彼、ここのあたりで、尊敬されていた、人物だった、らしい。死んだと聞いて、ここの人、とても悲しんだ、そうだ。」
"死体だったもの"はリューディアの手から離れ独りでに動き始める。始めは人の動きではなかったが段々と人として動き始める。先ほどよりも口調は流暢になり、声も元の老人と同じになる。
「人を理解するために、私は考えた。その人々は"ザハール"が生きていることを望んでいる。なら私が"ザハール"になればその人々は喜ぶはずだ。だから"ザハール"を食って私が"ザハール"になった。違うか」
「…、ピッ…"それが正しいと思うならお前は人間になれない"…ッー」
「…人間というものはわからないな」
リューディア達のいる裏路地を更に黒い影が覆う。上を見上げると、1機の黒く塗装されたヘリがエンジン音を響かせながら上空でホバリングしていた。上からロープが垂らされ、数人が降下してくる。全員が銃で武装し、降下してすぐリューディアと彼に銃を向ける。あきれた様子を見せながら両手を挙げた。
「M168、撤退命令が出ている。直ちに目標を回収して撤退しろ。最優先命令だ」
「…やはり、人間というものはわからないな。同族同士で争って、同じ国家に属するのにこの様子か」
隊長らしき男がリューディアへそう告げ、彼女は無言で頷いた。一通り部隊を回収したヘリは現地を後にした。
・リューディア
リューディア・ヨハンナ・カウハネン。偽名として「アデリーナ・エラストヴナ・ヴラジーミロヴァ」という名前もある。
・"ザハール"
人に化けたカッル。
久々の登場。・M168
第168臨時特務予備連隊。リューディアが単独で所属している。
・第14特務連隊
台湾でのルェン襲撃時に壊滅し、ベアトリスにより再編されたErbsündeⅡ。