Ta-9とはタクヤン=ウリヴィッチ設計局が設計したジェット戦闘機である。
Mig-15と同時期に設計された機体であるが、どちらかといえばMig-9を大型化したようなシルエットをしている。3機の試作機が製造されたが、致命的な欠陥とそれに起因する墜落事故により量産されることはなかった。
Ta-9は戦略爆撃機の迎撃のために開発された機体であり、機首下部にはns-23を、そして機首上部には37mm機関砲Tkb-37を、それぞれ二門ずつ装備していた。Tkb-37はmig-9の射撃の排煙の問題を解消するべく開発された、設計局独自の機関砲である。この機関砲は銃口からの排煙を抑え、その大部分を機関部から排出するという画期的な機構を備えていた。同時にマズルフラッシュも抑制されたため、上部搭載でも問題はなかったとされている。Tkb-37は高初速化と命中率の向上のための長い砲身を有しており、Ta-9に搭載された二門は砲身が機首から長く伸びていた。ns-23と合わせて四門の砲身が機首から飛び出た特異な外見は、設計局内で「ドジョウ」とあだ名されることとなった[注1:ロシア語で「ソーセージ」を意味するカルバサー(露:колбаса)とも呼ばれたという]。だがTkb-37の配置には、発射時に機関部からの排煙がコックピットに流れ込むという致命的な欠陥を抱えており、試作機墜落の原因となった(後述)。
Ta-9には当初mig-15と同様にrd-45を搭載する構想であったが、設計局にはそれよりも性能の低いrd-500どころか、mig-9と同じrd-20しか許可されなかった。これは政治的な理由ではなく、単純に主任のタクヤンがスターリンに嫌われていたからだろうと言われている[注2:『モスクワ調教センター』を参照][注3:のちにこれを哀れんだラヴォーチキン設計局からrd-500を貸与され、そちらを装備した試作機も計画されていた]。そこでTa-9においては三発のrd-20を俵状に積み重ねた状態で搭載することで、なんとか推力を補うこととなった。下部の二機はコックピットの真下に配置、上部の一機は機体後部に配置されることになった。そのために、ただでさえ四門の大口径砲で余裕がなかった機首部がさらに肥大化し、一方で後部はほっそりしたものになった。この配置についてタクヤンの補佐官であったエカテリーナ・マネエヂヤアは「凶悪な上半身に対して下半身が貧弱」と揶揄した。また、エンジンとコックピットは装甲で仕切られていた。
Ta-9は先進的な後退翼を備えていたが、飛行性能はmig-15に到底及ばなかった。巨大な機首部は空気抵抗の悪化を招き、やはり推力で劣るエンジンは三機束ねても最新型には及ばず、燃料配管が複雑化するだけであった。それでも四門の砲による打撃力を期待され、3機の試作機が製造された。
飛行テストにおいて本機はある程度の結果を残すことができたが、空中射撃テストの際、連射後の機体は突如として安定を失い、その後墜落。テストパイロットのトラエモノフ少尉が死亡した。事故調査の結果、Tkb-37の排煙が適切に処理されずコックピットに流れ込んでしまっていたことが判明した。よって射撃テストの直後、コックピットに吹き込んだ排煙をトラエモノフ少尉は吸引し気絶、墜落したというのが通説である。墜落の瞬間まで彼と通信を続けていた通信士は調査に際して以下のように語っている。
「機関砲の射撃音が止まってから2秒経ったあたりで、突然少尉はむせるような咳き込むような、そんな短い声をあげて、それから何も喋らなくなってしまった。とても恐ろしい瞬間であった。」
この事故によりTa-9は信頼を失い、プロジェクトは中止された。また、設計局の閉鎖とタクヤンの粛清がなされた[注4:『哀叫タクヤン』を参照]。
人民全員でコイツを粛清しろ!
「ラジャー、キルタクヤン」
タクヤン=ウリヴィッチならTaU-9(ТаУ-9)でないんでしかね?とはいえ語呂が悪いので仕方ないね♂
09:31:05UTC
少尉:指定エリアにまもなく到達する。現在、高度1145m、速度810km/h、針路114°
09:31:16UTC
管制:現在の速度を維持し、16km先の標的に5秒間射撃せよ。
少尉:了解した。高度を500mまで下げる。
09:32:34UTC
(Ткб-37の射撃音)
09:32:41UTC
少尉:(咳き込むような音声)
09:33:57UTC
管制:Тораемонов、残り燃料を報告せよ。
09:34:14UTC
管制:Тораемонов、残り燃料を報告せよ。
09:34:30UTC
管制:応答せよ、Тораемонов。
09:34:37UTC
(雑音)
09:34:38UTC
録音終了
トラエモノフはなんか由来があるのかゾ?
(枝主)名称は確かにその通りですね。失念してたゾ……。指摘ありがとナス!
(葉1)タクヤとキスをして「コ゜ッ!」とえずいたのがToraemon(淫夢)というらしいですね、ええ。
定期的に投下される力作怪文書はなんなのだよ(困惑) 流すのもったいない…もったいなくない?戦雷淫夢怪文書図書館とか欲しくなるゾ
夜戦戦闘機のタ-9-夜だっけ?(うろ覚え)とかもう一回見てぇけどな〜、俺もな〜
アレクサンドル・タクヤンは、ソ連の航空技術者・飛行機設計士。画期的な航空機を多数設計したが、その多くが何かしらの欠陥を抱えており、アルチョーム・ミコヤーンに「あと一歩だけど、ちょっと足りなそう」と評された。
タクヤンはミハイル・ウリーヴィチと共同で独自のタクヤン=ウリヴィッチ設計局(Ta)を持っていたが、ウリーヴィチは実質的にはタクヤンの監視役であり、航空機の設計はほとんどタクヤンが行っていた。このことは設計局の表記ががTaであることにも表れている(後付け競パン)。タクヤンは変態的な性格でも知られており、しばしば指導者と対立した。
1935年に初めてTIT-1グライダーを設計してから航空機技術者としての才能を開花させ、1939年には独自の設計局を持つまでに急成長した。しかし1948年に同設計局のジェット戦闘機Ta-9が初歩的な欠陥で墜落事故を起こしたことで信用を失い、同年に設計局は一時解散、タクヤンは幽閉されることとなった。しかしスターリンの死後、スターリン批判の流れの中で彼と「対立」していたタクヤンは釈放されることとなった。その後設計局を復活させ航空機開発に復帰、数々の意欲的な航空機を開発した。
・タクヤンは航空機開発の傍ら一時期小規模な集団農場を監督しており、その際にスターリンを讃える意味を込めて「スターリン調教センター」と名付けていた。スターリンこれを嫌がりすぐに改名させようとしたが、タクヤンが信じられないほど駄々をこねた上に、タクヤン自身が非常に優秀な技術者であったために、スターリンの方が妥協して「モスクワ調教センター」に改名した。これ以降スターリンはタクヤンを嫌うようになり、監視役としてウリーヴィチをつけるようになった。
・タクヤンが設計したTa-“греческая скульптура(ギリシャ彫刻)”は非常に細長い主脚が特徴的であった。デモンストレーションの際フルシチョフがこれについて尋ねると、タクヤンは「人間のような滑らかでしなやかな接地のためである」と答えた。しかし試験機は着陸の際に機体を縦に振動させ、細く貧弱な脚部をバタつかせながら滑走するという醜態を晒した。これを見たフルシチョフはタクヤンに、「君はこのようにして走るのかね。」と皮肉を言ったという。
・設計局内で流行したタクヤンのアネクドート
「新聞に掲載されたタクヤンのインタビュー記事にて『お前を《中略》芸術品に《中略》してやるよ。』」
父称はなんだゾ?ウリーヴィチとかでいいかゾ?
あーいいっすねぇ!
文章自体はよく見るとガバスカクオリティだから、各々想像で保管してくれてたら嬉しいゾ。
(加筆)でもタクヤンの監視役のウリーヴィチと被っちゃうゾ
ロシアで名前かぶりは結構あるみたいだからねしょうがないね
そうだよ(肯定)
この機体の事故調査報告書をスキャンしたゾ^~
え、なにこれは(畏怖)どこから引っ張ってきた写真なのだよ?コラも自然で、ある意味ビックリ!
語録抜きにそれっぽい雰囲気 +114SL Forumにブッチッパして史実派おじゃる丸を混乱させることはなかった +514SL
ファッ!??ナニコレ(驚愕) これが現代の認知戦ですかたまげたなぁ
拓也はフリー素材なんだよな!
拓也さんフリー素材化してることについては嫌悪してるらしいっすよ?まぁでもやめれる段階はとっくに過ぎ去ってるんやがなブヘヘ(タ)
「勝手に禿げてることにされたらさすがに不満は持つ(要約)」はさすがに頷かざるを得ないっすね先輩…