白亜の石壁、青い釉薬のレンガ屋根。
信仰圏の聖地・白百合の霊峰を抱く都市国家、『常世の国』
古くは王族の療養地とされてきたそこは、今はどこよりも華やぐ新進気鋭の国家である。
城の石塔に囲まれた噴水広場。
布教時代の宣教師を彫刻した噴水からは、霊峰から引かれた清らかな水が流れ落ちる。
信仰圏内外から多くの露天が集まっている。人々の出会いの場所。
白亜の石壁、青い釉薬のレンガ屋根。
信仰圏の聖地・白百合の霊峰を抱く都市国家、『常世の国』
古くは王族の療養地とされてきたそこは、今はどこよりも華やぐ新進気鋭の国家である。
城の石塔に囲まれた噴水広場。
布教時代の宣教師を彫刻した噴水からは、霊峰から引かれた清らかな水が流れ落ちる。
信仰圏内外から多くの露天が集まっている。人々の出会いの場所。
噴水公園のベンチに腰を下ろし、もっくもっくとパンを頬張る少年がいた。好奇心に満ちた赤い瞳はキラキラと輝く噴水を映し、足元はパンくず目当ての鳩が集まってきている。
「きれいなもんだなぁ~。ナンタラの霊峰…から引いてるんだっけ。……白薔薇?白葡萄?白ヒマワリ?
……うぇぶしっ!!!」
冷えた風に思わずくしゃみをひとつ。驚いた鳩がバサバサと飛び回った。
ちょうど噴水の近くを通りがかったところ、急に飛び立った鳩たちの羽音に驚き、少女はきょとんとして歩を止める。
鳩をびっくりさせた犯人が目の前の少年であることがわかると、「ふふふっ!」と声を出して笑った。
笑いながら少年のそばへと近づいてくる。
「ゴメンゴメン笑っちゃって。
いやぁ急に鳩が飛んだと思ったら、もー、キミのくしゃみなんだもん。おっかしくて。
よっと、隣いいかな?わたしもこれからゴハンでさ。」
少女は大荷物が入りそうな箱を石畳に降ろし、少年の返事を待つ前にとすんとベンチに座る。
その手には屋台で買い求めたらしい、具材を挟んだパン。
「ねぇ、キミも冒険者でしょ~?当たってる?
この噴水みてそんなに目をきらきらさせてるんだもん。あ、きらきらしてるのは噴水もだけど。
町全体が真っ白で真っ青で、ホントにキレイなとこだぁよねぇ。わたしも感動しちゃった。
ちょっと山から吹き降ろしてくる風が冷たいけど。しら、白雪の霊峰だっけ?」
名乗るでもなく名を尋ねるでもなく、滑らかに賑やかに、そして遠慮無しに喋り出す。
その間に鳩たちは少し離れたあたりに降り立ち、再び石畳をつつき回り始めていた。
きらきらと噴水を眺めていた瞳は今度は話しかけてきた少女を映した。そのお喋りに一瞬目を丸くしたが、ずずっと鼻をすすりあげ、口元はにんまりと。
「せいかーい!ついさっき到着したばかりの冒険者さ!やっぱ分かっちゃう?おれのこのマントで?いやいやそれともこの杖かな?
白雪のれいほー、うん、そんな気がしてきた。それだよきっと!」
言い切って残りのパンを口に押し込む。細かい事は気にしない性格のようだ。
飲み込んだあとは、少女の下ろした大きな箱を興味深そうに眺めて。
「『も』ってことはさ、姉ちゃんも冒険者なの?ね、この箱なに?秘密兵器?」
思った以上に元気な声が返ってきたのに気を良くして、からからと笑いながら話を続ける。
「ふふふっ、やっぱり!
確かにそのカッコいいマントは目立つかな。オシャレでいいね。
でも杖は変わった形してるね?魔術師さんに会ったことはあるけど、今まで見たことないや。
そうそうそう、わたしもそうなの、つい今朝がた来たばかりでさ。
遠くから見ても、街道から見るあの山は朝日に映えてキレイだったな~……。」
情景を思い出しながら具材パンをぱくり。
新鮮な野菜と香草、湖で獲れた小魚のフライを挟んだもので、
濃い味を付けたソースが垂れそうになるのを舌で舐めとる。
「んぐんぐ……(ごくり)。ん、イケるねこれ。
あ、これ?この箱はね~~……ふふふ。
ゴハンを食べるときにはテーブルにもなって便利なんだけど。
兵器は入ってないけど、大事な秘密の品物がいーっぱい入ってるんだ。
ふふふ~、気になる~?見たい~?」
期待を煽るように、にまぁと口を釣り上げて目を細める。
「へへ、これおれが自分で作った杖なんだ。おれの家は由緒正しき魔術師の……って訳じゃないんだよね〜。残念ながら。パン屋なんだよ、甘藍の国さ。家にある長い物っていったら綿棒とホウキぐらいじゃん?仕方ないから綿棒のほうを改造して作ったのさ」
と少女の口に消えてゆく具材パンを眺めながら語った。箱の中身の話題になると、再び瞳が煌めいた。箱の前へと飛び出して。
「秘密の……品物?見たい!見せてよ!誰にも話しちゃいけないっていうんなら、おれ大丈夫だよ!こう見えて口は硬いんだ!」
「あらあら、奇遇ね、私も甘藍出身なの!なんだかキミとは仲良くなれそうね。」
ぺろりとパンを頬張り、少年の言葉にうんうんと耳を傾ける。
パン屋の生まれ、どうりで小麦の香りがするわけだ。
その麺棒らしい面影を残す杖を見せてもらいながら、
「それならホウキよりもキミに似合ってるかも。個性的で、私は好きだな。」
と、好意的に笑うのだった。
「ふふふっ、それじゃあ口の硬いキミだけに、特別に見せてあげよっかな。」
四季色の刻印の入った箱の蓋をゆっくりと開くと、中にはいくつもの品物が丁寧に積み重ねられているのが見えた。
何かの球根や種。古そうな巻物。深い色に染められた布束。鮮やかな色の押し花。怪しい液体の入った小瓶。
呪術的な意味を持っていそうな銀細工や護符といったお守りの類。ハサミ。花を模ったアクセサリ。
「これはねぇ、ぜんぶ菜花の国で仕入れてきた商品なんだ。
今日からこの国で売ってねー、また新しい商品に換えるの。
そしたらまた別の国に持って行って……って、その繰り返し。旅商人ってそうやって生きてくのよ。
そうだ、気になるものがあったら買ってかない?出逢った記念にオマケしとくよ。」
「わぁ!!!すげぇ~!!!」
少女が見せてくれた品物を前に、あまりにも正直で分かりやすい感想が飛び出る。思わず触れようとして商品だということを思い出し、指さすに思いとどまった。しかし口の方は歯止めがきかないようで。
「これ、種だろ?こっちはなんだろ…魔術的な巻物かな?この花、見たことない!!おお、これは魔力ガンガン上がりそうな札!あ、これうちのねーちゃんが好きそうなデザイン!あははっ!おお、そしてこれは!!!……ハサミか」
目の前の商品に気をとられ、旅商人の説明は聞いているやらいないやら。しかしオマケするとの言葉はしっかり聞きつけたらしく顔をあげる。子供はオマケに弱い。
「ほんとう?じゃあ何にしようかな~。でも、姉ちゃん。おれ……金持ちじゃないよ?冒険者に必要なものはカネとコネっていうけどさ~、駆け出しだからどっちもまだまだなんだよね。今出せるのはこんだけかな?これだと~……何が買える?」
そう言って財布から出したのは、子供のおやつ程度の金額だ。
「ふふふ~っ、珍しいものいっぱいでしょ?」
目を輝かせ、楽しそうにひとつひとつの商品に注目していく少年の姿に顔を綻ばせる。
「アハハ、大丈夫大丈夫。ヘンなもの売りつけてなけなしの金を毟ろうなんて思ってないからさ。
冒険者同士、同郷同士、助け合わなくちゃ。
そうだねー、その金額だと……これなんかどうかな?」
差し出したのは『押し花の栞』。紫の台紙に白い花が押され、黄色の花びらがアクセントとして添えられている。
「これは一見ただの栞に見えるけど…………うん、本当にただの栞なんだ。
でもこの花は薬の材料にもなってねー。防虫効果もあるしー、ちょっと香りも残ってて集中力が高まるかもよ?
本で魔法の勉強とかするならピッタリなんじゃないかなー?
気に入らなかったらいつでも返品してくれていいよ。
私もしばらくはこの町に……【雪割】って名前の宿にいるからさ。」
「悪徳商人はケツノケ???まで毟るっていうよね!姉ちゃんはそんなタイプには全然見えないから大丈夫ってのもちゃんとわかってるよ!」
にひっと笑うと、差し出された栞を手に取って白と黄色の花びらをまじまじと眺めた。そしてくんくんと嗅いでみたり。
「……イイね!おれ、これからはたっくさん勉強しなきゃなんないんだ。今まで本にはパンの袋とか挟んでたけど、油ジミつけちゃいけないもんな。うん、これにする!はい、お金!」
代金を手渡すと、鞄の中から魔導書らしき本を引っ張り出して開いた。早速挟んでいく気らしい。
「【雪割】……?そこ、おれが今日から泊まろうと思ってた宿だ!へへっ、そっちの先客は姉ちゃんの方だったね。目利きの商人さんの泊まる宿なら期待できそうじゃん!それじゃ宿でもよろしくね。おれデュプレ!デュプレっていうんだ。姉ちゃんの名前はなに?」