声を聞いた気がした。
私を呼ぶ声。
とても……悲しい声だ。
ねぇ、あなたはどうしてそんなにも悲しい声で私を呼ぶの?
……返事はない。
私の声はもう、誰にも届いてはいなかったから。
あなたの顔に手を伸ばそうとした。
でも……届かない。
そこには、伸ばすべき手なんて無かったから。
これじゃあ、あなたの涙を拭ってあげられない。
……まあ、いいか。
あなたはもう、ひとりなんかじゃないから。
きっとみんなが助けてくれるはずだから。
だから、わたしは……。
体が融けてなくなっていく。
後悔は……ない。
……だってこれは……私の望んでいた最期だから。
それは、とある夏の日の夕暮れ時のこと。
一人の少女が何やら独り言を言いながら、暗い森の中を俯きがちに歩いていた。
空は灰色に染まり、しとしとと雨が降っていた。
森の中は草木が鬱蒼と生い茂っており、まだ日は落ちていないというのにほとんど真っ暗だ。
こんなにも心がジメジメとしているのはきっと雨のせいだけではないだろう。
「あの言い方は酷かったかな……」
私はそう言うと、小さくため息をついた。
思い出していたのは、ついさっきのこと。
初めて会ったフレンズのことだった。
あの子は私に友達になりたいと言った。
でも私はその願いを拒絶したのだ。
今でも覚えている。
あの子の顔には痛々しい程下手な作り笑いが浮かべられていた。
あの顔を見ればわかる。
きっとあの子を傷つけたに違いない。
……でもこれは、仕方の無いこと。
必要な拒絶なんだ。
これはあの子の為の拒絶。
いずれ来る別れを穏やかなものにするための、優しい拒絶。
私は兵士だ。
生まれながらに兵士としての役割を与えられ、守るために戦って、そして死んでゆく。
それが私の運命であり、私の存在意義。
仮に私と彼女が友達になったとして、私が彼女を残して居なくなる事は最初から決まっている。
そしてそれは彼女を大いに悲しませるだろう。
だから将来的に考えれば、これが彼女を傷つけない為の最善の行いだ。
「うん、そうだよ」
私は自らを肯定せんとする言葉を、独り言には多少大き過ぎるくらいの声で発した。
いつまでもこうして言い訳がましく考えてしまうのは、私の悪い癖。
誰かを思いやっての行いに後悔なんてあるはずがない。
それでもなお後悔するのなら、それは自分自身を守るためにほかならない。
後悔した所であの子を傷つけた事をなかったことには出来ないのだから。
後悔したから、私は大丈夫。
そんな自分の浅はかな考えがみてとれて、私は苦笑した。
ぴちゃん
「……?」
ふと、自分のものとは別にもうひとつ足音が聞こえていたことに気づいた。
考え事に集中していたからか、今の今まで気が付かなかった。
……足音は…私のすぐ後ろをついてきている。
私はその足音と鉢合わせしないように、二、三歩駆けてから振り向いた。
バッ
私が振り向くとそこには、……一人の少女が立っていた。
白と黒のヒラヒラとしたスカートが特徴的で、それ以外も全て白と黒だけで彩られていた。
夏だというのに、首にはマフラーを巻いている。
全身白と黒だけで構成されたこの少女は、何故かずぶ濡れだった。
こんな雨の中、雨宿りもせずに何をしていたのだろう。
そんな疑問を抱いた。
しかし不思議なことに、彼女の緩くウェーブのかかった白い髪はほとんど濡れていない。
そこで私は、一つ二つと増えてゆく疑問の中で今私が最も気になっていることを、彼女に直接聞いてみることにした。
「あの、……どうしてついてくるんですか?」
「さて、どうしてかしら?」
白黒の少女は目を細めて不気味に笑う。
その様子を見て、私は言い知れない苛立ちを覚えた。
「用がないならいいです」
私は彼女に背を向けそのまま歩きだそうとするが、彼女の二の句に引き止められてしまう。
「せっかく出会ったんだもの、仲良くしましょう?ね?」
わからない。
「…それは、できません」
「あら、どうして?」
……どうして?
「どうしてって……」
"どうしてこんなにも、彼女に苛立ちを覚えるの……?"
ぴしゃん!
私の彼女への怒りが最高潮に達した時、突然目の前が真っ暗になった。
急に、目が見えなくなった……?
……違う。
私は確かに見ていた。
私の顔を覗き込んでくる少女の瞳。
深く真っ暗な、深淵の瞳を。
「ねえ、どうして?」
少女はなおも問いかけてくる。
彼女に嘘やごまかしなんて無意味だろう。そう思わせるだけの色を彼女は持っていた。
私は意を決して、返答をした。
「私、……友達は作らないって……決めてるんです」
「ふーん、そう……」
少女はまるで、そんな事には興味が無いという風に視線を逸らして言った。
そして、こう続けた。
「仲良くしましょう?」
「その、だから……」
「……はぁ」
少女は小さくため息をついて、おもむろに一歩踏み出した。
そして、絶対に逃がさないと言わんばかりに両手で私の顔を掴んで、ぐっと顔をちかづけた。
頬を伝う手の感触はとても冷たくて、その冷たさが私をより一層凍てつかせる。
「貴方は私の言う通りにしておけばいいの。だって貴方は、………私の暇つぶし、兼…………………」
時間が止まったかのような感覚。私は蛇に睨まれた蛙の様に動けない。
白黒の少女もまた、動かない。
見つめ合う二人。
その時、どこからか生温い風が吹いた。
鼻先を撫でるその風は、雨の匂いに混じって、…… 微かに血の匂いがした気がした。
額に汗が浮かぶのを感じる。
こんな手遅れな状況になって、今更本能が警告する。
……いや、ずっと警告していた。
私の彼女に対する苛立ち、
それそのものが危険信号だったのだ。
少女はゆっくりと口を開く。
「……非常食なの」
「……」
「あなたがどう思おうが、絶対に逃げることは許さない。…あなたに拒否権はないわよ」
少女はそれだけ言うと、私を解放した。
束縛から解放された私は、全身の力が抜け地面にへたり込んでしまう。
私を恐怖のどん底に突き落とした少女はというと、こちらに背を向け、元来た道へと引き返し始めている。
私が正気を取り戻し、逃げるために立ち上がった時、少女はゆっくりとした動作でこちらへと振り向いた。
そして恐ろしいほどに色のない笑みで言った。
「またね」
それだけ言うと、少女は森の奥へと消えていった。
ひ、非常食だとぉー・・・
挿し絵付きで読みやすいです
(一話づつ感想いれます)
非常食、ですね……。
実を言うと、挿絵があるのは最初の数話だけなんです(後で描こうと思ってもついサボってしまって……)
たくさんの感想コメントをありがとうございます
気づいたらいっぱい来ててちょっとビビりましたが、こちらも一つずつ返信していこうと思います