ダルマ太郎
shumi
2024/04/26 (金) 21:54:34
Sさん
質問者2024/4/24 10:51
結局、ダルマ太郎さんが主張する輪廻方便説というのは非有非無と言いつつ、非有だけの断見であると私には見えます。
「輪廻は空です。実体は有りません。しかし、概念として有ります。そのことを知らない人々は、概念上の輪廻を、事実として有るとみて、恐れ、悲しみ、絶望し、苦しみます。釈尊は、そのことを覚っておられたので、無我・無常を説いて、無執着へと導き、輪廻が幻であることを気づかせようとしたのでしょう。」
この表現は輪廻という現象を幻、つまり言葉だけのもの、譬喩と見なす無見になると思います。非有非無というのは、固定的常住なものではないが、無でもなく、因縁所生の現象として生じているということです。
ダルマ太郎さんは常住ではありませんが、無ではなく、因縁によって生じています。この因縁のことを業報といい、輪廻というのではないですか?
これは初期仏教か大乗かという話とは関係のない話です。
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