12月20日 午前4時58分
エレクシア, モルトラヴィス帝国
親衛隊によって封鎖された帝都エレクシアの一角に、未だその力の及ばない場所が存在する。白とグレーを基調とした5階建てのこの建物の正面には、帝国のものとは違う、青と白の国旗が高く掲げられている。
そう、ここは外国の、それもここから1万キロも離れた遥か彼方の国家、『秋津洲連邦共和国』の大使館なのだ。本国政府が現政権の支持を表明して以降、我々職員は1週間近く、まともに外の空気を吸っていない。
私はもちろん、同僚たちの顔からも、笑顔が消え去ってしまった。ろくに外にも出ず、日常業務は停止、おまけにテレビをつければ、失われていく若い命が数字の羅列で表されている。陰気になるのも無理はない話だ。
数日前から、12人の同胞がここの”住人”に加わった。政府が用意したチャーター機はマドリードに着くとのことで、彼らがそれに乗り込むのは到底無理な話だった。彼らはほとんどがこっちの企業で働く海外勤務の社員、そしてその家族だ。まだ制服を着ているような年頃の子供たちの存在は、我々にとって救いだ。
そんな中、ただ一人、いつものようににこやかに微笑み、職員一人ひとりに声をかけ、労をねぎらってくれる初老の男性がいる。彼の名はアドリアーノ・ヒメネス、駐モルトラヴィス特命全権大使であり、文字通りこの大使館の長である。「外交官はその国を体現する」を信条に、今日この日まで我々を導いてきた。
辺りは真っ暗で、時計はまもなく朝の5時を指そうかという頃合いだ。仕事もないのに、こんな時間から起きている理由、それは新たな”客人”を出迎えるためだ。大使たちと一緒に1階のエントランスホールで待っていると、時間通りに10名程度の一行が現れた。まるでアコンカグアの登山隊のように、大きな荷物を背負っている。
彼らを建物の中に入れると、そのうちの一人が進み出て大使に向かって敬礼する。
「連邦陸軍特殊戦旅団第1大隊所属、マルティン・スアレス大尉です。お会いできて光栄です、大使殿」
大使は左胸に手を当てて、スアレス大尉の敬礼に答える。
「本国より遠路はるばる、よく来てくれた。全員無事かね?」
「ええ。そちらこそ、皆さん無事ですか?」
「みな元気だよ。精神面ではそうでない者も多いがね」
大使は冗談を言って、スアレス大尉を安心させる。もっとも、我々にとってそれは笑える冗談ではないのだが。
「ここに辿り着くのは簡単じゃなかったろう。さあ、みんな座って、よく休んでくれ」
と、大使は彼らを応接室のソファや椅子に座らせる。数えてみると、旅人たちは全部で9人。一人を除く全員が男性で、それぞれ私服の上に上着を羽織っている。隊員の何人かはバックパックの中身を取り出したのだが、出てきた自動小銃を見て、私は彼らが特殊部隊なのだということを再認識させられる。
「君たちは政府のチャーター機に乗って来たのかな?」
大使の問いかけに、スアレス大尉が答える。
「その通りです。民間人の救出をしている間に空港から抜け出して、ここまで12時間ですよ」
「それは大変だったね。車はどこで?」
「彼女が手配した協力者が用意してくれました。3台に分乗して、高速道路を7時間、交代で運転しました」
ただ一人の女性の方に目をやりながら、大尉は自分たちの旅の思い出を語る。どうやらこの女性は軍人ではなく、国家情報局の人間らしい。
私が気になったのは、彼らがどうやって封鎖中のこの大都市に潜り込んだかという点だった。大使もそのことについて興味があったようで、大尉に対する数十個の質問の最後はそれだった。
私はてっきり、ゲームや映画で出てくるような隠密作戦で、地下鉄の線路を歩いたり、民家の屋根をつたったりしてやって来たのだと思っていた。だが、彼が言うところによれば「検問所の親衛隊員に”通行料”を払っただけ」だそうだ。私は正直言って拍子抜けした。さすがの大使もこれには苦笑いだった。
そんなこんなで、頼れる門番たちが加わり、この番地の人口は47人となった。一通り彼らを部屋に案内し終わった後、窓のカーテンを開けてみると、東の空から赤い太陽が昇ってくるところだった。
『この国に真の夜明けは来るのだろうか』
そんなことを考えつつ、私たちは長い一日の始まりを迎える。
解釈違いあったら申し訳ないです()
食料とか大丈夫なの?って思われた方いるかもしれませんが、利雲冷戦中に建築されたこの大使館には最悪の事態を想定して100人が3ヶ月生きていける分のストックが地下1階にあります