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気がつけば死地の真っ只中。
私はセルリアンとフレンズの間に割って入っていた。
「…………」
背後からは、あの無色透明な笑顔からは想像できないような濁った呻き声が聞こえる。
その声は、血の匂いを纏って痛みを訴える。
熱を持った血の匂いが、理不尽な痛みに身を縮める少女の悲痛な声が、……私を激しく興奮させる。
血が逆流してしまったような感覚。
頭が熱い。
荒くなった私の呼吸が、背後の少女のそれと重なる。
「……」
私はこれら全ての邪魔な感覚を無視する。
……身を滅ぼすような感情はいらない。
私は……この敵に本能だけで立ち向かう。
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……それから先のことは、よく覚えてない。
無我夢中だった。
セルリアンは目の前から消え失せ、手に握っていたナイフには黒い液体がべっとりとついている。
「はぁ……はぁ………かった…?」
ふと、足にズキっとした痛みが走る。
私は痛みの方に目をやった。
いつの間にか怪我をしていたらしい。
傷口からは、脈々と血液が流れている。
その一筋の赤い流れが、私に何かを思い出させる。
"キミのためなら……こんな痛み、なんてことないよ。 "
……あるはずの無い記憶。
それは、私じゃない誰かの……痛み。
「……そうだ、ゴイシシジミさん…!」
私はまだ地面に伏せたままの彼女に駆け寄る。
「ゴイシシジミさん、大丈夫ですか……?」
私は、そんな模範的でなんの心もこもらないような、空っぽな言葉で彼女の心配をした。
大丈夫なわけがない。
片腕を失ったのだ。
「ごめんなさい……私が……」
私が次に続けようとした言葉は、目の前の異様な光景を前に霧散してしまった。
彼女は、……ゴイシシジミが…………セルリアンに切断された自らの腕を……食べていた。
一心不乱に、何かにとりつかれたように。
服が血で汚れることなんて気にせず、バリバリ、ガリガリと。
そんな恐ろしいはずの光景を見ても、私の心はなぜか落ち着いていた。
いつだったか、こんな光景をすぐ近くで見たことがあるような気がする。
詳しく思い出そうとしたところで、顔を上げたゴイシシジミと目が合った。
「あの、えっと……」
黙っているわけにもいかず、何か声をかけようとしたけど、なんて言えばいいのか分からない。
そんな私の顔を見るや否や、彼女は顔を伏せた。
「ご、ごめんね。……こわがらせ、ちゃった…わよね」
ゴイシシジミは私に謝罪の言葉を言ったが、そんなのはどうでもよかった。
彼女が顔を伏せる前に一瞬だけ見せたあの表情が、……頭に焼き付いて離れない。
今にも泣き出してしまいそうな…潤んだ瞳。
それは、私が恐れ、嫌ったあの少女のものとは思えないくらいに弱々しいものだった。
「ゴイシシジミさん……、」
「そ、そんなことより! ……あなた意外と強いのね。びっくりしちゃった」
私が言おうとした言葉は、彼女に遮られてしまった。
それは、彼女から私への初めての拒絶。
私は彼女に拒絶されて、……少し安心してしまった。
あのままでは、私はまた心無いことを言っていたかもしれなかったから。
「ぁ……、…………」
彼女の言葉から何も言われたくない、という意思が見えたので、それ以上は何も言えなかった。
……この時私は、なにか言葉をかけてあげるべきだった。
彼女は明らかに傷ついていたのに……。
後悔した私は、これ以上後悔しないようにと言葉を紡ぎ出そうとする。
「あの、腕……」
「…………私は……あなたと同じフレンズよ」
ゴイシシジミは、"両手"でスカートの裾をぎゅっと掴んで言った。
彼女は俯いていてその表情は伺えなかったけれど、見なくても分かる。
さっき一瞬だけ見せた表情。
あの……今にも泣き出してしまいそうな、弱々しい顔。
今の彼女はきっとそんな顔をしているのだろう。
何か言葉をかけなければ。
……でも、こんな時なんていえばいいのか分からない。
あれでもないこれでもないと考えあぐねているうちに時間が過ぎていく。
そうしてようやく思いついた言葉を口にしようと顔を上げた時には、もう…遅かった。
ゴイシシジミはもう顔を上げていて、彼女がいつもそうするように
柔らかく微笑んでいた。
…………ごめんなさい。
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あの後、ゴイシシジミは無毒な草を探すのを手伝ってくれた。
その間、彼女はいつにもまして口数が多かった。
綺麗な花を見つけた時や、私のお腹が鳴った時。
ことあるごとに話しかけてきた。
私はその度に相槌を打って、笑顔を作ったりしてみた。
そうして、二人で歩いているうちに水の流れる音が聞こえてきた。
音のほうへ行くと、そこは川。
川辺に生えていた草は毒のないものばかりで、私はようやく空腹を満たすことが出来た。
私が食事をしている間、ゴイシシジミは川で服に付いた血を洗い落としていた。
彼女は私が見ていることに気づくと、笑顔を作り、少しだけ手を上げてこちらに振った。
私は同じように手を振り返すと、あまり邪魔するのは悪いと思い、それ以上彼女を見ないようにした。
私が食事を終え、足に付いた血を川で洗い流していると、ゴイシシジミが来た。
どうやら服を洗い終えたらしい。
血で赤く染まってしまっていた部分も、今では元の白さを取り戻している。
それぞれの用事を済ませた私たちは、これからのことについて話し合った。
そして、暗くなる前に南森に戻ろうということになった。
南森とはその名の通り、島の南の方にある森だ。
ゴイシシジミ曰く、南森が一番セルリアンが少なくて安全なのだと言う。
・・・・・・・・・・・・・・・
南森への帰り道。
ゴイシシジミの口数は少しだけ減ったが、相変わらず私に話しかけてくれる。
何にもなくても私の名前を呼んだりする彼女だったが、彼女がいつもしてくる、急に抱きつく等の過度なスキンシップをしてくることはなかった。
それどころか、私が一歩近づくと彼女は一歩離れる。
私が怪訝な顔をしているのに気づいた彼女は、「ほら、これ…臭いから……ね」と言って申し訳なさそうに右の袖を摘んで見せてきた。
そこは、彼女が特に念入りに洗っていた部分。
血の汚れはほぼ完璧に落とされていて、今では見る影もない。
…だけど、うっすらと血の匂いが残っていた。
ゴイシシジミの言葉を聞いて、そんなことか、と思った私は彼女に一歩歩み寄る。
すると彼女がまた身を引こうとしたので、腕を掴んで阻止してやる。
すると、掴んだ右手は少しの抵抗を見せた後、やがて大人しくなった。
私の束縛を受けたゴイシシジミは、何が起こったのか分からず理解が追いつかない、というような顔をしていた。
これで彼女にも、こちらの気持ちが少しは分かるだろうか…?
…………。
何故こんなことをしたのかは自分でもよく分からない。
ただ、そうしたいと思った。
……私の頭はどうかしてしまったのかもしれない。
でもまあ、珍しく動揺するゴイシシジミが見れたから別にいいか……。
「……さ、ささ、ささこ…? これ……なに…?!」
彼女の問いかけに私は答えない。
「早く帰りましょう」
・・★・・*・・★*●・★・・★・*・・*★・・*
私がゴイシシジミの手を引き、南森に着いたのは日が沈んだあとのこと。
こんなに遅くなってしまったのは、ここへ向かう途中、急にゴイシシジミがウトウトとし始めたからだ。
彼女の足取りが急に不確かになったのに気づき、私が振り返るとそこには……立ったまま寝るゴイシシジミがいた。
信じられなかった。
私がこの手を離して一人で帰ったら、一体どうするつもりだったのだろうか…?
結局私は彼女のことを起こすに起こせずに、半ば引ずるようにしてここに戻ってきたのだ。
・・・
あたりはもうほとんど真っ暗だ。
私がゴイシシジミを"いつもの木"の下に寝かすと、彼女はすぐに寝息を立て始めた。
無防備に眠るゴイシシジミの背中が、星明かりに照らされている。
今日は色々あって、疲れたのだろう。
私はその背中をぼんやりと見ながら、今日のことを思い出していた。
…………。
彼女は言った。
同じフレンズだと。
今にも泣きそうな顔で、泣いているような声で言った。
私はその彼女の言葉を疑いはしない。
……だけど、私は一度、彼女のことをセルリアンではないかとまで思ってしまった。
あの言葉を聞いた時、私の心は彼女にとても酷いことをしてしまったという罪悪感でいっぱいだった。
故に、言葉の意味を深くは考えられなかった。
でも今ならなんとなく分かる。
……ゴイシシジミはあの時、私に拒絶されるのが怖かったんだと思う。
私はずっと、彼女の上辺を見て拒絶していた。
彼女のことを得体の知れないひとと称し、恐れていた。
そんな時に、いきなり彼女の本質を見てしまった。
多分あの時私に見せたのが、ゴイシシジミの本当の姿なんだと思う。
私が本当のゴイシシジミを拒絶してしまったら、……彼女はきっと一人ぼっちになってしまう。
……ずっと一緒にいた私だから分かる。
だって、…あんなにも怖いのだ。
彼女の誰よりもやさしい心が見えなくなってしまうほどに……怖いんだ。
……もしかして彼女は、今までずっと、みんなから怖がられて拒絶されてきたのではないか…?
現に、ゴイシシジミと他の誰かが一緒にいるのを見たことがない。
彼女の唯一の友達がいなくなってしまった今、残されたのは……私だけ。
「なんで私なんだろう……」
私はなんの変哲もないただのフレンズ。
特別やさしい訳でもないし、……むしろたくさん酷いことを言った。
でも、彼女は私と一緒にいる。
……。
私は……ただのフレンズ。
彼女の友達に似ていたからって、それは変わらない。
そしてゴイシシジミは……切られた腕が新しく生えてくるだけの、一人のフレンズ。
同じ……フレンズ。
フレンズ……か。
前に、フレンズというのはどこかの言葉で、友達と言う意味があると聞いたことがある。
「友達……」
友達を作るのが怖くて、逃げてしまった私と
決して一人になるまいと、懸命に努力する彼女
なんだ、ゴイシシジミは私なんかよりもよっぽどフレンズらしいじゃないか。
そこでようやく気づく。
ああ……そうか。
逆だったんだ。
普通じゃないのは私の方。
今までずっと、必要以上に他者と関わろうとしなかったから、気づけなかった。
……こんなフレンズらしからぬ私を受け入れてくれるのは、きっと彼女くらいなんだろうな……。
……私が彼女のことを拒絶しなければ、傷つけなければ、……ずっと一緒にいてくれるのかな…?
「ふわぁ……」
ふと、あくびが出て、直前に考えていたことも一緒に頭の外に出ていってしまう。
半分くらいは出ていった気がする。
私は随分と考え込んでしまったと思い、寝る準備を始めようとした。……準備と言っても横になるだけなんだけど。
しかし、まだ眠ることは出来そうにない。
ゴイシシジミの様子がおかしいことに気づいたのだ。
彼女は寝息に混じってうめき声を上げている。
何事かと思い、正面に回り込んで彼女の顔を見ると、どうやらうなされているようだった。
怖い夢でも見ているのだろうか……?
……。
起こした方がいいのかな…?
「…………いか…ないで………」
「!?」
どうしたものかと考えあぐねている時に、急に声が聞こえたものだからドキッとした。
……それはただの寝言だった。
ただの寝言なのに……。
ふいに彼女が晒した彼女の内側は、とても悲しい色をしていて……。
私は無意識に、ゴイシシジミの頭を撫でていた。
すると、一雫の涙が彼女の頬を伝った。
……。
彼女が決して見せようとしなかった涙を盗み見てしまったという罪悪感が胸を刺す。
……………………………………。
……起こすのを躊躇ってしまう。
彼女の寝息を聞いてしまったから。
……やめておこう。
今起こしたところで、どんな顔をすればいいのか分からない。
それに今無理に起こしてしまえば、彼女の見た夢を、彼女自身の記憶に留めてしまうことになりかねない。
夢なんて、目が覚めれば自然と忘れてしまうもの。
どんなに悲しいことも、嬉しい気持ちも、等しく、長くは留まらない。
時には、それが寂しいと感じることがあったりもするけれど、その寂しさもその時限りのものなんだ。
……だから、私は見て見ぬふりをするの……?
だって、私にできることは何もないから。
……本当に私にできることはないのかな?
そんなことを考えながらゴイシシジミをみていると、彼女が微かに震えていることに気づいた。
寝言と涙に気を取られていて、全然気が付かなかった。
「寒いのかな…?」
それなら、と思い私はゴイシシジミの背中側に回り、横になった。
そして、彼女の背中に自分のそれを重ねる。
…………。
背中を通じて、彼女の体温や震えが伝わってくる。
でもそれは、今だけのこと。
やがて、彼女の体の震えは収まり、やさしい体温だけが残る。
今なら、ゴイシシジミのことを少しは理解出来るかもしれない。
明日からはもっとちゃんと彼女の話を聞いて、仲良くなる努力をしよう。
そうすれば、いつか本当の友達にもなれるかもしれない。
私は、これからの彼女との接し方について、あれやこれやとかんがえようとしたけど、でも……だけどいまは、……ただ、……ねむい。
「おやすみなさい……」
・・・・・・・・・・・・・・☀︎・・
……朝日が眩しい。
私が人生で一番の深い眠りから覚めると、まだ背中が暖かい。
私よりも早く寝たはずのゴイシシジミはまだ寝ていた。
「くわぁ〜」
背中の方でモゾモゾ動く気配がする。
私が大きな欠伸をすると同時にゴイシシジミが目覚めたようだった。
「んぅ……何してるのぉ……?」
ゴイシシジミは目をこすりながら、寝起きの、へにゃへにゃな声で私に問いかけた。
「ゴイシシジミさんが寒そうだったので……」
私ががそう言うと、ゴイシシジミもまた、大きな欠伸をした後、少し口元を緩めて言った。
「……あなたがそれを言うの?」
ゴイシシジミはそう言うと、おもむろに自分のマフラーを脱いで私の首元に巻いてきた。
「あの、これ……」
「寒かったんでしょ?」
「いえ、私は全然……」
「遠慮しなくてもいいのよ。私も気になってたから。そんな格好で寒くないわけがないわよね」
私が否定しようとしまいと、彼女には関係ないらしい。
このままでは本当に、この暖かくてモフモフな夢のような物体を押し付けられてしまうかもしれない。
「あの、私ほんとうに…!」
「それに、……貴方が寒さで死んじゃったりしたら、私も困るもの」
言葉を遮られて、最後まで言わせてもらえない。
ちょっとムッとした私は、少し意地悪な返しをすることにした。
「非常食ですか?」
私は、かつて最も恐れた言葉を言った。
でもこの言葉には、もう恐れや敵意の意味は無い。
私はただ純粋に、彼女とのコミュニケーションを楽しんでいた。
「そうよ? それに今貴方が死んじゃったら私、退屈すぎて死んじゃうわ」
ゴイシシジミはそう言って、幸せそうに笑う。
そんな顔をされると、もう要らないだなんて言えない。
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……私は仕方がないのでこのモフモフを甘んじて受け入れることにした。
尊さが溢れて、感想の語彙が蒸発しそうです
各挿絵からは文章にマッチしたイメージが伝わってきました
緊迫感のある戦闘シーンが二人で苦難を乗り越えての休息の時間を引き立てていて、SS書きとしてもこれ以上ない良い例として勉強になりました
あと、戦闘シーンもそうですが、ササコが自分自身の感情を冷静に分析したのもその後の心理に影響したのかな?と考察もできて、読んでいて非常に楽しめました!
完結まで楽しみです!
いつも感想ありがとうございます
少し時間がかかってしまうかもしれませんが、必ずや完走してみせますので、それまでどうかお付き合いくださいませ
このssがひと段落したら、ダァッたーさんの書かれているssを是非!読ませていただきたいと思うてます🐓