過去ログ1 「ネット情報の有無、抜粋」「自己紹介1~100」 「読む」専用でお願いします。
土岐川祐
2010/11/6 07:31 .
地域、自治体、病院によって、対応に差のある病名を突きつけられ、 インターネットで情報を得るしか無くなったつらさについて語ります。
おはようございます。 お辛い中を頂き返信ありがとうございます。 MRI、やってみたいと思います。 それから埼玉の大野先生についても教えて頂き有難うございます。 脳脊髄減少症でなかったら大野先生に受診も考えてみます。
お返事送れてスミマセン。すみれさんコメントありがとうございます。 こんなに会員が増えるとは思わなかったので、実名を出してしまいました。 いまさらなのでお返事してしまいます…
>A先生はB先生の患者は相手にしない これはですね…お二人の強直性脊椎炎に対する見方が違うから、なんです。 井上先生はご自身の経験から、「若い男性の病気」と断言していますし、 浦野先生は、男女比はあまり関係ないとお考えです。 浦野先生の整形外科専門医の見識から、「仙腸骨関節炎」を強直性脊椎炎の根拠となさっていて、井上先生は浦野先生のお見立てに反対の立場だと言うことです。 井上先生のいらっしゃる大学病院は、エーザイのヒュミラという抗TNFα阻害剤の臨床結果をだして、元々はリウマチの薬ですが、強直性脊椎炎の薬として適応されました。これはもう、結果が出たので公表して良いと、エーザイさんの広報さんから言われました。私が伏せっていて、あちらこちらに問い合わせていたとき、まだ微妙な段階で、各製薬会社さんも対応が鈍く、気軽にネットで流さないで欲しいと言われていました。
強直性脊椎炎に関しては、井上先生と浦野先生と、もう一人有名な先生がいらして、それぞれに方向性が違うんです。強直性脊椎炎、強直性脊椎炎ではない、繊維筋痛症と、意見が分かれて、患者さんも右往左往している状態です。その他には「リウマチ」派閥もあるようです。東京は特定疾患にしていますし、厚労省によりますと、有名な先生は、繊維筋痛症の治療法の研究に関わっていて、似た症状の患者さんが、三箇所全部をまわって、それぞれに自分が何の病気なのか、迷い、悩んでいる状態のようです。もちろん、各々の先生方は真摯に研究と治療をしているとおもわれます。
個人名がだされていますが、誹謗中傷では無いのでそのままコピーしました。
ありがとうございます。 私、たまたま今、手が動いてたまたまここを見させていただきました。
もう一人のお医者さまは、きっと行岡先生のことかなあと。
私は、8年前、行岡先生の病院に3ヶ月入院し、ものすごく温かく診ていただきました。 今でも、こちらに学会でいらっしゃる時など、優しく足やMRIの画像など、診ていただいています。 すごく優しく、穏やかで、素敵なお医者さまです。 車椅子の私にひざまづいて足首の腫れなど診てくださり、「歩かせてあげたいなあ。」と優しくおっしゃいます。 私は、生物学的製剤は、他の重度の病気があり、入れられないため、ヒュミラなどは井上先生からお声をかけていただいたのですが、無理でした。足首は、モルヒネの百倍と言う貼り薬も効かなくて。。 全然立てないで、激痛にうめき、紫にはれあがった足に耐えるしか。 あちこちの骨のひびやこうか現象はひどいのですが、麻薬も覚醒剤も効かないとどのお医者さまもお手上げで、私が苦しめてしまって、辛いです。ありがとうございます。
気長に付き合ってくださってありがとうございます。私と同じ先生に同じ病名を付けられたわけですが、私は、すみれさんを思うとかなりの軽症です。有名な先生とは、すみれさんの仰る先生ではありません。繊維筋痛症の先生なのです。私は岐阜県在住なので、東京まで通院するのは無理、長野県も往復6時間の移動が体にこたえて、今は地元のペインクリニックに行っています。長野の先生の著作と翻訳本は三冊読みましたが、本に書かれている臨床のような治療は一度も受けていませんし、話もありませんでした。そもそも、詳しいことは全部著作から得た知識で、先生殻の説明を受けたことがないので、どうして自分が今の状態になったかわからないんです。すみれさんは、とても苦しい状態なので、そんなに控えめになさらなくてもいいとおもいます。すみれさんが医師を苦しめているなんてことはありません。私もたまたま元気なときしか書けないので、あまり盛り上がらなくてスミマセン~
私は、3年前に右上腕骨の骨折で、近所の整形外科で手術を受けましたが、そこで手術ミスに合い、橈骨神経麻痺という右手が完全に動かなくなる状態になりました。 リハビリの結果、今では動かせるまでに回復しましたが、当時から触れられるだけで激痛が走り、ロキソニンを服用しても全く効かず、いろいろな痛み止めを服用し、最後はボルタレンSRという劇薬まで使いました。 けれど、痛みや痺れは軽くなるものの、やはり飲まないよりまし程度で2年が過ぎ、昨年末に帯状疱疹を患い、皮膚科で線維筋痛症の専門医を受診するよう勧められ、この6月に大野クリニックを受診して診断が付きました。 その後、2度目の受診で尾骨付近の痛みを訴えると、仙腸関節炎が見つかり脊椎関節炎と診断されました。 また、通院中の整形外科で、同じ6月に脊髄の専門医の診断で、頸椎の骨棘と黄色靭帯骨化症が見つかっています。 が、通院中の整形外科病院は、以上の診断を認めません。 そもそも線維筋痛症の診断がO先生に行かれたのですね。私は、大野先生ともう13年のお付き合いになるので。。先生の本物のさがよくわかります。先生は、ウイキペデアにものっているように、国際的な医学会の理事でもありますが、きちんとしたおいしゃ様なら大野先生の良さをきちんと知っていて、勉学の浅いお医者様は大野先生の素晴らしさや人格、博識、画像の診断力や診察の深い観察力までとてもおいつかないです。 私が、東大病院でも難しすぎると断られた脊椎関節炎でさえ、O先生は、 12年前にもう、私の仙腸関節のひびをみつけていました。 これは、私の場合ですが、「もしかしたら、将来、社会生活が普通にできなくなる病気かも知れないなあ。」 大野先生の当時の言葉の意味は、その5年後に、当時、長野の浦野先生や行岡先生と言う、脊椎関節炎では、二人しか治せないと言われていた先生にも、レントゲンを指摘されるようになりました。それでも、他の整形外科医は、まだ読み取れませんでした。そして、そのまた更に8年後の今、誰でもわかる仙腸関節のひび骨盤の硬化現象がうつるようになり、今まで読み取れなかったお医者さんでも今になってやっと、12年前の大野先生の言った意味がわかるようになりました。 私も、他の病院で針で神経を傷つけ、CRPSの手前になり、触ることも1ミリ動かすことも厳しい手になったことがあります。私は、遠絡療法で治しました。
ただ、仙腸関節炎は、悪化する人としない人もいるし、10年後などにリウマトレックスや生物学的製剤を使えば押さえられるかもだし、でも、primulaさんはまだそこまでの症状ではないのかも知れません。と言うか、アメリカでもこの仙腸関節炎をみつけるのに平均8年かかるとか。。今はできるだけ、仙腸関節の動きや筋肉をつけるよう、プールや自分でできるリハビリなど(ASの本に載っています。) あとは、O先生がついていれば、他の先生と闘うエネルギーよりずっと、安心で心安らかです。その方が身体にずっといいです。O先生の名医さは、100人以上のお医者様に診ていただいた私には、ものすごくわかります。世界の先生です。 他のおいしゃ様とは、全然レベルが、人間性も含めて違うので、安心してついて行って欲しいと思います。曖昧との理由により、仙腸関節炎が認められて脊椎関節炎と診断した経緯が理解できないようです。 血液検査もなく、脊椎の関節に節が見当たらないとの理由で、否定されました。 いくら大野クリニックの院長が専門医だと説明しても納得がいかないようです。 誰もセカンドオピニオンを求めていないのに、診断に不服を申し立てるわりに、整形外科医なのに仙腸関節炎と脊椎関節症の因果関係を知らない事実に、私は驚いたのですが… 脊椎関節炎と言っても理解しなかったので、強直性脊椎炎と言えば分るかと思い、言い直したら、よけいグダグダ言われてしまいました。 話の通じない整形外科病院て、ホント面倒ですガーン
O先生に行かれたのですね。私は、大野先生ともう13年のお付き合いになるので。。先生の本物のさがよくわかります。先生は、ウィキにものっているように、国際的な医学会の理事でもありますが、きちんとしたおいしゃ様なら先生の良さをきちんと知っていて、勉学の浅いお医者様は大野先生の素晴らしさや人格、博識、画像の診断力や診察の深い観察力までとてもおいつかないです。 私が、東大病院でも難しすぎると断られた脊椎関節炎でさえ、O先生は、 12年前にもう、私の仙腸関節のひびをみつけていました。 これは、私の場合ですが、「もしかしたら、将来、社会生活が普通にできなくなる病気かも知れないなあ。」 先生の当時の言葉の意味は、その5年後に、当時、長野の浦野先生や行岡先生と言う、脊椎関節炎では、二人しか治せないと言われていた先生にも、レントゲンを指摘されるようになりました。それでも、他の整形外科医は、まだ読み取れませんでした。そして、そのまた更に8年後の今、誰でもわかる仙腸関節のひび骨盤の硬化現象がうつるようになり、今まで読み取れなかったお医者さんでも今になってやっと、12年前の大野先生の言った意味がわかるようになりました。 私も、他の病院で針で神経を傷つけ、CRPSの手前になり、触ることも1ミリ動かすことも厳しい手になったことがあります。私は、遠絡療法で治しました。
ただ、仙腸関節炎は、悪化する人としない人もいるし、10年後などにリウマトレックスや生物学的製剤を使えば押さえられるかもだし、でも、primulaさんはまだそこまでの症状ではないのかも知れません。と言うか、アメリカでもこの仙腸関節炎をみつけるのに平均8年かかるとか。。今はできるだけ、仙腸関節の動きや筋肉をつけるよう、プールや自分でできるリハビリなど(ASの本に載っています。) あとは、O先生がついていれば、他の先生と闘うエネルギーよりずっと、安心で心安らかです。その方が身体にずっといいです。先生の名医さは、100人以上のお医者様に診ていただいた私には、ものすごくわかります。世界の大野先生です。 他のおいしゃ様とは、全然レベルが、人間性も含めて違うので、安心してついて行って欲しいと思います。
ありがとうございます。 私も病院で勤めていましたし、息子も生まれつきの難病があり、息子の疾患を診れる医者は限られており、今も都内の病院に罹っています。 なので、医者としての資質は初対面の時にわかりました。 偶然とはいえ、車で1時間弱の距離に住んでいるので、とてもありがたく思っています。 ですが、近所の整形外科の医師には、それが理解できないようです。 また、車で30分の距離に大学病院もあり、先日、血液検査の依頼に膠原病内科を受診したところ、担当医は大野クリニックに週一で通っている船久保Drでした。 救外で搬送される先が大学病院のため、万が一に備えて受診したわけですが…すぐに趣旨を理解していただき、検査してくださいました。 明日、その結果が出ます。 また、現在通院の整形外科では、私の病気(OYL、AS、FMS)はキャパシティーを超えているようで、昨日は受診をしましたが、診察は拒否されています。 なので、その辺りも含めて、明日はO・K先生に相談しようと考えています。
ごめんなさい。つけたしです。 まだ、強直性脊椎炎ほどのひびや骨の変形がない場合、または血液検査に何も出ていないのなら、血清反応陰性脊椎関節炎と 他では話した方が少しは意味が通じるかも。。ただ、他に行っても治るかは? まずは、大野先生は、FMSと脊椎関節炎の違いや、両方を重なった方を沢山知っていると思うので、また、先生が世界的にも日本の第一人者と言われているように、 膠原病を漢方で治すお力もありますので、お任せして、ゆっくりできたらいいと祈ります。焦るのが一番良くないかなあと。
あと、わからないお医者様と闘う労力、一番、お疲れになるのでは? 大野先生についていけば、大丈夫です。私は先生の見解が一番だと神様のように尊敬しています。 あと、神経を傷つけた痛みには、ボルタレンではなく、傷をメチコバールで修復しながら、リリカやガバペンが主流かも。FMSでお飲みだと思いますが。ごめんなさい。
大野先生は、医学部の前に薬学部を出ていらっしゃいます。薬のことも、本当にすごくおわかりで安心です。先生に出会えたことで、かなり人生幸せと私は思ってます。 頑張ったり、我慢したりはFMSも帯状疱疹もお辛いでしょう。 私は、脳の病気が激しいので、起きているのも数分しかできず、文章もうまくまとめられなくて。激痛辛く、返信も無理かもですが、お許し下さい。わからないお医者さんのことで悩むのは、エネルギーがもったいない。お医者さまの知識の差を100人以上のお医者さんに会っているとよーくよーくわかります。 他の病気で、東大に入院した時、 「大野先生は、ぼくの先生だ。大野先生以上の治療はぼくにはできない。」 とお医者様もいました、安心して大野先生についていって欲しいです。 こちらこそ、ありがとうございます。
>話の通じない整形外科病院て、ホント面倒です
それは、東京では特定疾患である強直性脊椎炎が東京以外では、 難病指定されていなくて、長野県などでASと病名をいただいても、 地方に行くと、病名を知らないからです。 繊維筋痛症は、私の住む県では現役医師の80パーセントが 病名を知りません。 どこへ行っても診察拒否、うそつき呼ばわり、 あるいは病気だと思い込む精神病だといわれます。 40代の女性になると「更年期障害」「身体表現性障害」 長野や東京で病名をもらっても、地元に帰ると、医師がいません。 下手に自分で勉強して、半端に知識を入れ、 医師に話すと、「ミュンヒハウゼン症候群(詐病)」のあつかいにされます。
つけたし。 東京では、繊維筋痛症かと思われる症状、あるいは一部で脊椎関節炎(強直性脊椎炎、未分化型脊椎関節炎、血清反応院生脊椎関節炎[リウマチ因子が陰性])などは、血液検査で、CRP,MMP,抗核抗体などに数字が出て「炎症」がないと、医師によって意見が分かれます。リウマチ、脊椎関節炎、繊維筋痛症、身体表現性障害…大体このような派閥ができているようです。
以前病気について書いていたヤフーのブログでは、私と似た症状の人が多く、メールをくださった人には、サフォー症候群の人もありました。それだけ診断が難しいといえます。
>すみれさん、土岐川さん
レス、ありがとうございます。 今日、血液検査を依頼した大学病院で、検査結果を聞きに行きます。 まあ私の住む町は、山ひとつ向こうが東京都なのですが…都心に出るのは、乗りかえていくために最低1時間はかかります。 車での移動なら1時間くらい平気なのですが、徒歩や電車での移動は厳しいので、都内へ出かけることはほとんどありません。 ホントに田舎なので、ろくな病院がなく、諦めて今の整形外科に通院していたのですが、先月末に仕事を辞めなくてはならないほど体調が悪化し、このままでは寝たきりになると思い大野クリニックを受診しました。
今日の結果次第で、同じ大学病院の脊椎外来を受診しようと思っています。 理由は、黄色靭帯の骨化が事実ならば、手術の必要がなくとも経過観察も病状の進行を防ぐことも必要と思っていますが、現在通院中の整形ではそれができないと思われるし、実際放置されているので… 私が調べたところ、大学病院の脊椎外来では、頸椎の骨棘も黄色靭帯の骨化も線維筋痛症も診てくれるようです。 もちろん大野クリニックには、引き続き通院させていただきます。 大野クリニックに通院しちょうど1ヶ月ですが、おかげさまで痛みがかなり軽減されてきました。 適切な治療を受ければ、こんなにも変化が現れるものなのですね。 『もっと早くに受診していれば…仕事を失わずに済んだのに』と思いました。
検査結果が出ました。 HLA-B51が陽性でした。 膠原病類縁疾患のベーチェット病です。 これで、血清反応陰性脊椎関節炎と確定ですね。 次回、大学病院の眼科受診となりました。
膠原病なら、もうO先生の大大大得意の分野です。 任せて安心です。 私も、大学病院の膠原病科に10年前、入院していましたが、難しすぎると 「先生に任せるしかない。」 と、先生の評判は、その大学病院でも、みんなが認めて、みんなが大野先生しか私を治せないだろうというような、そんな信頼が膠原病科にもありました。 というか。。 先生は、その大学病院の膠原病科のご出身なのですが。。 全然、目利きが違うから。。。
この後、色々な薬で副作用なのでも悩まれると思います。 でも、大野先生が着いていれば大丈夫です。
本当にびっくりするくらい、薬の副作用の危険も 全て回避してくださいます。
私の知り合いも、HLA検査でBー24が出ていなくても、 他の関係する数字が出ていて、脊椎関節炎になりました。
どうか、どうかお大事に。 これからの闘病生活、色々、病気以外にも背負うことがいっぱいで、 私は、歩けなくなって13年ですが。。。 (その間、休職をしたり、車椅子で、小学校に出勤していました。)
病気のこと以外にも たくさん、お辛いことが出てくると思います。
どうか、ご自分を一番に愛して。
ご自分を一番に大切にいたわって、心穏やかに過ごせますように。
心から、お見舞い申し上げます。
>すみれさん
いろいろありがとうございます。 そうですね、大野院長はすごいと思います。 診察で先のことまで見通すような感じです。
なので、あまり気負わず、ゆっくりと治療に専念したいと思ってます。
みなさんのお話を読んでいて、私はまだまだ恵まれているなあと…。 血圧があまりにも高いので(上が200超下が120超)病院の門をくぐることになった のですが、検査のできる病院に紹介され、半年かかってわかったことは、副腎に腫瘍が出来ていて高血圧の原因のコチゾールというホルモンが出過ぎているということ。 問題はそのころから(昨年12月から)体に痛みが出始め、検査のひとつに「デカドロン」というステロイドを1mg服用したところ、翌日は見事にもとの痛みのない体に戻っていました。二回目は十日後に8mg。なんかすっきりとはいかなかったけど、やはり痛みは無くなっていました。 このことを内分泌科の先生に訴えてもまったく痛みに関しては、スルーなんですね。 自己免疫疾患くらいしか教えてくれないし…。 検査薬で症状が軽くなったといっても、「整形外科行って」みたいな。 最初にかかった整形外科(リウマチ医)では、痛み止めとシップのみ。 「検査薬みたいの(ステロイド)内科で処方してくれればいいのに」 我慢できずに筋肉注射してもらったりボルタレンの座薬も処方され、「これで効かなかったらモルヒネだね」と薬剤師に言われ、文字通り這って通勤していました。 でも今年に入ってあれよあれよという間に体の自由が利かなくなり、接骨医やカイロなど杖を頼りに掛かりましたが、インターネットで自分の症状は線維筋痛症の症状に似ているけど、リウマチ科とか膠原病の科がある大きな病院で診てもらわなくてはいけないと、調べていったら車で30分という恵まれたところに「U」先生がいらしたんです。 病院にメールで相談したら、直接「U」先生から返信がきて、「県内の方なら、紹介状あったら持ってきてね。」みたいな感じで。 (余談ですが「U」先生は最初にかっかた整形外科の先生ですって) 早速いらっしゃる曜日を確認して、紹介状なしに押しかけました(・・;) 病院に着いたら、受付でもう立っていられなくて、「車椅子玄関にあったから持ってきて」と家族にいっていましたね。 早く診断して薬を処方して欲しい。結果は「強直性脊椎炎」プレドニゾロン10mgからでした。その後一ヶ月で8mgになっていますが、まだ炎症おきているみたいで、これから検査したり、薬変えたり、どうなっちゃうんだろといったところです。
[ 22 ] まあママさん その先生は、たぶん、最初に私に対して「強直性脊椎炎」と診断された方です。その先生のおっしゃるには、プレドニゾロン(プレドニンとも)は「特効薬」だそうです。ただしそれは5年前のことなので今は違っているかも知れません。
高速道路を利用して片道3時間かかるので、通院をあきらめ、紆余曲折したあと、隣の県の整形外科に通っております。そこの先生は、強直性脊椎炎について、当初は信じていなかったけれど、件の先生の講演に参加して意見を変えたそうです。
当時は適応になっていなかった生物製薬も、今は強直性脊椎炎にも適応されているし、これからまだ、どんどん変わっていく可能性は高いと思います。
私の場合、当初の先生のところで入院した頃、身動きできないほどの状態でしたが、今は、ムリしなければかなり動けるようになりました。薬が効いたと言うよりは、とにかく何もがんばらないでサボることによって、心の立て直しができたことが大きいと思っております。ご自愛なさってくださいませ。
[ 23 ] トッキーさん
「何もがんばらないでサボることによって、心の立て直しができた」
ほんとにそのとおりです。
「U」先生いわく 「若く見えるけど、もう年なんだから患者引き受けたくない」
とーんでもない。
まだまだ診てもらいます。
トッキーさんもご自愛くださいね。
スレ立てていただいてありがとうございます。
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土岐川祐
2010/11/6 07:31
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地域、自治体、病院によって、対応に差のある病名を突きつけられ、
インターネットで情報を得るしか無くなったつらさについて語ります。
おはようございます。
お辛い中を頂き返信ありがとうございます。
MRI、やってみたいと思います。
それから埼玉の大野先生についても教えて頂き有難うございます。
脳脊髄減少症でなかったら大野先生に受診も考えてみます。
お返事送れてスミマセン。すみれさんコメントありがとうございます。
こんなに会員が増えるとは思わなかったので、実名を出してしまいました。
いまさらなのでお返事してしまいます…
>A先生はB先生の患者は相手にしない
これはですね…お二人の強直性脊椎炎に対する見方が違うから、なんです。
井上先生はご自身の経験から、「若い男性の病気」と断言していますし、
浦野先生は、男女比はあまり関係ないとお考えです。
浦野先生の整形外科専門医の見識から、「仙腸骨関節炎」を強直性脊椎炎の根拠となさっていて、井上先生は浦野先生のお見立てに反対の立場だと言うことです。
井上先生のいらっしゃる大学病院は、エーザイのヒュミラという抗TNFα阻害剤の臨床結果をだして、元々はリウマチの薬ですが、強直性脊椎炎の薬として適応されました。これはもう、結果が出たので公表して良いと、エーザイさんの広報さんから言われました。私が伏せっていて、あちらこちらに問い合わせていたとき、まだ微妙な段階で、各製薬会社さんも対応が鈍く、気軽にネットで流さないで欲しいと言われていました。
強直性脊椎炎に関しては、井上先生と浦野先生と、もう一人有名な先生がいらして、それぞれに方向性が違うんです。強直性脊椎炎、強直性脊椎炎ではない、繊維筋痛症と、意見が分かれて、患者さんも右往左往している状態です。その他には「リウマチ」派閥もあるようです。東京は特定疾患にしていますし、厚労省によりますと、有名な先生は、繊維筋痛症の治療法の研究に関わっていて、似た症状の患者さんが、三箇所全部をまわって、それぞれに自分が何の病気なのか、迷い、悩んでいる状態のようです。もちろん、各々の先生方は真摯に研究と治療をしているとおもわれます。
個人名がだされていますが、誹謗中傷では無いのでそのままコピーしました。
ありがとうございます。 私、たまたま今、手が動いてたまたまここを見させていただきました。
もう一人のお医者さまは、きっと行岡先生のことかなあと。
私は、8年前、行岡先生の病院に3ヶ月入院し、ものすごく温かく診ていただきました。
今でも、こちらに学会でいらっしゃる時など、優しく足やMRIの画像など、診ていただいています。
すごく優しく、穏やかで、素敵なお医者さまです。 車椅子の私にひざまづいて足首の腫れなど診てくださり、「歩かせてあげたいなあ。」と優しくおっしゃいます。
私は、生物学的製剤は、他の重度の病気があり、入れられないため、ヒュミラなどは井上先生からお声をかけていただいたのですが、無理でした。足首は、モルヒネの百倍と言う貼り薬も効かなくて。。
全然立てないで、激痛にうめき、紫にはれあがった足に耐えるしか。
あちこちの骨のひびやこうか現象はひどいのですが、麻薬も覚醒剤も効かないとどのお医者さまもお手上げで、私が苦しめてしまって、辛いです。ありがとうございます。
気長に付き合ってくださってありがとうございます。私と同じ先生に同じ病名を付けられたわけですが、私は、すみれさんを思うとかなりの軽症です。有名な先生とは、すみれさんの仰る先生ではありません。繊維筋痛症の先生なのです。私は岐阜県在住なので、東京まで通院するのは無理、長野県も往復6時間の移動が体にこたえて、今は地元のペインクリニックに行っています。長野の先生の著作と翻訳本は三冊読みましたが、本に書かれている臨床のような治療は一度も受けていませんし、話もありませんでした。そもそも、詳しいことは全部著作から得た知識で、先生殻の説明を受けたことがないので、どうして自分が今の状態になったかわからないんです。すみれさんは、とても苦しい状態なので、そんなに控えめになさらなくてもいいとおもいます。すみれさんが医師を苦しめているなんてことはありません。私もたまたま元気なときしか書けないので、あまり盛り上がらなくてスミマセン~
私は、3年前に右上腕骨の骨折で、近所の整形外科で手術を受けましたが、そこで手術ミスに合い、橈骨神経麻痺という右手が完全に動かなくなる状態になりました。
リハビリの結果、今では動かせるまでに回復しましたが、当時から触れられるだけで激痛が走り、ロキソニンを服用しても全く効かず、いろいろな痛み止めを服用し、最後はボルタレンSRという劇薬まで使いました。
けれど、痛みや痺れは軽くなるものの、やはり飲まないよりまし程度で2年が過ぎ、昨年末に帯状疱疹を患い、皮膚科で線維筋痛症の専門医を受診するよう勧められ、この6月に大野クリニックを受診して診断が付きました。
その後、2度目の受診で尾骨付近の痛みを訴えると、仙腸関節炎が見つかり脊椎関節炎と診断されました。
また、通院中の整形外科で、同じ6月に脊髄の専門医の診断で、頸椎の骨棘と黄色靭帯骨化症が見つかっています。
が、通院中の整形外科病院は、以上の診断を認めません。
そもそも線維筋痛症の診断がO先生に行かれたのですね。私は、大野先生ともう13年のお付き合いになるので。。先生の本物のさがよくわかります。先生は、ウイキペデアにものっているように、国際的な医学会の理事でもありますが、きちんとしたおいしゃ様なら大野先生の良さをきちんと知っていて、勉学の浅いお医者様は大野先生の素晴らしさや人格、博識、画像の診断力や診察の深い観察力までとてもおいつかないです。
私が、東大病院でも難しすぎると断られた脊椎関節炎でさえ、O先生は、
12年前にもう、私の仙腸関節のひびをみつけていました。
これは、私の場合ですが、「もしかしたら、将来、社会生活が普通にできなくなる病気かも知れないなあ。」
大野先生の当時の言葉の意味は、その5年後に、当時、長野の浦野先生や行岡先生と言う、脊椎関節炎では、二人しか治せないと言われていた先生にも、レントゲンを指摘されるようになりました。それでも、他の整形外科医は、まだ読み取れませんでした。そして、そのまた更に8年後の今、誰でもわかる仙腸関節のひび骨盤の硬化現象がうつるようになり、今まで読み取れなかったお医者さんでも今になってやっと、12年前の大野先生の言った意味がわかるようになりました。
私も、他の病院で針で神経を傷つけ、CRPSの手前になり、触ることも1ミリ動かすことも厳しい手になったことがあります。私は、遠絡療法で治しました。
ただ、仙腸関節炎は、悪化する人としない人もいるし、10年後などにリウマトレックスや生物学的製剤を使えば押さえられるかもだし、でも、primulaさんはまだそこまでの症状ではないのかも知れません。と言うか、アメリカでもこの仙腸関節炎をみつけるのに平均8年かかるとか。。今はできるだけ、仙腸関節の動きや筋肉をつけるよう、プールや自分でできるリハビリなど(ASの本に載っています。)
あとは、O先生がついていれば、他の先生と闘うエネルギーよりずっと、安心で心安らかです。その方が身体にずっといいです。O先生の名医さは、100人以上のお医者様に診ていただいた私には、ものすごくわかります。世界の先生です。
他のおいしゃ様とは、全然レベルが、人間性も含めて違うので、安心してついて行って欲しいと思います。曖昧との理由により、仙腸関節炎が認められて脊椎関節炎と診断した経緯が理解できないようです。
血液検査もなく、脊椎の関節に節が見当たらないとの理由で、否定されました。
いくら大野クリニックの院長が専門医だと説明しても納得がいかないようです。
誰もセカンドオピニオンを求めていないのに、診断に不服を申し立てるわりに、整形外科医なのに仙腸関節炎と脊椎関節症の因果関係を知らない事実に、私は驚いたのですが…
脊椎関節炎と言っても理解しなかったので、強直性脊椎炎と言えば分るかと思い、言い直したら、よけいグダグダ言われてしまいました。
話の通じない整形外科病院て、ホント面倒ですガーン
O先生に行かれたのですね。私は、大野先生ともう13年のお付き合いになるので。。先生の本物のさがよくわかります。先生は、ウィキにものっているように、国際的な医学会の理事でもありますが、きちんとしたおいしゃ様なら先生の良さをきちんと知っていて、勉学の浅いお医者様は大野先生の素晴らしさや人格、博識、画像の診断力や診察の深い観察力までとてもおいつかないです。
私が、東大病院でも難しすぎると断られた脊椎関節炎でさえ、O先生は、
12年前にもう、私の仙腸関節のひびをみつけていました。
これは、私の場合ですが、「もしかしたら、将来、社会生活が普通にできなくなる病気かも知れないなあ。」
先生の当時の言葉の意味は、その5年後に、当時、長野の浦野先生や行岡先生と言う、脊椎関節炎では、二人しか治せないと言われていた先生にも、レントゲンを指摘されるようになりました。それでも、他の整形外科医は、まだ読み取れませんでした。そして、そのまた更に8年後の今、誰でもわかる仙腸関節のひび骨盤の硬化現象がうつるようになり、今まで読み取れなかったお医者さんでも今になってやっと、12年前の大野先生の言った意味がわかるようになりました。
私も、他の病院で針で神経を傷つけ、CRPSの手前になり、触ることも1ミリ動かすことも厳しい手になったことがあります。私は、遠絡療法で治しました。
ただ、仙腸関節炎は、悪化する人としない人もいるし、10年後などにリウマトレックスや生物学的製剤を使えば押さえられるかもだし、でも、primulaさんはまだそこまでの症状ではないのかも知れません。と言うか、アメリカでもこの仙腸関節炎をみつけるのに平均8年かかるとか。。今はできるだけ、仙腸関節の動きや筋肉をつけるよう、プールや自分でできるリハビリなど(ASの本に載っています。)
あとは、O先生がついていれば、他の先生と闘うエネルギーよりずっと、安心で心安らかです。その方が身体にずっといいです。先生の名医さは、100人以上のお医者様に診ていただいた私には、ものすごくわかります。世界の大野先生です。
他のおいしゃ様とは、全然レベルが、人間性も含めて違うので、安心してついて行って欲しいと思います。
ありがとうございます。
私も病院で勤めていましたし、息子も生まれつきの難病があり、息子の疾患を診れる医者は限られており、今も都内の病院に罹っています。
なので、医者としての資質は初対面の時にわかりました。
偶然とはいえ、車で1時間弱の距離に住んでいるので、とてもありがたく思っています。
ですが、近所の整形外科の医師には、それが理解できないようです。
また、車で30分の距離に大学病院もあり、先日、血液検査の依頼に膠原病内科を受診したところ、担当医は大野クリニックに週一で通っている船久保Drでした。
救外で搬送される先が大学病院のため、万が一に備えて受診したわけですが…すぐに趣旨を理解していただき、検査してくださいました。
明日、その結果が出ます。
また、現在通院の整形外科では、私の病気(OYL、AS、FMS)はキャパシティーを超えているようで、昨日は受診をしましたが、診察は拒否されています。
なので、その辺りも含めて、明日はO・K先生に相談しようと考えています。
ごめんなさい。つけたしです。
まだ、強直性脊椎炎ほどのひびや骨の変形がない場合、または血液検査に何も出ていないのなら、血清反応陰性脊椎関節炎と
他では話した方が少しは意味が通じるかも。。ただ、他に行っても治るかは?
まずは、大野先生は、FMSと脊椎関節炎の違いや、両方を重なった方を沢山知っていると思うので、また、先生が世界的にも日本の第一人者と言われているように、
膠原病を漢方で治すお力もありますので、お任せして、ゆっくりできたらいいと祈ります。焦るのが一番良くないかなあと。
あと、わからないお医者様と闘う労力、一番、お疲れになるのでは?
大野先生についていけば、大丈夫です。私は先生の見解が一番だと神様のように尊敬しています。
あと、神経を傷つけた痛みには、ボルタレンではなく、傷をメチコバールで修復しながら、リリカやガバペンが主流かも。FMSでお飲みだと思いますが。ごめんなさい。
大野先生は、医学部の前に薬学部を出ていらっしゃいます。薬のことも、本当にすごくおわかりで安心です。先生に出会えたことで、かなり人生幸せと私は思ってます。
頑張ったり、我慢したりはFMSも帯状疱疹もお辛いでしょう。
私は、脳の病気が激しいので、起きているのも数分しかできず、文章もうまくまとめられなくて。激痛辛く、返信も無理かもですが、お許し下さい。わからないお医者さんのことで悩むのは、エネルギーがもったいない。お医者さまの知識の差を100人以上のお医者さんに会っているとよーくよーくわかります。
他の病気で、東大に入院した時、
「大野先生は、ぼくの先生だ。大野先生以上の治療はぼくにはできない。」
とお医者様もいました、安心して大野先生についていって欲しいです。
こちらこそ、ありがとうございます。
>話の通じない整形外科病院て、ホント面倒です
それは、東京では特定疾患である強直性脊椎炎が東京以外では、
難病指定されていなくて、長野県などでASと病名をいただいても、
地方に行くと、病名を知らないからです。
繊維筋痛症は、私の住む県では現役医師の80パーセントが
病名を知りません。
どこへ行っても診察拒否、うそつき呼ばわり、
あるいは病気だと思い込む精神病だといわれます。
40代の女性になると「更年期障害」「身体表現性障害」
長野や東京で病名をもらっても、地元に帰ると、医師がいません。
下手に自分で勉強して、半端に知識を入れ、
医師に話すと、「ミュンヒハウゼン症候群(詐病)」のあつかいにされます。
つけたし。
東京では、繊維筋痛症かと思われる症状、あるいは一部で脊椎関節炎(強直性脊椎炎、未分化型脊椎関節炎、血清反応院生脊椎関節炎[リウマチ因子が陰性])などは、血液検査で、CRP,MMP,抗核抗体などに数字が出て「炎症」がないと、医師によって意見が分かれます。リウマチ、脊椎関節炎、繊維筋痛症、身体表現性障害…大体このような派閥ができているようです。
以前病気について書いていたヤフーのブログでは、私と似た症状の人が多く、メールをくださった人には、サフォー症候群の人もありました。それだけ診断が難しいといえます。
>すみれさん、土岐川さん
レス、ありがとうございます。
今日、血液検査を依頼した大学病院で、検査結果を聞きに行きます。
まあ私の住む町は、山ひとつ向こうが東京都なのですが…都心に出るのは、乗りかえていくために最低1時間はかかります。
車での移動なら1時間くらい平気なのですが、徒歩や電車での移動は厳しいので、都内へ出かけることはほとんどありません。
ホントに田舎なので、ろくな病院がなく、諦めて今の整形外科に通院していたのですが、先月末に仕事を辞めなくてはならないほど体調が悪化し、このままでは寝たきりになると思い大野クリニックを受診しました。
今日の結果次第で、同じ大学病院の脊椎外来を受診しようと思っています。
理由は、黄色靭帯の骨化が事実ならば、手術の必要がなくとも経過観察も病状の進行を防ぐことも必要と思っていますが、現在通院中の整形ではそれができないと思われるし、実際放置されているので…
私が調べたところ、大学病院の脊椎外来では、頸椎の骨棘も黄色靭帯の骨化も線維筋痛症も診てくれるようです。
もちろん大野クリニックには、引き続き通院させていただきます。
大野クリニックに通院しちょうど1ヶ月ですが、おかげさまで痛みがかなり軽減されてきました。
適切な治療を受ければ、こんなにも変化が現れるものなのですね。
『もっと早くに受診していれば…仕事を失わずに済んだのに』と思いました。
検査結果が出ました。
HLA-B51が陽性でした。
膠原病類縁疾患のベーチェット病です。
これで、血清反応陰性脊椎関節炎と確定ですね。
次回、大学病院の眼科受診となりました。
膠原病なら、もうO先生の大大大得意の分野です。
任せて安心です。
私も、大学病院の膠原病科に10年前、入院していましたが、難しすぎると
「先生に任せるしかない。」
と、先生の評判は、その大学病院でも、みんなが認めて、みんなが大野先生しか私を治せないだろうというような、そんな信頼が膠原病科にもありました。
というか。。
先生は、その大学病院の膠原病科のご出身なのですが。。
全然、目利きが違うから。。。
この後、色々な薬で副作用なのでも悩まれると思います。
でも、大野先生が着いていれば大丈夫です。
本当にびっくりするくらい、薬の副作用の危険も 全て回避してくださいます。
私の知り合いも、HLA検査でBー24が出ていなくても、
他の関係する数字が出ていて、脊椎関節炎になりました。
どうか、どうかお大事に。
これからの闘病生活、色々、病気以外にも背負うことがいっぱいで、
私は、歩けなくなって13年ですが。。。
(その間、休職をしたり、車椅子で、小学校に出勤していました。)
病気のこと以外にも たくさん、お辛いことが出てくると思います。
どうか、ご自分を一番に愛して。
ご自分を一番に大切にいたわって、心穏やかに過ごせますように。
心から、お見舞い申し上げます。
>すみれさん
いろいろありがとうございます。
そうですね、大野院長はすごいと思います。
診察で先のことまで見通すような感じです。
なので、あまり気負わず、ゆっくりと治療に専念したいと思ってます。
みなさんのお話を読んでいて、私はまだまだ恵まれているなあと…。
血圧があまりにも高いので(上が200超下が120超)病院の門をくぐることになった
のですが、検査のできる病院に紹介され、半年かかってわかったことは、副腎に腫瘍が出来ていて高血圧の原因のコチゾールというホルモンが出過ぎているということ。
問題はそのころから(昨年12月から)体に痛みが出始め、検査のひとつに「デカドロン」というステロイドを1mg服用したところ、翌日は見事にもとの痛みのない体に戻っていました。二回目は十日後に8mg。なんかすっきりとはいかなかったけど、やはり痛みは無くなっていました。
このことを内分泌科の先生に訴えてもまったく痛みに関しては、スルーなんですね。
自己免疫疾患くらいしか教えてくれないし…。
検査薬で症状が軽くなったといっても、「整形外科行って」みたいな。
最初にかかった整形外科(リウマチ医)では、痛み止めとシップのみ。
「検査薬みたいの(ステロイド)内科で処方してくれればいいのに」
我慢できずに筋肉注射してもらったりボルタレンの座薬も処方され、「これで効かなかったらモルヒネだね」と薬剤師に言われ、文字通り這って通勤していました。
でも今年に入ってあれよあれよという間に体の自由が利かなくなり、接骨医やカイロなど杖を頼りに掛かりましたが、インターネットで自分の症状は線維筋痛症の症状に似ているけど、リウマチ科とか膠原病の科がある大きな病院で診てもらわなくてはいけないと、調べていったら車で30分という恵まれたところに「U」先生がいらしたんです。
病院にメールで相談したら、直接「U」先生から返信がきて、「県内の方なら、紹介状あったら持ってきてね。」みたいな感じで。
(余談ですが「U」先生は最初にかっかた整形外科の先生ですって)
早速いらっしゃる曜日を確認して、紹介状なしに押しかけました(・・;)
病院に着いたら、受付でもう立っていられなくて、「車椅子玄関にあったから持ってきて」と家族にいっていましたね。
早く診断して薬を処方して欲しい。結果は「強直性脊椎炎」プレドニゾロン10mgからでした。その後一ヶ月で8mgになっていますが、まだ炎症おきているみたいで、これから検査したり、薬変えたり、どうなっちゃうんだろといったところです。
高速道路を利用して片道3時間かかるので、通院をあきらめ、紆余曲折したあと、隣の県の整形外科に通っております。そこの先生は、強直性脊椎炎について、当初は信じていなかったけれど、件の先生の講演に参加して意見を変えたそうです。
当時は適応になっていなかった生物製薬も、今は強直性脊椎炎にも適応されているし、これからまだ、どんどん変わっていく可能性は高いと思います。
私の場合、当初の先生のところで入院した頃、身動きできないほどの状態でしたが、今は、ムリしなければかなり動けるようになりました。薬が効いたと言うよりは、とにかく何もがんばらないでサボることによって、心の立て直しができたことが大きいと思っております。ご自愛なさってくださいませ。
「何もがんばらないでサボることによって、心の立て直しができた」
ほんとにそのとおりです。
「U」先生いわく 「若く見えるけど、もう年なんだから患者引き受けたくない」
とーんでもない。
まだまだ診てもらいます。
トッキーさんもご自愛くださいね。
スレ立てていただいてありがとうございます。