日研北海道地区 新べらクラブ掲示板

スギ散歩

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2020年 7月 8日(水)10時36分48秒

みなさんおはようございます
 実は管理人昨日滝川に嫁に出した娘のところへ・・・、出産を8月末に控えているので、まあ陣中見舞いというかベビーカーを届けることをメインの理由で妻と一緒に出かけました。
 こんなことはあまりに個人的なことで、どうといったことではないのですが、当然その辺に行くことになると釣り道具は「今回はだめだからね」妻からのイエローカードは高く掲げられ、イタリア人よろしく手を大きく動かしてアピ・・・、おっと主審の手が赤いカードに伸び・・・、降参であります。
 で、仕方がないので妻と娘で滝川にて食事をとり娘宅へ、「オレちょっとたばこを買いに・・・」って、俺ってたばこ人生で一度も吸ったことなかったんだったー。
 「いいよ、どうせ我慢できないんでしょ檀家周りでもしてくればー」の妻の恩情ファール判定で解放され、まずは北光公園沼へ・・・、雨模様もあるのかノーへら師、隣のオアシスパークは?
 ここも同でした。
 北の浅場所一帯には藻が分厚く繁茂しておりました。

 で?今度はこれまた近くの袋地沼砂利穴へ・・・、ノーへら師でした。
 ぐるりと車で一周しましたが、藻がすごく竿を出したであろう痕跡も少なかったです。
 西のワンド裏の本湖(沼)側に既設の木製釣台が設置してありましたが、足元に大木が横たわっているそれが「昔は水の中だったんだけどなー」との感慨に、工事で水脈が切られたとのそれがいかに釣り場にとっては大ダメージになるのか・・・。
 ウーン目の前に晒すがごとくに俎上に上げられたそれが、『躯』として映ったのは、はたして「聊かセンチメンタルにすぎる」ということなんでしょうか。
 隔世の感、月日の流れはあるがまま、ならばこそのある意味残酷な景色を残します、それが昔日を知るものの一人として、語り継いだり文章に残したり、『後世』はいかにも大げさとしても、後輩たちに教訓として残さなければならないと・・・。
 かつての北村の多くの釣り場が、土くれの下・・・。
 第一・第二鉄塔沼、夕張沼・トロッコ・ドラム缶の大沼・ゴミ捨て沼・赤沼・ガマ穂沼・飯場沼(ごく一部は残っているはず)・墓場沼・そして北星湖・・・。

 先日、大先輩と並んで釣りをした際に、『昔の北村』なんて話もしました。
 「沼の名前の由来」なんてことにも話は及びました。
 鉄板沼がなぜ鉄板と呼ばれているのか、「いつでも確実に釣れる?」、『銀行』並みに固く確実な『鉄板』・・・、もちろん馬券から発生したわけではありません。
 現在南側のオンドマリ(といっても止まってはおらず川に注いでいる)にある構築物がその昔はシートパイルというんでしょうか、諫早湾のせき止めで有名になった鉄板のままに、下流側をそれで塞いでありました。
 「あら、寒くなったらあの鉄板の横に入ってみれ、振り込みが失敗したら錘が鉄板に当たって「カチーン」ってなるくらい、ビッシリ寄らないとダメだどー」、「おおそうだ~、だから鉄板沼って名前になったんだー」そんな由来を何かの折に披露していただき、「面白いなー」と往時感じたものであります。

 そうした会話はしばしばへら師が夜な夜な集まる釣具店で語られておりました。
 30年以上前です、ネットや携帯電話さえどうであったのか・・・。
 三密どころか、一般のお客さんが入りづらいほどの熱気にあふれた場所でした。

 華年(61歳・なんでも六つの十と一で構成された漢字だからとの由)を迎えた管理人です。
 ギリギリ、先輩諸氏と話が合う世代でしょうか?
 後輩たちに否敢えて『後世』に語り継がねばと大上段に振りかぶる覚悟を新たにした、スギ散歩の報告までのココロダー。
 なお野崎沼は車の傍でできる一番上流の沼は、人が入った痕跡はなく、草ぼうぼうでした。
 下流の旧ポンプ小屋下はモジリも多少はあり、「竿出してみたいなー」と思いました。
 手持ちの、ノー竿情報まで・・・。

管理人
作成: 2022/07/16 (土) 21:57:55
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管理人 2022/07/16 (土) 21:59:12

2020年 7月 9日(木)12時53分40秒

みなさんおはようございます
 週末の天気予報が気になりだす週中ですね。

 ふと、思い立ち書き込みをなしております。
 椅子に尻を押し付けさせることになった原動力は、昨晩へら鮒釣りを始めた頃の夢を見たことがそれで、つくづくしみじみ考えさせられたので、「寝て夢見、起きて更に夢の先を紡ぐ」そんな尻の収まりになったのであります。
 管理人がへら鮒釣りを始めることになったのは何度か披露させていただいているので、「またかよ」の声も聞こえてこようかといったことで、とりあえずは割愛いたします。

 さて、どんな人のスタートも、このへら鮒釣りのマニアック性を考慮に入れれば、デビューは「気付けば・・・」などはないはずです。
 人それぞれのきっかけは、十人のへら師には、十色のストーリーがあるはずです。
 また更には、スタート後も「実は20年間ずっと」もあれば、「昔やってて、再度始めた」などこれまた数多のストーリーがあるはずです。
 ただ、どんな人にも共通なのは、「振り返るとあの時から始めたんだったなー」があることでしょう。

 で、お前は何を言いたいの?
 はいはい、その誰もがある、あったスタートですが「そのスタートは実は横一線ではない」といいたいのであります。
 また、その上達速度も然りであります。
 よって、名人や上手と呼ばれる人が雨後の筍よろしく・・・。
 現時点で、「名手の名を欲しいままにしている御方々は、やはりデビュー当時から図抜けた人が少なくなかった」と、一応35年ほどへら鮒釣りの世界にどっぷりとつかって過ごしてきた管理人は目撃者の一人として思っております。
 ままっ、栴檀(センダン)は双葉より芳(カンバ)しといったことになりますか。

 ただ、他方「あれこんな人いたっけ」(失礼極まりなくてこれまた失礼)ってな、「馬群に埋もれていた中からゴール前に一気に先頭に躍り出る」そんな人もたくさん見てきました。
 後者に共通なそれは「俺私、へら鮒釣りがほんと好きなのよ~」であることは、笑顔に目の輝きに映し出されています。

 スタートが違う、そうなんです才能や運動神経に恵まれているとしたスタート時点そのもの他、お仕事の関係で釣り時間が多く取れるや、経済的に余裕があって最新の釣り具をどんどん手に入れることができるなど、スタート後の初心者マークの時期を含めたそれを『スタート時点』となせば、やはり「スタートは一緒」とはならないのであります。
 ということで、時間軸上は同時に始めても『スタート』も違えば『スタート時点』も一緒などあり得るはずはないのであります。
 スポーツでは、『才能』『センス』と呼びます。
 これがある人はやはりプロになったり、大きな大会で優勝など栄誉を手にする機会に数多く接します。
 ままっ、アタリマエダノクラッカーであります。

 ただ、前述『才能』『センス』がない人はダメダメかというと、これが・・・。
 ドラフト外で、テスト生で、エースになった人やチームの主軸になった人も少なくないのであります。
 よくスポーツの世界では『化ける』などと表現します、「あいついつの間に・・・、『大化け』したなー」なんて使いまわされているでしょうか。
 勿論のこと、この『化けた』原因やきっかけは、弛まぬ本人の努力は言わずもがなで裏打ちされていますが
一方でコーチが変わったや、ちょっとしたアドバイスや、何気ない同僚との談笑中での言葉で、等々、ご本人の意識下のベースがあるのかないのかは別に、何かの呼び水があったからだと管理人は思っております。
 ”当たらずとも遠からじ”であろうと思います。
 また、スポーツなどで厳しい練習をこなした後に、体に力が入らなくなってから、無駄な力が抜けるのか、何か別世界に行ったような体の軽さを感じることがあります。
 ランナーズハイなんてもしかするとそんな感じなのかもしれませんね。
 管理人はソフトテニスをやっていたので、打球感の大きな変化として、「あっ、なんかオレいつもと違う」と感じたことはなんどもありました。
 ですから、これも『化けた』ということになるのでしょうか。

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管理人 2022/07/16 (土) 22:00:33

 2020年 7月 9日(木)12時53分40秒

事程左様に、へら鮒釣りでも『化ける』瞬間はあるものです。
 ただ、『化ける』としたことは自身の中での感覚で人様からは意外に分かり難いものです。
 また、『化けた』と思った翌日に「なーんだ、勘違いだったか」や、「あれっ、こんなはずじゃなかった」など、自分自身に裏切られたような感覚を持たされることも少なくありません。
 「おれもっとできるはず、なんだだめじゃんオレ!!」

 へら鮒釣りでは、大釣りした時に『化けた』と思い、翌日周りよりも釣れなくってショボーン。

 「ちょっと釣ったからっていい気になるなよー、へら鮒釣りってそんなに甘くないんだぞー」

 いやいや、へら鮒釣りって甘いんです!!ちょっと釣ったらいい気になっていいんですよー!!
 ちょっと釣ったら皆確実に『化けた』んですよー!!
 だって、あなたの『化けた』ことやちょっと釣ったことは、「へら鮒がそれを認めたから、そんな風な結果が出た」んですから。
 へら鮒釣りの何たるかは人が判断するものではなく、へら鮒が判断してくれます。
 名人・上手は人が決めるものではなく、へら鮒が決めるものなのですから。

 大釣りに一喜、貧果に沈み一憂 、いいんですそれが人間だもの(ミツオ)。

 『スタート』が下でも、『才能』や『センス』に恵まれなくっても、実は管理人は”へら鮒釣りが絶対に上達する秘訣”を長い目撃期間を経て見つけちゃいました。

 それは、”へら鮒釣りが好きでたまらない”こと、この一点です。
 「格好つけてー、とってつけたようなこと言いやがるー」でしょうか?

 実は早く上手くなった人で意外に多いのは、「釣れたへらが小さい」とか、「全然つれない」とか、「ジャミばっかり」等々、また「例会以外は釣りしない」とか、「大会で数枚の釣果だったら検量しない」とか、「釣れないときは早上がりする」等々、へら鮒を釣ることそのものよりも、『成果や大会の成績を釣る』ことが主眼になっている人が実に多いのです。
 一方で、「俺は大会に興味ない」とか「あくせく釣るのは嫌だ」とかいう方には、本心からのそれが殆どとは思いますが、他方では興味ないの裏には「負けるの嫌だしー」や、あくせくの裏には「あくせく釣る」そのことを実は「俺だってあのぐらいあくせく釣れば釣れるさ」との本心が透けて見えたりします。
 本人が周りよりも釣ったときは上機嫌だけれども、そうでないときは「ジャミが多くて」とか、言い訳がましくなる人は、その傾向が強い人だと思います。
 まあ『負け惜しみ』や『負け犬の遠吠え』と、一纏めに括ってしまうのは聊か乱暴に過ぎますので、「多くの人は」本心のまま、「一部の人は」であります?
 とかく並んで釣りをするのがへら鮒釣りでもあります、腕試しはごく自然に発生しないはずはありません。

 「当たりがあった」と目を輝かせ、「寸足らずのへらだけどキレイ」とこれまた・・・。
 型が小さくとも「いや釣れただけよかった」と、たとい『オデコ』に沈んでも「きれいな釣り場であった」と・・・。

 管理人はそんな「へら鮒釣りが好きな人」が、才能に恵まれた人であり、上手くなって行く可能性のある人であると思います。

 そんな人は、「他人より、会員の中で、選手の中で」ではなく、
”昨日の自分よりもへら鮒に評価される自分”が、いつか竿を置くその日までずーと、続くのです。
 名人・上手に向かって、世間一般から見た最終到達点はどこになるかはもちろん不明ですが、兎に角自己記録を毎回更新続けて、時に大きく時に少しだとしても『化け続け』だと思います。

 へら鮒釣りを上手くなるための一番必要な才能は・・・、「好き」たったこれだけです、これさえあれば後はどうとでもなります。
 先輩に勘所を聞いてみたり、ネットに夥しく氾濫している情報を取り込んだりできます。

 ただこの「好き」だけは、誰にもどうにもできない、本人のみの世界観です。

 アドバイスも、忠告も、ネット情報も、親でも恋人でも、不可侵な「好き」!!

 「好き」が大好き!!の管理人のココロダー
 もういつの間にか昼過ぎになっているから怖いー!!