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酒場【蜃気楼】 ※サンプル用

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霧の濃い夜だった。

ずる、ずると何かを引きずる音が響いた。
音は油の切れかけたランプの家屋の前で止まって、
その中の明かりに引き寄せられるようにして、ドアを叩いた。
看板には【蜃気楼】とある。サルーンのようだった。人気は、少ないが。

名も知らぬ冒険者たち
作成: 2019/10/03 (木) 23:05:34
最終更新: 2019/10/04 (金) 21:53:41
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名も知らぬ冒険者たち 2019/10/03 (木) 23:12:00 修正

ひっ、と、出迎えた娘は悲鳴を上げた。客に出そうとしていたエールがマグごと床に落ちて滲みを作った。
何故ならその酒場に入ってきた男は、片足を食いちぎられていたからだ。

「お、お客さん、困るよ……。大丈夫かい?」

女将とおぼしきふくよかな女性は、顔面蒼白の男を見ると、パニックになりかけていた娘に神官を呼ぶように言った。
「助かる」か細い声だった。

2
名も知らぬ冒険者たち 2019/10/03 (木) 23:28:31 修正 >> 1

男は腕利きの冒険者らしかった。腿を縛って止血をし、最低限の治癒を済ませていた。

「人を食う化け物だ」

化け物に襲われた、と静かに主張していたが、その姿かたちとなると途端に口をつぐみ、首を振るのみであった。
しかし獣ではないといい、亜人でもないといい、男は錯乱しているとしか思えない。
女将や娘、酒場で飲んでいた人間たちも、にわかには信じることができない。なにせ、捕食者と言えば伝説の魔物なのである。

やがて神官がやってきた。男は失くした足の蘇生を頼んだ。
しかし何度試そうとも、成功するはずの復元は成せなかった。
そのうち男の魂は硝子のように割れてしまって、二度と目を覚ますことはなかったのだ。

━━信仰圏を歩むものよ、魂を喰らう魔物に気をつけよ。
たとえ、信じるものがいなくとも、それは確かにいるのだ。