>> 6576
ホントそれなw 内容の是非ではなく「保身の術」かつ「客や従業員など他者への事実上の強制」として悪用している☢
例えば生徒に「自分で考えましょう」とかほざく学校など教育機関が、3/13どころか「4/1からマスク自由化」と(何の医学的根拠も示さず、国全体の方針と異なる)文部科学省の通知を鵜呑みにしているというバカ丸出し(マジで笑えない)
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「ガイドライン」に服従してしまう日本人 「法律ではないから従わない」でいいハズが
https://news.yahoo.co.jp/articles/592bbcd7e55c2c13d7d51b7c48347cddeaa64832
(以下、かなり抜粋w)
> 今回はこの「ガイドライン」という言葉について考えますが、ガイドラインってあくまでも「指標」「参考」ですよね。すっかりこの言葉が嫌いになりました。強制力は一切ないのに、水戸黄門の印籠のごとき絶対性を有するようになった。個別の店舗や施設は独自の対策をすればいいのに、とにかく「指示待ち」であり続けた。
> 「ガイドラインってことは法律ではないから罰則ないですよね。じゃあ従いません」というのが使い手側の正論なのですが、この3年間のコロナ騒動下、完全に法律と同等あるいはそれ以上のすさまじい効果を発揮した。ガイドラインってそんなにすごい強制力があったんだ! と思ったものです。それと同時に「ガイドライン」の一言で大衆を屈服させるのが可能であることも分かりました。
> たとえば、駅の改札口に立つ門番が「お客様、マスクの着用をお願いします」と言った場合、していない客は「それは任意ですよね」と反論します。すると門番は十中八九、「国交省のガイドラインに従っています」と言う。これでほとんどの人は引き下がり、マスクを着けます。
> しかし、それに対して「なんじゃ、ワレ!」と思った人はその場で国交省に電話をし、「駅や電車でマスクをするよう交通機関に強制させているのか?」と聞くわけです。おそらく役人は「そんなことはありません。あくまでも『推奨』ですので、強制力はありません」と答えるでしょう。そして「国交省の担当者は強制はしていないと言っています」と改札の門番に伝えると、「どうぞお通りください」となる。
> 要するに、波風立てたくない現場がガイドラインとやらを盾に無難路線に突き進んだだけです。ガイドラインを読んだうえで、「とにかく感染対策を徹底させ、特にマスクをしていない人間を排除すればいいんですね!」ということになったのです。
(中略)
> 結局「ガイドライン」とは責任をとりたくない現場と当局の利害が一致しただけで、「ワシはガイドラインを示した」「ワシはガイドラインに従った」というこの両者の立場を守るもの。ユーザーのためではないのです。他責の念が強い日本人とガイドラインはけだし相性が良過ぎました。
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2年間で集めた「バカ感染対策」集 食べずに見守る流しそうめん、運動会で2メートルのバトン
https://www.dailyshincho.jp/article/2022/03050555/?all=1