帝都から少し離れた都市グラナダの一角、風情ある中世の建築物の中に庭園に囲まれたガラス張りの建築物が見える。昔なら貴族がこのようなものを作って権威を庶民に知らしめていたのだろうが、ここまでの規模は今は珍しいだろう。
庭園に入り、中央の建物への道を一直線に進む。
建築物の前には特徴的なヘルメットをかぶった軍服の者たちが警備している。
顔パスのようなもので、男の顔を見ると衛兵の彼らは敬礼して道を開ける。ガラス張りの建築物を目の前にすれば、その大きさに関心せざる負えないだろう。
扉をノックし名前を名乗る。
「ツェーザル・ヘスラーです。皇帝陛下…、」
それを確認したか、中から女性の声が聞こえてきた。
扉を開くと、中にも庭園が広がっていた。外よりは小規模だが可憐な印象を受ける。室内庭園の中心には、庭師と一緒になって花を手入れする女性の姿がある。彼女はこちらに向いてとかすかに笑顔を浮かべて話しかける。
「へスラー、さん?長官?どうされましたか?」
「皇帝陛下、お元気そうで何よりです。親衛隊の警備は問題ないかと巡回に参った次第です。特に不振に思うことはありませんでしょうか?」
「えぇ、皆さん頑張っていらっしゃいますよ。おかげで安心して職務や趣味に励むことができています。いつもありがとうございます」
「いえ、我々の職務は皇帝陛下をあらゆる脅威からお守りすることにございます故」
へスラーは片膝をついて頭を下げる。
数年前にここに訪れたこともあったが、その時は先代ディートリヒ帝の統治時であり先帝はここに出入りするところは見たことがなかった。サビーネ帝の即位後、先帝とヴァイオレットの遺産を継承しこのヴェステルマルク王立植物園もサビーネ帝の資産となった。以降サビーネ帝は職務の合間を縫ってここに通い、親衛隊も駐留地点として設定するようになった。ちらっと部屋を見回してみると、端の方には非常に精巧な植物の模型、それも透明で建築物の中に差し込んだ光を反射し取り込みつつ少し輝いているように見える。
「あの植物模型は…、陛下の私物にございますか?」
「あぁ、いえ、叔父様の遺産を引き継いだ際に倉庫にあったもので埃をかぶらせておくのもあれだったので…、おそらく先々代…、いやウルリッヒ様の時代のものでしょうか、聞いただけの話ですがガラスでできているそうです」
「ほぉ…、ガラスで…いずれじっくりと見てみたいものですが…。私もそろそろ他の巡回にでなくてはなりません、失礼したします」
「いえ、また来てくださいね」
サビーネはにこやかに笑いながら上品に手を振りながらへスラーが出て行くのを見送った。
室内庭園を出ると、扉の両端に立つ衛兵の他に一人増えていることに気づく。彼はここの衛兵隊長だ。へスラーが見えると彼は他の衛兵と合わせて敬礼する。
「へスラー長官、お待ちしておりました。我々は万全の体制で警備をおこなっております。問題は発生しておりません」
「宜しい。いずれも問題のないように。それと衛兵隊長。近々領内で暴動が起きる可能性があると諜報部から伝達がありました。暗号通信にて連絡されていると思いますが、事は重大です。警備を厳重に。何人たりとも皇帝陛下に触れさせないように。たとえ大宰相であっても」
「はい、我々の忠誠は皇帝陛下のみにあります。親衛隊の名に懸けて皇帝陛下をお守りします」
銃口を空へ向け、彼らは宣言する。
「Der Segen des zweiköpfigen Adlers sei uns!」
ツェーザル・アードリアン・ヘスラー
帝国親衛隊の長官(親衛隊のトップ)。
サビーネ
サビーネ・パトリツィア・ルートヴィッヒ・フォン・アステシア。モルトラヴィス帝国アステシア朝2代目皇帝。
ガラス模型
ほんとにただの余談の植物の模型。イメージはブラシュカ模型。
ついに始まりましたか…同盟国としてはどちら側につけばよいか…()