かち。
たん、たん、たん。
ざく、ざく、ざく。
ざぁ、かちり。
カレンダーは新たな絵柄のページ。夜の帳は、ひときわ深く。暗がりに灯りをつけて、ひとり。
ぼんやりと考え事をしていたら目がさえて、おなかも動き始めた。
冷蔵庫をがざりと漁って、適当なお宝を見つけ、ざくざく刻んでぐつぐつゆでる。
牛乳や塩コショウで、これまたざっと適当な味をつける。
茹り具合の確認もかねて、ひょいぱく。なかなかうまい。
一人だし鍋から直接つまむでもいいけど、ちゃんと器に移さなきゃな。
食器棚へ振り向けば、お椀二つをもってにこにこ微笑む女神さまが、いつの間にやら。泉でもなければ落としてもないんだけど。
「あれ、起こしちゃった?」
「ん。もう少し工夫すればいいのに」
「簡単、安上がり、あっさり。夜食の最適解だよ。独り身時代の知恵ってやつ」
「終戦前からプロポーズしておいて、よく言うわ」
「ぎくり」
目線を逃がした下方、腰元。光の乏しい厨房で、結びを解いた髪は輝いている。女神の御髪に、見とれてしまう。
その視線を察してか、妖艶なほほえみとともに、僕の腰に手をまわして上目遣いなんてしてくる。
僕がなでるのが好きなところ、彼女が撫でられるのが好きなところ。この対話に、言葉はいらない。息と鼓動で、まじりあう。
半人前時代の、一人前の夜食を、二人で食べるという喜び。
「二人ともぐっすり?」
「二人より私のほうが先に寝たかも」
「夏の疲れが出たのかな。おつかれさま。起こしてごめんね」
「ほんと、疲れちゃったわ。子供が三人いるみたいで。妹の世話のほうがまだ楽よ」
「あはは…ごめんね」
「いーの。そこも好きで指輪受け取ったんだもの」
「…ありがと。お酒、出す?」
「んー、いいわ。あなたの味だけでいい」
「光栄です。じゃ、ご賞味あれ」
卓と命にご挨拶。
「ごちそうさま。おいしかったわ」
「それはよかった。後片付けもしておくからね」
「ありがと。先、ベッドで待ってる」
「ん、寝言楽しみにしてる」
「もう」
食卓の明かりを消して、ひとり。季節の境目、無指揮の合奏。夜風に揺れて風鈴が重なる。
ざぁ、こしこし。
ざばざば。きゅっ。
かちゃかちゃ。
かち。