九年の間、かばんはミライの許に留まった。その間いかなる修業を積んだものやらそれは誰にも判わからぬ。
九年たって山を降りて来た時、人々はかばんの顔付の変ったのに驚いた。以前の弱々しい面がまえはどこかに影をひそめ、なんの表情も無い、木偶のごとく愚者のごとき容貌に変っている。久しぶりに旧師のボスを訪ねた時、しかし、ボスはこの顔付を一見すると感嘆して叫んだ。これでかばんはガイドの名人だね。僕たちは、足下にも及ぶものでないと。
さばんなちほーは、天下一のガイドとなって戻って来たかばんを迎かえて、やがて眼前に示されるに違いないその妙技への期待に湧返った。
ところがかばんは一向にガイドとしての仕事をしようとしない。いや、外にさえ出ようとしない。山に入る時に携て行った地図もどこかへ棄て来た様子である。そのわけを訊た一人に答えて、かばんはものうげに言った。
至為は為す無く、至言は言を去り、至射は射ることなしと。全然わからん、至極物分ものわかりの悪いジャガーはすぐに諦めた。ガイドを執らざるガイドの名人は彼等の誇りとなった。かばんがガイドをしなければしないほど、彼女の無敵の評判はいよいよ喧伝された。
様々な噂がフレンズの口から口へと伝わる。毎夜三時を過ぎる頃、かばんの巣の屋上で何者の立てるとも知れぬガイドの声がする。名人の内に宿るオイナリサマが主人公の睡っている間に体内を脱け出し、セルリアンを払うべく徹宵守護に当っているのだという。
かばんの巣に忍び入ろうとしたところ、入口に足を掛かけた途端にパフィンさんおやつをあさるのはやめてくださいとの声が聞こえ、覚えず外に顛落したと白状したフレンズもある。
それ以来、野生動物は彼の住居の10メートルは避て廻り道をし、賢いセルリアン共は彼女の家の近くを通らなくなった。
雲とたちこめる名声のただ中に、名人かばんは次第に老いて行く。既に早くガイドを離れた彼女の心は、ますます枯淡虚静の域にはいって行ったようである。
木偶のごとき顔は更に表情を失い、語ることも稀まれとなり、ついにはフレンズ化の有無さえ疑われるに至った。
「既に、我と彼との別、動物とフレンズとの分を知らぬ。リスはカピバラのごとく、カピバラはゾウのごとく、ゾウはシロナガスクジラのごとく思われる。」というのが、老ガイド晩年の述懐である。
ミライ師の許を辞してから四十年の後、かばんは静かに、誠に煙のごとく静かにゴコクエリアへ旅立った。その四十年の間、彼女は絶えてガイドをすることが無かった。口にさえしなかった位だから、ガイドとしての活動などあろうはずが無い。
もちろん、寓話作者としてはここで老名人に掉尾の大活躍だいかつやくをさせて、名人の真に名人たるゆえんを明らかにしたいのは山々ながら、次のような妙な話の外には何一つ伝わっていない。
その話というのは、彼が旅立つ一二年前のことらしい。ある日老いたるかばんがカラカルの許に招かれて行ったところ、その近くで一人のフレンズを見た。確かに見憶みおぼえのあるフレンズだが、どうしてもその名前が思出せぬし、何科なのかも思い当らない。
かばんはカラカルに尋たずねた。それは何と呼ぶフレンズで、またどんな動物なのかと。カラカルは、客が冗談を言っているとのみ思って、ニヤリととぼけた笑い方をした。かばんは真剣になって再び尋ねる。それでも相手は曖昧な笑を浮うかべて、客の心をはかりかねた様子である。
三度かばんが真面目まじめな顔をして同じ問を繰返した時、始めてカラカルの顔に驚愕の色が現れた。
カラカルは客の眼をじっと見詰める。相手が冗談を言っているのでもなく、気が狂っているのでもなく、また自分が聞き違えをしているのでもないことを確かめると、カラカルはほとんど恐怖に近い狼狽を示して、吃りながら叫んだ。
「ああ、かばんが、――古今無双のパークガイドの名人たるかばんが、サーバルを忘れ果てられたとや? ああ、サーバルという名も、その思い出も!」
その後当分の間、キョウシュウエリアでは、PPPはマイクを隠し、ツチノコは酒瓶を固く締め、ビーバーは木材を手にするのを恥たということである。
民俗学の伝承・逸話(?)っぽいスタイルは斬新で興味深いです。
ただ誤字(?)が多いと読者は物語に入り込みにくいですし、評価もしづらいと思います。
僕も投稿してから気付いて修正する、ということは ままあります。 ;^_^A
ーので、お互い気を付けましょうね。
元ネタが中島敦の名人伝なので誤字はたぶん原文から…
どんまい ヽ(´o`;