【販促番組としてのけもフレ】
番組を作るに当たって、監督にはノルマが課せられます。
分かりやすい例で言うと、日朝(ライダーや戦隊)では
「クリスマスに◯◯という武器のオモチャを販売したい」というスポンサーの要求に合わせて、
その直前に本編でその武器を登場させる。
どうせなら物語としてピンチ→パワーアップというストーリー進行にする、といった具合。
けもフレでは、
「ようこそジャパリパークへ」というOPを売るため、
そして「どうビス×PPP」を売り出すため、
毎話に曲とキャラを使うよう指示されていた、と想像されます。
前者はさほど難しいとは思いませんが、後者には頭を抱えたことでしょう。
単純に人数が多過ぎます。
本編に全員を登場させようものなら、「空気」と呼ばれる描写の疎かなキャラが生まれるのは必至。
最悪ストーリーの破綻まであり得ます。
それどころか、PPPに至っては3Dモデル自体が間に合っていなかったのでは?
と思っています。
そこで捻り出した答えが、アラフェネCパート構想。
PPPは人形劇スタイルの予告担当、という振り分けだったのではないでしょうか。
これが後にストーリーとして効いてくるんですから、
監督の構成力ぅの高さには、ただただ脱帽するばかりです。
このようにスポンサーやプロデューサーからの販促指示には、
基本的に絶対服従が監督の使命ですが、例外があります。
1つは「谷間回」ですが、けもフレには関係ないので割愛しますね。
そして、もう1つが最終回です。
それまでにオモチャは出し切っているので、結構「自由」をしても許されるのです。
「上」は悪く言えばガス抜きをさせてやるつもりで。 (良い意味では、ねぎらいも兼ねて)
「下」は悪く言えば鬱憤晴らし&最後っ屁のつもりで。 (良い意味では、自分の実力を披露するため)
たつき監督もヒトノコ。
いろんな制約(販促、時事・パロ・下ネタNG、上からの圧など)があり、
我慢していたこともあるでしょう。
12話の「ロゴが応援に来る」は、本来禁じ手に近い「メタネタ」です。
ーが、それを演出力ぅで感動の名シーンに昇華してしまいました。
そしておわり つづく
これも上の解釈次第では、
「誰が続編なんか作るって言うたんや!」とか「お前に頼むとは言うとらんぞ!」
ーと言われかねません。
事実、視聴者の間ではたつき監督による続編への期待が盛り上がりました。
これも「上」にしたらある意味 扱いに困る状況でしょう。
ーが、まず薄いフォントにすることで「公式ではない」アピールができます。
実際は「見つけてしまった視聴者」と「拡散する視聴者」とで、広く知れ渡ってしまいましたが…
そして、何が「つづく」のかは解釈が幾通りも考えられるように作られています。
もちろん「たつき監督による2期につづく」とも取れますし、
単に「かばんたちの旅はつづく」とも取れますし、
「けものフレンズプロジェクトはつづく」とも取れるのです。
幸い、というか監督の計算通りキレイにまとまっていて、
「かばんたちの旅」が続いても、「これでひと段落」しても大丈夫なように物語は終わっています。
それは、たつき監督が退いても、かばんが主人公ではなくても良いように作られていたのです。
「想い」が込められていれば…
更には12.1話。
ナンバリングこそ続編ですが、あくまで劇中の補足なので、「次」の邪魔にはなっていません。
そこまで考えていた「たつき監督」の真意が、どこまで伝わっていたのか、
「上」の方々が、どこまで「その想い」を汲み取ろうとしていたのかは分かりません。
僕は「作品」から感じる「想い」を信じます。