ヤマバクが歩みを進めるに連れて、周囲の景色が変わっていく。
純白から漆黒へ。
そして、漆黒の世界の果てで不自然に白い色がぽつんと存在していた。
「なにゆえ……」
白い存在はヤマバクに背を向けたまま虚空へと話し掛ける。
「何故、拒むのですか……」
「オイナリサマ……?」
それはジャパリ科学館で出会ったオイナリサマだった。
ヤマバクがオイナリサマに声を掛けるとオイナリサマはゆっくりとこちらを振り返りながらヤマバクに話し掛ける。
「あなたも拒むのですか?」
その時、ヤマバクは悟った。
先程、飼育員が言っていた誰かと言うのは目の前のオイナリサマの事だと……
「わたしは帰ります!ここはわたしの居場所じゃあないです!」
「……」
うつむき加減のオイナリサマから表情を伺い知る事は出来ない。
「オイナリサマもこんな場所に居ちゃダメです。こんな、偽物のジャパリパークに……っ!」
その時、オイナリサマからただならぬ雰囲気が発せられて、ヤマバクは思わず言葉を詰まらせる。
「この世界は偽り……泡沫の夢に過ぎない……それの何が悪いのですか?」
「ゆ、夢は夢ですよ?起きたら全部無くなっちゃうんですよ?」
「何も無いのは現実も同じこと……なれば、私は終らぬ夢を紡ぎ続けます。目覚めぬ夢を……永遠に……」
ヤマバクのケモノとしての本能が警鐘を鳴らす。
目の前の存在にはどうあがいても勝てない。
生物としての格が違う。
だが、だとしても!
「現実に何もないなんて事はありません!!オイナリサマの目はただの模様ですか!!これ以上変なこと言うなら噛み付きますよ!!」
「あの頃を知らないあなたが何を知ってると言うのですか!!!」
オイナリサマの手が光り、ヤマバクの喉元に向けて鋭い爪を突き付ける。
「何を……知ってると言うのですか……」
例え、ヤマバクがこの夢を壊す原因になると分かっていても、オイナリサマはヤマバクを傷付ける事は出来なかった。
守護けものとしての誇りがオイナリサマを踏み止せたのだ。
オイナリサマは涙を流しながらヤマバクの前に崩れ落ちる。
「守れなかった……あの人が……園長が愛したジャパリパークを……もう、何も……何もないのです……だから、私は……」
「例の異変のことですね」
ヤマバクは例の異変について詳しいことは知らない。
知ってることと言えば、異変前のジャパリパークは栄えていた事と恐ろしいセルリアンが暴れまわったと言う話だけ。
それでも、夢の中のジャパリパークの様子とオイナリサマの話から例の異変の事であると察する事が出来た。
ヤマバクは泣き崩れるオイナリサマの前に座り、視線の高さを合わせる。
「オイナリサマは現実を知るべきです」