薄々思ってはいましたがこの資料もただの推測値でしたか。自分も91年以降のLeopard2A4改修車について調べていますが中々これといった資料が出てきません……ただ、装甲の換装時期については一つ新たな資料が見つかりました(話が前後して申し訳ない)。レオパルト2A4英語wikiを見ていた所、第6生産バッチ97両目以降に、装甲が新型の物(恐らくC-tec相当)にサイドスカートと共に変更されたとの記述がされています。(wikiにおけるソースLobitz, Frank (20 June 2009).Kampfpanzer LEOPARD 2 - Entwicklung und Einsatz in der Bundeswehr (in German). p. 124. ISBN 978-3936519082.)
今日一日フォーラムの記事を探していましたが、装甲の換装時期について、こちらでも同様の情報を見つけました。リンク December 12, 2018に投稿されたscavenjerさんという方の発言です。この方、どうやらドイツ語の本を参照しているようなのでもしかしたらソースは同じかもですね。ここで言われているのが「1.第6バッチの97番目の生産車両からC-tec装甲に切り替えられた」、「2.C-tecに切り替えられたのは砲塔のみで車体はB-tecのままだった」、「3.C-tec装甲を持つA4は228両だった」、「4.C-tecのA4はA5への改修には使われなかった」ということですね。こちらでも同じことが言われていることやおっしゃられた推論から見て、生産段階でC-tecに切り替えられたのはこの時期とみて間違いないんじゃないですかね。そして注目すべきは3のC-tec装甲のA4は228両って部分なんです。この数字は第6~8バッチまでの生産車両325両からC-tecに切り替えられるまでの97両を引いた数とぴったり一致するんです。すなわち、A4でC-tecを持っていたのはこの時期の生産車両だけで、既存車両への換装は行われなかったという証拠になるんじゃないでしょうか。ほかの人の発言を見ると、どうにもこのC-tecっていうのは後にA5になるレオ2強化プログラムの過程で出てきたもののような感じがするんですよね。そしてこの強化プログラムっていうのが第6バッチの終わりごろである89年からスタートしていて、91年段階で既にA5完成の目途が立っていたようです。この時すでにドイツはC-tecのA4を228両という十分な数を確保する目途もたっており、この後A5へ更新されていくという中で既存の古いB-tec車両をC-tecに換装する意義は低いと考えていてもおかしくはないんじゃないでしょうか。すなわち、87年以前の生産であるゲーム内のモデルが、91年以降まで運用されていたにもかかわらずB-tec装甲のままであることも不思議ではなく、おそらくこの後順次A5へ改修されていく対象であったという推論であながち間違い無いのではないでしょうか。
レオ2a4の87年以前の生産タイプってのは第5バッチでそれ以降の生産は第6バッチって事になる。んで、この二つの違いは警告灯の位置変更とか履帯を新型に交換ってものなんだけど、一番わかりやすいのは側面の複合サイドスカート部分で、第6バッチからはこれを刎ねあげるヒンジ部分に装甲カバーが取り付けられるそうな(写真赤丸部分に注目)。なので、こうやって比べてみると確かにゲーム内のモデルは87年以前の生産タイプのように見える。ただ、A4自体の運用が長いことや、実際の写真探してもここのカバーは付いていないものが多いことから、これだけでゲーム内の車両の設定が87年以前のものとするには怪しい気がするね。
sy写真添付ミス。
素人質問で恐縮ですが、War Thunderに実装されている車両から分かる特徴からでも87年以前の車体と言いきれるのではないのでしょうか?仰る通り第6バッチとそれ以降の車体では新型サイドスカート、570F→570FT履帯等への変更が行われてますが、第1バッチ〜4バッチのレオパルト2は、逐次第5バッチ相当のA4仕様に改修されおり、サイドスカートが第5バッチ相当の車体の写真が今でも多く見られる事は特に不自然な点では無いかと思います。それよりか87年(85年)以前の車体と明確に見分ける点としては、給弾ハッチか溶接で塞がれていること等が挙げられると思います。これは第4バッチから変更された点であり、第5バッチには無い特徴です。以上の点と、実装されている装甲がB-tec相当であることから、War Thunderのレオパルト2A4は第4バッチ、87年以前の車両だと思うのですがどうでしょう?
今回私が参考にしたのはリンクのページなんですが、こちらだとハッチが初めから省略されていたのは第5バッチの後期からとのことでした。つまりそれまでは第5バッチのA4もハッチがあり、溶接された状態で出荷されていたと考えられますね。DM33の採用とハッチが実際に省略された具体的な時期が不明なのではっきりとはわかりませんが、第5バッチの生産時期が87年3月とぎりぎりDM33の採用とかぶっているので、必ずしも87年以前の生産とは言い切れないんじゃないかなって考えてます。それから自分も見逃していた点ですが砲身の先端に取り付けられているボアサイト・ミラーですが、これは第8バッチ(1991年1月~1992年3月)から装備されたもので、既存の車両にもあとからつけられたと書かれています。ですので給弾ハッチやボアサイト・ミラーの特徴を鑑みますと、ゲーム内の車両は「少なくとも87年までに生産された車両だが、91年の第8バッチを経た段階でも運用されていた車両」ってことになりますね。既存車両の装甲材をこの時期にBからCへ変更していたかはさすがに分かりませんが、DM33を運用していたことは間違いなさそうです。
素人質問で恐縮ですがとかいう脅し文句やめてくれ…(トラウマ
拙い質問に回答頂き有難うございます。ボアサイトミラーは私も盲点でした……そして今改めて資料(https://www.amazon.co.jp/dp/B00IT3BMSO/ref=cm_sw_r_cp_apa_i_axDnCbE63F60R)を見返した所、給弾ハッチが省略されたのは第5バッチ製造末期クラウスーマッファイ社車体番号10968以降及びMaK社の車体番号20788以降との事でした。お詫びと訂正を申し上げます。仰る通りこれは1987年以降運用された車体と見て間違い無さそうですね。(War Thunderのモデルを見返した所、エンジングリルが第3バッチ以前の形状なので第4バッチでも有りませんでした……)
それと、話は変わるのですが資料を見返してた所、装甲の換装に関してヒントになりそうな記述が有ったので一つ。1994年1月に既存のレオパルト2の内225両をレオパルト2A5にアップグレードする契約が結ばれたのですが(さらに125両がオプションで契約)、興味深い事に第1〜4バッチで生産された砲塔と第6〜8バッチの車体を組み合わせた物であったそうです。これは全てが同じA4仕様に性能向上されていたとすれば、この選択はあまり合理的な物といえません。逆に考えると第1〜4バッチの砲塔は、特に防御力についてC-tec相当の完全なA4仕様に性能向上が成されておらず、A5仕様にアップグレードする事で完全な仕様にしようと考えたのかも知れません。
自分で言っておいてなんですが、このレオパルト2A5改修の際、余った第1〜4バッチの車体と第6〜8バッチの砲塔が組み合わされたと推測すると、最初のやけにカバーが改修されてない車体が多い事にも説明が付くんじゃ……
う~ん、確かに装甲の入れ替えがあったとすればA5仕様へ改装するタイミングが一番妥当な気はしますねぇ。ただ私自身B-tecとかC-tecという装甲材が存在するってのを最近のしかも「このゲームのフォーラムでそんな話が出ている」程度の認識でしか知らなかったんですよね(なんせ私の知ってる雑誌やWEBではその類の話を見たことがなかったもので・・・)。一番気になってるのはそもそもA4にC-tec装甲を装備したものが存在したのかどうかって部分ですね。フォーラムで提示されてるであろう資料にA4でC-tecのものが存在するという旨の記述がないのだとすれば今回おっしゃられたようにA5に換装する段階でBからCに換装されたってので筋が通りますし、逆にA4にC-tecのものがあるというのであればA5に換装する以前に既存のA4シリーズの装甲材を入れ替えたタイミングがどこかであったってことにもなりますしね。レオ2は新しいバッチの生産が始まったタイミングで既存の車両にもアップグレードが行われてるってのはここまでの話でもありましたし、そのどこかで第1~4バッチのA0~A3砲塔をA4仕様にするついでに装甲の入れ替えがあってもおかしくはなさそうな気はしますね。・・・なにはともあれそのB-tecやC-tec装甲なるものについて私自身もう少し勉強しなきゃですね。
追記:うん?組み合わせは「第1〜4バッチで生産された砲塔と第6〜8バッチの車体」ですか?「第1〜4バッチの車体と第6〜8バッチの砲塔」ですか?
レオパルト2A5の改修に用いられたのは第1〜4バッチの砲塔と第6〜8バッチの車体ですね。ちなみに同資料では第5バッチ(末期?)のタイミングで装甲が新タイプ(拘束セラミック特殊装甲)にされたとあります。
追記
同資料にはB-tec、C-tec等の記述は無く、単に装甲改修前と装甲改修後としか書いてありません。(私もWar Thunderのフォーラムを見るまではC、B-tecなどの装甲の分類は聞いた事がなく、一部ロシア軍版での便宜上の名前で有る可能性が高いと思われます。(余計な混乱を招く為リンクは削除致しました)
あぁ、ようやく話が呑み込めました。まったくもってあなたの言うとおりだとおもいます。少なくともA5への改修用に使われた旧式の砲塔(第1~第4バッチ)にはもしかしたらA4仕様への変更はされてないかもですね。なんせA5の砲塔は結構形代わりますからA4にわざわざ改修してからA5にする意味が薄そうですもんね。となるとあとはその「新タイプ(拘束セラミック特殊装甲)」の装甲ってのがC-tecのことなのかって部分と、その新装甲は既存の車両へも換装が行われたのかってところでしょうか。もし既存車両への換装も行われていたというのであれば少なくとも91年の第8バッチ相当の改修を受けているゲーム内のモデルもC-tecを装備していなければおかしいってことになりますし、されていないというのであればおそらく第5バッチ末期以前の生産であろうゲーム内のモデルはB-tecってことになりますね。
追記:フォーラムの記事読みました。書かれている内容だとそれ以前含めA4のほとんどはB-tecで、A4でも最後の砲の生産車両だけがC-tecだったみたいに書かれてますね。これが第5バッチ末期以降の車両のことでしょうか?にしてはそれ以降第8までバッチがあるのでちょっと変な気もしますけど。
フォーラムのやりとりみてるとB/C以外にもD-1?/D-2という装甲バージョンもあるみたいで2A5はDタイプのものに更新されているとか 複雑すぎる...
上にも書きましたが私も記事読みました。リンクたどったところ、元ネタはAWのフォーラムみたいですね。リンクこれが本当だとすればA4の生産過程の中(第5~第8バッチ)のどこかで新装甲への入れ替えがあったのは確実でそれがもしかしたら第5バッチの末期かもしれないってことですよね。となるとやはり気になるのは既存の車両(第5バッチ中期以前)へはこの装甲への換装作業は行われたのかってことですね。
フォーラムの記事に関しては適当に拾ってきた物なので、眉唾程度に見るのが良いかと…(混乱させて申し訳ない)
確かにこれだけで信じるにはちょっと難しいですね・・・改めて見直したところ装甲の入れ替えがあったのはA4の最後の生産バッチ(第8?)ってあるので第5バッチに新しい装甲になったって話とも少しずれてきますし・・・う~ん、これは私のほうでももう少し調べる必要がありそうです。
AWフォーラムの記事も少し読んできました。どうにもポーランド戦車や装甲車に関する議論の中で出てきた文言のようですね。もしかしたらポーランド軍とか軍事研究関連の人の発言とかが元ネタなのかもしれませんが、そもそもポーランドはT-72を運用している国なので、どちらかというとレオ2とかとは相対する側の立場な気がしますね(偏見ではありますが)。なので、もしその辺の発言だったとしてどこまで信用できるのかってのはありそうです。
余談ですが、B-tec(便宜上そう呼称する)の装甲厚に関してはそれなりに出処がはっきりしている資料が有り「armed forces journal international」の1982年2月号に掲載された、東西近代戦車の正面装甲防御力と対戦者ミサイル及び戦車砲徹甲弾の貫通力比較の表によると、KE弾に対しRHA換算で400mm、CE弾に対し700mmとされています。この情報の真偽は不明ですが、米国は当時レオパルト2AV試作車(標的用)に対する射撃試験を実施しており、その際のデータが反映されている可能性が有ります。(勿論適当に推測した可能性も有る)
こちらもフォーラム漁ってそれらしい資料は見つけました。丁寧に注意書きで全て推測だって書いてましたけど。しかし、数値を見るにゲーム内のモデルがあのB-tecなるものとかなり近い数値なのは間違いなさそうですね。そうなるとやはり問題は91年相当の改修を受けてるこのモデルが装甲に関しても改修を受けてるのかってところですね。これに関してはまだ確証を持てる資料は見つけれてないです、、、
薄々思ってはいましたがこの資料もただの推測値でしたか。自分も91年以降のLeopard2A4改修車について調べていますが中々これといった資料が出てきません……ただ、装甲の換装時期については一つ新たな資料が見つかりました(話が前後して申し訳ない)。レオパルト2A4英語wikiを見ていた所、第6生産バッチ97両目以降に、装甲が新型の物(恐らくC-tec相当)にサイドスカートと共に変更されたとの記述がされています。(wikiにおけるソースLobitz, Frank (20 June 2009).Kampfpanzer LEOPARD 2 - Entwicklung und Einsatz in der Bundeswehr (in German). p. 124. ISBN 978-3936519082.)
2社が生産した最初の第6バッチ車体番号と、途中新型サイドスカートに変更し始めた車体番号から、この情報を元にして逆算(計算過程は長くなるので省きました)。若干の誤差が有るものの新型サイドスカート変更のタイミングとほぼ一致した為、この第6バッチ97両目からという情報はそれなりに説得力が有るものと思います。(最初の情報とは矛盾しますが)
今日一日フォーラムの記事を探していましたが、装甲の換装時期について、こちらでも同様の情報を見つけました。リンク December 12, 2018に投稿されたscavenjerさんという方の発言です。この方、どうやらドイツ語の本を参照しているようなのでもしかしたらソースは同じかもですね。ここで言われているのが「1.第6バッチの97番目の生産車両からC-tec装甲に切り替えられた」、「2.C-tecに切り替えられたのは砲塔のみで車体はB-tecのままだった」、「3.C-tec装甲を持つA4は228両だった」、「4.C-tecのA4はA5への改修には使われなかった」ということですね。こちらでも同じことが言われていることやおっしゃられた推論から見て、生産段階でC-tecに切り替えられたのはこの時期とみて間違いないんじゃないですかね。そして注目すべきは3のC-tec装甲のA4は228両って部分なんです。この数字は第6~8バッチまでの生産車両325両からC-tecに切り替えられるまでの97両を引いた数とぴったり一致するんです。すなわち、A4でC-tecを持っていたのはこの時期の生産車両だけで、既存車両への換装は行われなかったという証拠になるんじゃないでしょうか。ほかの人の発言を見ると、どうにもこのC-tecっていうのは後にA5になるレオ2強化プログラムの過程で出てきたもののような感じがするんですよね。そしてこの強化プログラムっていうのが第6バッチの終わりごろである89年からスタートしていて、91年段階で既にA5完成の目途が立っていたようです。この時すでにドイツはC-tecのA4を228両という十分な数を確保する目途もたっており、この後A5へ更新されていくという中で既存の古いB-tec車両をC-tecに換装する意義は低いと考えていてもおかしくはないんじゃないでしょうか。すなわち、87年以前の生産であるゲーム内のモデルが、91年以降まで運用されていたにもかかわらずB-tec装甲のままであることも不思議ではなく、おそらくこの後順次A5へ改修されていく対象であったという推論であながち間違い無いのではないでしょうか。
初めのほうにおっしゃられていたA5への改修に第1〜4バッチで生産された砲塔と第6〜8バッチの車体を組み合わせた物を使ったというのも、今後C-tec装甲のA4へ改修する目途のない古い方の砲塔から順次使っていったというロジックで考えれば妥当な気がします。そしてそうなれば、C-tec装甲のA5にならなかったA4が「余った第1〜4バッチの車体と第6〜8バッチの砲塔が組み合わされたもの」という推論も的を射てるような気がしますね。