「『事故』?」
首をかしげる。乗る列車を間違えたのだろうか?
それほど特別な車両ではないはずだ。英国を駆ける特急のうちの1本に過ぎない………はずだ。
車窓だって英国の長閑な田舎の風景をごく当たり前に映している。少なくとも、『私たちにはそう見えている』。
穏やかに受け答えする同乗者の言葉は些か理解に苦しむものだった。
綺麗な女性だった。出来の良い糖蜜のような褐色の肌。棚引く白雲のような髪。アメジストの瞳。
外見の年齢は年若いものだったが、私を、いや私たちを見つめる視線にはどこか老成したような落ち着きがある。
………まぁ、いいか。
間違えて特急に乗ってしまったとあれば普通慌てるものだが、こうして泰然自若としているのはこの人が大人物だということかもしれない。
「そうですね………すみません、今から行くとうちの人たちと鉢合わせるかもしれません。
ちょっと騒がしいかもしれませんが、どうかご容赦ください」
購買車両の場所を聞いた。それに答えた。それだけのことだ。別に相席する相手でもない。
私は―――無意識にやや気圧されながら―――不器用に微笑んで席を立った彼女に軽く会釈し、自分の座席を選んで座る。
その時初めて(同じ席に座るので)ずっと後ろにいたルーナがずっと黙っていたことに気がついた。
「どうしました?ルーナ」
「いえ………その………先程の人なのですが………。
………分かりません。この私をして初めての感覚です………」
「………?」
………それは現代において磨かれた神秘であるルーナだから分かる、高次元の神秘に邂逅した感覚だったのかもしれない。
少なくともそれに関して私は、いやきっと私たちはその感覚に名前をつけて口にすることは出来なかった。
だって私たちにとって"境界記録帯(ゴーストライナー)"なんておとぎ話の中の架空の存在なのだ。
どこか狐につままれたような思いがしながら視線をさまよわせる。ルクレツィアたちはまだ帰ってこない。
視界の端でダントがひとりぼっちで早速酒瓶を取り出して列車旅を満喫しているのがどこか心を落ち着かせた。
先程の女性は………車両連結部のあたりで立ち止まって誰かと話をしている………。