「……見つけた」
木々の隙間から確認できた姿は、間違いなくフレンズのものであった。
全身傷だらけで、見るに堪えないようなその少女の姿を見た私は、心の内で喜んでいた。
そして、「彼女しかいない」と思った。
私は彼女の姿を見た瞬間、本能的に見下して、選択をしたんだ。
自分より弱そうな彼女になら返り討ちにあう心配はないと、そう思ったのだろう。
それは最低な私の、最悪な打算だった。
「……」
自分がどれほど卑劣かなんて、今更もうどうでもいい。
今を逃してしまえば、もう二度とこんな機会はないのかもしれない。
こんなところを一人で、それも俯きながら歩くような不用心なフレンズは、彼女くらいのものだ。
この幸運を逃すまいと思った私は、彼女に近づくことにした。
……私にとっての幸運も、これから私と出会う彼女にとっては、間違いなく不運だと言えるだろう。
そう思うと、急に足が重くなって……。
「……ごめんね」
誰にも届かないくらいの声で謝罪の言葉を呟くと、少しだけ心が軽くなった気がした。
ーーーーー
雨粒を蹴飛ばしながら、名前も知らないフレンズのあとをつける。
最初はあまり近づき過ぎないように、一定の距離を保ちながら歩いていたのだが……。
「…………」
一人の時に背後から急に話しかけられたら、誰であろうと驚いてしまうだろう。
それならばと、私は相手から自然に存在を認知してもらえるように、少しずつ距離を詰めていった。
しかし、一向にこちらの存在に気づく気配がない。
そして私は、ついに、彼女の真後ろと呼べるであろう距離まで近づいてしまっていた。
……それでも彼女は気づかない。
もしかして、知らない子の後ろにぴったりとくっついて歩いている今の私は、とんでもなく怪しいやつなのでは……?
「うん、そうだよ」
「!?」
目の前の少女が唐突に言った。
その言葉の意味がうまく理解できない。
『うん』
これは、肯定の言葉。
『そうだよ』
これも……肯定を意味する言葉だ。
この二つがあわさっても、反対の意味になったりはしない。
それどころか、お互いの意味を強め合い、より確実な肯定の言葉となっている。
…………。
でも、それなら彼女は誰に向かってその肯定の言葉を言ったのだろうか?
この場には彼女と私の二人しかいない。
それなら、私に言ったというのが自然だろう。
だけど、それはない。
私は何も口にはしていない。……はず。
そうなると、やっぱり彼女が言ったのは独り言ということになるわけで……。
バシャバシャッ!
突然の大きな水音。
気づくと、傷だらけの少女は私から距離を大きくとっていた。
急に走り出したのだ。
私が慌てて後を追おうとした時、彼女がばっと振り向いた。
驚いたように目を見開く少女。
だが、その目はすぐに訝しげな表情の一部となる。
「あの、……どうしてついてくるんですか?」
丁寧な口調で、問いかけてくる。
「どうして」と聞かれると、どう答えていいか分からない。
「さて、…どうしてかしら?」
咄嗟に答えが思いつかず、質問をそのままの形で返してしまった。
これを聞いた少女は、一層疑わしげな視線をこちらへ向ける。
彼女はそのまま少しの間、私の目を、見張るように見つめていた。
そして、ようやく視線を外すと、「用がないならいいです」と言って、こちらに背を向けてしまった。
「せっかく出会ったんだもの。仲良くしましょう?」
彼女を引き止めるために放った咄嗟の一言は、調子はずれなものだったけど、そんなに悪くはなかったはずだ。
それでも、無視されたりしないかと少し不安だったので、私は言葉の最後に「ね?」と同意を求めるように付け足した。
「…それは、できません」
彼女は言った。
当然のことを口にするように、きっぱりと断られた。
「あら、どうして?」
平然とした態度で言ったつもりが、少し声が震えてしまった。
私の悪評を知らないみたいだったから好意的に接してみたけど、やっぱり、それは間違いだったのかもしれない。
「どうしてって……」
目を逸らして言いよどむ。
私は、彼女が見せたこの一瞬の隙に、空いていた距離を一気に詰めた。
これでもう、逃げられない。
「ねえ、どうして?」
改めて、もう一度質問をした。
これは、最終確認。
彼女の次の一言で、私のことを知っているかどうかを判断する。
別に知ってるなら知ってるで、構わない。
その時は、今まで通りにするだけだ。
……ああ、でも、……今まで通りじゃダメだったんだっけ。
「私、……友達は作らないって……決めてるんです」
「ふーん、そう……」
これは……難しい。
もしこれが、私の機嫌を損ねず逃げるために吐いた嘘なら、なかなかよくできた嘘だ。
でも、もし……本当のことだったら…?
私はもう一度、好意的な言葉で繰り返してみることにした。
「仲良くしましょう?」
言ったあとに気づいた。
彼女が本当のことを言っていたとしても、その先には同じ拒絶があるのだ。
「その、だから……」
少女は困ったような顔をした。
私のことを、理屈が通じない我儘なヤツだと思っているのだろうか。
……でも、その通りだから仕方ない。
「……はぁ」
もう、ダメだ。
これ以上問答を続けても無意味だ。
やっぱり私には、真っ当な方法で友達を作るなんてできなかった。
それだけの事。
私は少女の頬に両手を添えて、彼女の目を覗き込んだ。
綺麗な琥珀色の瞳に影が差す。
「あなたは私の言う通りにしておけばいいの。だってあなたは私の暇つぶし兼、非常食なの。
……あなたがどう思おうが、絶対に逃げることは許さない。…あなたに拒否権はないわよ」
私は、足りない頭で精一杯考えた脅し文句を言った。
今度は無闇に怖がらせ過ぎないようにと、できるだけの優しい口調と笑顔を心がけたのだけど……。
私のそんな配慮は、無駄なものだったのかもしれない。
少女は私が今までに見てきたどんな顔よりも、怯えた表情を見せた。
見開かれた目は、焦点が定まらないのかどろんとしている。
それでいて、私と目を合わせないようにと、必死に視線をそらそうとして蠢く。
瞳を直接覗き込んでいるのにも関わらず、全く目が合わないのは、彼女の無意識下の努力が報われた証拠なのかもしれない。
ぱちゃん
私が手を離すと、少女は地面にへたりこんでしまった。
余程怖かったのだろう。
そんな他人事みたいな言葉が浮かんだ。
ぜんぶ、私のせいなのに。
そこまで考えたところで、ようやく、心に小さな罪悪感が芽生えた。
これは、大事な感情だ。
今日まではずっと、邪魔だとしか思えなかった、とても大事な感情。
ずっと目を逸らして、邪険にして……。
そして、いつしかそれを抱くことはなくなっていって……。
……でもそれは大きな間違いだった。
誰かを傷つけたら、その罪に見合うだけの苦しみを味あわなければならない。
じゃないと、また傷つけてしまうから。
何度だって、際限なく繰り返してしまうから。
だから私は、二度と間違えないために、精一杯苦しまないといけない。
……やっと気づけたんだ。
もうこの芽を摘むようなことはしたくない。
この罪悪感は、絶対に忘れないようにしよう。
私は罪悪感が示す通りに、何とか怯える少女を安心させる術を探した。
…………。
……頭を撫でれば、少しは落ち着くだろうか…?
私は少女の頭に手を伸ばそうとした。
───その時。
「……っ!」
頭が……痛い。
突然ひどい頭痛に襲われて、差し出しかけていた手を引っ込めてしまった。
頭の中で、なにかよくないモノが這いずり回っている。
……ああ、そういえば今日はまだ、虹草を食べてないな。
今日は色々あったから……それで食べ損ねたんだ。
辺りを見回しても、あるのは真っ赤な草ばかり。
虹色に光る草はどこにもない。
探しに……行かないと。
虹草は、そんなに珍しいものではない。
少し歩けばすぐに見つかるはずだ。
私は、地面にへたりこんだままのソレに背を向け、元来た道を引き返す。
一歩、二歩。
遠い。まだつかない。
三歩、四歩。
胸が苦しい。
視界も既に、赤色に侵食し始めている。
……そうだ。
五歩目を踏み出したところで、ふと、背後の少女のことを思い出した。
ゆっくりと振り返る。
……横たわる彼女の顔を見て、私は息を呑んだ。
赤く染りゆくその顔は、私のよく知る人物にそっくりだった。
(黄金に輝く瞳は、瑞々しい、まるで禁断の果実のようね。
それに……彼女の真っ白な頬には、本物の赤がとってもよく似合うはずよ)
誰かの悪意が木霊する。
頭の内外から戯言を吐き続けて、私に思考を放棄させようとする。
だけど、私はそんなの認めない。
私は流れ込む衝動を喰い殺し、たった一言を絞り出した。
「またね」
ムカデの容姿
ササコやイシちゃんよりもさらにちっちゃい(身長)
友達をどうしても作りたくてササコに接近したけどどうしてもうまく接することができなくて警戒されていたと………
たまたま会って友達になろうとするのは険しい道だけどイシちゃんなりの苦悩が伝わってきました
イシちゃんは一度まっとうなやり方を諦めてしまているので、どうしても良くない方法を選ぶ傾向にあります
それは選択肢の一番上に「脅す」があるような状態で、
それでも、なんとかササコとちゃんと仲良くなろうとするのですが……
好意的な態度での成功経験のなさゆえか、脅すような言い方をしないと不安で仕方なくなってしまうようです
多分この子が一番人に近しい精神を持っていますが、その心の弱さゆえの苦悩も多いのかもしれません