パパの会改め町内会。 平和な世界で艦娘(元艦娘)ときままな日常を送ろう。 らぶいずおーる。
ハグの日だもの。いつも以上にみんなと近くていいよね。ということで、朝から家族とむぎゅむぎゅして過ごす。 偶然なのかなんなのか、やってきた姉妹たちとも軽く。 取材帰りに寄ったと言う青葉とはさすがにしない。あいつ写真に残すんだもん。
……みんなから批難がましい目が刺さる。村雨ちゃんさえもそちら側である。 仕方なくではないけれど、村雨ちゃんがいいならよかろう。手を広げると、待ってましたとばかりに青葉が飛び込んできた。おっとっと、元重巡娘だけあって勢いが違うね。 受け止めた体から、髪から。いつもの香りに混じって夏のにおいが漂ってくる。戦時中にも幾度となく感じた、太陽の下で頑張った人のにおいがする。 「今日もおつかれさま」 短く労って、ちょっと強く抱きしめると、無邪気な声が耳をくすぐり、二人の鼓動が重なった気がした。
結局、店を閉めた残りのメンバーも集まって宴会と相成りました。 青葉一人加わるだけで話の広がり方が違うね。 人のこと言えないけど、明日の仕事大丈夫なのかこの子達。そんな楽しい日でした。
睦月と朝霜とは、一日の締め、寝る前にもしっかりぎゅーっ。これ恒例にしようかな。
村雨ちゃんとは、終日隙あらば好きなだけ。……あれ、つまりはいつも通りだったの? いまさらそんなことに気付いて、ハグしながら、おやすみなさい。
梅雨も明け夏本番を迎えた、少し前の話。
「のわっちのわっちー、今年の新しい水着、何にするー?」 「水着? 水着かぁ……そういえば去年買ったのも一度しか着なかったわね」 「去年の!? そんなんじゃ駄目だよ! 女の子は流行に敏感じゃないと!」 「舞風から流行なんて言葉が出るなんてね……お小遣い、残ってるの? この間前借りしてまで新しいダンスシューズ買ったばかりじゃない」 「うっ……それもそうだった」 扉の向こう側で飲み物のご用意をしていた私の耳に、蝉の鳴き声に混じり黄色い夏トークが聴こえる。 今日もまた宿題から脱線したのだろう、結露滴るアイスティーをトレイに乗せ、ふたりに気付かれないように部屋に入る。 いち早く野分様が視線に気づくも、小さく会釈をすると何事もなかったかのように舞風様に向き直る。ふたり揃って隙あらば喝の精神である。
「でもでも! 提督ならお願いすれば水着くらい―――」 「買いませんよ」 舞風様がハッと振り返る。案の定、宿題の消化率はよろしくはない。野分様はやれやれと言った表情で舞風様から水着雑誌を取り上げる。 「……と、いつもは言うでしょうが仕方ありませんね。夏ですから」 「やったぁ! じゃあ今すぐ行こ! 見に行こう!?」 「野分様も。奥様には私が後で申しておきます」 「あ、ありがとうございます」 そうなればお二人の準備は早い。いそいそと支度を始める舞風様と野分様。 当初は宿題を終えたご褒美にするつもりだったが、お出かけ気分のお二人に今更言うのもバツが悪い。 それならせめて健康に留意させるのが私の務めだろう。
「外はお暑いですから。水着は逃げませんし、先にアイスティーでも如何でしょう?」
カランコロンと涼しげな音色を上げる氷たち。外を見上げれば空に浮かぶは入道雲の立派な事。そろそろ麦わら帽子の準備もせねば。
いろいろと思うところは、良いも悪いもあるけど、目下のところ、終戦話をしたい気がする。
私は夜が好きだ。 昔の同僚は軒並み早寝早起きだったので当時はその生活リズムについていくのがやっとだったのが懐かしい。 実は夜は眠らなくても平気なのだが、今夜は深く眠りたいと思う。 家内は娘と一緒に居間でくつろいでいるようだ。
予めドアノブに『Bitte nicht stören』のお洒落を効かせておいた。 私は遮光カーテンを閉め切り、部屋の電気を消す。 ベッドサイドランプがほのかに光る中、ベッドに腰掛けてココアを頂く。甘い香りに誘われて一気に飲み干した。
ふかふかベッドに入りとんがり帽子を整え、いざ夢の中へ。 手元のランプを消すと部屋は真っ暗。 目を開けても一面の暗闇で夢現になってしまう。 しかし、私は自身でリラックスしていたのが解っていた。 光の無い世界で一人うつらうつら……流されていく感覚、これがとても好きで幸せな一時であった。
私の意識はそのまま暗闇に落ちていった。
翌朝、私が目覚めたのはヒトマルマルマルのことであった。 寝てたというよりもとにかく心地よかった感覚であった。 私はパジャマまま居間まで歩き、椅子に腰掛け、テレビをぼうっと眺める。
もちろん家内はお仕事に出かけており、娘は二人とも学校だ。 そういやお腹が減ったなぁ。 ブランチというものにするか、昼は私だけの贅沢にしようか、どうしようか。
夜更かしが許される時期ももう終わり。 娘たちの宿題の追い込みに、村雨ちゃんと一緒に鬼になるぞ。 とはいっても、8割9割終わってるあたり優秀な子たちよ。 誰に似たのかな。僕に似たんだろうな。
……お衣とアオがすっごい目で見てくる。鬼がいる。〆切棲姫だ。2枚構成…アッ村雨ちゃん含めて3枚構成……。
気が付けば睦月も朝霜も入って姫5構成。ごめんなさい僕に似てません…。
今朝は朝から狸寝入り。 朝は一段と多忙なのを知ってか知らずかその偽りの寝顔は相変わらず自由気ままな風のよう。 このまま放置するのも一興ですが風が嵐に変わる前に少しばかりお相手する事に致しましょうか。
話は変わって、以前お嬢様たちがお世話になったご家族を近々お招きして流し素麺を開く予定です。 もしよろしければご夕食も如何でしょう?
少し前、とある鎮守府からかわいらしい暑中見舞いが届いた。 例年は丁寧なものだったけれど、今年はお嬢様直々にお書きになったらしい。 近況報告に加えて、夏の終わりの流し素麺の会にお招きくださるとのこと。 睦月、朝霜はお姉ちゃんたちに会いたいというし、僕ら夫婦は久々に海の前線の様子を見ておきたい。 断る理由は、ひとつもない。
夕飯までご馳走していただけるというのなら、こちらも何か用意しておくのが筋だよね。 花火セットとか、お菓子とかかな?僕もキッチンに立たせてもらえるよう頼んでみるか。
青空の下、顔の大きさほどもあるスイカを頭の上に掲げ走り回る舞風様と一回り小さな女の子がふたり。 今日は以前お世話になったご家族を招いての流し素麺。少女たちは久々の再開と大玉のお土産に熱さも忘れて水遊びに夢中なご様子。 あらあら、野分様が標的にされてますね。ではすぐに着替えの用意を致しましょう。
流し素麺の準備が整う前に、女の子4人はお約束のお屋敷探検。屋根裏部屋から地下室の隅から隅まで気分はまさにトレジャーハンター。 どこからか持ち出した電探を使うと、早速私の部屋に隠された財宝(お菓子)を見つけガッツポーズ。 そして次々に財宝(これまたお菓子)を見つけると、この部屋は秘密基地に、この財宝達は全て彼女たちの物となりました。そんな…馬鹿な…。 その間にご夫婦方は前線を見に鎮守府見学。野分様によれば旦那様は元軍属との事で私からすると大先輩。 ここ最近の平和といっても良い現状ですっかり夏休みな艦娘達に喝を入れてくださるようお願いをしておきました。 それに鎮守府近くの砂浜は有名なデートスポット。海を眺めながらおふたりだけの時間を楽しんで頂ければ何よりです。
さて、各々が時間を満喫し終えると同時に素麺も茹で上がり、青竹香る流し素麺もいよいよ開始。 初めての流し素麺に張り切る睦月さんと朝霜さんに、今回は色付きの素麺も混ざっていると伝えると一気にボルテージがMAXに。 おや、舞風様も負けじとやる気を出しているようで…おかしいですね、今日はお姉さんだから妹さんを立てるのでしょう? 野分様のように一歩下がって妹さんに譲らなければ…と、これではもうお姉さん失格です。 ご夫婦はそんな様子を暖かく見守っていると思えば桜色の麺を一本、あーん、なんてしている。まぁ、仲睦まじいのはよろしい事で。
素麺流しも無事に終わり、残った時間で一緒に宿題を終わらせていると外はすっかり夕焼け模様。 ご夕食はふたりの奥様と旦那様、それから私の大人勢ぞろいでビュッフェ形式のディナーを作りました。 なるほど。これなら不慣れなナイフとフォークを使わずに済むというもの。長年培った主婦の知恵に私も見習わねば。
「行っちゃったねー……あれ? これ睦月ちゃんの宿題じゃない?」 「それにこれは朝霜ちゃんの絵日記ですね…」 今回はお仕事の都合で日帰りとなりましたが、騒動はまだ終わらない。 急ぎ立てるお嬢様を後ろに乗せ、猛スピードで追いかける我が愛車。次回は是非ともご一泊を。
いよいよテレビ番組も夏の装いから平時に戻ってきたな、と朝の子供番組を見て思う。 メイン視聴者たる娘たちは、しかし起きてくる気配がない。夏休みボケを吹き飛ばそう!ってテレビの向こうで言ってるのに。 昨日あれだけはしゃいだんだ。無理もないか。かくいう僕らもちと眠い…。
お姉さん方との再会とあって、開幕前から高めのテンションはスイカ割でさらに上昇。 野分さんの一刀両断…とはいかないまでも、見事な一発で拍手喝采ときたものだ。僕の手品にもそのくらいのリアクションがほしい。 舞風さんとの以心伝心は日頃の鍛錬のなせる業なんだろうな。 鎮守府も見学させてもらったけど、大戦期、というか「僕の鎮守府」とはずいぶん違う風景だった。 技術の進歩、訓練方法の進歩、時代と戦況の変化、あとは指揮官の腕の差だろうか。 野分さんが尾ひれつけて話しでもしたか、ずいぶん立派な印象を持たれてるらしいけれど、本来僕は喝入れる立場じゃないんだよなー。入れなきゃいけないほど低レベルじゃないしなー。ていうかどの部門のだれもが十分以上に高練度。
とりあえず現役時代の話を軽くしておいたけど、さてどのくらい重みがあるものか。 僕ののんきな話より、借り物の予備主砲で砲撃演習に混ざった村雨ちゃんの方がよっぽど衝撃を与えたんだろなぁ。ただの的あて演習で、現役さんを押しのけてトップとはいかないまでも、よくもまぁあんな成績叩き出せるもんだ。我が嫁ながら、母は強し、か。
衝動買いとかするの、控えよう。
一回り二回りと見学して、先に案内された砂浜も行ってみようということに。 ……静かだった。子供たちがいないという意味でもあり、平和という意味でこそある。 僕らが護った海。彼女らが護る海。潮風を受けながら、輝きを眺めつつ、手をつないで歩む。 「綺麗だねぇ」 「ほんとね」 「君のほうがきれいだけどね」 「……ふふ、なにそれ。かっこつけちゃって」 「鎮守府に来たからかな。子供の頃みたいにかっこつけたくもなる」 「昔そんなこと言われた覚えないんですけどー?」 「あれ、そうだっけ」 「そうでーす。ほんと、子供どころか坊やだったんだから。いろんな意味で」 「否定できないなぁ」 「でも、今は違うでしょ?」 もちろん、と応えるのを待たずに、手をほどいて走り出す。追いかけっことは、そちらこそずいぶんお子様ですこと。
太陽と時計の針は天辺より少し下方へ。 ラジオ体操で鈍りがほぐされてたからって、また走り出されたらかなわない。そう思って捕まえたときのまま腕を組んで合流したら、娘たちにはニヤつかれ、舞風さんは顔を赤らめる。そんな中、野分さんはひとりだけ妙に落ち着いてる。聞けば執事さんと舞風さんはダンスのペアを組んでるそうで、そのへんで見慣れてるのかな。 ……それならなんで舞風さんは赤面したんだろ。誰かと自分を重ねて見た、のかも。
僕らが日差しの中にいたころ、少女たちは秘密の中にいたという。 お屋敷なんて初めてだからって、探検中に下手なことしてなかったらいいんだけど、そんな期待を裏切るように自慢げに戦利品を見せてくる。ずいぶん品のよさそうなお菓子に、小物の類。睦月は小さなペンダントを首にかけ、朝霜は不釣り合いな刀を佩いてる。記憶の時計を巻き戻して、そのどちらもが僕らがそうそうお目にかかれなかった褒章と気付き、すぐに夫婦で顔面蒼白。 すぐに謝って返そうとするも、今日の間は貸してくれるのだという。笑顔でさらりと言うあたり、提督も艦娘も、(主も従者も?)懐の大きなひとたちよ。……厚すぎるご厚意には甘えるけれど、どうか傷つけないでほしいと冷や冷やしてしまう。とりあえず、流しそうめんする間は動き回るんだしと説得して僕らが預かることにしておいた。
さてさて、お楽しみの流しそうめん本番。朝霜、睦月はそういえば初めてだったな。 舞風さんにコツを教わりながらなのか、楽しくやってるようでほほえましい。野分さん、執事さん、奥様は僕らと同様一歩引いて見守っている。 ふむ。さっきといい、以前のうちへのお泊りといい、野分さんはどうにも大人しいというか、大人らしい。過剰に厳しくされてるわけでもなさそうだし、もとよりの性分なんだろうか。何にせよ、ちょっと気になるなー。よそ様の娘様、その性分にまで気をやりすぎても大きなお世話かもしれんが、まだまだ無邪気になっていい年頃だろうに。もしも「お姉さん」が鎖になっているのなら、何か手助けしてあげたいなぁ。 「あなた?あーん♡」 「あーん。はい、村雨ちゃんも」 こんなことやってる大人に何か言われても、信用ないかなぁ? 同じ麺のはずなのに妙においしいのは、愛か、恋か、恋愛の色故か。
おや、舞風さんが何かなるほどって顔でこちらを見ている。……執事さん、ごめん。なんか入れ知恵しちゃったみたい。
お楽しみの後は宿題の仕上げ。 保護者が普段の倍ともあれば、集中力も倍。それとも、完全勝利への最後の一手だからかな。お姉ちゃんたちが丁寧に教えてくれて、ふたりも捗ったみたい。 その様子を見つつ、大人たちは紅茶を味わいながらとりとめのない話をした。海の今昔。子供の教育論。趣味の交流。僭越ながら、少しばかりの息抜きになってくれたならうれしい。提督って大変だもんなぁ。
夕飯にはいくつか案を練っていってたらしい。いつの間に奥様と連絡とってたんだ、と今更疑問には思わない。村雨ちゃんだし、奥様も周到な方みたいだし。 だから、僕らは現場でお手伝いをするだけ。…そのお手伝いだけでも、手際の差を感じる。うーんできる男ってこんな感じなのか。頑張らないとなー。
ずらり並んだビュッフェは、多国籍多ジャンル、あれこれのやまもり。見た感じみんなの好物って感じかな。互いにちょっとずつ、相手を知ることができるからビュッフェっていいんだよね。睦月はあっちこっちといろいろ取るタイプ。朝霜も似たような感じだけど、お嬢様側の珍しい食材を重点的に攻める。僕と似てるタイプ。舞風さんは予想以上によく食べる。そのアクティブな印象からはちょっと連想しにくいけれど、端々に丁寧な所作がみられて、レディって感じ。みんなに、大人も子供も共通するのは、食べてる笑顔が素敵ってこと。 …しかし妙なことに、メイン級は7品種。一人分足りない。奥様か執事さんが遠慮なされたのかな、と思ってたけど、スイーツを山盛りにする野分さんを見て納得した。妙に多いと思ったけど、そういうことね。年相応なところがあってほっこり。
おなかもいっぱい、思い出もいっぱいで、大満足の夏の終わり。 寝ぼけかけの娘たちを村雨ちゃんにお風呂に入れてもらう。その間に、僕の携帯にメッセージが届いて曰く、宿題の忘れ物とのこと。 うわー、やっちゃった……と思いつつ、詳細な道案内を返信してそれからしばらく。うつらうつらの朝霜と睦月が髪を乾かしたぐらいのタイミングで三人の風が到着。二人がぼんやり顔でのお礼をしながら受け取って、幕引きと相成りました。
エピローグの疾風デリバリーがなかったとしても、どうにもこうにもドタバタだったなぁ。 お誘いもいただいたわけだし、次は泊りのイベントにしたい。お酒も入れたいし、大人の話もしたいしね。となると、お月見かな? それでなくとも、雑貨屋や舞台演劇へ招待するのもいいかもね。こっちが鎮守府講演しに行ってもいいかもなー。講堂の設備、かなり立派だったしなぁ。 ふーむ、楽しみは尽きない!
夏が過ぎる。 夏休みももうおしまい。夏休みの宿題は終わったか少し気になる。 大体30日ぐらいからお姉ちゃんが慌てはじめていた。 あーあやっぱり。毎年のことである。 ちなみに妹の方は完璧に終わらせていたようだ。
で、今夜は夜を徹して宿題を終わらせることに。 宿題は残り5つぐらいらしい。 旦那が徹夜で村雨ちゃんがサボらないかの見回りとコーヒーの差し入れ。 基本旦那と自分は勉強に対しては口に出さない方針だ。 質問には答えたりするけど基本自身で考えてもらうようにしている。
自分はそんな横で春風ちゃんと一緒にスヤスヤ。 明日からはシルバーウィークに向けて少しずつ忙しくなる。頑張ろう。
翌朝、村雨ちゃんの宿題は無事に終わるかな? 終わらせたらごほうびのビュッフェでもどうかな?
かち。
たん、たん、たん。 ざく、ざく、ざく。 ざぁ、かちり。 カレンダーは新たな絵柄のページ。夜の帳は、ひときわ深く。暗がりに灯りをつけて、ひとり。
ぼんやりと考え事をしていたら目がさえて、おなかも動き始めた。 冷蔵庫をがざりと漁って、適当なお宝を見つけ、ざくざく刻んでぐつぐつゆでる。 牛乳や塩コショウで、これまたざっと適当な味をつける。 茹り具合の確認もかねて、ひょいぱく。なかなかうまい。
一人だし鍋から直接つまむでもいいけど、ちゃんと器に移さなきゃな。 食器棚へ振り向けば、お椀二つをもってにこにこ微笑む女神さまが、いつの間にやら。泉でもなければ落としてもないんだけど。 「あれ、起こしちゃった?」 「ん。もう少し工夫すればいいのに」 「簡単、安上がり、あっさり。夜食の最適解だよ。独り身時代の知恵ってやつ」 「終戦前からプロポーズしておいて、よく言うわ」 「ぎくり」 目線を逃がした下方、腰元。光の乏しい厨房で、結びを解いた髪は輝いている。女神の御髪に、見とれてしまう。 その視線を察してか、妖艶なほほえみとともに、僕の腰に手をまわして上目遣いなんてしてくる。 僕がなでるのが好きなところ、彼女が撫でられるのが好きなところ。この対話に、言葉はいらない。息と鼓動で、まじりあう。
半人前時代の、一人前の夜食を、二人で食べるという喜び。 「二人ともぐっすり?」 「二人より私のほうが先に寝たかも」 「夏の疲れが出たのかな。おつかれさま。起こしてごめんね」 「ほんと、疲れちゃったわ。子供が三人いるみたいで。妹の世話のほうがまだ楽よ」 「あはは…ごめんね」 「いーの。そこも好きで指輪受け取ったんだもの」 「…ありがと。お酒、出す?」 「んー、いいわ。あなたの味だけでいい」 「光栄です。じゃ、ご賞味あれ」 卓と命にご挨拶。
「ごちそうさま。おいしかったわ」 「それはよかった。後片付けもしておくからね」 「ありがと。先、ベッドで待ってる」 「ん、寝言楽しみにしてる」 「もう」
食卓の明かりを消して、ひとり。季節の境目、無指揮の合奏。夜風に揺れて風鈴が重なる。 ざぁ、こしこし。 ざばざば。きゅっ。 かちゃかちゃ。
―――――――――――― 昔というほどでもない昔。 まだ青の景色に赤と黒が混じり合っていた時代。 とある鎮守府に着任した一人の若い提督がいました。
新人提督のもとには、頑張り屋の駆逐艦娘、優しい軽巡洋艦娘に続いて、おしゃれな駆逐艦娘が参列しました。 提督は、まとめ役になってくれそうな子が来てくれてよかったなぁとだけ思いました。
月が何度満ちて欠けたか、初めての秋。青年は提督宿舎で泣いていました。 成り行きで提督になった自分が彼女たちの命を背負ってもいいのだろうか。 自分の采配は、能力は、正しく彼女たちを活かせているのだろうか。 だんだんと大きくなる艦隊、苛酷になる海に、彼女たちのために何ができるのだろうか。 彼女たちを大切に思い、彼女たちを信じ、自分だけは信じられない。 自分が提督でいいのか、彼女たちには不釣り合いなのではと、不安に駆られる日々を過ごしていました。
ひとしきり泣いたあと、提督が顔を上げると、そこにはおしゃれな駆逐艦娘がいました。 提督は、まずそこに彼女がいたことに驚き、次に涙を見せたことを恥じました。 艦娘は、何も言わず、ただ提督の手を取って微笑みました。優しい微笑みでした。 提督は、自分より一回りも二回りも小さな艦娘に赦されて、ただ抱きしめることしかできませんでした。
数十の艦娘を指揮すること。長として鎮守府を治めること。 艤装を持って海を駆ること。艤装を持たずして隠密行動をしてのけたこと。 提督と艦娘としてのすべては、狭い洗面所には介在しません。 青年は、腕の中の温もりを感じ、彼女を少女として愛おしく思いました。 少女は、初めこそ驚き、少しだけもがいたものの、静かに身を任せていました。 一瞬のようで、永遠のようで、そこにはただ二人がいるだけでした。
そして、それから数年か、数か月か、数日か、数時間をかけて。 おしゃれな駆逐艦少女は、青年提督にとっての特別になっていくのでした。 ――――――――――――
「あ、おかえり」 僕の仕事部屋、別名「執務室」の原稿机、そのモニタの向こうから栗色の髪が覗いている。 飲み物を取りに行った隙に、書きかけの原稿を見られてしまったようだ。正直気恥ずかしい。 「ねぇ、これって…」 「ん、そうだよ。あの時の話」 「なんでこんなの書いてるのよー」 顔を赤らめて抗議をしてくる。かわいいなぁと思いつつ、飲みかけの麦茶を渡す。 誤魔化されてるとでも思ったのだろうか、ちょっとむっとしながら、それでも飲む姿まで可愛らしい。 「いやね、この前お嬢様に馴れ初めを教えてほしいって言われてね。でも話しそびれちゃったし、短編にでもしようかと」 「……また話しに行けばいいんじゃないの?お月見とかでお泊り会とかさ」 「それもいいよね。執事さんと話してみるよ。…でもせっかく文筆業やってるんだしさ、セールスも兼ねてね?」 「そんなことしてる暇あったら本業を書いてよ~…」 「まーまー、たまには昔を思い出してもいいんじゃない?」 「ああ言えばこう言う…もう、困るんですけどぉ」 机に突っ伏しての上目遣い。娘たちの前ではあんまり見せない表情で、これもまた魅力的だ。 「ごめんごめん」 「で?これで終わり?終わりよね?」 「んー、そうだね。これ以上は」 「「ふたりだけのひみつ」」 口づけを交わして、微笑みあう。 「そうだ、今晩は、秋刀魚にしよっか」 「旬には早いわよ?」 「ありゃま、それもそうか」 「…食べなおさなくても、忘れないわ」 「僕もだよ。…奢りの痛みも」 「うふふ、あの時はごちそうさまでした」 「これからも食べさせていけるように、頑張ります」 「あの子たちの分も、がんばってね。あなた」 始まりを思い返して、これからを思い直す。 決意新たに、新たな季節へ。
「で、どうやって贈るの?」 「手作りで製本する方法は見つけてあるから、絵本っぽくしてみようかと」 「絵は?」 「お願いしていい?」 「はいはーい。そんなことだろうと。かっこよく描いてあげるからね」 「ほどほどでお願いね?村雨ちゃんはそのままでかわいいからそれでいいけど」 「もう!」
出会いはあまりにも唐突だったのかもしれない。 ある女性提督のもとに訪れたのは真っ白な空母。 「本日からお世話になる航空母艦、Graf Zeppelinだ。」 「グラーフと呼べばいいのかな?こちらこそよろしく頼むよ。しばらくは鎮守府がバタバタしているから部屋でゆっくりして環境に慣らすようにしよう。それから、演習だね。」 「ああ、了解した……。」
鎮守府のドタバタが一段落し、グラーフの演習が始まった。まずは海上を航行することから始めたのだが、うまくいかずに目が回る。普通の艦娘はすんなりといくのに、と周りが不思議がっていた。そのうち、見かねた吹雪が私と手をつなぎ、うまくバランスが取れるように支えてもらった。 すると、私は海面から足が離れた。 どうやら空中ではうまく移動することができるらしい。しばらくの間は空に浮いたまま戦っていた。
ある夜、提督のもとにグラーフが駆け寄った。 「悪い夢を見た……」 「たまにはそういうこともあると思うから気にしないでよ、夢は夢だから。ってグラーフも寝るんだ。」 「ああ、そうだな。普段はほとんど眠らなかったからな。」 「眠らずに平気なの?」 「……平気だ。寝たいときに寝るぐらいだ。私の中では眠ることは時間潰しの一つであり遊びの一つだ。」 「そういう人も世の中にはいるんだねぇ」 「そもそも私は人間ですらない」 「どういうことなの?」 「魔法使いと言う種族だ。」 提督はきょとんとした。まさか発艦形式や姿が魔術師のようだとは思ったが、まさか本当に魔法使いだとは。 「空を飛べるのも本当はそのおかげ……だが打ち明けられる人がいなかったのも事実だ。」 グラーフが空を飛べるのはすでに艦娘の間でも周知の事実であった。 「なるほどなぁ」 「だが……アトミラールには言わねばならないと思ったからな……。」 「そっか。魔法使いだろうが人間だろうが艦娘には変わらないからね。これからもよろしく、グラーフ。」 「ああ、こちらこそ頼む。」 とグラーフが私を強く抱く。痛いって。20万馬力で抱きかかえられたらたまったもんじゃない。バタバタしていることに気づいたグラーフが力を抜いて優しく包み込んでくれた。 「ところで、悪い夢の中身ってなんだったっけ?」 「すっかり忘れてしまった。」 なんだ嫌な記憶は吹っ飛んでしまったのか。今夜は逃さないぞ。まずは仕返しのほっぺむにむにからだ。
改造を施して、迷彩を纏うようになった彼女はさらに勇ましくなった。私は彼女を大規模通商破壊作戦の旗艦に任命した。 彼女は未完成の艦であったことにときどき負い目を感じているものの、戦場では堂々とした指揮と戦闘で確実に戦果を上げていった。特に少ない航空機を有効に活用した戦術を発明した数は枚挙に暇がなかった。
彼女の立ち回りはフレキシブルだ。艦隊戦で機動部隊の旗艦を務めることもあれば、速力を活かして単独で艦隊の援護をすることも、奇襲をかけることも多かった。ときには遠方で構え、索敵だけを任務として行うこともあった。 ただ、物量で攻めるより手数で攻めるのが得意な方であった。 作戦を遂行するにあたって彼女の魔法が便利だった。 気配を消して見つかりにくくする魔法。あらゆる妨害を受けないかつ、傍受されないテレパシー能力。状況を一瞬で把握する心眼。そして機動性を高める飛行能力。深海棲艦を直接打ち倒す力はないものの、私は彼女の魔法の強さと応用力には素晴らしいものがあると見た。
大規模通商破壊作戦が一通り終了してしばらく経った日、グラーフが提督に甘えてきた。 「お元気か、アトミラール。」 「元気だけどそっちはどうか、グラーフ。」 私はグラーフの頭をなでなでした。普段は男勝りで勇ましいものの、嬉しそうな顔をするとかわいらしいものである。 「グラーフはかわいいなぁ。」 次は頬をつねる。優しく上下左右にこねくりまわす。 「あ、アトミラール、ははっ、面白いなぁ。こっちも仕返ししてやろう。」 そう言われると耳たぶをもみもみされた。くすぐったい。 耳たぶをつねりだしてしばらくすると部屋に戻らないとな、と言い出して勝手に帰りだした。
「旦那さん、一つ忘れていたんだけど、大丈夫かな?」 一瞬グラーフの背中がぴくりと動いた。 「こっち向いて欲しいかな?」 グラーフは指示に従って提督のもとに向き直るとそこには輝く輪が。 グラーフがそれを認識した瞬間、顔を赤らめ、顔を手で押さえていた。 「貴官には私の旦那になってほしい。」 ド直球であった。 「旦那……?私は女だぞ?何かの冗談なのか?」 グラーフは平静を装い、冷静に返事をする。 「貴方がイケメンだからだ。男装は間違いなく似合うと思うぞ?」 「なっ……?」 グラーフはこれまで男装などしたことがなかった。しかし、男らしいと思われたことがないわけではなかった。飛龍や蒼龍にはときどき言われ、初対面の駆逐艦にはイケメンなのですとなつかれたこともあった。 ただ、提督が私を選んでくれたことに対しては何も疑う余地はなく、断る理由もなかった。 提督のためなら男装なりなんでもやってみせる、と覚悟した。 「提督。喜んで受け取ろう。そして、提督の伴侶になろう。」 私は吹っ切れた薄い笑顔で指輪を左手の薬指に通した。 「ああ、これからはずっと一緒だ。Herr Graf Zeppelin.」
自室に戻って指輪を眺めていると全身が熱くなった。特に指輪がある左手の薬指が熱い。 いつの間にか自分は部屋を飛び出して中庭にいた。熱は一向に収まらない。 溶けてしまいそうだ。意識がもうろうとしてくる。ただ自身の中の力がひたすら奥底から湧き上がってくる感覚のみが鮮明にわかる。艦娘としての力だけでなく、魔法の力も例外ではなかった。 体が耐えきれない。そう思った瞬間、私からエネルギーが大量に放出された。 そこで記憶は途切れた。
目を覚ますと提督のベッドで寝かせられていた。 「貴方、どうしたの?」 「力が暴走したようだ……すまない。」 あの時以来、私は更に強力な魔力を身に付いた。おそらくは限界突破の力だろう。指輪を媒体として魔法を使うこともできるようだ。 「まさか……?」 「まさしくそれだ。魔法の力だ。以前は私の中でリミッターがかかっていたが今は枷が外されている。」 「じゃあ、また……暴走するの?」 「いや、大丈夫だ。今は自分で律することができる。」 提督は安心しただろう。私はベッドから立ち上がり、一礼する。 「それでは、失礼しよう。」 「待ってくれ。」 「なんだ?」 「旦那さん、秘書艦になってほしい。」 「なんだそれか、私は願ってもないことだ。快諾しよう。それにずっと貴方の隣に居ることができるからな。あと眠らずに執務することも容易い。」 「そうとなれば決まりだな。」 「ああ、ベストを尽くす。夫婦二人三脚で、頑張ろう。」
ある時、戦いが終わった。 加賀を始めとした艦娘は各地に散っていった。あるものは家庭を持ち、あるものは新しい仕事に取り組み、あるものは故郷に帰っていった。 そして残ったのは提督と秘書艦であった。 「伯爵。とうとうここには君だけになってしまったなぁ」 「……」 旦那は下を向いたまま何も語らない。 「私は……身寄りなどない……また……独りになってしまうのか……。」 枯れた声で絞り出している。嗚咽も聞こえている。私は肩をポンポンしつつ耳元で語りかける。 「貴方は私の旦那。そうでなくて?」 はっ、と顔を上げる。旦那は立ち上がってぎゅっと抱く。 痛い痛い。 旦那は再び泣きじゃくっている。 「ああ……あとみらーる。いや、家内よ。私たちはずっと一緒だ……ずっと……。」 「ツェッペリン、貴方は独りじゃない……いままでも……これからも……。」 つい私も泣いてしまった。
月の光が差し込む夜。 二人はいつまでもお互いを抱いていた。
土曜の朝の妻曰く、イタリア重巡姉妹の店に行こう。コーヒーやワインを切らしてたのもあるけど、普通に喫茶としてみんなで行こうと。それはいいんだけど、なぜか別々に行く提案をされた。 ザラやポーラとお菓子でも作るんだろうか?そんなことを期待して、約束の時間に朝霜、睦月、白露義姉さん、ゆうだっちゃん、春雨ちゃん、江風とともに到着。お出迎えしてくれた村雨ちゃんは、二人と同じ制服を着ていた。反則的に似合ってて、それでウィンクなんかしてくるんだから。まったくもってずるい。ほかの面子の手前、抱き着いたりできないのがつらい。
普段は家でしかコーヒーを飲まないけど、味わって飲むとやはり違う。 朝霜はわざわざかっこつけてブラックを要求。苦かろうと思って心配したが、そこは淹れた人間の腕か、ちゃんとおいしく飲めてよかった。よそで同じようにブラック飲んで、落差を知ることを考えると若干かわいそうな気がするけど。 睦月はカフェラテ牛乳多め。コーヒーはまだまだ早いのです。にが甘い初めてはお気に召したようで、ママのお菓子と合わせて終始ご機嫌。 姉妹たちも思い思いのブレンドを楽しんで、安らいでみたり、姪と遊んでみたり。
ご機嫌といえば、村雨ちゃんが一番ご機嫌だったかな。 艦娘時代の服をベースにした店の制服は、元を悟らせないほどに可愛らしい。もちろんザラ、ポーラ姉妹も相変わらず似合っている。 ……ほかの全員にも言えることだけど、元艦娘老けなさすぎだろ。サイヤ人か何かか。 見せつけるように、踊るように給仕を行い、ことあるごとに感想を求める。可愛いよ美味しいよ好きだよと伝えれば、頬を赤らめて戦友とハイタッチ。そしてポーラの淹れたコーヒーを飲む。残されるのはおいしいコーヒーとお茶菓子、にこにこの卓と、かすかなお酒の匂い。…お酒の匂い? ……まさかと思ってポーラの手元を見にいけば、アイリッシュコーヒー作っている。ザラが睦月とお話してるのをいいことに、昼間っから酒を入れてやがるのだ。こやつめ、ザラ姉さまに報告だ、と勇んだところを村雨ちゃんから口移しされて…。
意識を取り戻したとき、そこはイタリア重巡姉妹の寝室だった。隣のベッドでは村雨ちゃんが同じように眠っている。すこしくらくらしながらも、彼女のベッドに腰かけて頬を撫でる。よく眠っているようで、安らかな寝息が愛おしい。 枕もとの時計を見ると、19時を回っている。店はバーとして賑わっているのだろう。書き入れ時の休日にぼくらのための貸し切りをしてもらった分、皿洗いくらいの手伝いはしないといけない気がしてきた。大事な彼女に感謝を一筆書き残し、娘たちの相手をおばさま…お姉さまたちに任せて、いざ、厨房へ。鎮守府時代を思い出して、がんばりますか。
こういうのあるんか…ワイも書いてみてええかな? https://docs.google.com/spreadsheets/d/1H-bRQ0P-NdazPdjUyYrjh1gf_oqPitWqeFQwYuYTC4c/edit#gid=0
直書きしてもいけど ここに家族構成とかざっと書いてくれればこっちで追記しておくよ
今夜は中秋の名月らしい。 主人いわく「自身のパワーが高まっている」ようで。
今日の〆は耳かき。 主人に誘われてレモンの香りのアロマが焚かれた主人の部屋で膝枕。 今夜はぐっすり眠れるでしょう。主人はずっと耳かきしたりマッサージしてくれるようで。
十六夜の月。ためらう、という意味の「いざよう」から名付けられたものだという。人と好くあってほしい、という睦月と遊んでくれている如月ちゃんは月のように美しくという意味だろうか。そんなことを思いながら鍋をかき回す。 満月を境に少しばかり欠けた今宵の月は、天頂までの歩が遅いのだけれど、人を待つ身には都合がいい。ナス、ピーマンをはじめとする野菜たくさんゴロゴロの月見カレーを作って待つ。 子供を思えばこそ、辛さは控えめ。清霜ちゃんや朝霜には、睦月のためということで我慢していただこう。手元をのぞき込んでくる二人の要望通り、大人用の辛さで作ったら食べられないこともわかりきっているんだけど。
支度が終わったころ、今宵の参加者が全員そろった。短縮営業、村雨ちゃんもお手伝いに入ったとはいえ店じまいの後なので、姉妹は皆さんお疲れのご様子。そういえば、姉妹みんなと一緒に遊ぶのは夏ぶりかな。
野菜も残さず味わった後は、庭まで開けて本命のお月見。大きな、大きな月だ。 月を見上げたり、望遠鏡をのぞき込んでみたり、語ってみたり、歌ってみたり。思い思いに月を楽しむ。この人数だもの、さすがに静かにとはいかないけれど、綺麗だからいいんだろうかねぇ。 朝霜と清霜ちゃんは白露義姉さん、ゆうだっちゃん、涼風あたりと広い宇宙を遠望している。 如月ちゃん、村雨ちゃん、五月雨ちゃん、海風ちゃん、それに江風は何の話をしているんだろう。女子会だろうか。失礼ながら、江風は女子会に似合うのか。 僕、時雨義姉さん、春雨ちゃんはぼんやり、夜空を見上げる。時々団子をつまみつつ、秋の気配を肌に感じる。 寝ぼけ眼の睦月を風呂に入れ、寝かしつけるところまで買って出てくれた山風ちゃんには感謝感謝。
そんな山風ちゃんが出てからは、出たり入ったりのお風呂大会。になったらしい。 僕は入れるわけもないのでずっと片づけをしてました。三連休を迎え、小学生たちはお泊りとはいえ、雑貨屋は明日も開くのだ。僕が今のうちに片づけるのが最善…とわかっていても、今宵は夜風が一段と冷たい。
白露姉妹(明日午前シフト組)を見送って、一人湯船につかっていると、冷えた体も、心も温まる。薄着しすぎたんだろうなぁ。 秋服を出すように相談しようとか考えていると、ちょうどよく扉越しにごそごそする音。 酒盛りを始めたし姉妹(明日休日シフト)のだれかってことはないだろうし、小学生たちはもう眠そうだったしな。村雨ちゃんだ。タオルの補充にでも来たのだろうか。ならばと「入ってきなよ」なんてほろ酔いの軽口がまろび出る。 一瞬戸惑うような声が漏れて、そして衣擦れの音、がらがらがら、と開かれる音。 眠気も来てるせいか、耳からしか情報が入ってこない。タイルをぴちゃり、と踏む音はいつもよりほんの少し軽いような? 体を流す水音すらせず、何の音も続かない。洗顔、洗髪、その他もろもろ、あるいは軽口の一つでもしてくるもんだと思ったけれど。 「どうしたの?」 「あの…こちらこそ、その、どうすればいいのか…」 「……?……!!」 声が違う。村雨ちゃんの声じゃない。口調でもない。 気づいてしまって、目を開けるのが怖い。 つまり、こうだ。 「もしかして、如月ちゃん…?」 「…はい。……くちゅん!」 「あー……えと……良ければ、入る?おじさん出るからさ」 「……一緒で、お願いします」 間違っても見てしまわないよう、覚めた目を強く瞑る。つむったせいで、彼女の息も風呂に入る音もよく聞こえてしまう。 足を丸めてスペースを作る。並んで入れば、まだきっと平和的だ。向かい合わせとかじゃないならまだセーフ、だ。微妙に触れ合う感触がしてもセーフ。大人二人で少し窮屈なサイズのはずなのになぜ触れ合ってるのかは、考えない。セーフだ。 いくら彼女から言ってきたからって、それは混乱によるものだ。そもそも招いてしまったのはこちらの手落ちだ。だんまりも悪いし、なにか話をつながなきゃ。学校の話、白露姉妹の話、村雨ちゃんの話、仕事の話、なれそめ、月、それから……。
見知った天井。僕のベッドだ。村雨ちゃんの話を聞くに、どうやら入浴中にのぼせてしまって、そこを脱衣所まで失せものを探しに来た如月ちゃんに助けられたらしい。いよいよ禁酒するべきか。 みっともない姿を見せてしまったこともあってか、見舞いに来た如月ちゃんは赤面している。僕も申し訳なくて目をそらすと、いつかあげた髪留めが揺れている。それがうれしかったのと、感謝を込めて、そっと撫でさせていただくと、まさかまさか、撫で返しをいただいた。もう片方の腕を首に回して、頭を近づける徹底ぶりにどぎまぎしてしまう。僕のほうが子供みたいだ、なんて思っていると。 「また、ゆっくりご一緒させてくださいね。……さん」 小声で、名呼びの耳打ちがこそばゆい。……またって、どういうことだろ?月見かな?理解できずに、ただただ村雨ちゃんの視線が妙に痛く刺さる。なんでそんな目で、と問う暇もなく、娘と友達と姉妹の様子を見なきゃというセリフと小さなため息、そして頭を撫であう奇妙な二人が残されてしまった。
月の裏側、女性の本心。綺麗なだけなわけがない。僕にはたどり着けない世界なのだと、改めて思わされた秋。
9月も終わりに差し掛かる。 蝉たちの賑やかな鳴き声から鈴虫や蟋蟀の音色に変わり、まさに本格的な秋になったと思う今日この頃。 僕の酒蔵では酒の素となる生酛(きもと)作りが今年も行われ、いよいよお酒の季節が始まった。
だが今日はそんなお酒作りは少しスローダウン。 だって9月25日は……。
「お父さんー? 栗拾って来たわー」 お昼を少し過ぎた頃に娘の山雲がのほほんとした声で家へと帰ってきた。 手に持っている籠の中にはたくさんの栗。 「あっちの山はー栗でー、こっちの山はー柿とアケビが色づいてたわー」 僕よりもここら辺を知り尽くしている山雲は山の生き字引と言っても過言ではないほど。僕の方が子供の頃から長く暮らしているはずなのに、山雲の知識には舌を巻いてしまう。 「山雲ちゃんすごいですね。 こんなにあるなんて……」 「そうでしょー山雲を褒めてねー天城さんー」 おっと、今日は助っ人に来てもらって居たのを忘れていた。 都会の方でパティスリーを開いた天城が我が家へやってきてくれている。 理由はもちろん大切な日を祝うため。 「これだけありますから、モンブランケーキだけだと余ってしまいますね」 「マロングラッセとかは作れないか?」 「グラッセだと、しっかり甘くするために時間がかかっちゃいますね。 2日くらいは時間がないと……」 「そうか……」 お店で並んでいる栗のお菓子と言えば、モンブランケーキとマロングラッセだと考えていただけに、マロングラッセが簡単に作れないとは想像もしていなかった。我ながらこういうところでも無知をひけらかしてしまい恥ずかしい。 栗から出来る甘いもので頭を回して考えていたが、天城が思いついたように口を開く。 「せっかくですし、シンプルに栗ご飯はいかがでしょうか?」 「栗ご飯か」 「はい。 甘い物ばかりよりシンプルなものを好むと思いますし……」 これは妙案。そうだな秋の味覚を無理に凝ったものを作る必要はないのだ。 きっと彼女もそっちの方を喜んでくれるだろう。 「じゃあ皮は僕が剥くから、天城はモンブランの下ごしらえを頼んだ」 「わかりました!」 「山雲はー?」 「山雲はお米を研いでもらおうかな」 「はーい」
悪戦苦闘。栗の鬼皮は硬いし、中の渋皮は削れてしまいそうな程だし……。栗はあのイガイガよりも本体の方が厄介極まりない。
生の状態のまま指にタコが出来るレベルで皮を剥いていたが、下ごしらえを終えた天城が裏技を教えてくれた。
栗の尖っている方に十字型の切れ込み1~2cmを入れる。そして圧力鍋に栗がかぶるくらいの量の水を入れ、点火して加圧し、5~7分ほどで火を止めて鍋に水をかけ急速減圧する。 圧力鍋を使った裏技だが、これがすごい。 外の鬼皮だけでなく、中の渋皮まで簡単に向けてしまった。 「お店の方でも栗のケーキは大人気なので、色々と調べてみたんです」 最初はタコだらけだったんですと恥ずかしがりながら笑う天城。 真面目な性格で頑張り屋な一面を持つ彼女らしい。 そういえば鎮守府で出してくれたカレー丼にも出汁や片栗粉を入れることで美味しいものを作ってくれたっけ。
「ただいま」 「あなた、帰ったわよ!」 栗のクリームを出来上がったスポンジへと綺麗に飾り付け、天城特製のモンブランが出来た頃。 もう一人の妹が今日の主役を連れてきた。 「すごい!天城姉え、これ天城姉えが作ったの!?」 「ええ、提督に皮剥きを手伝って頂いて……」 玄関から走って玄関までやって来たのは、憧れの瑞鶴を追って国際線のCAになった葛城。 仕事の様子を時折聞くが、クールに何事もこなしているらしい。広報のグラーフも太鼓判を押すレベルと言うから、相当頑張っていると思う。 鎮守府にいた頃は覗いてしまったり、身体が触れ合っただけで艦載機を放っていた彼女がCAとして活躍しているとは、まさに驚きの一言だ。 しかし目の前でモンブランで浮かれて飛び跳ねている姿は昔と変わらないように見える。 ただ今日は仕方ない。今日は大切な日だから。
「良い香りがするわ、どうしたのあなた?」 鼻をクンクンと鳴らして台所へやって来たのは僕の妻、そして今日の主役の雲龍。 「良い栗を山雲が見つけてきたから夕食にしようと思ってさ」 「良くやったわね、山雲」 「わーい!」 雲龍に頭を撫でられる山雲は嬉しそうにはしゃぐ。手のひらは山雲の頭を優しく包むように動いていた。そして僕はそんな姿を見て続ける。 「それに、今日9月25日は雲龍の進水日だ」 「……覚えてくれていたの?」 山雲を撫でる手が止まった。そして僕の顔をジーッと見つめる。 「覚えているさ。 大切な日だから、忘れられないよ」 「……そう」 「お母さんー?」 目を伏せて顔を下に向けた雲龍。 そして山雲にも自分の顔見せないように手で顔を隠した。 「……みんな、ありがとう」 絞るように小さな声でお礼を言う。チラッと見える耳は真っ赤だ。
しばらく沈黙が流れたがみんな笑った。
「ありがとうは私もですよ、雲龍姉様」 「その通り!雲龍姉えがいるから私達も生まれてこれたんだから!」 「「だから、これからも良いお姉さんで居てね」」 天城と葛城、二人の妹から。 「山雲もー素敵なお母さんでいてほしいなー」 山雲、娘から。 「雲龍のために頑張るから、これからも末永くお願いします」 そして僕から。
美味しい香り、少しの照れと優しさが隠し味の愛情が混ざった秋の味覚。 みんなにとって大事な彼女の進水日、今日をきっと彼女は思い出として残ってくれるだろう。 そんな9月25日の夕方でした。
久方ぶりに帰って参りました。 こちらの方に移転していると知ったのでまたこちらで我が家のお話を書けたらと思います。 お目汚し失礼致しました。
お久しぶりやね またゆっくりやろや
夜の空き時間。いつも自室でテレビを見ている旦那だが、今日は何かと様子がおかしい。 部屋を覗くとまるで電池切れかのように旦那がいつもより白くなって動かなくなっていた。
ソファーにもたれかかったままの旦那に薄手の掛け布団をこっそりとかけてあげて旦那の部屋から退室する。 しばらくすると旦那の部屋から寝息が聞こえてきた。 ぐーてなはと。
出版社で青葉・衣笠と打ち合わせ。 あぁでもない、こうでもないと膝を交えて語らって、平和の裡に終了。抱えた原稿の〆切は、平和ではないけど。 先日鎮守府に行った話がどうもピンと来たようで、取材の交渉をするだの、ダンスを習う企画をしようだの、やたら元気になっていた。 ダンス企画は僕が没にした。習ってはみたいけど、組むなら村雨ちゃんとだし、村雨ちゃんを写真とかで世に出すのは嫌だからなぁ。取材企画としてはいけないね。習ってはみたい。 取材として、現役と元提督&元艦娘が話すのはありといえばありかもなのかな。ご時世的にも取り上げて外れはないだろう。それとも単独でいくのか? 何にせよ、よく上と相談する保留らしいけど、どうなるやら。
どうせ旅行…もとい取材に行くなら、秋の山とかいいと思うけどなぁ。 今日の差し入れのケーキも栗系アラカルトだし。選んでる時お姉さんに聞いてみれば、この前も山の栗でお姉さんのお祝いをしたそうな。やっぱいいよなぁ実りの秋。酒蔵もあるそうで、これはこれで興味あり。下戸だけど。 取材名目で家族旅行させてくれよなー頼むよー…………やっぱり厳しいですか。
いつも通り、のんびりした打ち合わせの最後に、来年用の新しい手帳をプレゼント。 手帳としては少し早いかもだけど、アポ取り、取材、〆切とスケジュール管理の基本スパンが長めの二人にとってはむしろこの時期にプレゼントするくらいがちょうどいい。 一方、青葉の誕生日としては数日遅れ。ぷんすか、と抗議をしてくるけれど、顔が笑っている。この姉妹は、本当に嘘つけないんだから。僕ら鎮守府の知己の前でだけと嘯いているけど、ちゃんと仕事が成り立ってるあたり、ある程度本当なのかね。 ぽこぽこ叩いてくるたびにポニーテールが揺れる。こどもみたいで、それこそ朝霜みたいで、つい撫でそうになるけどそういうわけにはいかん、いかん。
お衣の誕生日まではまだひと月あるけど、彼女にもプレゼント。 今はデジタル派だけど、「スケジュール管理にバッテリーの心配があるのはよくない」と言って、手帳だけは相変わらずアナログで使ってくれてるから嬉しいもんだね。 鎮守府時代は「青葉のついでのポイント稼ぎ?」とからかわれたけど、もう長い付き合いだし素直に受け取ってくれる。姉譲りの笑顔は今日も全開だ。 …昔も今も、行きつけの店のポイントがよく稼げるってことは、否定しない。
鎮守府時代、初めて青葉に誕生日祝いをねだられてから、もう十何年になるんだろう?そういえば、二人には手帳(と宴席)しか贈ってこなかった気がする。少しは上等なものか色気のあるものを、と思ったこともあるけど、なんかしっくりこなかった。僕らは、こんな感じで気負わない友達ってのがちょうどいいんだろうな。 気負うことなく、飾ることなく、そうしていられたら十分なんだと、今年も思った秋の始まり。
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ハグの日だもの。いつも以上にみんなと近くていいよね。ということで、朝から家族とむぎゅむぎゅして過ごす。
偶然なのかなんなのか、やってきた姉妹たちとも軽く。
取材帰りに寄ったと言う青葉とはさすがにしない。あいつ写真に残すんだもん。
……みんなから批難がましい目が刺さる。村雨ちゃんさえもそちら側である。
仕方なくではないけれど、村雨ちゃんがいいならよかろう。手を広げると、待ってましたとばかりに青葉が飛び込んできた。おっとっと、元重巡娘だけあって勢いが違うね。
受け止めた体から、髪から。いつもの香りに混じって夏のにおいが漂ってくる。戦時中にも幾度となく感じた、太陽の下で頑張った人のにおいがする。
「今日もおつかれさま」
短く労って、ちょっと強く抱きしめると、無邪気な声が耳をくすぐり、二人の鼓動が重なった気がした。
結局、店を閉めた残りのメンバーも集まって宴会と相成りました。
青葉一人加わるだけで話の広がり方が違うね。
人のこと言えないけど、明日の仕事大丈夫なのかこの子達。そんな楽しい日でした。
睦月と朝霜とは、一日の締め、寝る前にもしっかりぎゅーっ。これ恒例にしようかな。
村雨ちゃんとは、終日隙あらば好きなだけ。……あれ、つまりはいつも通りだったの?
いまさらそんなことに気付いて、ハグしながら、おやすみなさい。
梅雨も明け夏本番を迎えた、少し前の話。
「のわっちのわっちー、今年の新しい水着、何にするー?」
「水着? 水着かぁ……そういえば去年買ったのも一度しか着なかったわね」
「去年の!? そんなんじゃ駄目だよ! 女の子は流行に敏感じゃないと!」
「舞風から流行なんて言葉が出るなんてね……お小遣い、残ってるの? この間前借りしてまで新しいダンスシューズ買ったばかりじゃない」
「うっ……それもそうだった」
扉の向こう側で飲み物のご用意をしていた私の耳に、蝉の鳴き声に混じり黄色い夏トークが聴こえる。
今日もまた宿題から脱線したのだろう、結露滴るアイスティーをトレイに乗せ、ふたりに気付かれないように部屋に入る。
いち早く野分様が視線に気づくも、小さく会釈をすると何事もなかったかのように舞風様に向き直る。ふたり揃って隙あらば喝の精神である。
「でもでも! 提督ならお願いすれば水着くらい―――」
「買いませんよ」
舞風様がハッと振り返る。案の定、宿題の消化率はよろしくはない。野分様はやれやれと言った表情で舞風様から水着雑誌を取り上げる。
「……と、いつもは言うでしょうが仕方ありませんね。夏ですから」
「やったぁ! じゃあ今すぐ行こ! 見に行こう!?」
「野分様も。奥様には私が後で申しておきます」
「あ、ありがとうございます」
そうなればお二人の準備は早い。いそいそと支度を始める舞風様と野分様。
当初は宿題を終えたご褒美にするつもりだったが、お出かけ気分のお二人に今更言うのもバツが悪い。
それならせめて健康に留意させるのが私の務めだろう。
「外はお暑いですから。水着は逃げませんし、先にアイスティーでも如何でしょう?」
カランコロンと涼しげな音色を上げる氷たち。外を見上げれば空に浮かぶは入道雲の立派な事。そろそろ麦わら帽子の準備もせねば。
いろいろと思うところは、良いも悪いもあるけど、目下のところ、終戦話をしたい気がする。
私は夜が好きだ。
昔の同僚は軒並み早寝早起きだったので当時はその生活リズムについていくのがやっとだったのが懐かしい。
実は夜は眠らなくても平気なのだが、今夜は深く眠りたいと思う。
家内は娘と一緒に居間でくつろいでいるようだ。
予めドアノブに『Bitte nicht stören』のお洒落を効かせておいた。
私は遮光カーテンを閉め切り、部屋の電気を消す。
ベッドサイドランプがほのかに光る中、ベッドに腰掛けてココアを頂く。甘い香りに誘われて一気に飲み干した。
ふかふかベッドに入りとんがり帽子を整え、いざ夢の中へ。
手元のランプを消すと部屋は真っ暗。
目を開けても一面の暗闇で夢現になってしまう。
しかし、私は自身でリラックスしていたのが解っていた。
光の無い世界で一人うつらうつら……流されていく感覚、これがとても好きで幸せな一時であった。
私の意識はそのまま暗闇に落ちていった。
翌朝、私が目覚めたのはヒトマルマルマルのことであった。
寝てたというよりもとにかく心地よかった感覚であった。
私はパジャマまま居間まで歩き、椅子に腰掛け、テレビをぼうっと眺める。
もちろん家内はお仕事に出かけており、娘は二人とも学校だ。
そういやお腹が減ったなぁ。
ブランチというものにするか、昼は私だけの贅沢にしようか、どうしようか。
夜更かしが許される時期ももう終わり。
娘たちの宿題の追い込みに、村雨ちゃんと一緒に鬼になるぞ。
とはいっても、8割9割終わってるあたり優秀な子たちよ。
誰に似たのかな。僕に似たんだろうな。
……お衣とアオがすっごい目で見てくる。鬼がいる。〆切棲姫だ。2枚構成…アッ村雨ちゃん含めて3枚構成……。
気が付けば睦月も朝霜も入って姫5構成。ごめんなさい僕に似てません…。
今朝は朝から狸寝入り。
朝は一段と多忙なのを知ってか知らずかその偽りの寝顔は相変わらず自由気ままな風のよう。
このまま放置するのも一興ですが風が嵐に変わる前に少しばかりお相手する事に致しましょうか。
話は変わって、以前お嬢様たちがお世話になったご家族を近々お招きして流し素麺を開く予定です。
もしよろしければご夕食も如何でしょう?
少し前、とある鎮守府からかわいらしい暑中見舞いが届いた。
例年は丁寧なものだったけれど、今年はお嬢様直々にお書きになったらしい。
近況報告に加えて、夏の終わりの流し素麺の会にお招きくださるとのこと。
睦月、朝霜はお姉ちゃんたちに会いたいというし、僕ら夫婦は久々に海の前線の様子を見ておきたい。
断る理由は、ひとつもない。
夕飯までご馳走していただけるというのなら、こちらも何か用意しておくのが筋だよね。
花火セットとか、お菓子とかかな?僕もキッチンに立たせてもらえるよう頼んでみるか。
青空の下、顔の大きさほどもあるスイカを頭の上に掲げ走り回る舞風様と一回り小さな女の子がふたり。
今日は以前お世話になったご家族を招いての流し素麺。少女たちは久々の再開と大玉のお土産に熱さも忘れて水遊びに夢中なご様子。
あらあら、野分様が標的にされてますね。ではすぐに着替えの用意を致しましょう。
流し素麺の準備が整う前に、女の子4人はお約束のお屋敷探検。屋根裏部屋から地下室の隅から隅まで気分はまさにトレジャーハンター。
どこからか持ち出した電探を使うと、早速私の部屋に隠された財宝(お菓子)を見つけガッツポーズ。
そして次々に財宝(これまたお菓子)を見つけると、この部屋は秘密基地に、この財宝達は全て彼女たちの物となりました。そんな…馬鹿な…。
その間にご夫婦方は前線を見に鎮守府見学。野分様によれば旦那様は元軍属との事で私からすると大先輩。
ここ最近の平和といっても良い現状ですっかり夏休みな艦娘達に喝を入れてくださるようお願いをしておきました。
それに鎮守府近くの砂浜は有名なデートスポット。海を眺めながらおふたりだけの時間を楽しんで頂ければ何よりです。
さて、各々が時間を満喫し終えると同時に素麺も茹で上がり、青竹香る流し素麺もいよいよ開始。
初めての流し素麺に張り切る睦月さんと朝霜さんに、今回は色付きの素麺も混ざっていると伝えると一気にボルテージがMAXに。
おや、舞風様も負けじとやる気を出しているようで…おかしいですね、今日はお姉さんだから妹さんを立てるのでしょう?
野分様のように一歩下がって妹さんに譲らなければ…と、これではもうお姉さん失格です。
ご夫婦はそんな様子を暖かく見守っていると思えば桜色の麺を一本、あーん、なんてしている。まぁ、仲睦まじいのはよろしい事で。
素麺流しも無事に終わり、残った時間で一緒に宿題を終わらせていると外はすっかり夕焼け模様。
ご夕食はふたりの奥様と旦那様、それから私の大人勢ぞろいでビュッフェ形式のディナーを作りました。
なるほど。これなら不慣れなナイフとフォークを使わずに済むというもの。長年培った主婦の知恵に私も見習わねば。
「行っちゃったねー……あれ? これ睦月ちゃんの宿題じゃない?」
「それにこれは朝霜ちゃんの絵日記ですね…」
今回はお仕事の都合で日帰りとなりましたが、騒動はまだ終わらない。
急ぎ立てるお嬢様を後ろに乗せ、猛スピードで追いかける我が愛車。次回は是非ともご一泊を。
いよいよテレビ番組も夏の装いから平時に戻ってきたな、と朝の子供番組を見て思う。
メイン視聴者たる娘たちは、しかし起きてくる気配がない。夏休みボケを吹き飛ばそう!ってテレビの向こうで言ってるのに。
昨日あれだけはしゃいだんだ。無理もないか。かくいう僕らもちと眠い…。
お姉さん方との再会とあって、開幕前から高めのテンションはスイカ割でさらに上昇。
野分さんの一刀両断…とはいかないまでも、見事な一発で拍手喝采ときたものだ。僕の手品にもそのくらいのリアクションがほしい。
舞風さんとの以心伝心は日頃の鍛錬のなせる業なんだろうな。
鎮守府も見学させてもらったけど、大戦期、というか「僕の鎮守府」とはずいぶん違う風景だった。
技術の進歩、訓練方法の進歩、時代と戦況の変化、あとは指揮官の腕の差だろうか。
野分さんが尾ひれつけて話しでもしたか、ずいぶん立派な印象を持たれてるらしいけれど、本来僕は喝入れる立場じゃないんだよなー。入れなきゃいけないほど低レベルじゃないしなー。ていうかどの部門のだれもが十分以上に高練度。
とりあえず現役時代の話を軽くしておいたけど、さてどのくらい重みがあるものか。
僕ののんきな話より、借り物の予備主砲で砲撃演習に混ざった村雨ちゃんの方がよっぽど衝撃を与えたんだろなぁ。ただの的あて演習で、現役さんを押しのけてトップとはいかないまでも、よくもまぁあんな成績叩き出せるもんだ。我が嫁ながら、母は強し、か。
衝動買いとかするの、控えよう。
一回り二回りと見学して、先に案内された砂浜も行ってみようということに。
……静かだった。子供たちがいないという意味でもあり、平和という意味でこそある。
僕らが護った海。彼女らが護る海。潮風を受けながら、輝きを眺めつつ、手をつないで歩む。
「綺麗だねぇ」
「ほんとね」
「君のほうがきれいだけどね」
「……ふふ、なにそれ。かっこつけちゃって」
「鎮守府に来たからかな。子供の頃みたいにかっこつけたくもなる」
「昔そんなこと言われた覚えないんですけどー?」
「あれ、そうだっけ」
「そうでーす。ほんと、子供どころか坊やだったんだから。いろんな意味で」
「否定できないなぁ」
「でも、今は違うでしょ?」
もちろん、と応えるのを待たずに、手をほどいて走り出す。追いかけっことは、そちらこそずいぶんお子様ですこと。
太陽と時計の針は天辺より少し下方へ。
ラジオ体操で鈍りがほぐされてたからって、また走り出されたらかなわない。そう思って捕まえたときのまま腕を組んで合流したら、娘たちにはニヤつかれ、舞風さんは顔を赤らめる。そんな中、野分さんはひとりだけ妙に落ち着いてる。聞けば執事さんと舞風さんはダンスのペアを組んでるそうで、そのへんで見慣れてるのかな。
……それならなんで舞風さんは赤面したんだろ。誰かと自分を重ねて見た、のかも。
僕らが日差しの中にいたころ、少女たちは秘密の中にいたという。
お屋敷なんて初めてだからって、探検中に下手なことしてなかったらいいんだけど、そんな期待を裏切るように自慢げに戦利品を見せてくる。ずいぶん品のよさそうなお菓子に、小物の類。睦月は小さなペンダントを首にかけ、朝霜は不釣り合いな刀を佩いてる。記憶の時計を巻き戻して、そのどちらもが僕らがそうそうお目にかかれなかった褒章と気付き、すぐに夫婦で顔面蒼白。
すぐに謝って返そうとするも、今日の間は貸してくれるのだという。笑顔でさらりと言うあたり、提督も艦娘も、(主も従者も?)懐の大きなひとたちよ。……厚すぎるご厚意には甘えるけれど、どうか傷つけないでほしいと冷や冷やしてしまう。とりあえず、流しそうめんする間は動き回るんだしと説得して僕らが預かることにしておいた。
さてさて、お楽しみの流しそうめん本番。朝霜、睦月はそういえば初めてだったな。
舞風さんにコツを教わりながらなのか、楽しくやってるようでほほえましい。野分さん、執事さん、奥様は僕らと同様一歩引いて見守っている。
ふむ。さっきといい、以前のうちへのお泊りといい、野分さんはどうにも大人しいというか、大人らしい。過剰に厳しくされてるわけでもなさそうだし、もとよりの性分なんだろうか。何にせよ、ちょっと気になるなー。よそ様の娘様、その性分にまで気をやりすぎても大きなお世話かもしれんが、まだまだ無邪気になっていい年頃だろうに。もしも「お姉さん」が鎖になっているのなら、何か手助けしてあげたいなぁ。
「あなた?あーん♡」
「あーん。はい、村雨ちゃんも」
こんなことやってる大人に何か言われても、信用ないかなぁ?
同じ麺のはずなのに妙においしいのは、愛か、恋か、恋愛の色故か。
おや、舞風さんが何かなるほどって顔でこちらを見ている。……執事さん、ごめん。なんか入れ知恵しちゃったみたい。
お楽しみの後は宿題の仕上げ。
保護者が普段の倍ともあれば、集中力も倍。それとも、完全勝利への最後の一手だからかな。お姉ちゃんたちが丁寧に教えてくれて、ふたりも捗ったみたい。
その様子を見つつ、大人たちは紅茶を味わいながらとりとめのない話をした。海の今昔。子供の教育論。趣味の交流。僭越ながら、少しばかりの息抜きになってくれたならうれしい。提督って大変だもんなぁ。
夕飯にはいくつか案を練っていってたらしい。いつの間に奥様と連絡とってたんだ、と今更疑問には思わない。村雨ちゃんだし、奥様も周到な方みたいだし。
だから、僕らは現場でお手伝いをするだけ。…そのお手伝いだけでも、手際の差を感じる。うーんできる男ってこんな感じなのか。頑張らないとなー。
ずらり並んだビュッフェは、多国籍多ジャンル、あれこれのやまもり。見た感じみんなの好物って感じかな。互いにちょっとずつ、相手を知ることができるからビュッフェっていいんだよね。睦月はあっちこっちといろいろ取るタイプ。朝霜も似たような感じだけど、お嬢様側の珍しい食材を重点的に攻める。僕と似てるタイプ。舞風さんは予想以上によく食べる。そのアクティブな印象からはちょっと連想しにくいけれど、端々に丁寧な所作がみられて、レディって感じ。みんなに、大人も子供も共通するのは、食べてる笑顔が素敵ってこと。
…しかし妙なことに、メイン級は7品種。一人分足りない。奥様か執事さんが遠慮なされたのかな、と思ってたけど、スイーツを山盛りにする野分さんを見て納得した。妙に多いと思ったけど、そういうことね。年相応なところがあってほっこり。
おなかもいっぱい、思い出もいっぱいで、大満足の夏の終わり。
寝ぼけかけの娘たちを村雨ちゃんにお風呂に入れてもらう。その間に、僕の携帯にメッセージが届いて曰く、宿題の忘れ物とのこと。
うわー、やっちゃった……と思いつつ、詳細な道案内を返信してそれからしばらく。うつらうつらの朝霜と睦月が髪を乾かしたぐらいのタイミングで三人の風が到着。二人がぼんやり顔でのお礼をしながら受け取って、幕引きと相成りました。
エピローグの疾風デリバリーがなかったとしても、どうにもこうにもドタバタだったなぁ。
お誘いもいただいたわけだし、次は泊りのイベントにしたい。お酒も入れたいし、大人の話もしたいしね。となると、お月見かな?
それでなくとも、雑貨屋や舞台演劇へ招待するのもいいかもね。こっちが鎮守府講演しに行ってもいいかもなー。講堂の設備、かなり立派だったしなぁ。
ふーむ、楽しみは尽きない!
夏が過ぎる。
夏休みももうおしまい。夏休みの宿題は終わったか少し気になる。
大体30日ぐらいからお姉ちゃんが慌てはじめていた。
あーあやっぱり。毎年のことである。
ちなみに妹の方は完璧に終わらせていたようだ。
で、今夜は夜を徹して宿題を終わらせることに。
宿題は残り5つぐらいらしい。
旦那が徹夜で村雨ちゃんがサボらないかの見回りとコーヒーの差し入れ。
基本旦那と自分は勉強に対しては口に出さない方針だ。
質問には答えたりするけど基本自身で考えてもらうようにしている。
自分はそんな横で春風ちゃんと一緒にスヤスヤ。
明日からはシルバーウィークに向けて少しずつ忙しくなる。頑張ろう。
翌朝、村雨ちゃんの宿題は無事に終わるかな?
終わらせたらごほうびのビュッフェでもどうかな?
かち。
たん、たん、たん。
ざく、ざく、ざく。
ざぁ、かちり。
カレンダーは新たな絵柄のページ。夜の帳は、ひときわ深く。暗がりに灯りをつけて、ひとり。
ぼんやりと考え事をしていたら目がさえて、おなかも動き始めた。
冷蔵庫をがざりと漁って、適当なお宝を見つけ、ざくざく刻んでぐつぐつゆでる。
牛乳や塩コショウで、これまたざっと適当な味をつける。
茹り具合の確認もかねて、ひょいぱく。なかなかうまい。
一人だし鍋から直接つまむでもいいけど、ちゃんと器に移さなきゃな。
食器棚へ振り向けば、お椀二つをもってにこにこ微笑む女神さまが、いつの間にやら。泉でもなければ落としてもないんだけど。
「あれ、起こしちゃった?」
「ん。もう少し工夫すればいいのに」
「簡単、安上がり、あっさり。夜食の最適解だよ。独り身時代の知恵ってやつ」
「終戦前からプロポーズしておいて、よく言うわ」
「ぎくり」
目線を逃がした下方、腰元。光の乏しい厨房で、結びを解いた髪は輝いている。女神の御髪に、見とれてしまう。
その視線を察してか、妖艶なほほえみとともに、僕の腰に手をまわして上目遣いなんてしてくる。
僕がなでるのが好きなところ、彼女が撫でられるのが好きなところ。この対話に、言葉はいらない。息と鼓動で、まじりあう。
半人前時代の、一人前の夜食を、二人で食べるという喜び。
「二人ともぐっすり?」
「二人より私のほうが先に寝たかも」
「夏の疲れが出たのかな。おつかれさま。起こしてごめんね」
「ほんと、疲れちゃったわ。子供が三人いるみたいで。妹の世話のほうがまだ楽よ」
「あはは…ごめんね」
「いーの。そこも好きで指輪受け取ったんだもの」
「…ありがと。お酒、出す?」
「んー、いいわ。あなたの味だけでいい」
「光栄です。じゃ、ご賞味あれ」
卓と命にご挨拶。
「ごちそうさま。おいしかったわ」
「それはよかった。後片付けもしておくからね」
「ありがと。先、ベッドで待ってる」
「ん、寝言楽しみにしてる」
「もう」
食卓の明かりを消して、ひとり。季節の境目、無指揮の合奏。夜風に揺れて風鈴が重なる。
ざぁ、こしこし。
ざばざば。きゅっ。
かちゃかちゃ。
かち。
――――――――――――
昔というほどでもない昔。
まだ青の景色に赤と黒が混じり合っていた時代。
とある鎮守府に着任した一人の若い提督がいました。
新人提督のもとには、頑張り屋の駆逐艦娘、優しい軽巡洋艦娘に続いて、おしゃれな駆逐艦娘が参列しました。
提督は、まとめ役になってくれそうな子が来てくれてよかったなぁとだけ思いました。
月が何度満ちて欠けたか、初めての秋。青年は提督宿舎で泣いていました。
成り行きで提督になった自分が彼女たちの命を背負ってもいいのだろうか。
自分の采配は、能力は、正しく彼女たちを活かせているのだろうか。
だんだんと大きくなる艦隊、苛酷になる海に、彼女たちのために何ができるのだろうか。
彼女たちを大切に思い、彼女たちを信じ、自分だけは信じられない。
自分が提督でいいのか、彼女たちには不釣り合いなのではと、不安に駆られる日々を過ごしていました。
ひとしきり泣いたあと、提督が顔を上げると、そこにはおしゃれな駆逐艦娘がいました。
提督は、まずそこに彼女がいたことに驚き、次に涙を見せたことを恥じました。
艦娘は、何も言わず、ただ提督の手を取って微笑みました。優しい微笑みでした。
提督は、自分より一回りも二回りも小さな艦娘に赦されて、ただ抱きしめることしかできませんでした。
数十の艦娘を指揮すること。長として鎮守府を治めること。
艤装を持って海を駆ること。艤装を持たずして隠密行動をしてのけたこと。
提督と艦娘としてのすべては、狭い洗面所には介在しません。
青年は、腕の中の温もりを感じ、彼女を少女として愛おしく思いました。
少女は、初めこそ驚き、少しだけもがいたものの、静かに身を任せていました。
一瞬のようで、永遠のようで、そこにはただ二人がいるだけでした。
そして、それから数年か、数か月か、数日か、数時間をかけて。
おしゃれな駆逐艦少女は、青年提督にとっての特別になっていくのでした。
――――――――――――
「あ、おかえり」
僕の仕事部屋、別名「執務室」の原稿机、そのモニタの向こうから栗色の髪が覗いている。
飲み物を取りに行った隙に、書きかけの原稿を見られてしまったようだ。正直気恥ずかしい。
「ねぇ、これって…」
「ん、そうだよ。あの時の話」
「なんでこんなの書いてるのよー」
顔を赤らめて抗議をしてくる。かわいいなぁと思いつつ、飲みかけの麦茶を渡す。
誤魔化されてるとでも思ったのだろうか、ちょっとむっとしながら、それでも飲む姿まで可愛らしい。
「いやね、この前お嬢様に馴れ初めを教えてほしいって言われてね。でも話しそびれちゃったし、短編にでもしようかと」
「……また話しに行けばいいんじゃないの?お月見とかでお泊り会とかさ」
「それもいいよね。執事さんと話してみるよ。…でもせっかく文筆業やってるんだしさ、セールスも兼ねてね?」
「そんなことしてる暇あったら本業を書いてよ~…」
「まーまー、たまには昔を思い出してもいいんじゃない?」
「ああ言えばこう言う…もう、困るんですけどぉ」
机に突っ伏しての上目遣い。娘たちの前ではあんまり見せない表情で、これもまた魅力的だ。
「ごめんごめん」
「で?これで終わり?終わりよね?」
「んー、そうだね。これ以上は」
「「ふたりだけのひみつ」」
口づけを交わして、微笑みあう。
「そうだ、今晩は、秋刀魚にしよっか」
「旬には早いわよ?」
「ありゃま、それもそうか」
「…食べなおさなくても、忘れないわ」
「僕もだよ。…奢りの痛みも」
「うふふ、あの時はごちそうさまでした」
「これからも食べさせていけるように、頑張ります」
「あの子たちの分も、がんばってね。あなた」
始まりを思い返して、これからを思い直す。
決意新たに、新たな季節へ。
「で、どうやって贈るの?」
「手作りで製本する方法は見つけてあるから、絵本っぽくしてみようかと」
「絵は?」
「お願いしていい?」
「はいはーい。そんなことだろうと。かっこよく描いてあげるからね」
「ほどほどでお願いね?村雨ちゃんはそのままでかわいいからそれでいいけど」
「もう!」
出会いはあまりにも唐突だったのかもしれない。
ある女性提督のもとに訪れたのは真っ白な空母。
「本日からお世話になる航空母艦、Graf Zeppelinだ。」
「グラーフと呼べばいいのかな?こちらこそよろしく頼むよ。しばらくは鎮守府がバタバタしているから部屋でゆっくりして環境に慣らすようにしよう。それから、演習だね。」
「ああ、了解した……。」
鎮守府のドタバタが一段落し、グラーフの演習が始まった。まずは海上を航行することから始めたのだが、うまくいかずに目が回る。普通の艦娘はすんなりといくのに、と周りが不思議がっていた。そのうち、見かねた吹雪が私と手をつなぎ、うまくバランスが取れるように支えてもらった。
すると、私は海面から足が離れた。
どうやら空中ではうまく移動することができるらしい。しばらくの間は空に浮いたまま戦っていた。
ある夜、提督のもとにグラーフが駆け寄った。
「悪い夢を見た……」
「たまにはそういうこともあると思うから気にしないでよ、夢は夢だから。ってグラーフも寝るんだ。」
「ああ、そうだな。普段はほとんど眠らなかったからな。」
「眠らずに平気なの?」
「……平気だ。寝たいときに寝るぐらいだ。私の中では眠ることは時間潰しの一つであり遊びの一つだ。」
「そういう人も世の中にはいるんだねぇ」
「そもそも私は人間ですらない」
「どういうことなの?」
「魔法使いと言う種族だ。」
提督はきょとんとした。まさか発艦形式や姿が魔術師のようだとは思ったが、まさか本当に魔法使いだとは。
「空を飛べるのも本当はそのおかげ……だが打ち明けられる人がいなかったのも事実だ。」
グラーフが空を飛べるのはすでに艦娘の間でも周知の事実であった。
「なるほどなぁ」
「だが……アトミラールには言わねばならないと思ったからな……。」
「そっか。魔法使いだろうが人間だろうが艦娘には変わらないからね。これからもよろしく、グラーフ。」
「ああ、こちらこそ頼む。」
とグラーフが私を強く抱く。痛いって。20万馬力で抱きかかえられたらたまったもんじゃない。バタバタしていることに気づいたグラーフが力を抜いて優しく包み込んでくれた。
「ところで、悪い夢の中身ってなんだったっけ?」
「すっかり忘れてしまった。」
なんだ嫌な記憶は吹っ飛んでしまったのか。今夜は逃さないぞ。まずは仕返しのほっぺむにむにからだ。
改造を施して、迷彩を纏うようになった彼女はさらに勇ましくなった。私は彼女を大規模通商破壊作戦の旗艦に任命した。
彼女は未完成の艦であったことにときどき負い目を感じているものの、戦場では堂々とした指揮と戦闘で確実に戦果を上げていった。特に少ない航空機を有効に活用した戦術を発明した数は枚挙に暇がなかった。
彼女の立ち回りはフレキシブルだ。艦隊戦で機動部隊の旗艦を務めることもあれば、速力を活かして単独で艦隊の援護をすることも、奇襲をかけることも多かった。ときには遠方で構え、索敵だけを任務として行うこともあった。
ただ、物量で攻めるより手数で攻めるのが得意な方であった。
作戦を遂行するにあたって彼女の魔法が便利だった。
気配を消して見つかりにくくする魔法。あらゆる妨害を受けないかつ、傍受されないテレパシー能力。状況を一瞬で把握する心眼。そして機動性を高める飛行能力。深海棲艦を直接打ち倒す力はないものの、私は彼女の魔法の強さと応用力には素晴らしいものがあると見た。
大規模通商破壊作戦が一通り終了してしばらく経った日、グラーフが提督に甘えてきた。
「お元気か、アトミラール。」
「元気だけどそっちはどうか、グラーフ。」
私はグラーフの頭をなでなでした。普段は男勝りで勇ましいものの、嬉しそうな顔をするとかわいらしいものである。
「グラーフはかわいいなぁ。」
次は頬をつねる。優しく上下左右にこねくりまわす。
「あ、アトミラール、ははっ、面白いなぁ。こっちも仕返ししてやろう。」
そう言われると耳たぶをもみもみされた。くすぐったい。
耳たぶをつねりだしてしばらくすると部屋に戻らないとな、と言い出して勝手に帰りだした。
「旦那さん、一つ忘れていたんだけど、大丈夫かな?」
一瞬グラーフの背中がぴくりと動いた。
「こっち向いて欲しいかな?」
グラーフは指示に従って提督のもとに向き直るとそこには輝く輪が。
グラーフがそれを認識した瞬間、顔を赤らめ、顔を手で押さえていた。
「貴官には私の旦那になってほしい。」
ド直球であった。
「旦那……?私は女だぞ?何かの冗談なのか?」
グラーフは平静を装い、冷静に返事をする。
「貴方がイケメンだからだ。男装は間違いなく似合うと思うぞ?」
「なっ……?」
グラーフはこれまで男装などしたことがなかった。しかし、男らしいと思われたことがないわけではなかった。飛龍や蒼龍にはときどき言われ、初対面の駆逐艦にはイケメンなのですとなつかれたこともあった。
ただ、提督が私を選んでくれたことに対しては何も疑う余地はなく、断る理由もなかった。
提督のためなら男装なりなんでもやってみせる、と覚悟した。
「提督。喜んで受け取ろう。そして、提督の伴侶になろう。」
私は吹っ切れた薄い笑顔で指輪を左手の薬指に通した。
「ああ、これからはずっと一緒だ。Herr Graf Zeppelin.」
自室に戻って指輪を眺めていると全身が熱くなった。特に指輪がある左手の薬指が熱い。
いつの間にか自分は部屋を飛び出して中庭にいた。熱は一向に収まらない。
溶けてしまいそうだ。意識がもうろうとしてくる。ただ自身の中の力がひたすら奥底から湧き上がってくる感覚のみが鮮明にわかる。艦娘としての力だけでなく、魔法の力も例外ではなかった。
体が耐えきれない。そう思った瞬間、私からエネルギーが大量に放出された。
そこで記憶は途切れた。
目を覚ますと提督のベッドで寝かせられていた。
「貴方、どうしたの?」
「力が暴走したようだ……すまない。」
あの時以来、私は更に強力な魔力を身に付いた。おそらくは限界突破の力だろう。指輪を媒体として魔法を使うこともできるようだ。
「まさか……?」
「まさしくそれだ。魔法の力だ。以前は私の中でリミッターがかかっていたが今は枷が外されている。」
「じゃあ、また……暴走するの?」
「いや、大丈夫だ。今は自分で律することができる。」
提督は安心しただろう。私はベッドから立ち上がり、一礼する。
「それでは、失礼しよう。」
「待ってくれ。」
「なんだ?」
「旦那さん、秘書艦になってほしい。」
「なんだそれか、私は願ってもないことだ。快諾しよう。それにずっと貴方の隣に居ることができるからな。あと眠らずに執務することも容易い。」
「そうとなれば決まりだな。」
「ああ、ベストを尽くす。夫婦二人三脚で、頑張ろう。」
ある時、戦いが終わった。
加賀を始めとした艦娘は各地に散っていった。あるものは家庭を持ち、あるものは新しい仕事に取り組み、あるものは故郷に帰っていった。
そして残ったのは提督と秘書艦であった。
「伯爵。とうとうここには君だけになってしまったなぁ」
「……」
旦那は下を向いたまま何も語らない。
「私は……身寄りなどない……また……独りになってしまうのか……。」
枯れた声で絞り出している。嗚咽も聞こえている。私は肩をポンポンしつつ耳元で語りかける。
「貴方は私の旦那。そうでなくて?」
はっ、と顔を上げる。旦那は立ち上がってぎゅっと抱く。
痛い痛い。
旦那は再び泣きじゃくっている。
「ああ……あとみらーる。いや、家内よ。私たちはずっと一緒だ……ずっと……。」
「ツェッペリン、貴方は独りじゃない……いままでも……これからも……。」
つい私も泣いてしまった。
月の光が差し込む夜。
二人はいつまでもお互いを抱いていた。
土曜の朝の妻曰く、イタリア重巡姉妹の店に行こう。コーヒーやワインを切らしてたのもあるけど、普通に喫茶としてみんなで行こうと。それはいいんだけど、なぜか別々に行く提案をされた。
ザラやポーラとお菓子でも作るんだろうか?そんなことを期待して、約束の時間に朝霜、睦月、白露義姉さん、ゆうだっちゃん、春雨ちゃん、江風とともに到着。お出迎えしてくれた村雨ちゃんは、二人と同じ制服を着ていた。反則的に似合ってて、それでウィンクなんかしてくるんだから。まったくもってずるい。ほかの面子の手前、抱き着いたりできないのがつらい。
普段は家でしかコーヒーを飲まないけど、味わって飲むとやはり違う。
朝霜はわざわざかっこつけてブラックを要求。苦かろうと思って心配したが、そこは淹れた人間の腕か、ちゃんとおいしく飲めてよかった。よそで同じようにブラック飲んで、落差を知ることを考えると若干かわいそうな気がするけど。
睦月はカフェラテ牛乳多め。コーヒーはまだまだ早いのです。にが甘い初めてはお気に召したようで、ママのお菓子と合わせて終始ご機嫌。
姉妹たちも思い思いのブレンドを楽しんで、安らいでみたり、姪と遊んでみたり。
ご機嫌といえば、村雨ちゃんが一番ご機嫌だったかな。
艦娘時代の服をベースにした店の制服は、元を悟らせないほどに可愛らしい。もちろんザラ、ポーラ姉妹も相変わらず似合っている。
……ほかの全員にも言えることだけど、元艦娘老けなさすぎだろ。サイヤ人か何かか。
見せつけるように、踊るように給仕を行い、ことあるごとに感想を求める。可愛いよ美味しいよ好きだよと伝えれば、頬を赤らめて戦友とハイタッチ。そしてポーラの淹れたコーヒーを飲む。残されるのはおいしいコーヒーとお茶菓子、にこにこの卓と、かすかなお酒の匂い。…お酒の匂い?
……まさかと思ってポーラの手元を見にいけば、アイリッシュコーヒー作っている。ザラが睦月とお話してるのをいいことに、昼間っから酒を入れてやがるのだ。こやつめ、ザラ姉さまに報告だ、と勇んだところを村雨ちゃんから口移しされて…。
意識を取り戻したとき、そこはイタリア重巡姉妹の寝室だった。隣のベッドでは村雨ちゃんが同じように眠っている。すこしくらくらしながらも、彼女のベッドに腰かけて頬を撫でる。よく眠っているようで、安らかな寝息が愛おしい。
枕もとの時計を見ると、19時を回っている。店はバーとして賑わっているのだろう。書き入れ時の休日にぼくらのための貸し切りをしてもらった分、皿洗いくらいの手伝いはしないといけない気がしてきた。大事な彼女に感謝を一筆書き残し、娘たちの相手をおばさま…お姉さまたちに任せて、いざ、厨房へ。鎮守府時代を思い出して、がんばりますか。
こういうのあるんか…ワイも書いてみてええかな?
https://docs.google.com/spreadsheets/d/1H-bRQ0P-NdazPdjUyYrjh1gf_oqPitWqeFQwYuYTC4c/edit#gid=0
直書きしてもいけど
ここに家族構成とかざっと書いてくれればこっちで追記しておくよ
今夜は中秋の名月らしい。
主人いわく「自身のパワーが高まっている」ようで。
今日の〆は耳かき。
主人に誘われてレモンの香りのアロマが焚かれた主人の部屋で膝枕。
今夜はぐっすり眠れるでしょう。主人はずっと耳かきしたりマッサージしてくれるようで。
十六夜の月。ためらう、という意味の「いざよう」から名付けられたものだという。人と好くあってほしい、という睦月と遊んでくれている如月ちゃんは月のように美しくという意味だろうか。そんなことを思いながら鍋をかき回す。
満月を境に少しばかり欠けた今宵の月は、天頂までの歩が遅いのだけれど、人を待つ身には都合がいい。ナス、ピーマンをはじめとする野菜たくさんゴロゴロの月見カレーを作って待つ。
子供を思えばこそ、辛さは控えめ。清霜ちゃんや朝霜には、睦月のためということで我慢していただこう。手元をのぞき込んでくる二人の要望通り、大人用の辛さで作ったら食べられないこともわかりきっているんだけど。
支度が終わったころ、今宵の参加者が全員そろった。短縮営業、村雨ちゃんもお手伝いに入ったとはいえ店じまいの後なので、姉妹は皆さんお疲れのご様子。そういえば、姉妹みんなと一緒に遊ぶのは夏ぶりかな。
野菜も残さず味わった後は、庭まで開けて本命のお月見。大きな、大きな月だ。
月を見上げたり、望遠鏡をのぞき込んでみたり、語ってみたり、歌ってみたり。思い思いに月を楽しむ。この人数だもの、さすがに静かにとはいかないけれど、綺麗だからいいんだろうかねぇ。
朝霜と清霜ちゃんは白露義姉さん、ゆうだっちゃん、涼風あたりと広い宇宙を遠望している。
如月ちゃん、村雨ちゃん、五月雨ちゃん、海風ちゃん、それに江風は何の話をしているんだろう。女子会だろうか。失礼ながら、江風は女子会に似合うのか。
僕、時雨義姉さん、春雨ちゃんはぼんやり、夜空を見上げる。時々団子をつまみつつ、秋の気配を肌に感じる。
寝ぼけ眼の睦月を風呂に入れ、寝かしつけるところまで買って出てくれた山風ちゃんには感謝感謝。
そんな山風ちゃんが出てからは、出たり入ったりのお風呂大会。になったらしい。
僕は入れるわけもないのでずっと片づけをしてました。三連休を迎え、小学生たちはお泊りとはいえ、雑貨屋は明日も開くのだ。僕が今のうちに片づけるのが最善…とわかっていても、今宵は夜風が一段と冷たい。
白露姉妹(明日午前シフト組)を見送って、一人湯船につかっていると、冷えた体も、心も温まる。薄着しすぎたんだろうなぁ。
秋服を出すように相談しようとか考えていると、ちょうどよく扉越しにごそごそする音。
酒盛りを始めたし姉妹(明日休日シフト)のだれかってことはないだろうし、小学生たちはもう眠そうだったしな。村雨ちゃんだ。タオルの補充にでも来たのだろうか。ならばと「入ってきなよ」なんてほろ酔いの軽口がまろび出る。
一瞬戸惑うような声が漏れて、そして衣擦れの音、がらがらがら、と開かれる音。
眠気も来てるせいか、耳からしか情報が入ってこない。タイルをぴちゃり、と踏む音はいつもよりほんの少し軽いような?
体を流す水音すらせず、何の音も続かない。洗顔、洗髪、その他もろもろ、あるいは軽口の一つでもしてくるもんだと思ったけれど。
「どうしたの?」
「あの…こちらこそ、その、どうすればいいのか…」
「……?……!!」
声が違う。村雨ちゃんの声じゃない。口調でもない。
気づいてしまって、目を開けるのが怖い。
つまり、こうだ。
「もしかして、如月ちゃん…?」
「…はい。……くちゅん!」
「あー……えと……良ければ、入る?おじさん出るからさ」
「……一緒で、お願いします」
間違っても見てしまわないよう、覚めた目を強く瞑る。つむったせいで、彼女の息も風呂に入る音もよく聞こえてしまう。
足を丸めてスペースを作る。並んで入れば、まだきっと平和的だ。向かい合わせとかじゃないならまだセーフ、だ。微妙に触れ合う感触がしてもセーフ。大人二人で少し窮屈なサイズのはずなのになぜ触れ合ってるのかは、考えない。セーフだ。
いくら彼女から言ってきたからって、それは混乱によるものだ。そもそも招いてしまったのはこちらの手落ちだ。だんまりも悪いし、なにか話をつながなきゃ。学校の話、白露姉妹の話、村雨ちゃんの話、仕事の話、なれそめ、月、それから……。
見知った天井。僕のベッドだ。村雨ちゃんの話を聞くに、どうやら入浴中にのぼせてしまって、そこを脱衣所まで失せものを探しに来た如月ちゃんに助けられたらしい。いよいよ禁酒するべきか。
みっともない姿を見せてしまったこともあってか、見舞いに来た如月ちゃんは赤面している。僕も申し訳なくて目をそらすと、いつかあげた髪留めが揺れている。それがうれしかったのと、感謝を込めて、そっと撫でさせていただくと、まさかまさか、撫で返しをいただいた。もう片方の腕を首に回して、頭を近づける徹底ぶりにどぎまぎしてしまう。僕のほうが子供みたいだ、なんて思っていると。
「また、ゆっくりご一緒させてくださいね。……さん」
小声で、名呼びの耳打ちがこそばゆい。……またって、どういうことだろ?月見かな?理解できずに、ただただ村雨ちゃんの視線が妙に痛く刺さる。なんでそんな目で、と問う暇もなく、娘と友達と姉妹の様子を見なきゃというセリフと小さなため息、そして頭を撫であう奇妙な二人が残されてしまった。
月の裏側、女性の本心。綺麗なだけなわけがない。僕にはたどり着けない世界なのだと、改めて思わされた秋。
9月も終わりに差し掛かる。
蝉たちの賑やかな鳴き声から鈴虫や蟋蟀の音色に変わり、まさに本格的な秋になったと思う今日この頃。
僕の酒蔵では酒の素となる生酛(きもと)作りが今年も行われ、いよいよお酒の季節が始まった。
だが今日はそんなお酒作りは少しスローダウン。
だって9月25日は……。
「お父さんー? 栗拾って来たわー」
お昼を少し過ぎた頃に娘の山雲がのほほんとした声で家へと帰ってきた。
手に持っている籠の中にはたくさんの栗。
「あっちの山はー栗でー、こっちの山はー柿とアケビが色づいてたわー」
僕よりもここら辺を知り尽くしている山雲は山の生き字引と言っても過言ではないほど。僕の方が子供の頃から長く暮らしているはずなのに、山雲の知識には舌を巻いてしまう。
「山雲ちゃんすごいですね。 こんなにあるなんて……」
「そうでしょー山雲を褒めてねー天城さんー」
おっと、今日は助っ人に来てもらって居たのを忘れていた。
都会の方でパティスリーを開いた天城が我が家へやってきてくれている。
理由はもちろん大切な日を祝うため。
「これだけありますから、モンブランケーキだけだと余ってしまいますね」
「マロングラッセとかは作れないか?」
「グラッセだと、しっかり甘くするために時間がかかっちゃいますね。 2日くらいは時間がないと……」
「そうか……」
お店で並んでいる栗のお菓子と言えば、モンブランケーキとマロングラッセだと考えていただけに、マロングラッセが簡単に作れないとは想像もしていなかった。我ながらこういうところでも無知をひけらかしてしまい恥ずかしい。
栗から出来る甘いもので頭を回して考えていたが、天城が思いついたように口を開く。
「せっかくですし、シンプルに栗ご飯はいかがでしょうか?」
「栗ご飯か」
「はい。 甘い物ばかりよりシンプルなものを好むと思いますし……」
これは妙案。そうだな秋の味覚を無理に凝ったものを作る必要はないのだ。
きっと彼女もそっちの方を喜んでくれるだろう。
「じゃあ皮は僕が剥くから、天城はモンブランの下ごしらえを頼んだ」
「わかりました!」
「山雲はー?」
「山雲はお米を研いでもらおうかな」
「はーい」
悪戦苦闘。栗の鬼皮は硬いし、中の渋皮は削れてしまいそうな程だし……。栗はあのイガイガよりも本体の方が厄介極まりない。
生の状態のまま指にタコが出来るレベルで皮を剥いていたが、下ごしらえを終えた天城が裏技を教えてくれた。
栗の尖っている方に十字型の切れ込み1~2cmを入れる。そして圧力鍋に栗がかぶるくらいの量の水を入れ、点火して加圧し、5~7分ほどで火を止めて鍋に水をかけ急速減圧する。
圧力鍋を使った裏技だが、これがすごい。
外の鬼皮だけでなく、中の渋皮まで簡単に向けてしまった。
「お店の方でも栗のケーキは大人気なので、色々と調べてみたんです」
最初はタコだらけだったんですと恥ずかしがりながら笑う天城。
真面目な性格で頑張り屋な一面を持つ彼女らしい。
そういえば鎮守府で出してくれたカレー丼にも出汁や片栗粉を入れることで美味しいものを作ってくれたっけ。
「ただいま」
「あなた、帰ったわよ!」
栗のクリームを出来上がったスポンジへと綺麗に飾り付け、天城特製のモンブランが出来た頃。
もう一人の妹が今日の主役を連れてきた。
「すごい!天城姉え、これ天城姉えが作ったの!?」
「ええ、提督に皮剥きを手伝って頂いて……」
玄関から走って玄関までやって来たのは、憧れの瑞鶴を追って国際線のCAになった葛城。
仕事の様子を時折聞くが、クールに何事もこなしているらしい。広報のグラーフも太鼓判を押すレベルと言うから、相当頑張っていると思う。
鎮守府にいた頃は覗いてしまったり、身体が触れ合っただけで艦載機を放っていた彼女がCAとして活躍しているとは、まさに驚きの一言だ。
しかし目の前でモンブランで浮かれて飛び跳ねている姿は昔と変わらないように見える。
ただ今日は仕方ない。今日は大切な日だから。
「良い香りがするわ、どうしたのあなた?」
鼻をクンクンと鳴らして台所へやって来たのは僕の妻、そして今日の主役の雲龍。
「良い栗を山雲が見つけてきたから夕食にしようと思ってさ」
「良くやったわね、山雲」
「わーい!」
雲龍に頭を撫でられる山雲は嬉しそうにはしゃぐ。手のひらは山雲の頭を優しく包むように動いていた。そして僕はそんな姿を見て続ける。
「それに、今日9月25日は雲龍の進水日だ」
「……覚えてくれていたの?」
山雲を撫でる手が止まった。そして僕の顔をジーッと見つめる。
「覚えているさ。 大切な日だから、忘れられないよ」
「……そう」
「お母さんー?」
目を伏せて顔を下に向けた雲龍。
そして山雲にも自分の顔見せないように手で顔を隠した。
「……みんな、ありがとう」
絞るように小さな声でお礼を言う。チラッと見える耳は真っ赤だ。
しばらく沈黙が流れたがみんな笑った。
「ありがとうは私もですよ、雲龍姉様」
「その通り!雲龍姉えがいるから私達も生まれてこれたんだから!」
「「だから、これからも良いお姉さんで居てね」」
天城と葛城、二人の妹から。
「山雲もー素敵なお母さんでいてほしいなー」
山雲、娘から。
「雲龍のために頑張るから、これからも末永くお願いします」
そして僕から。
美味しい香り、少しの照れと優しさが隠し味の愛情が混ざった秋の味覚。
みんなにとって大事な彼女の進水日、今日をきっと彼女は思い出として残ってくれるだろう。
そんな9月25日の夕方でした。
久方ぶりに帰って参りました。
こちらの方に移転していると知ったのでまたこちらで我が家のお話を書けたらと思います。
お目汚し失礼致しました。
お久しぶりやね
またゆっくりやろや
夜の空き時間。いつも自室でテレビを見ている旦那だが、今日は何かと様子がおかしい。
部屋を覗くとまるで電池切れかのように旦那がいつもより白くなって動かなくなっていた。
ソファーにもたれかかったままの旦那に薄手の掛け布団をこっそりとかけてあげて旦那の部屋から退室する。
しばらくすると旦那の部屋から寝息が聞こえてきた。
ぐーてなはと。
出版社で青葉・衣笠と打ち合わせ。
あぁでもない、こうでもないと膝を交えて語らって、平和の裡に終了。抱えた原稿の〆切は、平和ではないけど。
先日鎮守府に行った話がどうもピンと来たようで、取材の交渉をするだの、ダンスを習う企画をしようだの、やたら元気になっていた。
ダンス企画は僕が没にした。習ってはみたいけど、組むなら村雨ちゃんとだし、村雨ちゃんを写真とかで世に出すのは嫌だからなぁ。取材企画としてはいけないね。習ってはみたい。
取材として、現役と元提督&元艦娘が話すのはありといえばありかもなのかな。ご時世的にも取り上げて外れはないだろう。それとも単独でいくのか?
何にせよ、よく上と相談する保留らしいけど、どうなるやら。
どうせ旅行…もとい取材に行くなら、秋の山とかいいと思うけどなぁ。
今日の差し入れのケーキも栗系アラカルトだし。選んでる時お姉さんに聞いてみれば、この前も山の栗でお姉さんのお祝いをしたそうな。やっぱいいよなぁ実りの秋。酒蔵もあるそうで、これはこれで興味あり。下戸だけど。
取材名目で家族旅行させてくれよなー頼むよー…………やっぱり厳しいですか。
いつも通り、のんびりした打ち合わせの最後に、来年用の新しい手帳をプレゼント。
手帳としては少し早いかもだけど、アポ取り、取材、〆切とスケジュール管理の基本スパンが長めの二人にとってはむしろこの時期にプレゼントするくらいがちょうどいい。
一方、青葉の誕生日としては数日遅れ。ぷんすか、と抗議をしてくるけれど、顔が笑っている。この姉妹は、本当に嘘つけないんだから。僕ら鎮守府の知己の前でだけと嘯いているけど、ちゃんと仕事が成り立ってるあたり、ある程度本当なのかね。
ぽこぽこ叩いてくるたびにポニーテールが揺れる。こどもみたいで、それこそ朝霜みたいで、つい撫でそうになるけどそういうわけにはいかん、いかん。
お衣の誕生日まではまだひと月あるけど、彼女にもプレゼント。
今はデジタル派だけど、「スケジュール管理にバッテリーの心配があるのはよくない」と言って、手帳だけは相変わらずアナログで使ってくれてるから嬉しいもんだね。
鎮守府時代は「青葉のついでのポイント稼ぎ?」とからかわれたけど、もう長い付き合いだし素直に受け取ってくれる。姉譲りの笑顔は今日も全開だ。
…昔も今も、行きつけの店のポイントがよく稼げるってことは、否定しない。
鎮守府時代、初めて青葉に誕生日祝いをねだられてから、もう十何年になるんだろう?そういえば、二人には手帳(と宴席)しか贈ってこなかった気がする。少しは上等なものか色気のあるものを、と思ったこともあるけど、なんかしっくりこなかった。僕らは、こんな感じで気負わない友達ってのがちょうどいいんだろうな。
気負うことなく、飾ることなく、そうしていられたら十分なんだと、今年も思った秋の始まり。