車窓に夕焼けが映る。車窓が街明かりを灯す。車窓が夜闇を駆け抜ける。
何処へ向かうかも分からないまま、列車は唯々走り続ける。出会うはず無き人々を乗せて────────────。
ここは時空の歪んだ虚空の列車。過去を、現在を、そして未来を走り続ける在り得ざる列車。
誰が乗るのか分からない。気付いたら人が現れ、気付いたら人がいなくなっている不思議な列車。
何処へ向かうかも分からない。気づけば何処かへ進み、気づけば何処かへ止まる不思議な列車。
けれど誰もそれを疑問に思わない。夢想の水面に映る月のように、朧げな列車。
時が歪む。空間が歪む。貴方はそんな不思議な列車の乗客の1人。
出会うはずのない人々と出会い、会話するはずもない人々と言葉を交わす。
口を離れた言の葉に返される返事は、1秒先か10秒先か、はたまた更なる時の果てか。
言葉を交わした次の刹那には、誰もいないかもしれない。
独りになった次の刹那には、大勢で賑わっているかもしれない。
交わした言葉が、永劫に誰の下にも届かないかもしれない。
けれども貴方は言葉を交わす。言葉を紡ぐ。
出会うはずのない出会いに、たった一言、ありがとうと伝えるように。
変則的な泥なりきりチャット会場です。あまり腰を据えてなりチャに参加できない人用の場所。
「気づいたら不思議な列車に乗っていた」という風体で、様々な時間軸や世界の人たちが会話するなりきりです。
時空が歪んでいるから会話に返事がないかもしれないし途中で途切れるかもしれない。なので誰でも気軽にきてOK!
なりに使いにくい(個人的見解)喪失帯の住民などもどんどん参加してください。
“普段はそんなことはないのに”
“何故か此処では、自由でいられた”
“見えないのに在る。ずっとそれを俯瞰する”
“あの日から、ずっとそれは変わらないと思っていたのに”
“いつかの日、鋼の魂に触れた時以来だ”
“夢だろうか。夢でもいいか。だって此処では、ぼくはぼくで居られるのだもの”
“がたんごとん。列車が揺れる。ああ、そういえばぼく、電車にも汽車にも乗ったことなかったな”
暗い闇の中から意識を取り戻した時、そこは列車の客室だった。
珍しい事ではない。場合によっては海の上や地の底、酷いときは上空を飛ぶ飛行機の上に召喚されることさえある。
それに比べれば今回は大分マシな場所だ。
何時でも何処でも必要とあれば呼び出される。そう言うものなのだ、抑止力の代行者、守護者と言う存在は。
しかし、今回は守護者としての仕事ではないらしい。
守護者としての召喚であれば、抹消対象と呼び出された場所や年代をはじめとした必要な情報が頭に刻み込まれる。
しかし、今回はそうではない。
抑止力からの後押しもないが、身は軽い。
まるでカルデア、人理継続の為に戦い続けた──或いは今も戦い続けている──、──これから戦うことになる──あの組織に呼び出された時のようだ。
一瞬、次の召喚の為の待機場所かとも考えたが、すぐにそんなわけはないと否定する。そんな気が利くようなら無限の戦いの果てに磨耗し、擦り切れた守護者逹は殆どいないだろう。
では偶発的な召喚か、見渡せばこの車両には誰もいない。少なくとも今現在や認識している限りは。
適当な窓際の席に座り、車窓から外を見る。
最初は夜の都市部、数分後に日が落ちかけているの砂漠かと思えば次は真っ昼間の平原、そして太陽の見えぬ海中。
どうもこの列車は外部から遮断され、──いや、断続的に場所を切り替え続けているのか?──兎に角ただ走り続けている。時折数分間駅のような場所に止まり、まばらに乗降しているようだ。駅員や乗務員の姿は見当たらないが。
暫く乗った限り、不気味ではあるが、乗っていて特に害はないようだ。
ならいいさ、降って湧いた休暇だと思ってこの列車での移動を楽しもう。
窓際のボックス席を占拠すると、深く腰掛ける。折り畳み式のテーブルを開く。
こうなると、駅弁や食事に飲み物が欲しいな。……車内販売はあるだろうか?なければ次に止まった駅で一旦降りて売店があるか見ても良いかもしれない。車両を移動して食堂車があるか探索してもいいだろう。
そんな事を考えていた私はふと、後ろから来た人の気配に気付くと、その人に向かい頭を下げた。
「やぁ、新しい旅人さん。席なら開いているから適当な所に座ると良い。対面が良いならここへどうぞ? 先客だったら今まで気付かずにすまない。ここに座っていたならすぐに退こう。……あぁ、もし乗務員さんならこの列車に車内販売や食堂車はあるか聞きたいんだが」
うるさい連中だった。
「ダント、みんなどこに行ったか知っていますか?」
「意気揚々と後ろの購買車両に行っちまったよ。土産物なんて買う殊勝な奴らでなし。
飯か酒でも買いに行ったんだろう。どうする?見に行ってくるか?」
問いかけに対し、外見だけならまだローティーンにしか見えない少女が肩を竦めながら言った。
そのくらい年頃の娘とは思えないほど所作のひとつひとつに苦み走ったものがある。
年齢は10代から20代の半ばにいるくらいに思える栗毛の女はその返事にうなずいて答える。
「車内なら何処か手の届かないところに行くということもないでしょうし、戻ってくるのを待ちましょう。
ただでさえトラブルで飛び乗るように乗車したのに、その直後から………本当に団体行動できない人たちだなぁ………」
「魔術師なんざ大なり小なりそんなもんだろう。基本的には全員個人主義万歳で生きてるんだからな」
「それはそうですけれど………えーと、きちんとみんな乗り込んでいるんですよね?
後ろの車両に行っちゃったのは、ええと………」
眼鏡のブリッジに指を這わせてズレを直した栗毛へ元気よくかかる声があった。
こちらもローティーンほどに見える少女だったが、今まさに席へ「よっこらしょ」とでも言いたげな動きで腰掛けた先程の娘とは違い年齢通りの幼さがある。
この車両に移ってくるときから栗毛にぴったりとくっついて離れなかった様子はまるで仲の良い姉妹のようだ。
もっとも、どこか地味な雰囲気のある栗毛と比べその少女は輝かんばかりの高貴さを放っていたが。
「ルクレツィア、ディナンドリ、アルフィンと、巻き込まれてついていったのが愛花とオルフィリアです。
まったく困ったものですね!王女であるこの私さえ行きたいのをがま………あなたの指示に応じてあげたというのに!」
「うん、ありがとうございますルーナ。点呼が済んだら後で一緒に行きましょうね」
「はい!えへへ~」
「さて、となると今日風とアーヴィンは………」
「はーい、こっちですよ~。
私は購買車両に興味ありませんしここにいますから、急にいなくなったりしませんし安心してくださいね。
あとアーヴィンは、いつものこの調子です」
栗毛の声に返事があった。少し先のボックス席からひらひらと掌がはためいている。
顔立ちに西洋人と東洋人、双方の優美な気色をバランス良く感じる美しい女だ。栗毛と同じくらいの年頃の娘であった。
彼女が指差すその向かいにはやはり同じくらいの歳に見える、奇抜な格好をした男が手帳を片手に座っていた。
ペンで何事か書き込んでいる。すでに自分の世界に入り込んでいるといったふうで、話しかけられても返事が返ってくることはなさそうだった。
これでどうやら全員分の様子を把握できたのか、ふう、と溜め息をつくと栗毛の女はおもむろに近づいてきた。
柔らかく微笑むのは他人に対する愛想もあったが、染み付いたその態度はそうやって多くの人たちに物腰柔らかく接してきたことの証左にもなっていた。
「どうもすみません、騒がしくて。うるさかったですよね。
ちょっとした………そう、カレッジのサークルでの小旅行の最中なんです。
………?購買車両や食堂車両なら後ろにありますよ?ご存じなく乗ったんですか?」
騒がしい。 大勢の人たちの声で目が覚め、そんな感情を覚えた。
そしてそれと同時に、そんな感情を抱いたのは何時ぶりだろうか、と思いを馳せる。
「…………ここは」
微睡みの中に目を覚ます。目を開く。知らない光景がそこにあった。
流れてゆくように横へと移動している景色。いや、違う。自分自身が移動しているのだと少年は感じた。
少年の名は、ローレンツ・クレンゲル。本来はこの列車に立つ人々とは異なる世界、喪失帯に生きる少年。
本来なら出会うはずのない人々と、少年は邂逅する。
自分のいる場所がどこか? 自分が座するこの乗り物は何というものなのか。
そんな疑問も少し浮かびはしたが、まるで泡沫のように消え去っていく。
当てもないまま、気の向くまま、少年はただ声のする方向へと歩む。
そして────、大勢の人たちが立っている、その場所へと辿り着いた。
「…………えっと、初めまして」
>> 3
「いや、気にしなくていい」
連れの騒がしさを詫びるように頭を下げると人当たりの良い柔らかい笑みを浮かべた栗毛の少女(私からすれば成人していなければ大体少女だ)にぎこちない笑みを返す。
その笑みや態度の端々から育ちの良さ──所謂高等教育を受けたとかではなく、家族から愛され他者を尊重する事を教えられて育ったであろう気配──が感じられた。
その笑みは一瞬、魔術師達の一群と言う事で思わず警戒した私の第一印象を撤回させてお釣りが出る程だった。
「そう。貴女達は学生さんか」
なるほど、偏見を抜きに見てみれば、彼女の仲間の雰囲気は魔術師というよりは学生に近い。
根底にある魔術師の気配こそあるものの、心の底からの魔術師に比べれば、良し悪しは別として幾分か『軽い』。
深淵たる根源を覗いていても根源に魅入られ切っていない。その魂は未だ汚れきっていない。
今後は兎も角として今現在のその在り方は好感の持てるものだった。
「ふむ、購買車両や食堂車両は後ろか。……ああ、なんというか、そう、何しろこの列車に乗ることになったのは事故みたいなものでな」
そう、ご存知なかったのだ。何しろこの車両がどこに向かっているのかさえも私は知らないのだから。
さて、どう言ったものか。ウェーブのかかった銀髪を気まずく弄りながら、すこし考える。
僅かな思案で良い言い訳など思い付く筈もなく適当にはぐらかす事にした。
「さて、では私も後部車両に行ってみるとするよ」
再びぎこちない笑みを浮かべると立ち上がり、後方の出口に向かった。
>> 4
後部車両への扉に手をかける寸前だった。
扉が開き、まだ顔に幼さの残る青い髪の少年が茫然とした表情で立っていた。
奇妙な雰囲気の少年だ、恐らくは此方の世界の人ではないだろうことは察せられた。
汎人類史ではない、恐らくは異聞帯か喪失帯の人間。
放って置けばややこしくなりそうだ、仕方ない。一段落してから何か買いに行く事にしよう。
「初めまして、少年。 列車は始めてか? 適当に空いている席に座るといい」
「『事故』?」
首をかしげる。乗る列車を間違えたのだろうか?
それほど特別な車両ではないはずだ。英国を駆ける特急のうちの1本に過ぎない………はずだ。
車窓だって英国の長閑な田舎の風景をごく当たり前に映している。少なくとも、『私たちにはそう見えている』。
穏やかに受け答えする同乗者の言葉は些か理解に苦しむものだった。
綺麗な女性だった。出来の良い糖蜜のような褐色の肌。棚引く白雲のような髪。アメジストの瞳。
外見の年齢は年若いものだったが、私を、いや私たちを見つめる視線にはどこか老成したような落ち着きがある。
………まぁ、いいか。
間違えて特急に乗ってしまったとあれば普通慌てるものだが、こうして泰然自若としているのはこの人が大人物だということかもしれない。
「そうですね………すみません、今から行くとうちの人たちと鉢合わせるかもしれません。
ちょっと騒がしいかもしれませんが、どうかご容赦ください」
購買車両の場所を聞いた。それに答えた。それだけのことだ。別に相席する相手でもない。
私は―――無意識にやや気圧されながら―――不器用に微笑んで席を立った彼女に軽く会釈し、自分の座席を選んで座る。
その時初めて(同じ席に座るので)ずっと後ろにいたルーナがずっと黙っていたことに気がついた。
「どうしました?ルーナ」
「いえ………その………先程の人なのですが………。
………分かりません。この私をして初めての感覚です………」
「………?」
………それは現代において磨かれた神秘であるルーナだから分かる、高次元の神秘に邂逅した感覚だったのかもしれない。
少なくともそれに関して私は、いやきっと私たちはその感覚に名前をつけて口にすることは出来なかった。
だって私たちにとって"境界記録帯(ゴーストライナー)"なんておとぎ話の中の架空の存在なのだ。
どこか狐につままれたような思いがしながら視線をさまよわせる。ルクレツィアたちはまだ帰ってこない。
視界の端でダントがひとりぼっちで早速酒瓶を取り出して列車旅を満喫しているのがどこか心を落ち着かせた。
先程の女性は………車両連結部のあたりで立ち止まって誰かと話をしている………。
「────────……あ、え……っと、」
一瞬、ほんの一瞬だけ、違和感をローレンツは感じた。
例えるなら、一瞬にして何日もの時間が過ぎたような違和感。
眠っていたのか? そう考えてしまうようなタイムラグがそこにあった。
>> 5
「えっと、初めまして。僕はローレンツ・クレンゲルと申します」
不思議な女性だった。纏う雰囲気からして、正義に生きているというような、そんな空気を纏っている。
きっと名高い聖天翼種なのだろうか、しかし浅黒い肌の聖天翼種はあまり聞いたことが無い。
そもそも自分は、そういった善と悪の闘争から外れ、それを終わらせる為に生きている背信徒だと思いだす。
だからこそ、挨拶を返してくれた女性に対してどう言葉を返すべきか迷っていた。
「列車……列となって連なる車ですか。はい、初めてです。ですが……」
「居心地は、良いものですね」
そう言いながら、空いている座席に少年は座した。
それと同時に、複数人の少女たちのグループに眼が行く。
>> 6
あまり見たことが無い服装のグループだった。
こじゃれた洋服は、ローレンツのいる喪失帯ではあまり見慣れないもの。
だからこそ、彼女たちの奇麗な服装、そして整った容姿は、ローレンツの眼を引いた。
「(…………あまり、見ちゃ失礼だよな)」
少し頬を染めながら、ローレンツはその視線を下へ移す。
彼女らに共通している事は、服装以外にも1つ。みんなが笑顔であることだ。
常に善と悪が闘争を続けるローレンツの喪失帯には、そんな光景は滅多に存在しない。
だからこそ、彼女たちの在り方は、とても眩しく見えた。
「(なんて言えばいいのかな……"仲が良いのですね"……? いや…失礼かな……)」
そうしどろもどろにしていると、少女たちの1人がローレンツと天羽々斬のほうへ視線を向けていた。
次の駅は、█████……█████……
降りられるお客様は、忘れ物等ございませんようにお気をつけください……
/取り敢えず今回はこれを区切りの目印としておきます。本来の用途ならこういうのはいらないと思いますが、前回の投稿から間が空いたのでリセットということで……
/あと、このように「/」が文頭にある文章は、全てロールプレイをしている泥主の発言であるということです。ご活用ください。
……遠くで、喧騒を聴いた気がした。思い込みだったかもしれないが、少しだけ、人の気配はあったように思う。ただ、ついぞその正体は、私の前に現れることはなかった。
さて、どう考えても、ここは列車の中だった。ただし、都市間を結ぶ高速鉄道でも、ましてや私の棲まう「天王寺」の鈍行線でもないことは断言できた。
車窓からの景色は、モザイク市のそれとは違いすぎる。それどころか、常識にそぐわない異様な風景すらも時として映る。しかも、そこで実際に人の乗り降りがあるようだとなれば、大規模な幻術にかけられているのでもなければ、これは現実のことであるのに間違い無いだろう。
私が今乗り込んでいるこの列車は、あまりにも奇妙で、聴いたことも見たこともないような代物だと考えざるを得なかった。
そして、そんなものに乗り込んでいる自分というものについての記憶も、とんと私自身の中からは消え失せている。
確か、市議会の仕事で、「天王寺」内外の人々とあれこれと対話をしていたことだけは記憶してあるのだが、その跡がスッパリと抜け落ちている。
その状態で気づいたら乗り込んでいたこの列車が、怪しいものではないとは口が裂けても言えない。
とはいえ、である。
……あまり不自然にならないように、列車の中を探索してみると、どうもこの列車は、旧世界において持て囃された観光用客車に性格が似ているようだった。通り一遍の乗客用個室、共用トイレ、一部には寝台車もあるほか、食堂らしきものもあった。
少なくとも、ここにいることで即座に命の危険が及ぶような感じではなさそうだ。となると、無理に脱出を図るよりは、様子を見てみるのが得策ということになるだろうか。
ほう、と、大変なことになってしまった様子だということにため息をつく。どうやら自分のサーヴァントもいない。いたとしても脱出に助力してくれそうかというとそうでもないように思われるが、ともかく、既知の味方を頼ることはできないのだ。
さて。どうしたものだろうか?
ふと気が付くと、俺は電車に揺られていた。
……いつの間に、俺は電車に乗っていたんだろう。いやそもそも、俺は何処に向かっているんだ?
学校……いや、学校は徒歩圏内にあるから電車に乗る必要はない。駅前…?いや、そこに行くぐらいだったら歩いて電車代を浮かせたい。
……まずいな。思い出せない。昨日結構強めにコンクリートに頭ぶつけたせいか…?いやでも特に意識とかは飛ばなかったし……、血も出なかったし……。そんな後遺症がある筈が……。
いや、過ぎたことを振り返っていても仕方がないか。まずはこの電車が何処に向かってるのかから知るとしよう。
アナウンスか何かがあればいいんだが、車内は大分静まり返っている。周囲を見渡しても人はあまりいないようだった。
どうしたものか……。そうだ、ひとまずは別の車両に行こう。そうすれば、何か乗客がいるかもしれない。
いた。
別の車両に繋がるドアを開くと、穏やかそうな青年がため息をついている様が目に飛び込んだ。
ひとまずは、此処がどこなのか……というより、この電車は何処に向かっているのかを聞くとしよう。
まぁ、分からなければ分かる人が来るまで待てばいいか。
そんな心持ちで、俺は穏やかそうな雰囲気を持つ青年に対して声をかけた。
「あの……すいません。
この電車について……何か知っている事はありますか?」
>> 10
「おっと……失礼。少しぼんやりしていました」
声をかけられて、思索の海から意識が戻ってきた。声の主の方を見ると、どうやら高校生くらいの青年のようだ。
今しがた浮かない顔をしながら別の車両から来たことと、質問の内容を踏まえれば、どうも自分と同輩らしい。
「申し訳ありません。私も、この車両のことはよくわかっていないのです」
役に立てないことを申し訳なく思いつつも、続けて問うた。
「……あなたも、気がついたらここにおられたのでしょうか?」
「はえー。これが電車かあ」
カラッポの人だから、何も知らない。常識というものの範疇に電車がどんなものかというものが入っているとしても、カラッポの自分にとっては、新鮮な風景だった。月面都市 とは違う場所だ。
記憶にある限り、自分は電子情報に分解されて死んだはずだった。なのに生きているというのは不思議な話で、しかも、ここはどうも
死後の世界があるのかを知っているわけではないけれど、今のあの世というものは、こんなふうに魂を運んでいくのだろうか、なんて。
情報に還元されていた存在がそんなことを言うなんて、らしくないだろうか。それとも、逆に魂を情報化した新世代の魔術師(かもしれない人間)としては、ある意味全うな言葉だろうか。
そんな風に思いながら、窓の外の景色が次々と入れ替わるのを見ていたら、隣から人の声が聞こえた。
「もしかして、私みたいな人がいるのかな?」
独り言ちて、立ち上がる。様子を見てみて、もし話の通じそうな相手だったら、ここが何なのかを聞いてみようか。
>> 11
「そう……ですか。俺もそうなんだ。気付いたら、此処にいた」
少し、困らせてしまっただろうか? そうだとしたら申し訳ない。
考えれば、俺がこうして意味も理由もわからずに列車に乗っていたんだ。同じような人がいると考えるのが自然だった。
相も変わらず、思慮が浅い自分に嫌悪感が奔る。だが、今は自己嫌悪に浸っている場合じゃない。
分からないという状況は変わらないが、今俺と同じ状況にいる人──────言ってしまえば、仲間が出来たのは、非常に安心する状況と言える。
「俺は…石沢啓哉と言います。学生をやっていて……。差し支えなければ、貴方のお名前を聞かせてもらえますか?
もし協力できれば、此処が何なのかわかるかもしれません」
>> 12
そう提案した時だった。誰かが近づいてくる足音が聞こえた。
扉の方に視線を移す。するとそこには、人影がいた。また1人、乗客がいるという事を確認できた。
この人や俺と同じように、理由もわからずこの列車に迷い込んだ人なのか、あるいは────────────。
どちらにせよ、俺にとって+になるというのは間違いない。前者ならば仲間が増えるし、後者ならば見識が増える。
そう俺は考えて、その人が扉を開いてこちらの車両に足を踏み入れると同時に、声をかけた。
「貴方も、この列車の乗客ですか?」
>> 13
「そうなのかなぁ? 多分そうなのかなー。ごめん、実はよくわかってないや」
嘘をついても仕方がないし、自分にわかる範囲で答えてみる。
どうだろう、鉄道には乗車賃がいるそうだけれど、そんなものを払った覚えはない。すると、私は無賃乗車をしているのか、それともそもそも乗客じゃないのか。
「そういう風に質問するってことは、そっちも似たような立場なのかな?
とにかく人がいて良かったなあ。これで誰も居なかったら、ひたすら歩き回ってるとこだったよ」
これは少しだけ不正確。私の性格を思えば、多分そのうち探すこと自体を諦めただろう。
だから、ある意味こうして人に出会えたのは、幸運だったと言えるのかもしれない。
とりあえず、ただそこにあるだけで時間を過ごすようなことは避けられたから。
ともかく、もう少し会話してみよう。まともな話が通じる相手は、久しぶりな気がする。
「えーと、君……と、そっちのお兄さんのお名前は?
あ、私は名前忘れちゃってるから教えられないんだ、ごめんねー」