リリィ
02c0acf267
2021/07/22 (木) 19:59:37
今回の議論はこちら。
けもフレの王道とは何か?
下記の記事のコメント欄で
実は死んでいるとか味方の振りした敵だったとか、『フレンズ』を否定するようなことを運営はしない
というものがあり、それに対して一部で反論が沸き上がりました。
この事について皆さんはどうお考えでしょうか?
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フレンズを否定する事 という表現が曖昧でよくわからないので肯定も否定もできないかな…
あの流れを見る限りでは
「友情に篤いフレンズ達が裏切ったり裏切られたりするのは嫌だ」って感じでしたね
直前に書いてある2つ・・・噛み砕くと
1.フレンズそのものが仮想現実だった、のような存在否定
2.ヒトと敵対するようになって存在を抹消せざるを得ないような展開
ーとか?
>> 62
後は元記事の内容から「ニワトリはルーラーセルの擬態でした!」とかも・・・
もしそうだったら
「セルリアンのフレンズの姿を真似る能力」が格段に進化していることになりますね
セーバルや2のスケブリアンと違って「その場にいないフレンズ」を
どうやって真似られたのか、という疑問は残りますが…
羽根とか遺骨とか、その情報源になりそうなものは沢山ありそうですが・・・
俺がけもVにちょっと否定的な意見を言った時に言われたことだけど
「けものフレンズはこうあるべきだ」という意見を持ってしまうのは少し柔軟性に欠けて勿体ないと思った
もちろんそう思うのは個人の自由で、そうでなければ自分はコンテンツから離れる!というのも個人の自由だと思うが
けもVはけもフレの新たな地平を切り開いてくれましたからね
けもフレで裏切り展開があるのも自由、と見るべきかも?
記事見てきましたけど、何かあそこにしては珍しく全体的にコメント欄の治安が悪いですね。
議論とか以前の問題が多く見える場所なので、あんまり真面目に捉えるものじゃないかな…という感じです。
あそこのコメント欄は平和に「のだのだ」言ってるイメージがあったので
あんなにギスギスとしたのは運営主体変更の記事が作られて以来だったと思います
王道というと僕はどうしても一期を連想してしまうのですが、
アレは物語としては王道に近いですが、
けもフレの王道とは外れた外伝的な位置付けと運営は考えているのでは?と思っています。
始まる前から展開を予想して一喜一憂してするのも自由。
終わってから「思ってたのと違った、もうヤメる」のも自由。
「なんや、杞憂やったな」で続けていくのも自由なのではないでしょうか?
コンテンツとどう付き合うかは人それぞれですからね