MN.『聖求経』において、釈尊が無所有処・非想非非想処を捨て去ったその後、マガタ国を遊行し、ウルヴェーラーのセーナーニーガマに入って密林に坐り(46)、無碍安穏の涅槃に至ったとされる(47)。そこでは、無所有処・非想非非想処を厭って入った禅定において、生(jāti)・老(jarā)・病([P]byādhi,[S]vyādhi)・死(maran・a)・愁([P]soka,[S]㶄oka)・煩悩([P]san・kilesa,[S]sam・ kle㶄a)の過患(ādīnava)を知って、無碍安穏の涅槃に至ったとされる。そして「私の解脱は不動である(akuppā me vimutti)」という智([P]Jān・a,[S]jñāna)と見([P]dassana,[S]dar㶄ana)が生じたと説かれる。無所有処・非想非非想処を厭って入った禅定によって無碍安穏の涅槃を得たということである。そして、解脱智見に至って「不動(akopya)」であると認識したのである。
道元禅師の「三界唯心」について
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ibk1952/41/2/41_2_744/_pdf/-char/ja
説一切有部の等至の体系における静慮の重視
http://repo.komazawa-u.ac.jp/opac/repository/all/MD40138678/kbk048-16-murakami.pdf
天台智顗の「四種四諦」について
https://otani.repo.nii.ac.jp/record/11393/files/7JI WENJIE.pdf
第二の転法輪 渡辺章悟
https://researchmap.jp/read0186929/published_papers/31471888/attachment_file.pdf
日蓮聖人の機類観 日種
http://hokkeshu-kenkyusho.jp/pdf/14/日種崇人「日蓮聖人の機類観―機類の表現からの考察―」.pdf
大通結縁の第三類について (※重要)
https://rissho.repo.nii.ac.jp/record/4471/files/KJ00004400361.pdf
量子論と仏教 後藤 蔚
https://www.toyo.ac.jp/uploaded/attachment/7982.pdf
さて、説一切有部は、法は一刹那の存在ではあるが、それは「有る」のである、と主張する。この派が「説一切有、部」と呼ばれるのはそのためである。同じ小乗でも、経量部は、法は「仮」であると見た。さらに、大乗の中観派では、法は「空」であると説く。それが1で見たナーガールジュナの主張である。-144-
・現行とは、眼識、耳識、鼻識、舌識、身識、意識、末那識(まなしき)の七識が現に生起して活動したところを云う。
・末那識とは、阿頼耶識を対象に、それが「自分」であるとして執着し続ける心である。
・阿頼耶識とは、蔵識とも呼ばれるように、種子を内蔵する場である。
さて、現行は、第八の識である阿頼耶識に種子を熏習する。そうして熏習された種子は現行を生み、あるいは自らと同じ種子を阿頼耶識に生む。このように、現行と種子とは、「現行熏種子」、「種子生現行」、「種子生種子」という動的関係にあり、そうした関係を通じて、若い太郎は、太郎として、成長し、老いて行く。-145-
こうした見方を唯識説のそれと較べてみよう。「唯識」とは単に「ただ主観的な認識作用のみがある」という意味ではなく、「客観と主観との両者を含めたあらゆる存在はすべて、ただ表されたもの、知られたものに過ぎない」という意味である。唯識説は、あらゆる存在は認識された姿として立ち現れているだけであって、認識された姿の背後に実体的に何かが存在すると予想してはならない、と主張する。「現実に認められる外的現象と内的精神とはすべて、何か或る根源的なものによって表されたものに過ぎない」というのが唯識説の根本教義であり、この根源的なものが「阿頼耶識」に他ならない。-149-
(モノをモノとして見るのではなく、そのモノのストーリーとして見ていく by 法介)
縁起思想における人間(私) 田中典彦
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpm/63/3/63_63.3_202/_pdf
1.諸行無常(sabbe san・kha-ra- anicca- , anitya-sarvasam・ska-rah・)
諸行とは「造作されてあるもの,造られたものとしてあるもの」という意味である.造作されてあるもとは,縁起の在り方をするもののことであり,この世界のすべての現象存在を意味している.したがって諸行無常とは「およそ存在するものは皆,生滅変化するものである」「およそ存在するものは皆移り変わりながらある」ということである.これは自明のことであるから,証明は不要であるとされている.無常は,滅のほうだけが強く意識されるが,一方でものが現れてくるということも意味していることに注意しておくことが大事である.
すべては移り変わりながらあるから,当然その中に移り変わらない本質といったようなものは認められない.したがって,諸法無我(sabbedhamma- anatta-, ana-tmanah・ sarvadharma-h・「お)よそ存在するものは皆,我(a-tman)といわれるような生滅変化を離れた永遠不滅の存在とされる実体や本体をもっているものではない」となる.釈尊当時のインド思想の中で,移り変わらないものとしてとらえられていた代表格にアートマンがある.いわゆる「我(が)」と訳されるものである.仏教は,「我」という言葉を
使って,移り変わらないものはないということを再度,「無我」という言葉でそれを示していると理解できるであろう.
ゴータマ・シッダールタは法を悟って仏となった.法とは縁起であるとされている.「如来が世に出ても,あるいは如来が世に出なくても,この理法は定まり,法として定まり,法として確定している.それは相依性ということである.…(SN ⅱ25.17‒23)」と説かれ,縁起の理法は「永遠の真理」であると理解されている.
そして「縁起を見る者は法を見る,法を見る者は縁起を見る」「縁起を見る者は法を見る,法を見る者はわれ(仏)を見る」と説かれている.法とはもともとブッダの悟りそのものであって言説を超えたもの,つまりわれわれの分別を超えたものであるが,「私が悟ったのは縁起なのだ」と言葉化して説かれたのである.この真理に基づく教えであるとの認識から教えが法であるとされているのである.
定中悲願 (倶舎論)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jeb1947/1951/16/1951_16_12/_pdf
『倶舎論』第八の初に有情世間を明して、「地獄等の四及び六欲天と並に器世間と是を欲界と名つく』と云ふ。地獄・餓鬼・畜生・入趣の上に四天王衆天二十三天・夜摩天・撫晒臭・多天樂繰欠化天・他化自在天の六天が膚一つて、四天王衆と三十三の繭一天は地居天で須彌山の層級に住し、夜摩天以上は室に依る宮殿に住して室居天と稻される。この上に色界天が有る。同巻に云く、
此の欲界の上に庭に十七有り。謂はく三静慮庭に各三有り。第四静慮腱に猫り八有り。蕃と及び有情を総じて色界と名つく。
と十七天の名を出しである。次第にこれを圖せば左の如ぐになる。
8色究寛天
7善見天
6善現天
5無熱天
4無煩天
3廣果天
2輻生天
1無雲天
3遍
2無浮天
量澤天
澤天
3極
2無
1少光量漂光天夫
3大梵天
2梵輔
1梵衆天
初静慮の梵とは廣善の所生なるが故に梵と云ひ、この梵の勝れたるを大梵と云ぴ、大梵所有所化所領なれば梵衆と名づけ、大梵の前に於て行列し侍衛するが故に梵輔と名づける。
第二隷慮の光と云ふに就て、最初の天盈光明少ぎが故に少光と云ひ、次第に増して無量光極光浮と云ふ。第三静慮の浮とは意地の受樂を指して云ふのであるが、劣れるより勝れたるに就で名とするのである。下三薄慮は雲を所居の地とするが馬第西齢慮は雲を地としないので最初の天を嶺更に無雲と名ケけるのである。勝幅有る異生の生、すべぎ所なるが故に輻生天と云ふ。果報廣くして勝れたる故に廣果天と名づけ、第四灘慮に於て凡夫の生じ得べき最も勝れたる庭である。欲界の苦はもとより色界の樂をも離れて、身心を煩はすもの無き天なるが故に無煩と名づけ、雑修静慮の上中晶の障を伏除して、依も虚も共に無く熱憐を離る等に依つて無熱と名づけ、上品の雑修齢慮を得ばこの天の果徳現はれ易きが故に善現と云ぴ、難修静慮の蝕障微小で見ること極めて清徹なるが故に善見と云ふ。雑修静慮とは無漏の力を以て有漏の定を助けて、有漏無漏の静慮を雑へ修するを云ふ。無煩天以上は雑修静慮に依らざれば感じ得ないのである。色究寛天とは色界天最後邊に在る最も勝れたる腱である。第四静慮の中無煩天以上は不還果の聖者の生する天で、浮身の所居、滞者の所居なるが故に澤居天と云ぴ、五天有るが故に五澤居天とも呼ぶのむのである。色界天の籔に就ては十六天説十八天説二十一天説等諸説有るが、『倶舎論』は十七天説を用ふるのである。
『法藻足論』第八に、
云何が空無邊庭定の加行、何の加行を修して空無邊虚定に入る。謂はく此の定に於て初めて修業する者は、先づ慮に思惟して第四静慮を鹿苦障と爲すべし。次に鷹に思惟して空無邊庭を静妙離と爲すべし。彼れ爾の時に於て、若し心散鼠し飴境に馳流して一趣なる能はず念を守つて一縁に佳せし空無邊庭定を修する能はす、此れを齊つて未だ空無邊庭定の加行と名づけす、亦未だ空無邊庭定に入ると名づけす。彼れ若し爾時自心を撮録し、散蹴して蝕境に馳流せぎらしめ、一能く一趣にして念を一縁に佳せしめ、室無邊庭定の相を思惟し修脅す。是の如く思惟して護勤精進し、勇健勢猛熾盛にして制し難く働意息まざる、是を空無邊庭定の加行と名づけ、亦室無邊虜定に入ると名つく。彼れ此の道に於て已修習多修習を生ずるが故に、便ち心をして住.し等住し近住し安せしめ一趣の等持にして二無く退無し。此れに齊りて名づけて已入空無邊庭定と爲す。叉此の定中の諸の心意識を空無邊虞定の倶有の心と名づけ、諸の思、等思、乃至心意業を造るを、空無邊虞定倶有の意業と名づけ、諸の心勝解已勝解・當勝解を空無邊庭定倶有の勝解と名づけ、又此の定申の若しは受若しは想乃至若しは慧等を空無漫庭定倶有の諸法と名つく。叉は空無擾虞定と名つくゆ一切種の空無邊礎を超ゆとは、謂はく彼れ爾の時、空無邊慮の想に於て超越し、等七く超越するが故に、超一切種空無邊庭と名つく。無邊の識に入り識無邊腱に具足しで佐すとは云何が識無邊腱定の加行なる、何の加行を修して識無邊庭定に入ゐ。謂はく此の定に於て初めて修業する者は、先づ慮に室無邊庭を思惟して麓苦障と爲すべし。次に鷹に識無邊塵を思惟して齢妙離と爲すべし。蝕は廣く説くこと室無邊庭の如し。
一切の識無邊庭を超ゆとは、謂はく彼れ爾の時、識無邊麗の想に於て超越し、等しく超越するが故に超一切種識無邊虞と名つぐ。無所有に入り、無所有塵に具足して住すとは、云何が無所有腱定の加行なる、何の加行を修して無所有麗定に入る。謂はく此の定に於て初めて修行する者は、先づ鷹に識無邊髭を思惟して鹿苦障と爲すべし。次に鷹に無所有庭を思惟して静妙離と爲すべし。蝕は廣く説くこと室無邊麗の如し。
一切種の無所有庭を超ゆとは、謂はく彼れ爾の時、無所有虞の想に於て超越し、等しく超越するが故に超一切種無所有虞と名つく。非想非非想麗に入つて具足して住すとは、云何が非想非非想廣定の加行なる、何の加行を修して非想非非想虞定に入る。謂はく既の定に於て初めて修業する者は、先づ鷹に無所有麗を思推して鹿苦障と爲すべし。次に懸に非想非非想腱を思惟して灘妙離と爲すべし。蝕は廣く説くこと室無邊腱の如し。
四無色の立名に就て『倶舎論』第二十八に「空無邊等は空等を縁すゐに従つて別名を得るやしと問うて、「爾らす」と答へ、云何ぞ」と重ねて問ろて、
下の三無色は其の次第の如く、加行を修する時、無邊の室と、及び無邊の識と、無所有とを思ふが故に、三の名を建立す。第四の名を立つるは想の昧劣なるに由る謂はく賜勝の想無ければ非想の名を得。昧劣の想有るが故に非非想と名つく。加行の時にも亦是の念を作さく、諸の想は病の如く箭の如く纏の如しと、若し想全く無なれば便ち痴闇に同じ、唯非想非非想の中に、上と網違ぜる寂静の美妙なる有りと錐も、而窓此の加行に就て名を立てざることは、若し詰つて何に縁つてか加行に是の如きの念を作すと言はゞ、必す答へて彼の庭に於ては想昧劣なるを以ての主故にと言ふべきを以てなり。此れに由つて、昧劣の故にとは、是れ立名の正因なめ。
曇無讖訳『大般涅槃経』の仏性と種性について
李 子捷
http://repo.komazawa-u.ac.jp/opac/repository/all/MD40139257/rbb050-15-li.pdf
大乗浬桀経における首樗厳三昧について
金子 芳夫
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ibk1952/39/1/39_1_451/_pdf/-char/ja
本経における首樗厳三昧 の記述 は, 曇無識訳 「如来性品第四の一」, 南品 「四相品第七 の一」, 法顕訳 「四法品第八」 にみ られ, その前段で先ず四相, 若 しくは四法 と言わ れ る法 門 が説 か れ る。
-451-
http://gmate.org/V03/lib/comp_gosyo_210.cgi?a=c7a1cde8c0adc9ca
大乗の涅槃経の品々。北本涅槃では第四品であるが、南本涅槃はこれを四相品第七から菩薩品第十六までの一〇品に分け、第十二を如来性品としている。北本涅槃の如来性品には、如来の三密(身口意)を説いて仏身の常住を明かし、四依を説いて仏の正説と邪説を分別し、次に四諦を説いている。そして我即仏性の理を明かし、次にこれを譬喩をもって説明している。南本涅槃の如来性品は、北本涅槃の如来性品の中の、我即仏性の理を明かしている部分である。
中国初期禅観思想における首樗厳三昧について
塩入 法道
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ibk1952/38/2/38_2_677/_pdf/-char/ja
首楊厳三昧は勇伏三昧、健相三昧などとも訳され、古来多くの三昧の中でも特に重視されていた三昧である。この三昧はその名を冠した『首榜厳三昧経』に詳説されているが、『大智度論』等にも重要な三昧として度々言及されている。また『首樗厳三昧経』の思想は『般若経』『十地経』『維摩経』と密接な関係にあり、『法華経』『浬薬経』にも影響を与(1)えている。首樗厳三昧の特徴は般若空観を思想的背景にもちながら、理念としての空観にとどまらずこれを積極的に実践に適応させているところにある。
比丘たちよ、これら五蓋の捨断のため、四念処を修習するべきである。いかなる四か。
比丘たちよ、とある比丘が、身(kāye)について身を観ずる者となり、念、正知をそなえて世間(loka)における貪(abhijjhā)と憂(domanassaṃ)を除く。
受(Vedanā)について受を観ずる者となり、念、正知をそなえて...(以下同文)。
心(citta)について身体を観ずる者となり、念、正知をそなえて...(以下同文)。
法(dhamma)について法を観ずる者となり、念、正知をそなえて...(以下同文)。
比丘たちよ、五蓋を捨断するため、このように四念処を修習するべきである。
—パーリ仏典, 増支部九集, 念処経 Sāvatthinidānaṃ, Sri Lanka Tripitaka Project
https://ja.wikipedia.org/wiki/四念処
씘大智度論씙は씔四念処の実体は智慧である씕というように,有部と同じく씔念処=慧씕という解釈を挙げてい쑲썺る。
↓アビダルマにおける四念処
https://nbra.jp/publications/70/pdf/70_30.pdf
↓有部の四念住について(大智度論の説明あり)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ibk1952/31/2/31_2_499/_pdf/-char/ja
色界第四禅について 池田 練太郎
http://echo-lab.ddo.jp/Libraries/印度学仏教学研究/印度學佛教學研究第40巻第2号/Vol.40 , No.2(1992)089池田 練太郎「色界第四禅について」.pdf
四念処(四念住)[基本修行科目(2)]
http://way-to-buddha.blogspot.com/2011/05/blog-post_3479.html
現在、日本でも広く知られるようになった、上座部仏教(南伝仏教)のヴィパッサナー瞑想(気づきの瞑想)は、四念処観の修行からきているものである。
四念処の瞑想を正しく教えている日本の仏教教団は存在しないように思われる。四念処については、上座部仏教の修行の一環であるヴィパッサナー瞑想から入るほうが体得しやすいかも知れない。
天台止観などの「止観」の「観」(観察する瞑想)も、もともとはこれからきている観法(瞑想法)である。禅宗の座禅、天台宗の止観、真言宗の観相や諸種の儀式次第なども、四念処との関係性は深いので修行の上での参考とできる。
四念処を正しく行うためには、色界の禅定である初禅(第一禅)には、到達している必要がある。
しかし四念処を行う中で、初禅(第一禅)には、自動的に到達するのである。
そいうことから四念処により、色界の禅定に達成することができ、色界の禅定との関係が深いといえる。
ニヤーカにおける修行道の相互関係 (重要!)
https://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/record/37059/files/ib005001.pdf
(プリント下部No.7)
如来は更にその彼を調御したまう。「来れ比丘よ、汝は身において身を繰り返し観察して住し、身に俱える尋を尋求すること勿れ。心において受を繰り返し観察して住し、心に俱える尋を尋求すること勿れ。法において法を繰り返し観察して住し、法に俱える尋を尋求すること勿れ。」彼は尋と伺との止息のために、内心静安となり、心一趣性あり、無尋無伺にして、定より生ずる喜と楽とある第二禅を・・・・・第三禅を・・・・・第四禅を具足して住する。
この経典によれば、四念処の修習と関係があり、四念処の修習によって三明などが得られることが分かる。
以下、池田論文より
http://echo-lab.ddo.jp/Libraries/印度学仏教学研究/印度學佛教學研究第40巻第2号/Vol.40 , No.2(1992)089池田 練太郎「色界第四禅について」.pdf
先にみたように、第三禅までは、人間が普通の心身のままで、精神を集中して思惟行動を行っている状態であったのに対し、この第四禅及びそれ以上は呼吸が働かないとされることからみても、むしろ死に近い状態を呈していると見なしうる。-964-
釈尊は幼少期に初禅の状態を体験したということが示されている6)。 このエピソードが事実であるなら、出家前の釈尊が初禅を体験したということからも、後世色界の四禅とされるに至った禅定の少なくとも最初の階梯の本質は、やほり精神を集中して思惟に没頭することに起因する一つの状態であった可能性が高いと推察されるのである。
また、釈尊は出家後まもなくアーラーラ・カーラーマとウッダカ・ラーマプッタを訪ね、それぞれの無所有処定と非想非非想処定を体験した後に捨て去ったと伝えられるが7)、このことはやはりこれらの禅定を退けた釈尊の立場を明確に示すものと見てよいであろう。さらに、釈尊は2カ月間、人を近づけずに一人で禅定を修したことが伝えられているが8)、そのときの禅定は、持息念(anapanasati)が中心であったとされている。 この他にも3カ月に亘る禅定が報告されているが9)、いずれもその間に比丘たちとの交渉があったとされていることからみて、滅尽定のような死に近い禅定を実践していたとは見なし難い。-963-
6) Mahasaccaka-sutta, MN., I, pp. 246. cf.水 野弘元 「原始仏教 と目本 曹洞宗」(『道
元禅 の思想的研究』1973年, 春秋社刊)pp. 53-58, 69-73. 以下, 註(7)(8)(9)に つい て
も同様。
7) Ariyapariyesana-sutta, MN., I, pp. 163-166.
8)『 雑 阿含』巻29; 大正2, 207a.
9) SN, V, p. 13; SN, V, pp 325-326; Vinaya, I, p. 169; Vinaya III, p. 230. etc,
説一切有部の等至の体系における静慮の重視 村上 明宏
http://repo.komazawa-u.ac.jp/opac/repository/all/MD40138678/kbk048-16-murakami.pdf
Majjihma-Nikāya(以下MN.)『聖求経(Ariya-pariyesana-suttanta)』にお
ける「アーラーラ・カーラーマとウッダカ・ラーマプッタの伝承」では釈尊が無碍安穏の涅槃を求め、無所有処を実践成就しているアーラーラ・カーラーマのもとを訪れ、その無所有処を体験して捨て去ったと伝承される(44)。そして、無所有処を捨て去ったその後に、非想非非想処を実践成就しているウッダカ・ラーマプッタのもとを訪れ、その非想非非想処を体験して捨て去ったと伝承される(45)。無碍安穏の涅槃のためには、無所有処も非想非非想処も十分では無い、ということである。
ここで四無色定の中でも無所有処・非想非非想処についてのみ言及されているが、この二つに関しては四無色定の中でも上地とされているから、この無所有処と非想非非想処を否定的に見る見解は説一切有部が無色定より静慮を重視する根拠の一つであると推測される。
2-3.理由その⑶――第四静慮が「不動」とされることに由る――
MN.『聖求経』において、釈尊が無所有処・非想非非想処を捨て去ったその後、マガタ国を遊行し、ウルヴェーラーのセーナーニーガマに入って密林に坐り(46)、無碍安穏の涅槃に至ったとされる(47)。そこでは、無所有処・非想非非想処を厭って入った禅定において、生(jāti)・老(jarā)・病([P]byādhi,[S]vyādhi)・死(maran・a)・愁([P]soka,[S]㶄oka)・煩悩([P]san・kilesa,[S]sam・ kle㶄a)の過患(ādīnava)を知って、無碍安穏の涅槃に至ったとされる。そして「私の解脱は不動である(akuppā me vimutti)」という智([P]Jān・a,[S]jñāna)と見([P]dassana,[S]dar㶄ana)が生じたと説かれる。無所有処・非想非非想処を厭って入った禅定によって無碍安穏の涅槃を得たということである。そして、解脱智見に至って「不動(akopya)」であると認識したのである。
この「不動」に関しては、第四静慮も「不動(āneñjya)」であるとされる。しかし、その「不動」については「無碍安穏の涅槃を得た」という場合、ʻakopyaʼであり、「第四静慮の不動」は ʻāneñjyaʼ である。 第四静慮における ʻāneñjyaʼ の「不動」についてはAKBh.「世間品」において、次のように説かれる。
第四静慮は内災(ādhyātmika-apaks・āla)を離れたものである(rahitatva)から不動(āneñja)であると世尊によって説かれた(48)。(AKBh. p.190.23)
AKBh.「定品」においても、同様のことが次のように説かれる。
また、三つの静慮は動揺を伴う(sa-iñjita)と世尊によって説かれた。災患を伴う(sa-apaks・āla)からである。
しかし、八つの災患(apaks・āla)を手放したもの(muktatva)であるから、第四のもの(第四静慮)は不動(āniñja)である(49)。(11ab)(AKBh.p.441.10-12)
初静慮から第三静慮までは「動揺を伴う」けれど、第四静慮には八災患が無いから「不動(āniñja)」であると説かれる。この ʻāneñjyaʼ で示される第四静慮の「不動」は身・心ともに不動であることを意味すると考えられる。それは第四静慮において「不動」の語として用いられる ʻāneñjaʼ ʻ āniñjaʼ ʻāneñjyaʼ の語形について、AKV.では、次のように説明されるからである。不動(ānejya)とは、㲋ej-、震える(kampana)というこの語根(dhātu)より、ānejyaというこの[語]形である。しかし、āniñjya と誦すとき、㲋in・g- ‒という別の語源(prakr・ti)のこの[語]形であると見るべきである(50)。(AKV.p.344.3-5)
四諦について
『大般涅槃経』聖行品の四諦解釈について
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ibk/70/1/70_12/_pdf
智顗の「四悉檀」解釈
https://soka.repo.nii.ac.jp/record/40370/files/daigakuinkiyou0_41_13.pdf
天台智顗の「四種四諦」について
https://otani.repo.nii.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=11393&item_no=1&attribute_id=22&file_no=1
三転十二行相
四諦の真理は「3度繰り返される」ことで完成に至ると説かれてある。
「示転、勧転、証転」
・示;これが四諦であると知識で知って実践
・勧;これが四諦であると理解して実践
・証;これが四諦であると見極めて実践し、修める。
三転法輪各説
https://www.mmba.jp/archives/38423
堅住性、無記性、可熏性、和合性
『成唯識論』
https://komajo.repo.nii.ac.jp/record/1146/files/KJ00008526339.pdf
依何等義立熏習名。所熏能熏各具四義令種生長。故名熏習。何等名為所熏四義。一堅住性。
若法始終一類相續能持習氣。乃是所熏。此遮轉識及聲風等性不堅住故非所熏。二無記性。若
法平等無所違逆。能容習氣乃是所熏。此遮善染勢力強盛無所容納故非所熏。由此如來第八淨
識。唯帶舊種非新受熏。三可熏性。若法自在性非堅密能受習氣乃是所熏。此遮心所及無為法
依他堅密故非所熏。四與能熏共和合性。若與能熏同時同處不即不離。乃是所熏。此遮他身刹
那前後無和合義故非所熏。唯異熟識具此四義可是所熏。非心所等。何等名為能熏四義。一有
生滅。若法非常能有作用生長習氣。乃是能熏。此遮無為前後不變無生長用故非能熏。二有勝
用。若有生滅勢力増盛能引習氣。乃是能熏。此遮異熟心心所等勢力羸劣故非能熏。三有増減。
若有勝用可増可減攝植習氣。乃是能熏。此遮佛果圓滿善法無増無減故非能熏。彼若能熏便非
圓滿。前後佛果應有勝劣。四與所熏和合而轉。若與所熏同時同處不即不離。乃是能熏。此遮
他身刹那前後無和合義故非能熏。唯七轉及彼心所有勝勢用。而増減者具此四義可是能熏。如
是能熏與所熏識倶生倶滅熏習義成。
(護法等菩薩造 / 玄奘譯『成唯識論』卷第二)*6
唯識講義【29年08月03日】①受薫の四義(阿頼耶識の薫習)・清森義行
https://www.youtube.com/watch?v=FFba0GcvTfk
『成唯識論述記』訳注
https://shujitsu.repo.nii.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=406&item_no=1&attribute_id=22&file_no=1
二無心定の成立 福田 琢
http://echo-lab.ddo.jp/libraries/同朋大学/同朋仏教/同朋仏教 30号(1995年7月)/同朋仏教30 004福田 琢「二無心定の成立」.pdf
法蔵の唯識説への対応 石橋真誠 (五重唯識観について)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ibk1952/32/2/32_2_954/_pdf/-char/ja
『法華文句記』所引の「十不二門」について 松森 秀幸
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ibk/57/1/57_KJ00005130332/_pdf/-char/ja
「具如事理不二門明」は『文句』が方便品の題目を事・理の視点から解釈する際の『文句記』の注釈にみられる。 『文句』では、 理・事を相対する概念として、 理は真如、 本浄(不変易)であり、 事は心意識、 浄・不浄の業(改動不定)であると規定し、 同時に理・事は互いに不可分な相即関係であると指摘している。(T34.37c11-15)
T1718.34.0037c11: 爲十章次第 云云。三解釋者。理是眞如。眞如
T1718.34.0037c12: 本淨。有佛無佛常不變易故。名理爲實事
T1718.34.0037c13: 是心意識等起淨不淨業改動不定故。名
T1718.34.0037c14: 事爲權。若非理無以立事。非事不能顯
T1718_.34.0037c15: 理。事有顯理之功。是故殷勤稱歎方便。理
>> 21
https://www.soka.ac.jp/files/ja/20170428_223347.pdf
第一節「『法華文句記』所引の『十不二門』」では、『法華文句記』に引用・言及される「十不二門」を取りあげ、「十不二門」が引用された『法華文句記』の内容と「十不二門」との思想的関連性を検討している。「十不二門」は理の強調がみられることはすでに先学によって指摘されているが、松森氏は『法華文句記』所引の「十不二門」の中にも理が強調されていることを明らかにしている。『法華文句』の方便品の品題を解釈する箇所に対する『法華文句記』に出る「具如不二十門所説」と「十不二門」の関係性を理解するために、『法華文句』において後に「十法」として提示される「十双」、すなわち事理・理教・教行・縛脱・因果・体用・漸頓・開合・通別・悉檀に着目し、それら各項目に見出される「権」・「実」の「権」を『法華文句記』は「即実而権」と理解していることを指摘し、ここに示される権実の関係は、「実」を中心として「権」がそれに相即するという縦列的・一方向的な相即関係であることを明らかにしている。また「具如不二十門所説」に関連する『法華文句記』の記述には、「本迹雖殊、不思議一」という言葉が引用されていることに着目し、同じく「本迹雖殊、不思議一」という言葉が多く引用される『法華玄義』とそれに対応する『法華玄義釈籤』の議論を検討して、『法華玄義』には本から迹、迹から本という双方向的な相即関係が提示されていたものが、『法華玄義釈籤』においては理によって事が位置づけられるという一方向的な相即関係のみが示されていること、このような関係性は『法華玄義釈籤』のみに限ったことではなく『法華文句記』においても同様のことがいえること、湛然の不二に関する基本的な発想には、差別相としての「事」を超越し、無差別の「理」に帰結させるという理解が反映されていることを明らかにしている。
『百六箇抄』
下種十不二門の本迹
日蓮が十不二門は事上極極の事理一躰用の不二門なり。
十不二の範疇論(2) 池田 魯参
http://repo.komazawa-u.ac.jp/opac/repository/all/18560/KJ00005112884.pdf
十不二の範疇論(3) 池田 魯参
http://repo.komazawa-u.ac.jp/opac/repository/all/18574/KJ00005112905.pdf
『十不二 門』の第七「自他不二 門・第八「三 業不二 門」の解明 島村 大心
https://www.jstage.jst.go.jp/article/chisangakuho/61/0/61_KJ00009011824/_pdf
趙宋天台における修性離合義の解釈について (必読!)
https://waseda.repo.nii.ac.jp/record/2181/files/BungakuKenkyukaKiyo1_60_Yuba.pdf
既に触れたように、智顗は真性軌・観照軌・資成軌の三軌でもって諸の三法を類通し、十種三法を数えることで教学全体の依って立つところの師軌を示した。このことを思えば、湛然のここでの解釈は、修性三因の義に代表される新たな「大綱」で以て、天台の一切法門を該摂することを図ったものとも言い得るだろう。また、文中に「具如 修性不二門説」として指示される『十不二門』修性不二門においては、次のように説かれる。
十不二門 (No. 1927_ 湛然述 ) in Vol. 46
T1927.46.0703b10: 三修性不二門者。性徳秖是界如一念。此内
T1927.46.0703b11: 界如三法具足。性雖本爾。藉智起修。由修照
T1927.46.0703b12: 性。由性發修。存性則全修成性。起修則全性
T1927.46.0703b13: 成修。性無所移修常宛爾。修又二種。順修逆
T1927.46.0703b14: 修。順謂了性爲行。逆謂背性成迷。迷了二心。
T1927.46.0703b15: 心雖不二逆順二性。性事恒殊。可由事不移
T1927.46.0703b16: 心。則令迷修成了。故須一期迷了照性。成修
T1927.46.0703b17: 見性修心二心倶泯。又了順修對性有離有
T1927.46.0703b18: 合。離謂修性各三。合謂修二性一。修二各三
T1927.46.0703b19: 共發性三。是則修雖具九。九秖是三。爲對性
T1927.46.0703b20: 明修故合修爲二。二與一性如水爲波。二亦
T1927.46.0703b21: 無二亦如波水。應知性指三障。是故具三。修
T1927.46.0703b22: 從性成。成三法爾。達無修性唯一妙乘。無所
T1927.46.0703b23: 分別。法界洞朗。此由内外不二門成
>> 21から>> 25まで、時間のある時にじっくりと考察する事。(重要課題!)
四聖諦説
https://archives.bukkyo-u.ac.jp/rp-contents/DB/0047/DB00470L033.pdf
『成唯識論』の縁起思想
http://repo.komazawa-u.ac.jp/opac/repository/all/30401/rbb041-19.pdf
所縁の見方に関して、『倶舎論』と唯識の間では、行相を相分に見るか見分に見るか、あるいは相分に所縁を見るか見ないかといった、識の構造の理解に関する違いが出てくる。説一切有部でも識に相分にあたるものを認めるが、その相分はすなわち行相であるとして、それを所縁とは言わない。この結果、もっぱら識の外の対象が、所縁ということになる。しかし唯識では、ここにあるように、識内の相分を親所縁縁とし、その外の対象を疎所縁縁として、むしろ識内に所縁縁を認めるのである。
唯識三十頌【18頌】
https://ameblo.jp/yk19610402/entry-12861538330.html
https://www.youtube.com/watch?v=BUHaeC-bWYM
道元さんの仏性観
https://zenken.agu.ac.jp/zen/story/h15.html
③唯識三十頌【18頌】増上縁とは二十二根
https://youtu.be/Lrpfg6pb7hw
三性説と唯識三性説
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ibk/56/2/56_KJ00005180828/_pdf/-char/ja
唯識三性説に関する上田・長尾論争の問題点 北野 新太郎
https://archives.bukkyo-u.ac.jp/rp-contents/DO/0033/DO00330L001.pdf
依他起性の 「識体」は 「識の自体分」の外側にまで展開し得るのか? 北野 新太郎
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ibk/62/1/62_KJ00008992059/_pdf/-char/ja
唯識の思想と実践 北野 新太郎
https://nbra.jp/publications/78/pdf/78_a-2_09.pdf