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課題2 バスケットボールにおけるパスの受け手の動きバスケットボールで、選手は適切な位置に動くことでパスを受けやすくする。このプロセスは、サッカーやフットサルなどと同様に生態心理学の観点から説明できる。 パスを受ける選手にとって、ボールは単なる物体ではなく、適切なポジショニングを取ることで受け取れるもの、つまりアフォーダンスとなる。例えば、相手ディフェンダーが近くにいると、パスを受けることが難しくなるため、選手はディフェンダーの位置を知覚しながら動いて、より受け取れるスペースを見つける。 相手ディフェンスが瞬時に動くため、パスの受け手もリアルタイムでポジションを修正する。プレイヤーは、固定されたパターンではなく、環境の変化に適応しながら動く。これは、ダイナミックシステムの考え方に基づき、状況に応じて自発的に組織化される。
16点差し上げます。
課題3 私はサッカーボールを見たときに、蹴ることができると思える。このように思えるのは、ボールが「蹴ることが可能なもの、つまりアフォーダンスとして知覚されるからである。小学生から今までサッカーを続けている私は、サッカーボールを視覚で捉える時、形状、大きさ、質感、などを知覚する。 形状は丸く転がりやすいというところ、大きさは自分の足で蹴るのに調度良いサイズ感であるか、そして質感は、ボールがどれほどバウンドする質感なのか、これらの視覚・触覚情報を通じて、私はこの対象はサッカーボールであると特定できる。足を使って物を蹴ることができ、ボールを蹴った経験経験を踏まえて、蹴ると転がると知覚する。そして、サッカーというスポーツの知識があるため、ボールを見た時、蹴ることを想起しやすい。このように、私の身体・経験・知識と、ボールの形状や性質が結びつくことで、蹴ることができるというアフォーダンスが直接的に知覚される。
18点差し上げます。
課題1 まず最初に認知科学の主流とされていたのが動機や感情を考慮せず、目に見える行動だけに着目した行動主義心理学であった。行動主義心理学が創始されたのは1912年、アメリカの比較心理学者(動物心理学者)のジョン・ワトソンによるものであった。ワトソンはネズミの観察を行う中で、ネズミの意識を理解することはできないが、ネズミの行動を観察する中で、意識が積極的に機能したと言える行動を把握することはできると考えた。それは人についても同様で、心理学はいわば雲をつかむような意識を捉えることではなく、人間の示す行動を分析すれば良いと考え、客観的には把握することができない「意識」を考察するのではなく、科学的な測定による「行動」についての分析が必要と考えた。そして、意識の存在を仮定する心理学とは一見異なるような行動主義心理学は広がりを見せていった。しかし、1950年代に入ると行動主義に対する批判が強まり、人の情報処理能力の研究が進むにつれて、工学で使われる情報理論の用語が心理学にも持ち込まれるようになり、心理学においても認知という言葉が使われる頻度が高くなっていった。そうして、情報科学の知見をもとに、人間の心的機能を高次の情報処理システムとして捉え、そのシステムがどのような仕組みになっているかを解明することで人のこころを理解しようとする学問、すなわち認知心理学が発展した。そして、構造・モデルから人のこころを捉える方法論が浸透するようになり、時代が経つにつれて認知心理学はどんどん勢いを増していった。
12点差し上げます。
課題1 かつて教育心理学の学習理論は「行動主義」から「認知主義」に大きく転換しました。心理学が学問として成立したのは19世紀後半のことである。このころ、意識や思考のプロセスを探るには、その人に直接訪ねるといった「内観法」という方法に頼っていた。この「内観法」の主体性を問題視し、客観的な心理学を求めて提唱されたのが「行動主義」です。行動主義とはすなわち学習者の刺激に対する反応のみに注目し、学習成立の有無を判断しようとするもので、学習者の心的プロセスは分析の対象としない学習論であった。たとえば、授業が終わった直後「よくわかりました」と言っている生徒がいたとする。しかし、行動主義的学習論では、この時点で学習したとは言わない。学習したかどうかはすべて学習者の行動が変わることによって示されるためである。したがって、「わかったらやって見せなさい」というのが行動主義的考え方である。しかし、「認知主義」が学習理論の主流になるとともに、学習は頭の中での変化を含む変容、学習のプロセスを含むと定義された。こうした動きを受けて、心理学の対象が行動だけでなく、心的過程も科学的な研究対象となり、心理学の領域が大きく拡大しました。
課題2 生態心理学について、ヒト対ヒトにかかわら現象について説明する。例としてキャッチボールを挙げる。生態心理学では、キャッチするためにボールの軌道や速度を計算するのではなく、環境情報を直接的に知覚すると考えます。以下はキャッチボールを説明する際に生態心理学の主要概念を用いた説明です。キャッチボールでは、ボールの特性、受け手、環境要因が相互に関係して、それぞれが特定のアフォーダンスを提供します。まずボールのサイズや質感から「つかむ「なげる」「捕る」行為を可能にします。さらに投げてはボールの投げ方を調整し、その調整は受け手の位置や捕球能力を考慮し、アフォーダンスに基づいて変化します。例えば、近距離ではやわらかいパスを投げ、遠距離では強いパスのアフォーダンスが生まれます。対して受け手は、受け手の身体特性(身長、反射神経、手の大きさなど)がボールを取るアフォーダンスを規定します。例えば、子供はやわらかくゆっくりいたボールをとらえやすく、プロの選手は高速なボールのアフォーダンスも受け取る能力があるなどです。つまり、キャッチボールとは単なる物理的な行動ではなく、環境との動的な関係によって生まれる相互適応的な行為です。
20点差し上げます。
課題1 認知科学の歴史における大きな考えの変化として、行動主義から認知心理学への変化を挙げる。行動主義とは、アメリカの心理学学者ジョン・B・ワトソンらによって1913年に提唱され、その時代の主流な考え方であった。行動主義は人間の行動を予測し、制御し、説明することを目指す実験心理学の一種であり、人にどのような刺激を与えればどのような反応をするかということを研究することで、人間の行動は環境による刺激に対する反応によるものだという考えになったのである。これは、内面的思考や意識を考えないものであった。しかし、行動主義は認知革命により大きく考えが変わった。認知革命とは、1950年代に始まった知的運動の総称であり、学際的な連携と研究が大規模に進行する現代的文脈の中で始まった動きである。人工知能と計算機科学で成功したコンピュータ機能を研究し発展させることで、人間の心的プロセスについて検証可能な推論を立てることができるという考えだった。認知革命が起こったことで、行動主義では人間の感情や知的活動などの内面的な精神活動を説明できないことがあらわとなった。そこで、認知革命によって発展した認知心理学が主流の考えと移り変わることになった。認知心理学とは、人間の内面的思考や意識などの認知活動を科学的に研究する分野である。また、認知心理学は、知覚・理解・記憶・思考・学習・推論・問題解決など人間の高次認知機能を研究対象とし、脳科学、神経科学、神経心理学、情報科学、言語学、人工知能、計算機科学などの中で認知科学と呼ばれる事もある。行動主義は、認知革命によるコンピュータの発展に伴い情報科学が盛んになり、その情報科学の考え方が心理学に取り入れられ、認知心理学という分野が成立し、これが新しい時代の主流な考えとなった。この変化の歴史的意義は、行動だけを見て認識するではなく、記憶や思考などの目に見えない内面的な心の働きについて理解することができることになったことである。また、内面的な研究が進むことで人工知能の基礎を作り、現代の人工知能技術に大きな影響をもたらしたことである。
課題1 認知科学の歴史において、人間の知性を取り巻く2つの環境の重要性が見直されるという大きな変化を例に挙げます。1つは身の回りと言う意味での通常の環境であり、もう1つは私たちの身体です。つまり私たちの知性というものは体内と対外の2種類の環境に大きな制約を受けていると考えられるようになりました。この背景には、進化・比較研究、発達研究、文化研究が蓄積され、徐々に知性への貢献や影響の大きさが理解されてきたこと、またギブソンが起こした生態心理学の見直しなどが要因に挙げられます。また表情研究の発展から、情動への注目も高まってきています。第二世代での作動記憶がそうであったように、身体的もまた、一旦は分断された所々の分野を再統合するメタテーマ的な役割をもつ概念と言えます。いずれにせよ認知科学は誕生以来、計算機から脳、そして肉体と環境へと主要テーマを移し、現実を生きる我々の行動を説明するための、よりバーチャルな科学モデルを繰り上げるために、成熟を見せ始めているという歴史的意義が生まれているように感じます。
課題1 20世紀前半の心理学について調べてみたところ、20世紀の心理学は行動主義が主流で、人の行動は環境によって決まり、心の中は研究の対象にならないと考えられていた。しかし、1950〜60年代に認知革命が起こり、「心の働きも研究できる」という考えが広がった。例えば、ノーム・チョムスキーは「言語の学習には生まれつきの仕組みがある」と主張し、行動主義の説明では不十分だと指摘した。また、コンピューターの発展とともに、「人間の考え方は情報を処理する仕組みとして理解できる」という考えも生まれ、ハーバート・サイモンらが人の問題解決の仕組みを研究した。この変化により、心理学は「行動を見るだけ」から「頭の中の仕組みを考える」学問へと発展し、人工知能や脳の研究にもつながった。行動主義から認知科学への転換は、人間を「環境に左右される存在」ではなく、「自ら考える存在」として捉え直すきっかけとなった。
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課題2 ヒト対モノ又はヒトにかかわる現象についてサッカーで挙げてみるとサッカーの試合では、パスを出す選手と受ける選手の間に、直接知覚に基づく相互作用が生じる。生態心理学の観点から、この相互作用は、個々の選手が固定された戦術を用いるのではなく、環境内の情報を利用しながらリアルタイムで調整されるものと考えられる。たとえば、パスを受ける選手は、単に味方の動きを観察するのではなく、アフォーダンスを知覚する。味方の位置や相手ディフェンダーの配置、ボールの移動速度などの情報が、どこへ動けばパスを受けられるかを直接的に示している。また、パスを出す選手も、味方がボールを受けるのに適した位置へ動いていることを知覚し、その動きに応じてキックの強さや方向を調整する。これは、選手同士が互いのアフォーダンスを知覚し合いながら協調する現象といえる。このように、サッカーのパスは、プレイヤーが環境内の情報をリアルタイムで捉え、それに適応しながら動くことで成立している。したがって、生態心理学の視点からは、サッカーのプレーは単なる情報処理ではなく、環境と身体の動的な相互作用の中で生じるものと捉えられる。
課題3 椅子に座れると知覚する要因について説明する。私たちは椅子を見ると、「そこに座ることができる」と直感的に判断する。この判断は、椅子の形や大きさ、座面の高さといった環境内のアフォーダンスを知覚することで生じる。例えば、座面が低すぎると膝を大きく曲げなければならず、高すぎると足が床につかなくなる。そのため、座れるかどうかは、椅子の座面の高さと自分の脚の長さとの関係で決まる。実際に試してみると、膝の角度が90度前後になる椅子は、自然に「座れる」と感じる。一方で、低すぎる椅子では腰を深く落とす必要があり、一瞬ためらいが生じる。また、座面が狭い場合も、安定して座れるかどうかを判断する際の要素となる。このように、椅子に対する「座ることができる」という知覚は、視覚情報だけでなく、自分の身体の特性と環境の関係を捉えることによって成り立っている。これは、身体のサイズや動作のしやすさが異なる人によって知覚の仕方が変わることを示しており、生態心理学的に重要な視点である。
課題2 生体心理学的にヒト対モノまたはヒト対ヒトに係わる現象として、サッカーの試合中を挙げる。サッカーの試合中では、情報を知覚することが最も大事なことである。そこで情報を知覚するために必要となる能力がアフォーダンスである。これは、アメリカの知覚心理学者ジェームズ・J・ギブソンがアフォード(与える、提供する)という動詞から造語したものであり、「良いものでも、悪いものでも、環境が動物に差し出すもの、用意したり供給したりするもの」と定義される。アフォーダンスは、「環境が、その中で生きる動物に与えてくれる行為の機会」、「生体の活動を誘発し方向付ける性質」である。例えば、味方同士のアフォーダンスとしてサッカーのスルーパスが挙げられる。スルーパスとは、現在味方がいる場所にパスをするのではなく、まだ受け手がいない場所にパスを送って、ボールが転がっている間に受け手に移動して取ってもらうパスである。パスの出し手は受け手に対してパスが出る方向へ移動することをアフォードし、それを受け手が知覚することで移動しパスを受け取る相互作用によりスルーパスが成立する。また、相手と味方のアフォーダンスを挙げる。自分のチームが攻めの場合、味方選手にとって空いているスペースは利用することをアフォードし、相手の選手にとってはその空いているスペースは回避することをアフォードする。このように、サッカーにはその場の環境に応じて言葉には出さないアフォーダンスを知覚しあう相互作用によって成り立っている。
課題1 認知科学の歴史における重要な変化の一つは、物理主義から情報処理モデルへの転換である。20世紀初頭、行動主義が支配していた時代、心は物理的過程として扱われ、行動のみが研究対象となっていた。しかし、1950年代にコンピュータ科学や情報理論の進展により、心を情報処理システムとして理解しようとする新たなアプローチが登場した。アラン・チューリングやジョン・アトキンソンらの理論により、心は入力→処理→出力というモデルで捉えられるようになり、認知心理学が発展した。この転換により、認知科学は学際的な分野となり、心理学、神経科学、人工知能などが相互に影響を与える基盤が整った。情報処理モデルは、心の理解を深めるとともに、人工知能や機械学習の発展に寄与した。この変化は、心と脳の関係をより科学的に解明する道を切り開き、現代の認知科学に大きな影響を与えた。
課題2 ヒト対ヒトにかかわる現象として、「離れた場所から手を振られたとき」を例に挙げる。多くの人が集まる会場などで友人あるいは知人に遠くから手を振られた際に、誰しも一度は自分かと思い込み、手を振り返すであろう。これらには本当に相手が自分に手を振っている場合と自分の隣や奥にいる近くの別の人間に手を振っているという2つの場合がある。この現象を初めて経験する際には「友人(知人)が私に向かって何かを伝えようとしている」と捉え「なにか合図を返さなければならない」と手を振り返すという行為に移す。しかし、一度「相手は自分にではなく違う人に合図を送っていた」という場面に遭遇すれば、今後同じようなシチュエーションの際には周りをよく確認し自分に対してなのかをよく見極めてから手を振り返すか否かを吟味するという思考が追加される。離れた所にいる友人(知人)が手を振っているから手を振り返すという一連の行為に「相手が本当に自分に向かって合図しているのか確認する」という項目が加わる。これには実体験を元にした学習やコミュニケーションなどの数多く要素が絡み合って成立している。
課題2 生態心理学的に考察できる現象として、ヒトと自然環境の相互作用を挙げることができる。生態心理学は、ヒトとその周囲の環境が切り離せない相互作用の中に存在するという視点を持っている。環境は常にヒトに対して行動の可能性を示唆し、その結果、ヒトは環境の特性に基づいて行動を選択する。この概念は「アフォーダンス」という生態心理学の中心的な概念によって説明される。例えば、森林の中を歩くとき、ヒトは道の状態、木の位置、地面の傾斜などを知覚し、それに応じた行動を選択する。ここで重要なのは、環境がヒトに対して行動の選択肢を提供するという点であり、ヒトは環境の特徴に合わせて最適な行動を取る。この過程では、環境からのフィードバックと知覚的な情報が連動し、ヒトは環境に適応していく。ヒトの行動は一方向的に決定されるのではなく、環境と絶えず相互作用をしながら決定されるのである。さらに、生態心理学では、ヒトが環境に適応する過程が強調される。例えば、山登りをする際、登山者は地形の特性に敏感に反応し、それに応じて歩行方法を調整する。ここでは、環境の特性とヒトの行動が動的に調整されており、ヒトは環境からのフィードバックを基に行動を変化させる。このように、環境は単なる背景ではなく、ヒトの行動の重要な要素となり、ヒトはその環境内で能動的に適応する。この生態心理学的視点では、ヒトと環境は切り離すことができない相互作用を通じて成立しており、環境は行動の選択肢を提供する必要な存在として捉えられる。
15点差し上げます。
課題3 環境内の対象を知覚する過程には、私たち自身の身体的特性や感覚器官が重要な役割を果たしている。ある対象が「・・・であるとわかる」理由や、「・・・することができる」と認識できる理由は、対象から得られる情報と、それに対する私たち自身の感覚的・身体的な特性との関係によって説明できる。例えば、私が通り抜けられる幅を知覚する場面を考えると、私の肩幅と空間の幅との比較からその知覚が成り立つ。ある幅を持つ隙間が、肩を旋回させずに通り抜けられるかどうかを判断するには、その隙間の幅と私の肩幅という物理的な情報が関連する。私の肩幅を基準にして、肩幅の1.3倍を超えると旋回運動が必要だと感じることから、この判断は自己の身体的特性と環境の対象との相互作用によって生じているといえる。また、対象が持つアフォーダンスも、私たちの知覚に影響を与える。例えば、物体がつかめるかどうかを判断する場合、物体の形状やサイズ、さらには私の手の大きさが重要な情報となる。丸い物体はつかみやすい一方、滑りやすい平らな物体では掴むことが困難である。このように、物体が持つアフォーダンスは、その形状や機能に基づいて知覚され、私たちの身体的特性がその知覚に強く影響を与える。私の身体的属性も、対象の認識において重要である。例えば、私が手を伸ばして物を取ろうとした際、手の大きさや腕の長さが予測に影響を与える。身長や手の長さが平均的な範囲にあるため、多くの物体に対してアフォーダンスは予測可能だが、身長が低ければ高い棚に手が届かないといった認識が生じる。このように、環境内の対象に対する認識は、私たちの身体的・感覚的な属性と密接に結びついており、知覚の成り立ちにはその相互作用が関わっている。
25点差し上げます。
課題1 講義内容は詳しく覚えていないため自分なりに調べてみました。 ①心理学の主流は行動主義。行動主義者は、「心理学は観察可能な行動を客観的に研究するべきであり、内的な心の働きを仮定すべきではない」と主張した。しかし、1950年代から1960年代にかけて認知主義が台頭し、心の内的なメカニズム(思考、記憶、問題解決など)を科学的に研究するアプローチが復活した。 ②「心=情報処理システム」という認知主義の考え方は、AI研究に影響を与え、現代の機械学習・ニューラルネットワークの基盤を築いた。
課題2 私はドアノブを例に考えました。ドアノブは、それを操作するヒトに対して「回す」「引く」「押す」といったアフォーダンスを提供します。アフォーダンスとは、「環境が行為主体に対して提供する行為の可能性」。例えば、ドアノブは「手で掴んで回すことができる」形状をしており、これはヒトの手のサイズや可動範囲と適合しています。このとき、ヒトは「ドアノブを見て、回すべきかどうかを推論する」のではなく、ドアノブの形状や配置を直接知覚し、それに即した行動をとるのです。これが生態心理学における「直接知覚」の考え方。
課題3 課題3も同様に私はドアノブを例に考えました。ドアノブは、それを操作するヒトに対して「回す」「引く」「押す」といったアフォーダンスを提供します。アフォーダンスとは、「環境が行為主体に対して提供する行為の可能性」。例えば、ドアノブは「手で掴んで回すことができる」形状をしており、これはヒトの手のサイズや可動範囲と適合しています。このとき、ヒトは「ドアノブを見て、回すべきかどうかを推論する」のではなく、ドアノブの形状や配置を直接知覚し、それに即した行動をとるのです。これが生態心理学における「直接知覚」の考え方。
課題3 階段を見たときに「上ることができる・下りることができる」と感じる理由を説明する。通常の階段は、建築基準法による寸法の基によると、幅は75cm以上、蹴上げは23cm以内、踏面は15cm以上とされている。このような階段は、通常の人間の階段に対する身体的な動作に適した形であり「上ることができる・下りることができる」というアフォーダンスを知覚することができる。しかし、例えば建設基準法より蹴り上げが高い40cmほどの場合はその段差が階段だとアフォーダンスを知覚しずらくなる。実際に家の家具で40cmほどのものを探して、これくらいの高さの段差を階段と認知できるのかを考えてみた結果、私は階段ではないと認知した。また具体的な例として、札幌学院大学新札幌キャンパスの表口の青少年科学館側にある階段を挙げる。真ん中の上に続いている蹴り上げ約15cmほどの段差は階段であるアフォーダンスを知覚できるのに対し、その両サイドにある蹴り上げ約45cmほどの段差は階段であるアフォーダンスを知覚することはできない。これは、私の階段に対する身体的な動作に適した形ではないからアフォーダンスを知覚できないのである。
課題2 ヒトが手すりを使って階段を上るという現象について生態心理学的に解説していく。ヒトは体の様々な器官を使って平衡感覚を保とうとする。階段を上る時には瞬時に片足から片足への体重移動が行われる。その際に手すりを利用し、腕で体重移動をアシストすることでスムーズに階段を上る行為を行うことができる。この時、実際に手すりに触れていなくても安定した上り行為を行うことができる場合がある。この理由は、腕を使うことで体の左右のバランスを均等に保っているからだ。平均台の上や足場の悪い所を通る時もこの腕を使ってバランスをとるという行為が起きる。このように考えると、階段に手すりを設けることでより安全に上る行為をアシストすることが可能であるといえる。手すりには、腕を使って安全に階段を上ることをヒトに行為させるアフォーダンスがあるといえる。
14点差し上げます。
課題3 私は「歩道と車道を仕切るコンクリートの段差」があると思わず平均台の要領で上に乗って歩きたくなる。少々子供臭いが私の小学生時代の登下校で必ず行っていた行為でとても思い出がある。しかしそれは私だけではないはずだ。上に乗りたくなるのは「段差には乗ることができるもの」というようにアフォーダンスとしてその一連の行為が知覚されているからである。「歩道と車道を仕切るコンクリートの段差」を見たとき、どこまでつながっているか、どこで区切られているか、幅などを観察する。ただし、当時と変わったのはその真横の道路に車が通っているかなどの交通量を気にするようになった。 私が小学生のころには、実際に乗ってみて「普段とどれくらい目線が変わったか」や「一つのコンクリートブロックは靴の横幅何個分か」などを視界の情報を元に乗ることが可能か平均台のように進むことができるのかを推測できる。そして時を経て、今ではその行為をなかなかすることが無くなったが、そのコンクリートの段差を見るたびに登っていたときの情景や感じた風、少し高いところから見えていた同級生の顔などの当時の様子を懐かしく思い出すことができる。このように私の視覚や記憶が結び付くことによって場所は違がっていても同じ「歩道と車道を仕切るコンクリートの段差」を見ることによってノスタルジーがアフォーダンスとして知覚される。
課題1 認知科学の歴史における重要な転換点は、行動主義から認知心理学への移行である。20世紀初頭、行動主義は心理学を「観察可能な行動」の研究に限定した。しかし、1950年代にノーム・チョムスキーが言語の複雑さを行動主義では説明できないと批判し、認知心理学が誕生した。この新しいアプローチは、思考や記憶、学習といった「心の中で何が起こっているか」に焦点を当てた。 認知心理学の発展は、人工知能や、神経科学の進歩にも影響を与え、人間の認知過程をより深く理解するための基盤となった。また、人間観も大きく変わり、「人間は単に環境に反応する存在ではなく、意図的に思考し、解釈し、学ぶ存在だ」という新たな視点が生まれた。この移行は、心理学やAI、哲学、教育学など多くの分野に深い影響を与え、「人間らしさ」を深く掘り下げる新しい視点だった。行動主義から認知心理学への転換は、認知科学の発展にとって非常に重要な意義を持っている。
課題1 認知科学の歴史において、特定の考えから別の考え方へと変化した事例をあげ、その変化がどのような歴史的意義を持っているのかを述べる。 認知科学の誕生は、1900年代にて様々な分野の若き研究者たちが積極的に交流を行い、人間の知的活動についての科学的な研究を統合しようとしたことから始まる。このようにして生まれた認知科学の当初の内容は、人工知能研究と情報処理心理学と呼ばれる心理学の一分野を中心とするものであった。そのため、計算機に見立てた人間の知能モデルが作られた。そして、心理学者は実験のデータを採取し、人工知能研究者はプログラムを走らせることでモデルを検証していた。このような計算機への見立てを重視するアプローチや考え方を計算主義と呼ぶ。 しかしながら、1900年代後半から別の考え方が生まれ始める。大脳生理学における研究テクノロジーの発展が見られ始め、前述した計算主義によって生まれた研究データを脳の神経活動と照らし合わせようとする動きが急速に進み始める。それにより、医学と神経科学に携わる多くの科学者たちが認知科学へと参画することとなる。これにより、認知科学の主要テーマが計算機から脳へと移り変わった。そして、近年ではさらに大きな変化が起こりつつある。人間の知性を取り巻く2つの環境の重要性が見直され始めたからである。1つは、身の回りという意味での通常の環境、もう1つは私たちの体そのものである。脳を主要テーマとしていたが、私たちの知性というものは体内と体外の2種類の環境に大きな制約を受けているという新たな考え方から、主要テーマは肉体と環境へと変化していった。この変化は、現代の心理学に通づるものがあり、今の様々の心理学の在り方に影響している。
学籍番号 F24036です。
課題1 認知科学の歴史において、行動主義から認知主義への転換を挙げる。行動主義とは、20世紀前半にワトソンによって提唱されており、人間に刺激を与えることでその刺激に対してどのような反応をするかということの研究であり、見た情報だけで判断できる観察可能な行動のみを対象とし、思考や感情を排除した研究である。1950年に入ると言語習得や問題解決などの複雑な認知能力が行動主義では説明できないことが指摘され、行動主義の否定が強くなった。この転換は認知革命と呼ばれた。子供が勉強をする際や、言語を学ぶ際に同じ言葉を繰り返すだけの反復学習ではなく生得的な言語能力が関係しているとされ、これが認知革命の引き金となった。認知革命は心理学やAI、言語、教育学にも影響を与えた。さらにサイモンやニューウェルらによって人間の思考はコンピューターの情報処理に似ているという情報処理モデルが提唱された。人間の脳内では行動により得た経験だけではなく、何を得て何をすることが可能になったかを算出する機能が搭載されており、記憶、推論や問題解決などの人間の内部で起きていることは人間の認知からきているという考えが主流となっていった。行動主義から認知主義への転換は心理学の発展における重要な変化であり、行動主義は、学習を刺激と反応の関係に基づき反復学習を重視したが、認知革命によってその限界が指摘された。これによって人間の記憶や問題解決などの内部過程を研究する方向へと進化した。この演歌は、心理学だけでなく人工知能や教育学にも影響を与え、人工知能や教育学にも影響を与え。現在の認知科学の基礎を固めることとなった。
課題1 デカルトの考えであるデカルト的二元論は、17世紀以降の西洋哲学や科学において、心(精神)と物質(身体)を根本的に異なる実体として捉える考え方の出発点となりました。しかし、しだいに認知科学、神経科学、心理学、哲学などの分野で進んだ研究は、認知や知性が単なる脳内の情報処理だけでなく、身体や環境との相互作用に深く根ざしているという見解へと転換していきました。デカルト的二元論から認知が身体に根ざしているという立場への転換は、認知科学の領域において理論的枠組みだけでなく、実証研究や応用技術の発展にも大きな影響を与えました。このシフトは、認知現象をより包括的に理解し、人間の知性や行動の根底にある身体的・環境的要因を捉えるための重要な転換点であり、今後の学際的な研究の発展にも不可欠な視点となっていると考える。
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バスケットボールにおけるパスの受け手の動きバスケットボールで、選手は適切な位置に動くことでパスを受けやすくする。このプロセスは、サッカーやフットサルなどと同様に生態心理学の観点から説明できる。
パスを受ける選手にとって、ボールは単なる物体ではなく、適切なポジショニングを取ることで受け取れるもの、つまりアフォーダンスとなる。例えば、相手ディフェンダーが近くにいると、パスを受けることが難しくなるため、選手はディフェンダーの位置を知覚しながら動いて、より受け取れるスペースを見つける。
相手ディフェンスが瞬時に動くため、パスの受け手もリアルタイムでポジションを修正する。プレイヤーは、固定されたパターンではなく、環境の変化に適応しながら動く。これは、ダイナミックシステムの考え方に基づき、状況に応じて自発的に組織化される。
16点差し上げます。
課題3
私はサッカーボールを見たときに、蹴ることができると思える。このように思えるのは、ボールが「蹴ることが可能なもの、つまりアフォーダンスとして知覚されるからである。小学生から今までサッカーを続けている私は、サッカーボールを視覚で捉える時、形状、大きさ、質感、などを知覚する。
形状は丸く転がりやすいというところ、大きさは自分の足で蹴るのに調度良いサイズ感であるか、そして質感は、ボールがどれほどバウンドする質感なのか、これらの視覚・触覚情報を通じて、私はこの対象はサッカーボールであると特定できる。足を使って物を蹴ることができ、ボールを蹴った経験経験を踏まえて、蹴ると転がると知覚する。そして、サッカーというスポーツの知識があるため、ボールを見た時、蹴ることを想起しやすい。このように、私の身体・経験・知識と、ボールの形状や性質が結びつくことで、蹴ることができるというアフォーダンスが直接的に知覚される。
18点差し上げます。
課題1
まず最初に認知科学の主流とされていたのが動機や感情を考慮せず、目に見える行動だけに着目した行動主義心理学であった。行動主義心理学が創始されたのは1912年、アメリカの比較心理学者(動物心理学者)のジョン・ワトソンによるものであった。ワトソンはネズミの観察を行う中で、ネズミの意識を理解することはできないが、ネズミの行動を観察する中で、意識が積極的に機能したと言える行動を把握することはできると考えた。それは人についても同様で、心理学はいわば雲をつかむような意識を捉えることではなく、人間の示す行動を分析すれば良いと考え、客観的には把握することができない「意識」を考察するのではなく、科学的な測定による「行動」についての分析が必要と考えた。そして、意識の存在を仮定する心理学とは一見異なるような行動主義心理学は広がりを見せていった。しかし、1950年代に入ると行動主義に対する批判が強まり、人の情報処理能力の研究が進むにつれて、工学で使われる情報理論の用語が心理学にも持ち込まれるようになり、心理学においても認知という言葉が使われる頻度が高くなっていった。そうして、情報科学の知見をもとに、人間の心的機能を高次の情報処理システムとして捉え、そのシステムがどのような仕組みになっているかを解明することで人のこころを理解しようとする学問、すなわち認知心理学が発展した。そして、構造・モデルから人のこころを捉える方法論が浸透するようになり、時代が経つにつれて認知心理学はどんどん勢いを増していった。
12点差し上げます。
課題1
かつて教育心理学の学習理論は「行動主義」から「認知主義」に大きく転換しました。心理学が学問として成立したのは19世紀後半のことである。このころ、意識や思考のプロセスを探るには、その人に直接訪ねるといった「内観法」という方法に頼っていた。この「内観法」の主体性を問題視し、客観的な心理学を求めて提唱されたのが「行動主義」です。行動主義とはすなわち学習者の刺激に対する反応のみに注目し、学習成立の有無を判断しようとするもので、学習者の心的プロセスは分析の対象としない学習論であった。たとえば、授業が終わった直後「よくわかりました」と言っている生徒がいたとする。しかし、行動主義的学習論では、この時点で学習したとは言わない。学習したかどうかはすべて学習者の行動が変わることによって示されるためである。したがって、「わかったらやって見せなさい」というのが行動主義的考え方である。しかし、「認知主義」が学習理論の主流になるとともに、学習は頭の中での変化を含む変容、学習のプロセスを含むと定義された。こうした動きを受けて、心理学の対象が行動だけでなく、心的過程も科学的な研究対象となり、心理学の領域が大きく拡大しました。
16点差し上げます。
課題2
生態心理学について、ヒト対ヒトにかかわら現象について説明する。例としてキャッチボールを挙げる。生態心理学では、キャッチするためにボールの軌道や速度を計算するのではなく、環境情報を直接的に知覚すると考えます。以下はキャッチボールを説明する際に生態心理学の主要概念を用いた説明です。キャッチボールでは、ボールの特性、受け手、環境要因が相互に関係して、それぞれが特定のアフォーダンスを提供します。まずボールのサイズや質感から「つかむ「なげる」「捕る」行為を可能にします。さらに投げてはボールの投げ方を調整し、その調整は受け手の位置や捕球能力を考慮し、アフォーダンスに基づいて変化します。例えば、近距離ではやわらかいパスを投げ、遠距離では強いパスのアフォーダンスが生まれます。対して受け手は、受け手の身体特性(身長、反射神経、手の大きさなど)がボールを取るアフォーダンスを規定します。例えば、子供はやわらかくゆっくりいたボールをとらえやすく、プロの選手は高速なボールのアフォーダンスも受け取る能力があるなどです。つまり、キャッチボールとは単なる物理的な行動ではなく、環境との動的な関係によって生まれる相互適応的な行為です。
20点差し上げます。
課題1
認知科学の歴史における大きな考えの変化として、行動主義から認知心理学への変化を挙げる。行動主義とは、アメリカの心理学学者ジョン・B・ワトソンらによって1913年に提唱され、その時代の主流な考え方であった。行動主義は人間の行動を予測し、制御し、説明することを目指す実験心理学の一種であり、人にどのような刺激を与えればどのような反応をするかということを研究することで、人間の行動は環境による刺激に対する反応によるものだという考えになったのである。これは、内面的思考や意識を考えないものであった。しかし、行動主義は認知革命により大きく考えが変わった。認知革命とは、1950年代に始まった知的運動の総称であり、学際的な連携と研究が大規模に進行する現代的文脈の中で始まった動きである。人工知能と計算機科学で成功したコンピュータ機能を研究し発展させることで、人間の心的プロセスについて検証可能な推論を立てることができるという考えだった。認知革命が起こったことで、行動主義では人間の感情や知的活動などの内面的な精神活動を説明できないことがあらわとなった。そこで、認知革命によって発展した認知心理学が主流の考えと移り変わることになった。認知心理学とは、人間の内面的思考や意識などの認知活動を科学的に研究する分野である。また、認知心理学は、知覚・理解・記憶・思考・学習・推論・問題解決など人間の高次認知機能を研究対象とし、脳科学、神経科学、神経心理学、情報科学、言語学、人工知能、計算機科学などの中で認知科学と呼ばれる事もある。行動主義は、認知革命によるコンピュータの発展に伴い情報科学が盛んになり、その情報科学の考え方が心理学に取り入れられ、認知心理学という分野が成立し、これが新しい時代の主流な考えとなった。この変化の歴史的意義は、行動だけを見て認識するではなく、記憶や思考などの目に見えない内面的な心の働きについて理解することができることになったことである。また、内面的な研究が進むことで人工知能の基礎を作り、現代の人工知能技術に大きな影響をもたらしたことである。
18点差し上げます。
課題1
認知科学の歴史において、人間の知性を取り巻く2つの環境の重要性が見直されるという大きな変化を例に挙げます。1つは身の回りと言う意味での通常の環境であり、もう1つは私たちの身体です。つまり私たちの知性というものは体内と対外の2種類の環境に大きな制約を受けていると考えられるようになりました。この背景には、進化・比較研究、発達研究、文化研究が蓄積され、徐々に知性への貢献や影響の大きさが理解されてきたこと、またギブソンが起こした生態心理学の見直しなどが要因に挙げられます。また表情研究の発展から、情動への注目も高まってきています。第二世代での作動記憶がそうであったように、身体的もまた、一旦は分断された所々の分野を再統合するメタテーマ的な役割をもつ概念と言えます。いずれにせよ認知科学は誕生以来、計算機から脳、そして肉体と環境へと主要テーマを移し、現実を生きる我々の行動を説明するための、よりバーチャルな科学モデルを繰り上げるために、成熟を見せ始めているという歴史的意義が生まれているように感じます。
18点差し上げます。
課題1
20世紀前半の心理学について調べてみたところ、20世紀の心理学は行動主義が主流で、人の行動は環境によって決まり、心の中は研究の対象にならないと考えられていた。しかし、1950〜60年代に認知革命が起こり、「心の働きも研究できる」という考えが広がった。例えば、ノーム・チョムスキーは「言語の学習には生まれつきの仕組みがある」と主張し、行動主義の説明では不十分だと指摘した。また、コンピューターの発展とともに、「人間の考え方は情報を処理する仕組みとして理解できる」という考えも生まれ、ハーバート・サイモンらが人の問題解決の仕組みを研究した。この変化により、心理学は「行動を見るだけ」から「頭の中の仕組みを考える」学問へと発展し、人工知能や脳の研究にもつながった。行動主義から認知科学への転換は、人間を「環境に左右される存在」ではなく、「自ら考える存在」として捉え直すきっかけとなった。
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課題2
ヒト対モノ又はヒトにかかわる現象についてサッカーで挙げてみるとサッカーの試合では、パスを出す選手と受ける選手の間に、直接知覚に基づく相互作用が生じる。生態心理学の観点から、この相互作用は、個々の選手が固定された戦術を用いるのではなく、環境内の情報を利用しながらリアルタイムで調整されるものと考えられる。たとえば、パスを受ける選手は、単に味方の動きを観察するのではなく、アフォーダンスを知覚する。味方の位置や相手ディフェンダーの配置、ボールの移動速度などの情報が、どこへ動けばパスを受けられるかを直接的に示している。また、パスを出す選手も、味方がボールを受けるのに適した位置へ動いていることを知覚し、その動きに応じてキックの強さや方向を調整する。これは、選手同士が互いのアフォーダンスを知覚し合いながら協調する現象といえる。このように、サッカーのパスは、プレイヤーが環境内の情報をリアルタイムで捉え、それに適応しながら動くことで成立している。したがって、生態心理学の視点からは、サッカーのプレーは単なる情報処理ではなく、環境と身体の動的な相互作用の中で生じるものと捉えられる。
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課題3
椅子に座れると知覚する要因について説明する。私たちは椅子を見ると、「そこに座ることができる」と直感的に判断する。この判断は、椅子の形や大きさ、座面の高さといった環境内のアフォーダンスを知覚することで生じる。例えば、座面が低すぎると膝を大きく曲げなければならず、高すぎると足が床につかなくなる。そのため、座れるかどうかは、椅子の座面の高さと自分の脚の長さとの関係で決まる。実際に試してみると、膝の角度が90度前後になる椅子は、自然に「座れる」と感じる。一方で、低すぎる椅子では腰を深く落とす必要があり、一瞬ためらいが生じる。また、座面が狭い場合も、安定して座れるかどうかを判断する際の要素となる。このように、椅子に対する「座ることができる」という知覚は、視覚情報だけでなく、自分の身体の特性と環境の関係を捉えることによって成り立っている。これは、身体のサイズや動作のしやすさが異なる人によって知覚の仕方が変わることを示しており、生態心理学的に重要な視点である。
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課題2
生体心理学的にヒト対モノまたはヒト対ヒトに係わる現象として、サッカーの試合中を挙げる。サッカーの試合中では、情報を知覚することが最も大事なことである。そこで情報を知覚するために必要となる能力がアフォーダンスである。これは、アメリカの知覚心理学者ジェームズ・J・ギブソンがアフォード(与える、提供する)という動詞から造語したものであり、「良いものでも、悪いものでも、環境が動物に差し出すもの、用意したり供給したりするもの」と定義される。アフォーダンスは、「環境が、その中で生きる動物に与えてくれる行為の機会」、「生体の活動を誘発し方向付ける性質」である。例えば、味方同士のアフォーダンスとしてサッカーのスルーパスが挙げられる。スルーパスとは、現在味方がいる場所にパスをするのではなく、まだ受け手がいない場所にパスを送って、ボールが転がっている間に受け手に移動して取ってもらうパスである。パスの出し手は受け手に対してパスが出る方向へ移動することをアフォードし、それを受け手が知覚することで移動しパスを受け取る相互作用によりスルーパスが成立する。また、相手と味方のアフォーダンスを挙げる。自分のチームが攻めの場合、味方選手にとって空いているスペースは利用することをアフォードし、相手の選手にとってはその空いているスペースは回避することをアフォードする。このように、サッカーにはその場の環境に応じて言葉には出さないアフォーダンスを知覚しあう相互作用によって成り立っている。
18点差し上げます。
課題1
認知科学の歴史における重要な変化の一つは、物理主義から情報処理モデルへの転換である。20世紀初頭、行動主義が支配していた時代、心は物理的過程として扱われ、行動のみが研究対象となっていた。しかし、1950年代にコンピュータ科学や情報理論の進展により、心を情報処理システムとして理解しようとする新たなアプローチが登場した。アラン・チューリングやジョン・アトキンソンらの理論により、心は入力→処理→出力というモデルで捉えられるようになり、認知心理学が発展した。この転換により、認知科学は学際的な分野となり、心理学、神経科学、人工知能などが相互に影響を与える基盤が整った。情報処理モデルは、心の理解を深めるとともに、人工知能や機械学習の発展に寄与した。この変化は、心と脳の関係をより科学的に解明する道を切り開き、現代の認知科学に大きな影響を与えた。
16点差し上げます。
課題2
ヒト対ヒトにかかわる現象として、「離れた場所から手を振られたとき」を例に挙げる。多くの人が集まる会場などで友人あるいは知人に遠くから手を振られた際に、誰しも一度は自分かと思い込み、手を振り返すであろう。これらには本当に相手が自分に手を振っている場合と自分の隣や奥にいる近くの別の人間に手を振っているという2つの場合がある。この現象を初めて経験する際には「友人(知人)が私に向かって何かを伝えようとしている」と捉え「なにか合図を返さなければならない」と手を振り返すという行為に移す。しかし、一度「相手は自分にではなく違う人に合図を送っていた」という場面に遭遇すれば、今後同じようなシチュエーションの際には周りをよく確認し自分に対してなのかをよく見極めてから手を振り返すか否かを吟味するという思考が追加される。離れた所にいる友人(知人)が手を振っているから手を振り返すという一連の行為に「相手が本当に自分に向かって合図しているのか確認する」という項目が加わる。これには実体験を元にした学習やコミュニケーションなどの数多く要素が絡み合って成立している。
16点差し上げます。
課題2
生態心理学的に考察できる現象として、ヒトと自然環境の相互作用を挙げることができる。生態心理学は、ヒトとその周囲の環境が切り離せない相互作用の中に存在するという視点を持っている。環境は常にヒトに対して行動の可能性を示唆し、その結果、ヒトは環境の特性に基づいて行動を選択する。この概念は「アフォーダンス」という生態心理学の中心的な概念によって説明される。例えば、森林の中を歩くとき、ヒトは道の状態、木の位置、地面の傾斜などを知覚し、それに応じた行動を選択する。ここで重要なのは、環境がヒトに対して行動の選択肢を提供するという点であり、ヒトは環境の特徴に合わせて最適な行動を取る。この過程では、環境からのフィードバックと知覚的な情報が連動し、ヒトは環境に適応していく。ヒトの行動は一方向的に決定されるのではなく、環境と絶えず相互作用をしながら決定されるのである。さらに、生態心理学では、ヒトが環境に適応する過程が強調される。例えば、山登りをする際、登山者は地形の特性に敏感に反応し、それに応じて歩行方法を調整する。ここでは、環境の特性とヒトの行動が動的に調整されており、ヒトは環境からのフィードバックを基に行動を変化させる。このように、環境は単なる背景ではなく、ヒトの行動の重要な要素となり、ヒトはその環境内で能動的に適応する。この生態心理学的視点では、ヒトと環境は切り離すことができない相互作用を通じて成立しており、環境は行動の選択肢を提供する必要な存在として捉えられる。
15点差し上げます。
課題3
環境内の対象を知覚する過程には、私たち自身の身体的特性や感覚器官が重要な役割を果たしている。ある対象が「・・・であるとわかる」理由や、「・・・することができる」と認識できる理由は、対象から得られる情報と、それに対する私たち自身の感覚的・身体的な特性との関係によって説明できる。例えば、私が通り抜けられる幅を知覚する場面を考えると、私の肩幅と空間の幅との比較からその知覚が成り立つ。ある幅を持つ隙間が、肩を旋回させずに通り抜けられるかどうかを判断するには、その隙間の幅と私の肩幅という物理的な情報が関連する。私の肩幅を基準にして、肩幅の1.3倍を超えると旋回運動が必要だと感じることから、この判断は自己の身体的特性と環境の対象との相互作用によって生じているといえる。また、対象が持つアフォーダンスも、私たちの知覚に影響を与える。例えば、物体がつかめるかどうかを判断する場合、物体の形状やサイズ、さらには私の手の大きさが重要な情報となる。丸い物体はつかみやすい一方、滑りやすい平らな物体では掴むことが困難である。このように、物体が持つアフォーダンスは、その形状や機能に基づいて知覚され、私たちの身体的特性がその知覚に強く影響を与える。私の身体的属性も、対象の認識において重要である。例えば、私が手を伸ばして物を取ろうとした際、手の大きさや腕の長さが予測に影響を与える。身長や手の長さが平均的な範囲にあるため、多くの物体に対してアフォーダンスは予測可能だが、身長が低ければ高い棚に手が届かないといった認識が生じる。このように、環境内の対象に対する認識は、私たちの身体的・感覚的な属性と密接に結びついており、知覚の成り立ちにはその相互作用が関わっている。
25点差し上げます。
課題1
講義内容は詳しく覚えていないため自分なりに調べてみました。
①心理学の主流は行動主義。行動主義者は、「心理学は観察可能な行動を客観的に研究するべきであり、内的な心の働きを仮定すべきではない」と主張した。しかし、1950年代から1960年代にかけて認知主義が台頭し、心の内的なメカニズム(思考、記憶、問題解決など)を科学的に研究するアプローチが復活した。
②「心=情報処理システム」という認知主義の考え方は、AI研究に影響を与え、現代の機械学習・ニューラルネットワークの基盤を築いた。
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課題2
私はドアノブを例に考えました。ドアノブは、それを操作するヒトに対して「回す」「引く」「押す」といったアフォーダンスを提供します。アフォーダンスとは、「環境が行為主体に対して提供する行為の可能性」。例えば、ドアノブは「手で掴んで回すことができる」形状をしており、これはヒトの手のサイズや可動範囲と適合しています。このとき、ヒトは「ドアノブを見て、回すべきかどうかを推論する」のではなく、ドアノブの形状や配置を直接知覚し、それに即した行動をとるのです。これが生態心理学における「直接知覚」の考え方。
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課題3
課題3も同様に私はドアノブを例に考えました。ドアノブは、それを操作するヒトに対して「回す」「引く」「押す」といったアフォーダンスを提供します。アフォーダンスとは、「環境が行為主体に対して提供する行為の可能性」。例えば、ドアノブは「手で掴んで回すことができる」形状をしており、これはヒトの手のサイズや可動範囲と適合しています。このとき、ヒトは「ドアノブを見て、回すべきかどうかを推論する」のではなく、ドアノブの形状や配置を直接知覚し、それに即した行動をとるのです。これが生態心理学における「直接知覚」の考え方。
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課題3
階段を見たときに「上ることができる・下りることができる」と感じる理由を説明する。通常の階段は、建築基準法による寸法の基によると、幅は75cm以上、蹴上げは23cm以内、踏面は15cm以上とされている。このような階段は、通常の人間の階段に対する身体的な動作に適した形であり「上ることができる・下りることができる」というアフォーダンスを知覚することができる。しかし、例えば建設基準法より蹴り上げが高い40cmほどの場合はその段差が階段だとアフォーダンスを知覚しずらくなる。実際に家の家具で40cmほどのものを探して、これくらいの高さの段差を階段と認知できるのかを考えてみた結果、私は階段ではないと認知した。また具体的な例として、札幌学院大学新札幌キャンパスの表口の青少年科学館側にある階段を挙げる。真ん中の上に続いている蹴り上げ約15cmほどの段差は階段であるアフォーダンスを知覚できるのに対し、その両サイドにある蹴り上げ約45cmほどの段差は階段であるアフォーダンスを知覚することはできない。これは、私の階段に対する身体的な動作に適した形ではないからアフォーダンスを知覚できないのである。
25点差し上げます。
課題2
ヒトが手すりを使って階段を上るという現象について生態心理学的に解説していく。ヒトは体の様々な器官を使って平衡感覚を保とうとする。階段を上る時には瞬時に片足から片足への体重移動が行われる。その際に手すりを利用し、腕で体重移動をアシストすることでスムーズに階段を上る行為を行うことができる。この時、実際に手すりに触れていなくても安定した上り行為を行うことができる場合がある。この理由は、腕を使うことで体の左右のバランスを均等に保っているからだ。平均台の上や足場の悪い所を通る時もこの腕を使ってバランスをとるという行為が起きる。このように考えると、階段に手すりを設けることでより安全に上る行為をアシストすることが可能であるといえる。手すりには、腕を使って安全に階段を上ることをヒトに行為させるアフォーダンスがあるといえる。
14点差し上げます。
課題3
私は「歩道と車道を仕切るコンクリートの段差」があると思わず平均台の要領で上に乗って歩きたくなる。少々子供臭いが私の小学生時代の登下校で必ず行っていた行為でとても思い出がある。しかしそれは私だけではないはずだ。上に乗りたくなるのは「段差には乗ることができるもの」というようにアフォーダンスとしてその一連の行為が知覚されているからである。「歩道と車道を仕切るコンクリートの段差」を見たとき、どこまでつながっているか、どこで区切られているか、幅などを観察する。ただし、当時と変わったのはその真横の道路に車が通っているかなどの交通量を気にするようになった。
私が小学生のころには、実際に乗ってみて「普段とどれくらい目線が変わったか」や「一つのコンクリートブロックは靴の横幅何個分か」などを視界の情報を元に乗ることが可能か平均台のように進むことができるのかを推測できる。そして時を経て、今ではその行為をなかなかすることが無くなったが、そのコンクリートの段差を見るたびに登っていたときの情景や感じた風、少し高いところから見えていた同級生の顔などの当時の様子を懐かしく思い出すことができる。このように私の視覚や記憶が結び付くことによって場所は違がっていても同じ「歩道と車道を仕切るコンクリートの段差」を見ることによってノスタルジーがアフォーダンスとして知覚される。
18点差し上げます。
課題1
認知科学の歴史における重要な転換点は、行動主義から認知心理学への移行である。20世紀初頭、行動主義は心理学を「観察可能な行動」の研究に限定した。しかし、1950年代にノーム・チョムスキーが言語の複雑さを行動主義では説明できないと批判し、認知心理学が誕生した。この新しいアプローチは、思考や記憶、学習といった「心の中で何が起こっているか」に焦点を当てた。
認知心理学の発展は、人工知能や、神経科学の進歩にも影響を与え、人間の認知過程をより深く理解するための基盤となった。また、人間観も大きく変わり、「人間は単に環境に反応する存在ではなく、意図的に思考し、解釈し、学ぶ存在だ」という新たな視点が生まれた。この移行は、心理学やAI、哲学、教育学など多くの分野に深い影響を与え、「人間らしさ」を深く掘り下げる新しい視点だった。行動主義から認知心理学への転換は、認知科学の発展にとって非常に重要な意義を持っている。
18点差し上げます。
課題1
認知科学の歴史において、特定の考えから別の考え方へと変化した事例をあげ、その変化がどのような歴史的意義を持っているのかを述べる。
認知科学の誕生は、1900年代にて様々な分野の若き研究者たちが積極的に交流を行い、人間の知的活動についての科学的な研究を統合しようとしたことから始まる。このようにして生まれた認知科学の当初の内容は、人工知能研究と情報処理心理学と呼ばれる心理学の一分野を中心とするものであった。そのため、計算機に見立てた人間の知能モデルが作られた。そして、心理学者は実験のデータを採取し、人工知能研究者はプログラムを走らせることでモデルを検証していた。このような計算機への見立てを重視するアプローチや考え方を計算主義と呼ぶ。
しかしながら、1900年代後半から別の考え方が生まれ始める。大脳生理学における研究テクノロジーの発展が見られ始め、前述した計算主義によって生まれた研究データを脳の神経活動と照らし合わせようとする動きが急速に進み始める。それにより、医学と神経科学に携わる多くの科学者たちが認知科学へと参画することとなる。これにより、認知科学の主要テーマが計算機から脳へと移り変わった。そして、近年ではさらに大きな変化が起こりつつある。人間の知性を取り巻く2つの環境の重要性が見直され始めたからである。1つは、身の回りという意味での通常の環境、もう1つは私たちの体そのものである。脳を主要テーマとしていたが、私たちの知性というものは体内と体外の2種類の環境に大きな制約を受けているという新たな考え方から、主要テーマは肉体と環境へと変化していった。この変化は、現代の心理学に通づるものがあり、今の様々の心理学の在り方に影響している。
学籍番号 F24036です。
20点差し上げます。
課題1
認知科学の歴史において、行動主義から認知主義への転換を挙げる。行動主義とは、20世紀前半にワトソンによって提唱されており、人間に刺激を与えることでその刺激に対してどのような反応をするかということの研究であり、見た情報だけで判断できる観察可能な行動のみを対象とし、思考や感情を排除した研究である。1950年に入ると言語習得や問題解決などの複雑な認知能力が行動主義では説明できないことが指摘され、行動主義の否定が強くなった。この転換は認知革命と呼ばれた。子供が勉強をする際や、言語を学ぶ際に同じ言葉を繰り返すだけの反復学習ではなく生得的な言語能力が関係しているとされ、これが認知革命の引き金となった。認知革命は心理学やAI、言語、教育学にも影響を与えた。さらにサイモンやニューウェルらによって人間の思考はコンピューターの情報処理に似ているという情報処理モデルが提唱された。人間の脳内では行動により得た経験だけではなく、何を得て何をすることが可能になったかを算出する機能が搭載されており、記憶、推論や問題解決などの人間の内部で起きていることは人間の認知からきているという考えが主流となっていった。行動主義から認知主義への転換は心理学の発展における重要な変化であり、行動主義は、学習を刺激と反応の関係に基づき反復学習を重視したが、認知革命によってその限界が指摘された。これによって人間の記憶や問題解決などの内部過程を研究する方向へと進化した。この演歌は、心理学だけでなく人工知能や教育学にも影響を与え、人工知能や教育学にも影響を与え。現在の認知科学の基礎を固めることとなった。
16点差し上げます。
課題1
デカルトの考えであるデカルト的二元論は、17世紀以降の西洋哲学や科学において、心(精神)と物質(身体)を根本的に異なる実体として捉える考え方の出発点となりました。しかし、しだいに認知科学、神経科学、心理学、哲学などの分野で進んだ研究は、認知や知性が単なる脳内の情報処理だけでなく、身体や環境との相互作用に深く根ざしているという見解へと転換していきました。デカルト的二元論から認知が身体に根ざしているという立場への転換は、認知科学の領域において理論的枠組みだけでなく、実証研究や応用技術の発展にも大きな影響を与えました。このシフトは、認知現象をより包括的に理解し、人間の知性や行動の根底にある身体的・環境的要因を捉えるための重要な転換点であり、今後の学際的な研究の発展にも不可欠な視点となっていると考える。
18点差し上げます。