長らく更新が滞っており、すみません
少し古い記録から読める形になっているものを2つばかし引っ張り出してきたので載せておきます
多分、エピソードゼロ的なやつです。
私は走っていた。
逃げていたのだ。
何故こんなことになっているのかを思い出そうとしたが、上手く思い出せない。
脳に酸素が十分に行き渡っていないからか、恐怖という名の液体が頭蓋を満たしてしまっているからか、あるいはその両方か。
私の僅か1メートル後ろにそいつはいる。
ドスドスと大袈裟な音を立てながら追いかけてくる。
走っても走っても距離が広がらない。
心臓が悲鳴をあげ、肺が潰れそうになりながらも、必死に足を動かす。
こんなことになるんだったら、もっと体力をつけておくんだったと今更ながら後悔する。
後悔先に立たず、だ。
だからたった今自分の身に起こった出来事も後悔したって仕方がない。
仕方がないのだが、私はまたも後悔してしまっていた。
いつの間にか視界が大きく傾いていた。
多方石にでもつまづいたのだろう。
ああ、余計な事を考えながら走っているからこんな事になるんだ。
しまったと思った。
無駄な後悔をしている暇があるなら、コケないように体勢をたてなおすべきだった。
あ、また後悔。
(もういいよ…)
コンマ1秒後には強い衝撃が私を襲うのだろう。
願わくば、その瞬間に強く頭をぶつけて気絶でもしてしまいたい。
今感じている以上の恐怖を感じながら死んで行くなんて真っ平御免だ。
ドシャァァ
「いったぁ……」
私はコケた。盛大に。
こんなに綺麗にコケたのは生まれて初めてかもしれない。
もしも今のコケ方に点数がつくのなら、100点満点中90点位はついたのだろうか…?
そんな馬鹿なことを考えているうちに追跡者は目と鼻の先まで迫ってきていた。
そいつの姿を一望する。
一望とはおかしな表現かもしれないが、それ程にやつは大きな体をしていた。
「は、はは…」
自然と乾いた笑いが出る。
きっと今の私は随分と青ざめた顔をしているのだろう。
自分では見れないのがちょっと悔しい。
今更立ち上がったってどうせ逃げきれないし、そもそも腰が抜けて立てない。
私は生きることを諦めざるを得ない状況になっていた。
・・・・・
あれからどれだけの時間が経ったのだろうか。もしかすると、1秒にも満たない間の事だったのかもしれない。
奇妙な事が起きていた。
目の前の化け物は一向に動こうとしない。
まるで時間が止まっているみたいだった。
今のうちに逃げられるんじゃないか?
そう思った次の瞬間、やつは大木のように太い腕を振り上げた。
咄嗟に目をぎゅっと瞑り、まもなく自分の身に降りかかるであろう痛みに備える。
しかし待てども待てども、痛みを感じない。
恐る恐る目を開けると…。
目の前の景色は目を瞑る前とは打って変わっていた。
世界は常に変化し続けているとは言うが、こんなにも早く変わるものなのか?
ふと足元を見ると地面がない。
かと言って、落ちることもない。私は宙に浮いていたのだ。
私は死んでしまったのか?なんて呆気ない。
痛みを感じなかったのが不幸中の幸いと言ったところか。
このまま雲の上まで昇っていくのかと思いきや、ある程度まで上昇すると一定の高さを保ち続けた。
「あれ?」
(どうしよう。こういう時ってどうすればいいの?死んだことなんてないから分かんないよ…。)
途方に暮れて上を見上げると、そこには私が今まで見た事のない程美しい、透き通った瞳をもつ少女がいた。
「天使様…?」
無意識のうちに口のはしから声が漏れた。
その言葉が彼女の耳に届いたのか、少女の可愛らしい顔がこちらへ向いた。
そして優しく微笑んで、肯定するでもなく否定するでもなくこう言った。
「大丈夫?」
私は今、絶対絶対の大ピンチに陥っている。だからといってピンチを脱するために今私にできることは何一つとして無いので、何故こうなってしまったのか、事の発端を思い出してみることにする。
陽射しの強い午後。一人の少女が地べたに這いつくばり、頭に疑問符を浮かべていた。
それはとある夕暮れ時のことだった。
いつものように、好物の葉っぱを食べていた時に事件は起きた。
なんと空から石のようなものが落ちてきて、私に直撃したのだ。
自分の体よりも一回り大きなそれに、私はいとも容易く押しつぶされた。
一瞬の出来事で、死を覚悟する暇もなかった。
すぐに意識が途絶え、次に気がついた時には世界を……見下ろしていた。
あまりにも唐突な出来事に私は愕然とした。
そこで私はとりあえず状況の確認をしようと思い、周囲を見渡してみることにした。
視界は先程よりも鮮明になっていて遠くまで見渡せた。
上を見上げると、空がとても近く感じる。周囲を一通り見終えると、視線を下に落とした。
「……へ?」
ふと、奇妙な音を聞いた気がした。
「なに?……これ……?」
今度ははっきりと聞こえた。
この音は、自分のすぐ近くから……というよりも、自身が発している音のようだった。
だが今はそんな事よりも先に、自分の身に起きた変異について深く考えるべきだろう。
視線を下に向けて初めて気がついた。
私の体は大変な変化を遂げていたのだ。
体からは棒状の謎の物体が4本伸びており、それらは全て5本に枝分かれしていた。
5本に分かれた物体は、それぞれが個別の生物のように動き、気味が悪かった。
どうやらこの物体は体の一部で、自分の意思で自由に動かせるらしい。
それからしばらくの間体を動かす練習をしていると、先程よりもさらに珍妙な音と共に強い空腹感に襲われた。
「お腹すいたぁ……」グゥ
このままではいけないと思い、私は食事を再開することにした。
「にがっ」
口に入れた葉っぱはにがかった。
「にがい」が何かは分からないが、ただそう感じたのだ。
刺激的な感覚ではあったが、だからといって悪いという気はしなかった。
私は食事を終えるとまた周囲を見渡した。
するとやはり、鮮明になった視界で見る世界は美しく、見ていると心が不思議な感情で満たされるのを感じた。
私はその感情の意味を探すべく、世界を見て回ることに決めた。
「よっ…と…ほっ…と」ズルズル
早速4本の棒状の物体を駆使して地面を這い始める。
するとどうだろう、これまでよりも早く動けるではないか。
多少の不安はあったが、これなら何とかなりそうだ。
「よーし、どんどん行くよー!」
ズルズル…ズルズル…ズルズル…ズルズル…
ズルズル……ズルズル……ズルズル…………
ズル……ズル……ズル…………ズル…………
ズル…………………ズル…………………………
しばらく這った所で、景色がまるで変わっていないことに気づいた。
遠くまで見えているのになかなか進まないというのはなんだか焦れったい。
それにこの体で移動するには、思っていたより体力を使うようだった。
このままのペースで行けば、次の餌場にたどり着けずに、待っているのは……
死
「あはは……今からでも引き返そうかな……」
だんだんと思考が後ろ向きになって来る。
「あの……大丈夫ですか?」
地面に伏せて悩んでいると、また奇妙な音を聞いた。
だが今までのものとは何かが違う。
なにか、こう……意味を持っているような……誰かに何かを伝えようとするような、そんな感じがした。
「え……?」
「立てますか? もしかしてどこか怪我とか……」
私は直感で、この音は自分に向けられたものだと解った。
そして、私を心配しているという事も。
だから私も音に応えようと、音のする方へ顔を上げた。
するとそこには、私と同じ姿をした生物がいた。
一つ、明らかに違う点があるとするなら、4本の棒の内の2本を器用に使って、移動しているらしい事だ。
私にも出来るのだろうか?
そんな事を考えてぼんやりと見ていると、ある事に気がついた。
目の前にいるこれとは別に、ひとまわりもふたまわりも大きな生物がこちらを見ているではないか。
ずっとこちらを見ているにも関わらず1度も音を発さないそれに、私は恐怖を覚えた。
本能、だったのかもしれない。
私の直感は叫んでいた。
「後ろ!」
「…っ!」
私が発した音を受け取ったのか、後ろを振り返り、そして次にこう発した。
「セルリアンです! 逃げてください!」
「せるりあ…?」
「いいから、早く逃げてください!」
「う、うん!」
私はその音を聞いて、セルリアンと呼ばれた生物から背を向け、這い出す。
ズルズル…ズルズル…ズルズル…ズルズル…
ふと、私に警告した者の事が気になり後ろを振り返った。
次の瞬間、私は目の前の光景に驚き、目を見開いた。
私にセルリアンからの逃避を促したあの子が、自分の体の何倍もある相手に勇敢に立ち向かっていたのだ。
傷だらけになりながらも戦う彼女はとても勇ましく、そして……
「……あれ?」
急に目が回り出したかと思った時にはもう、私の意識は途切れていた。
・・・・・
…………きて……………おきて…………
音が聞こえる。私を呼んでいる。そういえばあの子は……はやく、起きないと。
「あ、目が覚めましたか?!」
「……ぁ゙…う…ん」
「大丈夫ですか?私に何か出来ることはありますか?」
「……み……ず…………」
「水ですね?ちょっと待っててください」
そう言って、茂みの中に消えていく少女。
焦点が上手く定まらない。
それに、酷い頭痛と嘔吐感を感じる。
あの子が戻って来るまで意識を保っていられる自信がない。
そんなことを考えていると、先程彼女が向かった茂みの方から、こちらへ近づいて来る足音が聞こえた。
あの子が戻って来たのか…?
それにしては早すぎやしないか?
私は少し警戒した。
警戒した所で何かができる訳でもないけれど……。
「お待たせしてすみません」
私はその音を聞いて安堵した。
「これどうぞ」
少女は歩行に使っている棒とは別の2本で、大きめの葉っぱを器用に持ち上げている。
そしてその上には、私に今一番必要なものがあった。
私はぼやけた目で少女の顔をちらと見る。
そして、差し出された葉っぱに頭を近づけて水を飲んだ。
「んく…んく…んく………ぷはぁ」
その水はほんのり甘くて、今まで飲んだどの水よりも美味しく感じられた。
「もう大丈夫そうですね」
「あっ」
私はこの子に2度も助けられたんだ。
一度目はあの怪物に襲われた時、そして今。
この子に感謝の想いを伝えたい。いや、伝えなくてはいけない。
難しい事じゃないはず。
今まで通り、本能の赴くままに心を音に乗せれば、きっと伝わる。
「さっきは助けてくれて……ありがとう」
「あ、はい。どういたしまして」
「それと!水も、ありがとう」
「それも、どういたしまして」
よかった、ちゃんと伝えられた。
「あの、ちょっといいですか? あなたに話しておかなければいけない事があって……」
「はなし?」
「はい。セルリアンの事も知らないみたいだったので」
私の恩人である少女は、懇切丁寧に色んなことを教えてくれた。
私たちはフレンズと呼ばれる存在で、とある物質に触れることで体が変化し、このような姿になったのだということ。
それと、フレンズの天敵であるセルリアンの存在についても聞いた。
あのまま地面を這っていたら、飢餓状態に陥る前にセルリアンに食べられていたかもしれない。
私はこの子に出会えて本当によかったと思った。
そして最後に、私が音と呼んでいたものは声というらしい事も教えて貰った。
この子ともっと話したい。仲良くなりたい。
そう思った私は早速声を発した。
「あのね、お願いがあるの」
「なんですか?私に出来ることなら尽力します」
「わたし、きみともっとお話したい。……だからわたしと友達に…」
しかし、私の願いはいとも容易く拒否されてしまった。
「それは出来ません」
「……ぇ?」
「あなたと友達にはなれません」
「あの、えっと……」
突然のことで言葉に詰まってしまった。
そこで初めて断わられるなんて想定していなかったことに気がついた。
私は、目の前の少女の親切に甘えていたのだ。
「ごめんなさい」
私の顔を見るやいなや、少女は謝罪の言葉を口にした。
よっぽど顔に困惑の色が出ていたのだろう。
お願いしたのは私の方なのに、この子が謝るのはおかしい。
罪悪感を抱くべきは、彼女の優しさにつけこんで願いを叶えようとした私の方だ。
「えっとね、きみは悪くないよ。わたしも無理言ってごめんね」
次に上げるのは17話です
7割くらいは書き終えているので、次の投稿までそんなに期間が空くことはないと思います
しばしお待ちを……