楊煌明はただひたすらに自らの思い出が詰まった机に突っ伏していた。南昌の夕方はどこか懐かしさを感じさせるものだったがそれももう今ではどうでもいい、今はただ何も考えず休んでいたかった。嫌なことばかりが頭をよぎる。コニャックに手を出すという手段もあったがそれはあえて選ばないようにしていた。
突然トントントンと扉から彼を現実に引き戻す音が聞こえてくる。逆三角形の顔をした眼鏡の秘書がそこから姿を現すとやっとその要件を話し始めた。
「行政長官殿、我々に関する非常に喜ばしい情報とご相談がございます。只今入りましたチェコ軍からの報告によりますと我々は江西省九江市の濂渓区を解放し、彼らの最後の拠点を破壊しました。これで戦争は終わります」
『あぁ…』無愛想にそう答えると秘書が未知の生命体でも見るかのような目でこちらを覗いてくるのがわかった。
「どうされました、行政長官殿?今日は歴史に残る偉大な1日の一つとなったのですよ?」
『いいんだ…、無視してくれ。それで?相談というのはなんだ?』
「はい、現地司令官達からです。どうも共産主義者共の本拠地を発見し、彼らを今すぐにでも地獄に送る準備ができているとのこと。2時間以内のご回答ください」
そう言うと秘書は側から見れば丁寧だが、どことなく軽蔑するように紙束を楊の机へ置いた。
渡された書類をなんとか目だけ動かして一文字ずつ読んでいく。…なんなんだこの報告書は?文言の一つ一つが“これから起きる事は楊の下す命令にかかっている”、いや、“これから起きる出来事の責任を全て楊に押し付ける”ような書き方となっている。腹立たしい!お前らが手を下すのに私のせいにしようとしているのか?無責任にも程がある!
怒りに任せその憎たらしい21枚の紙を放り投げる。今まで気にしたことがなかったが、どうやら自分は怒りを覚えると頭を引っ掻く衝動があるらしい。3度か4度ほど深呼吸を繰り返すと彼は再び自身の疲れ果てた体を椅子に放り投げた。
…いや、冷静になれ。そうだ、煌明。出来る限り懸命かつ合理的な決断を下そうじゃないか、もしそれが誰かの命を奪うことに繋がろうと自分がやったことじゃないし私のせいじゃない今にも息絶えそうな楊の罪悪感と倫理観が彼の孤独で残忍な意思に何度も何度も訴えかけてくる。頭の中に何千文字もの言葉が浮かんでくる。会話、交渉、和解、責任、信頼、逮捕、撤去、排除、粛清、悲鳴…。
あぁ。うるさい!うるさい!うるさい!
そこからはあまり彼自身も覚えていない。誰にも入らないよう命令し、アルコールに身を任せて彼は自分の世界に飛び込むと最後の憂鬱な仕事を終わらせるため自身の持つ黒電話に向けてヤケクソな言葉を吐いた。
「……煌明だ。司令官達に好きにするようにと伝えろ」
(人的資源-3964、イベント - 中秋節の大虐殺 が発生、国家方針「全ての闘争を終わらせるための闘争」を取得)