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けもがたり '21 【1月号】 / 1228

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つきのめ 2021/01/31 (日) 22:16:02 修正

シクリッドの聖地マラウイ湖
熱帯魚屋で珊瑚砂敷いた水槽に入った淡水魚はだいたいここにいる

マラウイ湖
マラウイ湖(マラウイこ、Lake Malawi)は、アフリカ東南部にある湖で、アフリカ東部を縦断する大地溝帯(グレート・リフト・バレー)の南端部に位置する。タンザニアとモザンビークではニアサ湖(ニヤサ湖 / Nyasa、Nyassa、Niassa)と呼ばれる。面積はアフリカで3番目、世界で9番目の広さである。深さはアフリカで2番目に深い。 概要 湖は長さ560km、幅は最大で75kmに達し、面積は鹿児島県と沖縄県を除いた九州に匹敵する29,600 km2である。モザンビーク、マラウイ、タンザニアの国境をなす。湖からはシーレ川(Shire)が流れザンベジ川に注いでいる。湖に注ぐ川のうち最大のものはルフフ川(Ruhuhu)である。 マラウイという名は、マラウイの公用語・チェワ語で「光、炎」などを意味する言葉で、マラウイの独立後に国名として採用された。タンザニアとモザンビークではニアサ湖と呼ばれ、ニアサとはヤオ人の言葉で「湖」を意味する。後述する湖の領有権とからんで湖の呼称をめぐる論争もある。 湖の表面積の0.3%にあたる南端部がマラウイ湖国立公園に指定されており、この部分はユネスコの世界遺産にも登録されている。 国境線 湖の大部分は、湖の西側一帯を占めるマラウイに属するが、マラウィと東のタンザニアとの間では湖上の境界線(国境線)について論争がある。タンザニアは1914年以前にドイツとイギリスが湖上に引いた植民地の境界線と同様の線を国境と主張しているが、マラウイはタンザニア側の湖岸に接する水面も含め、湖のすべてを自国領と主張している。これは第一次世界大戦でドイツが敗戦し、1919年以降ドイツ領東アフリカ(現タンザニア)がイギリス領タンガニーカとなった結果、両岸がイギリス領となり湖を分割支配する意味がなくなり、実務的な理由からイギリスが湖全体をイギリス領ニアサランド(現マラウイ)の管理下においたことから来ている。 この国境争いは、マラウイの大統領ヘイスティングズ・カムズ・バンダがアパルトヘイト政策を進める南アフリカ政府と国交を持つなどの路線をとったことから、マラウイと周辺国との政治紛争へ発展し、かつて武力衝突となったこともあった。しかし、さしあたり紛争は中断されており、マラウイは湖のタンザニア沿岸部分に対する主張を長年差し控えている…
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