虫喰いでないフレンズ
特殊動物部門・飼育員
「おはようございます、コノシマさん」
マイ
「おはよう」
飼育員
「すみません、このような時間で申し訳ないのですが相談がありまして」
マイ
「今は大丈夫です。何ですか、相談の内容は」
飼育員
「はい。先月逃走したアニマルガールのことで…」
マイ
「先月逃走した、か。ドブネズミか?」
飼育員
「いえ、オランウータンです。例の被験体が元の、あの悪賢いのがやらかしていたと思われる事件が発覚しまして」
マイ
「事件?君の担当なんですか?」
飼育員
「はい。あ、いえ、そうなんですが、あの個体についての観察記録は少なくとも抹消すべきです。手に負えませんでした。マスコミが来る前に逃げてくれたのは不幸中の幸いといったところですが………いえ、そんなことよりも!」
マイ
「落ち着いてください。まずは何があったのかを伝えたいんですよね?」
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ドブネズミ、アフリカゾウ、イエネコの三人は虫喰いに逃げられる形で別れたことで前に進めるようになっていた。
旅の当初の目的であるセルリアンの調査にかかる作業は、ほとんどアフリカゾウがこなしている。あとの二人は、たまにドブネズミが様子のおかしいセルリアンについての性質を見破ってマイに電話口でそれを伝える以外は何も、役に立っていなかった。つまり、イエネコは途中でメンバーに入っただけで、危機らしい危機での戦闘でしか働きをしていないのである。仕方ないというアフリカゾウからすれば、イエネコは研究所のことを知らないらしく、調査用の道具の使い方を何一つ知らない上に、無理にやらせる必要はないということだった。ドブネズミも大方はアフリカゾウと同意見だ。そうは言えど、アフリカゾウがおいしいと言う果物が残りわずかになって揉めたときにそれを我がものとするために上述のことを引っ張り出し、十分な働きをしている自分こそが得るべきなのだと力説した挙げ句に実力で負けて取られている。
負けず嫌いなドブネズミも少しは策を弄することで勝利を収めることもあるが、基本的にドブネズミにとってのイエネコは
イエネコ
「なによ」
ドブネズミ
「なんだとうっ」
この小競り合いを鎮めることが可能なのは、もはやアフリカゾウただ一人といっても良かった。アフリカゾウは今日も、諍いを鎮めるべく山のように立ちふさがる。
アフリカゾウ
「もう。私は『二人で分ければいい』っていったよね」
イエネコ
「分けたわ。分けたんだけど、2つとも狙ってくるから意味がないのよ」
ドブネズミ
「元は1つなんだから2つになっても同じことだろ」
イエネコ
「すぐそーやってわからないこと言う」
アフリカゾウ
「はいはい、スマトラゾウちゃんのマンゴスチンは美味しいし簡単に分けられるんだから。ちぎってちぎって、はいぱくっ」
ドブネズミ
「はむっ」
イエネコ
「あ、ずるい!」
アフリカゾウ
「イエネコちゃんの分もあるよ。はい」
イエネコ
「ありがとう。助かったわ」
アフリカゾウが溜め込んでいる果物を頬張りながら向かう先は、岩礁地帯である。
イエネコが虫喰いを追っていた理由の、セイウチが虫喰いの被害に遭っていたということについて、虫喰いに直接会ってからアフリカゾウが疑問に思ったため、そのことを確かめに行くところだった。イエネコが言うには、寝ていたところを姿を見せずに突かれたということらしい。言い換えれば、ちょっかいを出していたという。逃げ去る間際にちらりと見えた姿を聞くにはドブネズミと虫喰い以外に該当する者は居らず、ドブネズミがヒトの姿を得る前の事件となると虫喰い一人に絞られる。しかし虫喰い本人から聞き出すことはできず、会って話してみて考えられる性格からは、とても虫喰いがそのようなことをするとは思えないとアフリカゾウが反論したのだった。
ドブネズミは、これまでに聞いてきた虫喰いのものと思われる言葉もすべて本人が考えたこととすると本人説を捨てるのは危ないとして、セイウチに会って確かめるべきと主張した。さらにドブネズミはもう一つの可能性として、特殊能力が備わったセルリアンの犯行という説を唱えるものの、話し合いの末、それを確定するには尚早と決まり、セイウチのいるところまで行くことになった。
そうして、談笑しながら海へ近づく一行は、一際目立つものを見つけた。それは無人の船であった。
岩礁に完全に乗り上げた、サビだらけの船舶が居座っていた。遠洋で漁をするためにそれなりの機能が備わっていたであろう、大きさについてはまともな船だった。ただし、塗装が剥げているどころではなく操縦席の窓ガラスは割れ、至るところにフジツボやカイメンのような生物の跡が残っていた。構造物の劣化を著しく抑えることで知られるサンドスターの影響が及ぶ島に上陸しているものが、見るからに劣化していた。これほど朽ちているものをアニマルガールが見れば、まずは一定の好奇心が湧き上がるというもの。
ドブネズミ
「ヒエ〜ッ、こんなものがなんでここにあるんだ?」
イエネコ
「きったないわね………近寄らないようにしましょう」
アフリカゾウ
「不気味ぃ………この船だけが目を引くくらいボロボロだねぇ………」
口々に光景の感想を言っていると、誰かが近づいて来た。比較的大柄なフレンズのようだ。
「こんにちは〜、どうかされました?あ、アフリカゾウさん」
アフリカゾウ
「こんにちは!うん、オランウータンちゃんだっけ?」
「うん、あたしはオランウータンだけど、『フォーエバー』って呼んでほしいな。『永遠』って意味だったかな?みんなはなんていうの?」
イエネコ
「『オランウータンのフォーエバー』?私はイエネコだけど」
ドブネズミ
「よお、フォーエバー。ドブネズミだ。これのことか?あんまりに朽ちてるもんだから気になってたんだよ。まさか、これはお前の物だと言う訳じゃあないよな?」
オランウータン
「いいえ、まだ今は『誰のものでもありません』。これから自分の者にしようとする方がいらっしゃらなければの話ですが」
イエネコ
「うぇ………欲しいんならそんなもんすぐに持ってっちゃいなさい。見たくもないわ。セルリアンが取り付いた後みたいだものね」
アフリカゾウ
「そういうことなんだ、なるほど。イエネコちゃん、これはセルリアンが取り付いた物ってこと?なら、見張っていれば向こうから現れるんじゃあないかな?」
イエネコ
「いいえ、それは違う。セルリアンが一度取り付いてボロボロになったものには興味を持たないはずだから、『ボロボロにされる前』に似てる物を探せばいいと思うわ」
セルリアンの性質という重要な情報を突然話したイエネコに、ドブネズミは体を向けて問いただそうとした。
ドブネズミ
「イ、イエネコ?それ、いつ知った?セルリアンのことをそんなに知ってるなら、もっと早く教えてくれれば良かったのに」
イエネコ
「セルリアンらしい動きのやつはあんたと会ってからでは、見つかってないのよ。あんたのその変な力のせいじゃない?ドロォってなっちゃうやつ」
ドブネズミ
「『ラット』はわたしの一部だ。アフリカゾウも、似たような力を身に着けたところだ。ハヤブサと会った頃にな。お前にも早く目覚めるといいな」
いつものギャーギャー騒ぎを二人で始められては困ると、アフリカゾウは早めに切り上げて先を急ぐことにした。
ドブネズミもイエネコも、素直に従ってフォーエバーへ向き直り別れの挨拶をした。
アフリカゾウ
「ちょ、ちょっと二人とも!フォーエバーちゃん、ごめんね。あの船はもういいみたいだから、またね」
フォーエバー
「ええ。ありがと。またね」
イエネコ
「キレイにするっていうなら、また見に来てやってもいいわよ!じゃあね!」
ドブネズミ
「セルリアンと会ったらわたし達を呼んでくれよ!『パッセンジャーズ』とは知り合いだから、気軽に相談してくれると思うぞ!いつかまたな!」
フォーエバー
「ええ、わかった。ありがとうね。またねぇ………………っ」
(ナイスすぎる!アフリカゾウ、知り合いを連れてくるとは!グフフ、流石にここまでくれば人間共も厄介なスタンド使いも来られまい!独り占めのときは来たんだよォ!フォッホホ!)
時をドブネズミ一行が朽ちた船舶との出会いの半日後、島の研究所職員が同所研究員の相談に乗っていた。
「突然ですが、ドブネズミのアニマルガールについてご存知ですか?」
「え、ええと、申し訳ありませんがわかりません。その子はどのような子ですか?」
「はい。ドブネズミの名に違わない泥くさい生き方を好むような性格です。とても直感的で、迷いがない。ところが、それだけではありません。既に仕組まれたシナリオに則って動いているかような感じがあるのです」
「うん?それは、単に迷いが無ければ、そう見えることもあるのではありませんか?」
「いいえ、彼女の記憶に動物の頃の思い出がある可能性が高いと考えられる部分が見つかっているのです。これをご覧ください」
「はい。これは、現在のドブネズミのアニマルガールの資料ですか?」
「そうです。現在の(ドブネズミのアニマルガールの)個体は、たった二匹で町の外の田園地帯に放されたことで危険と見做され、駆除されたというのです。しかも、『人間社会にとっての危機』というほどの大げさに聞こえる文言があるのです」
「『大げさに聞こえる』?まさか、それが事実だなんておっしゃるんですか?」
「はい。わたしも目を疑いました。しかし、あの巨大な財団が関わる資料ですから、信憑性は決して低くありません」
「こ、怖い話ですよね、まさかそんな動物の死体をこの研究所に運び込んでいたなんて」
一人が話を丁度終えたタイミングで、二人のいる部屋の扉をノックする音が三度響いた。
この部屋は資料室となっており、研究に携わる職員(研究員)が主に人事の業務をしているもう片方(事務員)を呼びつけて相談していた。
ところが先程のノックで会話を盗聴されたと思った研究員は、焦ったのか身を屈めてやり過ごそうとした。
一方、事務員は扉を叩いた者を見ようと、入口まで行き返事をして開けてしまった。
扉が開いた音がした方に振り返った研究員は思わず大声を上げて事務員を呼ぶ。
それと同時に扉が開き、部屋の前に立つ者の姿があらわになった。
マイ
「こんばんは。こんな時間に調べ物ですか?」
「こんばんは。あれ、コノシマさん。
ぼくはなんでここにいるんでしょう?
いえ、何でもありません。研究資料を拝見するのもこの離島での数少ない娯楽の一つなので、お許しください」
マイ
「いえいえ、謝らないでください。問題ありませんよ。夜も遅いので、早めにしないと、身体に毒です」
「それもそうですね。これで失礼します。おやすみなさい」
マイ
「おやすみなさい。………………………………」
事務員の姿が視界から消えたのをみて、マイは部屋に入った。そして、部屋の隅々まで覗き誰もいないことを確認してから部屋を後にした。
そして翌日からも、誰もいないその部屋の表札『資料室』は、その研究員を見ることはなかった。