飛燕一型甲の量産一号機の完成が昭和17年(1942年)8月だから1942年8月製図のこの諸元表は一型乙だと思う。一型甲ならもう少し速く製図されてると思う。世界の傑作機読むと一型乙は途中から生産工程の簡易化のために固定式尾輪にしたとある。また、一型乙は製造番号501号機からで514号機以降は除去されてる第三燃料タンクもあることから、この諸元表は極々初期の一型乙のもので、ホ103が充足したらこうなるっていう諸元表なんじゃないかな。
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飛燕一型甲の量産一号機の完成が昭和17年(1942年)8月だから1942年8月製図のこの諸元表は一型乙だと思う。一型甲ならもう少し速く製図されてると思う。世界の傑作機読むと一型乙は途中から生産工程の簡易化のために固定式尾輪にしたとある。また、一型乙は製造番号501号機からで514号機以降は除去されてる第三燃料タンクもあることから、この諸元表は極々初期の一型乙のもので、ホ103が充足したらこうなるっていう諸元表なんじゃないかな。