……遠くで、喧騒を聴いた気がした。思い込みだったかもしれないが、少しだけ、人の気配はあったように思う。ただ、ついぞその正体は、私の前に現れることはなかった。
さて、どう考えても、ここは列車の中だった。ただし、都市間を結ぶ高速鉄道でも、ましてや私の棲まう「天王寺」の鈍行線でもないことは断言できた。
車窓からの景色は、モザイク市のそれとは違いすぎる。それどころか、常識にそぐわない異様な風景すらも時として映る。しかも、そこで実際に人の乗り降りがあるようだとなれば、大規模な幻術にかけられているのでもなければ、これは現実のことであるのに間違い無いだろう。
私が今乗り込んでいるこの列車は、あまりにも奇妙で、聴いたことも見たこともないような代物だと考えざるを得なかった。
そして、そんなものに乗り込んでいる自分というものについての記憶も、とんと私自身の中からは消え失せている。
確か、市議会の仕事で、「天王寺」内外の人々とあれこれと対話をしていたことだけは記憶してあるのだが、その跡がスッパリと抜け落ちている。
その状態で気づいたら乗り込んでいたこの列車が、怪しいものではないとは口が裂けても言えない。
とはいえ、である。
……あまり不自然にならないように、列車の中を探索してみると、どうもこの列車は、旧世界において持て囃された観光用客車に性格が似ているようだった。通り一遍の乗客用個室、共用トイレ、一部には寝台車もあるほか、食堂らしきものもあった。
少なくとも、ここにいることで即座に命の危険が及ぶような感じではなさそうだ。となると、無理に脱出を図るよりは、様子を見てみるのが得策ということになるだろうか。
ほう、と、大変なことになってしまった様子だということにため息をつく。どうやら自分のサーヴァントもいない。いたとしても脱出に助力してくれそうかというとそうでもないように思われるが、ともかく、既知の味方を頼ることはできないのだ。
さて。どうしたものだろうか?