2020年10月 1日(木)12時43分56秒
みなさんこんにちは
夕方から雨の予報が出ているとのこと、さもありなんのどんよりの窓外であります。
いよいよ、月が替わって神無月、「ウイー」って物まねのそれではなく、まあ管理人にとっては『放流月』、放流を担当するようになったここ10年来というよりも、日研会員になって以来のそれということになります。「ウイー」
10・11(日)がその日になります。
来週になると、天気予報からは目が離せなくなります。
当日の天気というよりも、兎に角放流車が津軽海峡を渡る土曜日の天気には本当に気をもみます。
基本この時期の日本のそれですから、『台風』は付きものなんであります。
発生の有無や時系列の進路状況などには、時には肝を冷やされることも少なくありません。
予定した日に放流できず、翌日に放流したことも今までには何度かありました。
特に往時新米会員だった時です、「初めて放流が翌日に持ち越された」その時、管理人が放流業者と二人っきりで2トン強ほどのへら鮒を放流したことがありました。
幸いだったのは、今ほど多くの場所に放流はしておらず、記憶では袋地沼、と月形だけだったと・・・。
まあ兎に角、まずは業者が水槽から網上げしそれを所定のカゴヘ、管理人が荷台からおろして秤の上に上げて、チョッキリ20Kgになるように業者に調整してもらいそれを籠で何杯入れたかを記憶しておき・・・。
翌日は腕がパンパンになっておりました・・・。
この日に限らず、往時の管理人はその『砂被り』ならぬ『水被り』場所が指定席でした。
放流日の朝には、上下合羽に長靴、合羽を伝って長靴に水が入らないように忘れちゃならない下の合羽は長靴の外よろしく、養魚業者のすぐ下に陣取り、網を伝うくっさい水もなんのその、秤に乗せる役目を「見せどころ」と勘違いしてがんばっちゃってました。
時は流れ・・・、”全体を見回す役目”に、いつしかなってはいますが、いまでも時々「あの場所に立ちたいなー」と心から思ってしまいます。
他ならぬ放流を一番実感できるその場所だからです。
”その年の全量を全て己が双椀で受け取る・・・”、その充実感は今でも忘れてはいません。
それをでき得る体力的な・・・、まあ「若かった・・・」ということですね。
ただね、それを突き動かす『情熱』がそこに確かにあったのです。
いまだって、カゴは持たなくともペンで電話でメールで『段取りと事後の処理』に形は変えたものの、確かに全量を一度は必ず双椀に毎年抱えているのです。
放流バッチに協力してくれた多くの人たちに支えられ、「その思いを『最大に量』として還元する」べくです。
他方では管理人以上に多くの方がその向こう側で縁の下の力持ちをしてくれています。
全日本放流協会(全放協)や日研本部、勿論のこと養魚業者等々、彼らの段取りや尽力が無ければ、ただの一枚もへらはやってきません。
養魚業者は確かに「算盤を弾いて『合う』から」やってきます。
ですが、それ以外の日研も全放協も全くのボランティアなのであります。
勿論のこと、日研北海道地区も同であります。
管理人を含めて北海道地区の放流に携わる役員や会員諸氏は、すべての放流が無事に終わった瞬間、毎年事ですが燃え尽き症候群に襲われます。
実際には、放流日に放流場所で、釣りをすることもありますが、正直毎年ごと、大役を無事に済ませた安堵で気持ちが乗りません。
放流べらを数枚釣っただけで、「今宵は十分」と竿を置いてしまうことが定番のそれになってしまっております。
また、放流が終わった翌日は、果たして「放流べらに異常はないかしら」「釣り人の状況は」とのことで、主だった場所の見回りや検証の写真撮影も欠かせません。
担当支部や協力釣会などの情報網も駆使して、釣れ具合のチェックも勿論します。
「釣れてるよー」そんな、うれしい言葉が返ってくることもありますが、「全く」そんな年もあります。
釣れて当たり前、確かにそうなんですが、生き物相手ですからそんなに簡単にはいきません。
到着場所の北海道と出発場所の大阪では、この時期です気温差は尋常ならざるものがあります。
正直、「北海道は一番の遠隔地なのに、一番暑い時期に運ばなければならない」ということで、養魚業者の難儀は大変なところであります。
毎年ですが、現地は「30度を超えています」、到着の現地は「一桁気温です」、この差にへら鮒がびっくりしないわけはありません。
それでも、毎年運んでくれる業者の技術も随分進歩して、去年あたりは「放流した日の午後から喰った」との報告も随分と受けましたし、その後も場所によっては「池が凍るまで楽しめた」とのうれしいお褒めの言葉もありました。
「いやー出発して2時間ぐらいは、正直何度も引き返したくなりますよー」「まあそれ過ぎると、腹がくくれるので何とか走ってきますけどねー」大阪を出発する養魚業者のこの言葉は、算盤を弾いとのことでは説明がつかない、「北海道に『オレ』を『オレのヘラ』を待ってる人たちがいる」そんな情熱が含まれているのです。
今年もその日が来ます、実は放流を支えている人たち(バッチ購入者を含む)は、純粋な情熱をペンにバッチに腕力に変えて注いでいるんです。
日研北海道地区の大業になる放流・・・、にあってなお、そんなことをいまさらながらにもう一度かみしめた、神無月ウイーじゃなかった放流月のココロダー、ウイー