仏教のお話

問答 輪廻について / 20

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ダルマ太郎 2024/04/26 (金) 20:49:32

Sさん

質問者2024/4/23 9:22

>それらは言葉であって、真理ではありません。

あなたは非有非無を誤解されていると思います。ダルマ太郎という名前は当然に仮名であり、その実体はありません。しかし、ダルマ太郎と仮に呼ばれている現象的個体(bhava)は縁起によって変転しながら存在しています。そうでないなら、私は誰とお話しているのですか?

そしてダルマ太郎という現象的個体は私と話したことによってわずかながらでもその未来を変えるでしょう。それが業報ということです。そのように無我なる現象的個体に連続性を与えているのが業であり、輪廻です。輪廻は概念・幻なのではなく、現在のダルマ太郎さんがそうであるように、縁起によって変転する現象として存在しています。それを仮設というのです。

「新たに発心して仏道に入った者は、空という存在の見方、空という教えに執着し、生死(輪廻)の業の因縁に関して疑いを持つようになるようだ。
『もし一切のものが究極的に空であり、来るのでなく、去るのでなく、出るのでなく、入るのでもないという有り方をしているならば、一体何が死んで生まれるのか。今、眼で見えるものでさえ、実体的に有るものではない。いわんや死後の他世は見ることもできないのに、有るということがあろうか』と。
こうした様々な誤った疑い、真理に反する心を断つために、仏は様々な因縁によって、広く、死が有り、生が有るということを説かれた。

(中略)
このように人の死や生は、来去する主体は無いといえども、煩悩が尽きないがゆえに、身体、心において相続し、さらに身体と心を生じさせる。身体と心を作る業そのものは後世に続なくても、その因縁は存続して後世において果報(業の結果)を受ける。」

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