泥のメルブラまとめに投下されたキャラクターたちのSSスレ。
「ナナ様は!? ナナ様がどちらに行かれたかご存知ありませんか!?」 空港付近にある教会にシスター・フラムの焦燥感が滲む声が響き渡った。 まったく迂闊だった。昨日の晩は大好きな酒もやらずに大人しく床についていたから油断したのだ。 修道服姿の少女に詰め寄られた現地の司祭は額に汗をかきながら、「さ、さあ」とどもることしか出来ない。 「朝まではこちらにいらっしゃったのを見かけましたが、それからは………」 「朝!? 朝というと具体的にはいつ頃のことでしょうか!?」 「礼拝の時間です。準備を始めた頃にふらりとお外へお出かけになりましたな」 それを聞いたフラムはくらりと目眩がしてその場に崩れ落ちそうになった。 早朝! そんな時間に出ていったのでは、今頃何処を気まぐれにほっつき歩いているか見当もつかない! あの女の頭の中に物怖じという言葉はない。知らない街だろうがずんがずんがと進んでいってしまう人なのだ。 あるいは誰にも知らせずに既に現地入りしているなんてことも十分あり得る。 数で対象を囲み圧倒するというのが聖堂騎士の基本戦術だが、ナナはその範疇に収まらない例外的存在なのだから。 ふと目を離した隙にいなくなって、明くる日にふらりと帰ってきて「終わったよ~」なんて何度あったか知れない。 そんな規格外に付き合う自分の身にもなってほしい。フラムは実にまっとうなごく普通の信徒なのだ。本人比では。 「あ………あんの、脳みそ無重力のスーパー××××自由人めぇぇぇっ!」 敬虔な信徒が発した言葉とは思い難い小汚い悪態が静かな教会内部に木霊した。 いかにも気弱そうな初老の司祭は肩を怒らせるシスターを前にしてただおろおろするのみだった。
「なあ、あんた。悪いこと言わないから早めにここ出ていった方がいいよ」 机を挟んで対面に座った少年の忠告に対し、その褐色肌の麗人は大きな目をぱちぱちと瞬かせた。 綺麗な目だ。ダークレッドとも言うべきか、赤の発色を伴った黒い瞳。 顔立ちは垢抜けた女性のそれだったが、その目だけはまるで子供みたい。昏さが無くて稚気できらきらと光っている。 濃い二十代を経た三十代にも見えるし、まだまだ好奇心旺盛な十代にも見える。不思議な女だ。 「なんでよ。ここには来たばっかりだっていうのに。 あ、それともちょっと目立ちすぎてる? いや~、お腹ペコペコでさぁ。キミにここへ連れてきてもらえなかったら参ってたわよ」 そういう問題じゃなくてさぁ、と呟きつつもまだローティーンほどの少年は机の上へちらりと視線をやった。 もうお祭り状態だった。宝石箱の中身をぶちまけたように多種多様な料理の皿が所狭しと占拠している。 そのどれもが半ば食べ尽くされ、残りもこの女の腹の中に収まるのは時間の問題みたいだ。 よく食う女だし、美味そうに食う女だ。店員やちらほらといる客からもじろじろと好奇の視線が女に注がれていた。 ここはこのあたりで一番大きな街から半日もバスの中で揺られなければ辿り着けないスペインのド田舎だから、余所者は珍しいのだ。 だが少年が逗留を勧めない理由は何もこの街の排他的性質から来るものというわけでは無かった。 少年はつい声を潜めた。既にこの気味の悪い話題は日常においてはタブー視されるようになって久しい。 「あんた知らないの? ここ最近はさ。このあたりで失踪事件がいくつも起こっているんだ」 「………」 ふんふんと女が頷く。それに合わせて豊かな銀の髪がぴかぴかと蛍光灯を反射して光っていた。 聞いている間もフォークとスプーンの動きは止まらない。まるでダンスでも踊っているみたいだ。 小気味いい食べっぷりでみるみるうちに皿の上のものが片付いていく。真面目に聞いているのか怪しくなるくらいに。少年はやや嘆息した。 「何人もいなくなっているんだよ。隣町なんかじゃさ、集団失踪事件なんて発生したりしててさ。 他にもみんな怖がって話しないけど、路地裏で物凄い量の血がぶち撒けられていたとか………とにかく気持ち悪い噂や事件ばっかり続いてるんだ。 すっかり夜は誰も出歩かなくなって、街の人たちも元気がないんだ」 「そうなんだ。それは怖いわね」 口ではそう言うがさほど怯えた様子もなく、女は淡々と肉料理を口の中に放り込んでいった。 少年は段々とこの女の怪しさに首を傾げつつある。奇妙な女なのだ。 大して目新しいものも無い、埃っぽい田舎町のここでは旅行客自体が珍しい。しかし、女の格好は旅行客というふうでもない。 上から下までフォーマルなパンツスーツに身を包んでいる。まるでばりばり仕事を手掛けている新進気鋭のビジネスウーマンみたい。 綺麗な女だが、棒きれみたいに細いネクタイも無地で、全体的に飾り気が無い。せいぜい耳のピアスくらいだ。 トランクひとつ手に提げてバスから降りてきた女と少年が出会ったのはまったくの偶然だった。たまたま女が道を訪ねてきたのだ。 あの人懐こそうな、それでいて今から悪戯を仕掛けようとする子供のような、そんな人好きのする明るさで。 「今更だけどさ。あんた何者なの? こんな田舎に何の用で来たの?」 「アタシ? ああ、アタシはこういう者なのよ」 そう言って女は襟に指を突っ込んで首元を探ると、ネックレスを取り出した。 銀の十字架。女自身の飾り気の無さとは違い、華美にならない程度に細やかな彫金を施された高価なものと素人目にも見て取れた。 スーツからは連想しにくい意外な職種だが、それを見せられれば少年でもある程度は察しが付く。 「なに。あんた教会の人? ヌーノ爺さんに会いに来たの?」 「そそ、そんなところ。新しく赴任しに来たってわけじゃないんだけどね~。ちょっと御用があって、ね」 「ふぅん。こんな時に災難だね」 「そうでもないわ。よくあることだし。慣れっこ慣れっこ」 またよく分からないことを言う。気づけば料理は粗方片付いてしまっていて、女はグラスの中のワインをきゅっと飲み干している。 いよいよ満腹だい、ごちそうさまと太平楽に唱えた女は、ふと少年の方をちらりと見つめてこんなことを聞いてきた。 「………それにしても、なんとも出鱈目なことになってるのね。 この街から離れたいと思わない?キミは怖くないの?次に攫われるのは自分だとか、考えたりしない?」 「そりゃ怖いよ。怖いけど………うちもまわりも、ここらへんはそう裕福じゃないし年寄りばっかりだ。 怖いからって引っ越すなんて出来るやつはそんなに多くないよ。それに………」 少年はそこで一度言葉を切り、視線を手元へと反らした。 少年を見つめる女の視線が、あんまりにも真っ直ぐ過ぎたから。湖の一番深いところまで見通そうとするような、穏やかだけれど鋭い視線だった。 けれど一度逸らした目を再度戻し、はっきりと女を見つめて言った。
「………それに、俺はこの街がなんだかんだで好きだ。 アンタみたいなよその人からすりゃなんにも無いところかもしれないけれど、それでも俺の故郷だ。 父さんは街一番の漁師で色んな店に魚を届けてるし、母さんは誰よりも料理が上手い。近所はみんないい人たちだし、綺麗な海や野原だってある。 ちょっと騒ぎが起きたくらいで見捨てて逃げ出すなんて気に入らないじゃないか。 あと、な………」 「………」 「俺の………幼馴染が、ルシアも行方不明になってるんだ………。きっと見つかると信じて俺は待っていてやりたいんだ。 畜生、俺にもっと力があったらな。凄く強ければ犯人を捕まえてやるし、金持ちならたくさん金を警察にやってみんなを守ってもらいたい。 でも警察だってここより行方不明の人間が多い隣町の方で躍起になってるし、田舎のここにまで全力を尽くしちゃくれないんだ………」 「………ふぅん、そっかぁ」 少年の心の奥底から出たような言葉に一度深く頷いた女はやおら席から立ち上がった。 釣り銭取っておいて、と店主に言って紙幣を机の上に重ねて置いた女は、まだ座ったままの少年に向かって最後の問いをした。 後になって少年は回想する。───その時の女の微笑み。凪いでいるけれど決して揺るがないそれ。 既視感を覚えた先は、この街の教会に据えられている聖マリア像のそれだった。 「もし。もしだよ? 万が一にも、悪いことをしてるやつかやつらをやっつけられる人がいて………。キミならその人になんて言う?」 「そんなの決まってるじゃないか」 きっぱりと少年は言った。 「───助けて! 俺に出来ることならなんだってするから! ………って。そう言うに決まってる」 それは素面のその少年なら恥ずかしくて誰にも言えない台詞だったかもしれない。 けれどごく当たり前にこの街を愛し、ごく当たり前に仄かに想いを寄せている幼馴染の無事を祈っている少年の口からは、自然と臆面なく零れ出た言葉だった。 その無垢な言葉は、そしてそう───何故か、その女にはそう言っておかなければならない気がしたのだ。 瞬間、その女はにっこりと破顔した。 スペインの熱い太陽にも負けない、きらきらと輝く陽の気の笑顔だった。 「よし、承った! 後はこのナナにお任せあれ!」 それじゃ用意があるから、じゃーねー、と女はつむじ風のように店から出ていってしまう。 後に残されたのはぽかんとする店員と、ぽかんとする他の客と、ぽかんとする少年だけだった。 女が少年に奢ったレモネードの氷はとっくに溶けきって、グラスはびっしりと汗をかいていた。
シスター・フラムはようやく訊ねた。 「で、どうだったのですか?」 「ルシアちゃんのこと? 駄目だったよ。連れ去られたのが二週間も前ではね。食屍鬼にならないよう処置するのがアタシに出来る関の山」 空港の外れ。まばらに人が道を行き交うのを眺めながら、ナナは紫煙を青空へ向けて吐き出した。 こじんまりとした喫煙スペースに相席しながらフラムは隣で煙草を吸うナナをちらりと見遣る。表情に目立った憂いなどは見受けられない。 聞いたのはどちらかといえばターゲットとなっていた死徒のことだったのだが、ナナからすればそちらは問題にもならないらしい。 実際、彼女にとっては大したことではなかったのだろう。先行したナナは後続の聖堂騎士たちを待つまでもなくあっさりと死徒を討ってしまっていたという話だった。 フラムは時々このナナという信徒が遠い存在に見える。 正式外典コルネリオに選ばれた、聖堂教会屈指のドラクルアンカー。その実力、埋葬機関にも引けを取らないと謳われる『白光の織り手』。『虹霓騎士』。 二つ名なんて挙げればキリが無い。死徒の撃破数はレコード持ち。文句なしに聖堂騎士の中で最強の存在だろう。 それでも───それでも、救えないものはある。 死者を生者として今を生きる生者の元へは返してやれないように。 立ち行かぬことをひっくり返すことなど、この聖堂騎士にも出来はしない。 「残念だよ。とてもね」 「………あなたでも救えなかったものを惜しむ気持ちは持ち合わせているのですね」 「あのね。シスター・フラムはアタシのことを何だと思ってるのかな? ひょっとしたら、何かの間違いでここに来るのが二週間早ければその子を助けられたかもしれない。そんな妄想くらいアタシだってするわよ。 でもね。ニンゲンがニンゲンを救うなんて、そんな思い込みは本来は烏滸がましい行いなんだ」 ナナが指に挟んでいた煙草を静かに咥えた。すう、と吸われることで煙草の先端がめりめりと燃え尽きていく。 漂っていく煙の筋は、いつかアーカイブで見た東洋の儀式における送り火のそれと重なって見えた。 「誰かを救うということは、誰かを救わないということ。 この二週間が仮に前倒しされていたら、その前借りされた二週間によって平穏無事にあったはずの誰かが失われていたことでしょう。 正しきものも、間違っているものも、それら全ての衆中を救うなんてそんな大業を成し遂げなさるのは我らが主のみの御業よ。 誰かを救おうとそう志した時点で誰かを救わないという不誠実が発生しているのがアタシたちの宿業なの。特に、アタシみたいに半端に力を持ったヤツはね。 だから。人が救えるのはただひとり。自分自身だけよ。彼は自分自身を救うためにアタシを輪の中に招き入れた。 アタシはその輪の中で全力を尽くした。後にその結果が残っただけ。それだけのことなのよ」 淡々と、まるで遠い昔に心へ刻んだ言葉を復唱するかのように綴られたナナの言葉をフラムはただじっと黙って聞いた。 ナンシー・ディッセンバー。聖堂騎士にして、その出生の過去を誰も知らない名無しのナナ。 まるで自分をただ力を振るうための装置のように規定するに至るまで、どのような道筋があったのだろう。 フラムには分からない。分からないので、ナナの言葉を額面通り受け取ることにした。 「………では、私も私自身を救ってよろしいでしょうか」 「うん? え、いいじゃないの? 唐突でびっくりしたけど」 「分かりました。では」 フラムは修道服の内側に忍ばせてある十字架を片手で押さえ、開いている手で十字を切った。 「アーメン」 「………」 その祈りの聖句が何に向けてのものなのか。 あるいは、誰に向けてのものだったのか。 ナナは問わなかった。代わりに、その僅かな鎮魂の時間に付き合ってくれた。 さて、と彼女が再び言葉を発したのは、フラムが伏せた瞳が開かれるのとまったく同じタイミングだった。 「次の任地はどこだったっけ? シスター・フラム」 「日本の地方都市ですね。シティ・ヨルミだとかいう。 今回は少数精鋭とのことで、聖堂騎士団から派遣されるのは我々を含めごく僅かです。代わりに代行者のお歴々が向かわれると」 「うぇ~、アイツらか~。やりにくいな、アタシのことあんまり好きじゃないみたいなんだよね~」 「それはそうでしょう。聖堂騎士でありながら代行者のように単独で振る舞われるナナ様を快く思われる代行者の方々などそうはいないのでは?」 「………前から思ってたけど、フラムちゃんはアタシに対して結構辛辣だよねぇ」 「敬ってもらいたいなら敬われるような行いをしてからにしてください、騎士ディッセンバー」 意図的に冷たくそう告げ、フラムは喫煙時間は終わりだとばかりに空港の発着口へとすたすたと歩き出す。 待ってよ~、と情けない声が背中にかかるが、煙草の吸い残しを惜しむナナのことなど気にかけるつもりは微塵もフラムには無かったのだった。
「♪London bridge is falling down,falling down, falling down───」 快活な歌声が響いてくる先へ振り返ったミナは走りつつも力を込めて手を振った。 肩から肘へ、肘から指先へ、滝のように怒涛の勢いで駆ける魔力の奔流。 指先から溢れて物質界に働きかけたそれは瞬時に数匹の蝙蝠へと転じた。 生き物のように宙を飛び、爆弾のように炸裂する。まともに当たれば容易く肉を引き千切るだろう。 「♪London bridge is falling down,My fair lady───」 対して、追跡者は回避行動を全く取らなかった。 靴底に鋼が仕込んである靴の独特の足音が止まらない。 スピードを落とさないまま、眼前へ急接近した蝙蝠をまるで虫でも叩くように裏拳でぺちぺちと落としていく。 だがそこまではミナも予想範囲内だ。本命は蝙蝠の仕込みにあった。 追跡者が最後の蝙蝠を叩き落とした瞬間、ぱちんと泡のように弾けた蝙蝠が分裂し、魔力塊となって顔面へと迫る。 直撃すればその頭部は吹き飛ばされ、首なしの肉体がずるりと崩れ落ちる─── 「嘘でしょう」 さすがにミナもつい呟いてしまった。 あろうことか、追跡者は魔力塊を『噛み砕いた』のだ。 同じ死徒なんじゃないかと疑ってしまう。少なくともまともじゃない。 「ねーねー、追いかけっこはそろそろやめにしよーよー。…っとぉ!」 すると追跡者は傍らにたまたま置かれていたゴミ集積用の鋼鉄のコンテナを、まるでプラスチックのバケツを担ぎ上げるような気軽さでひょいと持ち上げて─── ───旋風。衝撃。轟音。 直線の軌道ですっ飛んできて、ミナの前の地面へとコンテナは突き刺さったのだ。 進行方向を塞がれ、ミナは立ち止まった。…ミナ自身は経験が無くとも、貴種たる肉体が感じ取っていた。 これを横に躱す。あるいは飛び越える。いずれの選択もその僅かな一呼吸が致命的になると。 すたすたと大股歩きで寄ってきた追跡者へ、ミナは表情変えること無く静かに言う。 「貴女、強いのね」 「そりゃこれでも騎士やってるからね~。や、しかし好都合ね。 こんなところで件のお姫様を討てるんだから。これは思ったより今回の仕事、早く片付くかな?」 そんなふうに言ってにこにこ笑う女はなんとも朗らかだ。 月光に濡れた銀の髪、コントラストになって映えている褐色の肌。とにかく人懐こそうな笑顔で、殺意のようなものは感じられない。 (でも───………) 分かる。アレはそんなものなどなくとも討つべき相手をシンプルに討ち果たす機構だ。 その片腕に仰々しく装備された、円錐形をふんだんに用いられた優美なフォルムの巨大な杭打ちを突き立てるのに何の躊躇いも無いだろう。 「それじゃてきぱき終わらせましょうか。ま、その不浄の魂にも救いがあるなら、きっと滅んだ後に───」
「──────待てっっ!!」
どうこの状況を切り抜けたものか、とりあえずミナが身構えたところにその声は朗々と響いた。 ここ最近、すっかりよく聞くようになった声。当人に対する感情はさておき、目の前の襲撃者よりは親しみが持てた。 騎士の背後。自分やこの騎士なら一息で辿り着けそうな距離にひとりの男の子が立っている。 逆光になっていて表情は伺い知れなかったが、ミナが嫌いではないあの力強い眼差しが注がれているのは確信できた。 驚くべきことは突然の闖入者だけでは無かった。追跡者までもがこちらに背を向けくるりと振り向いたのだ。 「…君かぁ」 ぽつりと呟かれた言葉には、なんというか、『こんなところで会いたくなかったなぁ』という気色がはっきりと滲んでいた。
───そう言って、ナナは無造作に投げてあったホースをむんずと掴んだ。 このグラウンドは少年野球チームが練習場に使っているから彼らが使用しているものだろう。 蛇口をひねり、Yシャツ姿のまま勢いよく吹き出た水を頭から被る。すぐそばの街灯の明かりがその様子を映し出していた。 どす黒い血で赤く染まっていた髪が、月の光を漉いたような銀色へと元通りになっていく。 まるで野生動物の水浴びのような、繕うことのない荒々しい美しさがそこにはあった。 支はベンチに腰掛けさせられたまま、腕の傷口に包帯を巻いているフラムに話しかけた。 「僕よりも、彼女の治療を優先したほうがいいんじゃないか」 「大丈夫です。たぶん全部返り血ですから。あの人物凄く頑丈で、例えるならサイボーグなんです」 「おーい聞こえてるよシスター・フラム~」 「ええ、聞こえるように言いました」 服を着たままじゃぶじゃぶと水を浴びるナナへきっぱりと告げ、フラムはぱちんと包帯をカットした。 「あまり大きな傷口ではありませんが咎めないとも限りません。 間接的とはいえ不浄なる屍から受けた傷ですし。どうか用心なさってください」 「ありがとう。恩に着るよ」 いえ、と淡白に返事したフラムは先日見かけたものよりコンパクトなトランクケースに応急キットを仕舞っていく。 と、そこで公園の夜闇にキュッと金属の擦れる音が響いた。蛇口が閉められた音だった。 「フラムちゃん、タオルちょーだい」 「はいはい」 トランクケースから取り出されたタオルを受け取ってナナが髪を拭う。 まだ湿っていたがタオルでは乾ききらないと判断したのか、途中で切り上げて支の方を向いた。 「ま、これで分かったでしょ?下手に首を突っ込むとサクッと死んじゃうぞ~?」 「でも、僕は───」 「でももへったくれもあるもんかい。だいたい今だってアタシたちが来なきゃ死んでたじゃないの。 これは『常識外(アタシたち)』のお話。キミは『常識(あっち)』の人。住む世界が違うんだよ。 あのお姫様の居場所を教えろとまでは言わないからさ。悪いこと言わないからやめとき?」 ナナの口調はあくまで脳天気な調子だったが、表情は真面目にこちらを案ずる真剣なものだった。 ………そう。 ミナも側におらず、たまたま彼らが“運良く”通り過ぎなければ支は死んでいただろう。 彼らは悪い人たちではない。 彼らは秩序の調停者だ。魔を滅すると同時に市井の人々を闇へと立ち入らせないものでもある。 支の理屈を納得してもらうのは難しいだろう。 唇を引き結んだ支の横で、「ところで」と唐突にフラムが声を上げた。 「いつ切り出すか迷っていたのですが。───服、思い切り透けていますよ」 へっ、と間抜けに呟いたナナが身体を見下ろす。つられて支も視線が下にいった。 血がだいぶ流されてところどころ薄ピンク色に染まっているYシャツは、水を吸ってぴったりとナナの肌に張り付いていた。 彼女の均整のとれた肢体がこれでもかと強調されている。綺麗にくびれた腰、大きすぎない程度に大きい程よい乳房。 街灯の頼りない照明でさえ、みずみずしい褐色の肌が透けて見えるようだった。 ネクタイを外して胸元を開いていたので胸の谷間さえ顕になっている。生地に浮き出ている細かい凹凸は下着のものか。 Yシャツの色合いが変わっていないから、色はおそらく“白”───! 「───ぎゃあああああ!フラム!上着、上着!支クン、みっ、見ないでぇ!」 瞬間沸騰したナナが胸元やお腹を腕で隠し、人間に気づいた動物みたいな俊敏さで街灯の明かり届かぬ暗闇へと逃げた。
「支さん、あなたはまだ分かっていません。あのぐうたらぽやぽや自制心ゼロの歩くゴジラがいかに制御不能か」 フラムは目の前のパフェをもりもり片付けながらぷりぷりと怒るという器用な真似を行っていた。 支はコーヒーで唇を湿らせながら、たいていの女性は甘いものが好きというのは本当なのだなと益体もないことを考えていた。 「ゴジラは歩くんじゃないかな」 「そういうことではないのです!平気で何処でも煙草をぷかぷかやる!どんな時間でも酒を飲む! この街にやってきてふらりといなくなったと慌てたら何をしていたと思いますか! あのじゃらじゃらと雷鳴もかくやという騒音を発する遊興施設で遊戯に耽っているんですよ! 初日ですよ初日!なにが『わぁいお菓子もらえた!フラムちゃんにあーげるっ♡』ですか! 日本は困った国です!あの飢えたシロナガスクジラには誘惑が多すぎます! …まあ基本的にどの国でも似たようなことをするのですが! あああ思い出しただけで腹が立ってきました!あの××××頭あーぱー芸術家気取りめぇ…!」 聖職者なら口にしてはいけない汚い罵倒が混じっていた気がするが、聞き流す勇気が支にはあった。 「よくまあ、あれだけの暴力の世話を焼けるね。ナナさんとは長いの?」 どうもこれ以上は良くない。何かこう、噴出してはいけないものが噴出する気がする。 話題を支流へとズラすと、フラムはふむと呟いた。 「それはニ、三年を長いかどうか考えることになりますね。。 なんせナナ様はあのような方ですから私以外は長続きしなかったんです。 今のところは私が最長記録ということになりますから、比較的では長いのではないでしょうか」 なるほど、と支は相槌を打った。 納得は出来る。ナナは騎士どころか人間としても破天荒の類だ。 まるで都会に馴染んだ野生の生き物のような、適応しているのに異質という矛盾が彼女にはあった。 あ、でも、とフラムがパフェの中の白玉を匙で掬いながら言った。 「あんな方ですが、聖堂教会では最も誉れ高き聖堂騎士としてきちんと称えられているんですよ」 「…悪いけれどいまいち信じがたい話だ。素人目に見ても素行不良の女性なのに」 「確かに振る舞いについては敬虔な信徒失格というのは大いに賛同しますが…」 あはは、と苦笑いを浮かべたフラムだったが、次に浮かべた微笑みはそれとはまた違うものだった。 「あの方はどのような戦場であっても真っ先に先陣を切り、最も遅く戦場から帰るからです」 「…」 「性格が違うものなので優劣をつけられるわけではないのですが…。 代行者の聖務と違い、聖堂騎士の戦場とは基本的に“手遅れ”です。 既に状況は最悪のケースへと至ってしまったもの。死徒によって地獄に変えられてしまった地が彼らの戦場です。 主の光を再びその地へと取り戻すため、多数の聖堂騎士が投入され、殉教者は少なくありません。 その死地へナナ様は最も早く討ち入り、最も多くの死徒を滅し、殉教者の遺体が収容されるまで最も長く戦場に留まり続ける。 故に多くの信徒から敬意を集め、あれぞ主の威光が似姿、『虹霓騎士』と謳われているのです」 ───口調には僅かながら熱が籠もっていた。 支は少し考えて言葉を選んだ後、確かめるように言った。 「そうか。君は───彼女のことを尊敬しているんだな」 「…普段の自由きままぶりは反省して欲しいと常々思ってはいますが…」 ことりとスプーンを置いて、フラムははにかむような笑顔で支の顔を見た。 「はい。あの方ほど貴き方はいらっしゃらないと、そう信じています」
学校帰りの服装のままに、廃ビルを駆け上がる。 時刻は午後四時。外を降りはじめた雨も気にすることはない。腐りかけの階段を飛び、古びた床材を蹴るたびに上がる黴臭い煙が鼻を突く。 近い。近付いてくる。上から漂ってくる、異常な香りに少し眉をひそめる。それは幾度と無く嗅いできた、そして忘れ得ぬ、ぞっとするような感触。 血の匂い。腐った肉の匂い。───死の匂いだ。
最も匂いの強いフロアが見えて来る。此処だ。頭を出すより先に左手の聖書を開き、右手に刃を充填する。 階段を上りきった瞬間、大部屋の中に四本の黒鍵を投擲し、室内に飛び込む。──残骸。そこには誰もおらず、代わりに、誰のものとも知れぬ人骨とそれに付着した肉がおぞましい腐臭を上げ、床に飛び散った大量の血液が、凄惨な朱色の絵画を描いていた。 申し訳程度に設えられた机の上に乗ったそれが、死徒の低俗な趣向による"食事"の犠牲者であったことは疑いようもない。 この街には紛れもなく、まつろわぬ者どもが跳梁跋扈している……眼前の光景を前に彼女は、実感としてそれを認識した。
「……遅かった」
ここを拠点としていた死徒は既に去ったらしい。天井に空いた大穴はビルの最上階まで達しており、光が差し込んでいる。周辺の瓦礫はさして古くなく、建物自体がつい最近、老朽化によって日光を遮れなくなったのだろう。 注意深く周囲を警戒しながら、人骨に相対する。それは対して食いもせず放置された下半身であり、酷く変色した肉には蛆がわいていた。 無残にも奪われた命に十字を切り、教会に連絡を取る。遺体は彼らが回収し、しかるべき処置ののち葬送されるだろう。
用の無くなった廃ビルを足早に後にする。 死徒の殺しに、基本的に道理は無い。人間はそこを歩いていたために、そこにいたために殺される。そこには正気も狂気もなく、沙汰の外なのだ。人間の法など通用しない。 だからこそ──彼らは、人間が、人間として滅ぼさなければならないのだ。
降りしきる雨に濡れながら、灰色の空を睨む。この街にはどれだけの死徒が潜んでいるのだろうか?検討すら付かない。 此処はあの男が、祖が滅びた街。ここは今やその『空座』を埋めるための饗宴の会場なのだ。世界中から死徒が訪れる博覧会の様に。
「『空座』なんていい名前。ただの血吸い虫のくせに」 「生きてても奪って、死んでからも奪うのね。……おまえは」
冷たい雨が頬を撫でる。高い空を望む深緑の瞳のうちには、ただならぬ決意が宿っていた。
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「ナナ様は!? ナナ様がどちらに行かれたかご存知ありませんか!?」
空港付近にある教会にシスター・フラムの焦燥感が滲む声が響き渡った。
まったく迂闊だった。昨日の晩は大好きな酒もやらずに大人しく床についていたから油断したのだ。
修道服姿の少女に詰め寄られた現地の司祭は額に汗をかきながら、「さ、さあ」とどもることしか出来ない。
「朝まではこちらにいらっしゃったのを見かけましたが、それからは………」
「朝!? 朝というと具体的にはいつ頃のことでしょうか!?」
「礼拝の時間です。準備を始めた頃にふらりとお外へお出かけになりましたな」
それを聞いたフラムはくらりと目眩がしてその場に崩れ落ちそうになった。
早朝! そんな時間に出ていったのでは、今頃何処を気まぐれにほっつき歩いているか見当もつかない!
あの女の頭の中に物怖じという言葉はない。知らない街だろうがずんがずんがと進んでいってしまう人なのだ。
あるいは誰にも知らせずに既に現地入りしているなんてことも十分あり得る。
数で対象を囲み圧倒するというのが聖堂騎士の基本戦術だが、ナナはその範疇に収まらない例外的存在なのだから。
ふと目を離した隙にいなくなって、明くる日にふらりと帰ってきて「終わったよ~」なんて何度あったか知れない。
そんな規格外に付き合う自分の身にもなってほしい。フラムは実にまっとうなごく普通の信徒なのだ。本人比では。
「あ………あんの、脳みそ無重力のスーパー××××自由人めぇぇぇっ!」
敬虔な信徒が発した言葉とは思い難い小汚い悪態が静かな教会内部に木霊した。
いかにも気弱そうな初老の司祭は肩を怒らせるシスターを前にしてただおろおろするのみだった。
「なあ、あんた。悪いこと言わないから早めにここ出ていった方がいいよ」
机を挟んで対面に座った少年の忠告に対し、その褐色肌の麗人は大きな目をぱちぱちと瞬かせた。
綺麗な目だ。ダークレッドとも言うべきか、赤の発色を伴った黒い瞳。
顔立ちは垢抜けた女性のそれだったが、その目だけはまるで子供みたい。昏さが無くて稚気できらきらと光っている。
濃い二十代を経た三十代にも見えるし、まだまだ好奇心旺盛な十代にも見える。不思議な女だ。
「なんでよ。ここには来たばっかりだっていうのに。
あ、それともちょっと目立ちすぎてる? いや~、お腹ペコペコでさぁ。キミにここへ連れてきてもらえなかったら参ってたわよ」
そういう問題じゃなくてさぁ、と呟きつつもまだローティーンほどの少年は机の上へちらりと視線をやった。
もうお祭り状態だった。宝石箱の中身をぶちまけたように多種多様な料理の皿が所狭しと占拠している。
そのどれもが半ば食べ尽くされ、残りもこの女の腹の中に収まるのは時間の問題みたいだ。
よく食う女だし、美味そうに食う女だ。店員やちらほらといる客からもじろじろと好奇の視線が女に注がれていた。
ここはこのあたりで一番大きな街から半日もバスの中で揺られなければ辿り着けないスペインのド田舎だから、余所者は珍しいのだ。
だが少年が逗留を勧めない理由は何もこの街の排他的性質から来るものというわけでは無かった。
少年はつい声を潜めた。既にこの気味の悪い話題は日常においてはタブー視されるようになって久しい。
「あんた知らないの? ここ最近はさ。このあたりで失踪事件がいくつも起こっているんだ」
「………」
ふんふんと女が頷く。それに合わせて豊かな銀の髪がぴかぴかと蛍光灯を反射して光っていた。
聞いている間もフォークとスプーンの動きは止まらない。まるでダンスでも踊っているみたいだ。
小気味いい食べっぷりでみるみるうちに皿の上のものが片付いていく。真面目に聞いているのか怪しくなるくらいに。少年はやや嘆息した。
「何人もいなくなっているんだよ。隣町なんかじゃさ、集団失踪事件なんて発生したりしててさ。
他にもみんな怖がって話しないけど、路地裏で物凄い量の血がぶち撒けられていたとか………とにかく気持ち悪い噂や事件ばっかり続いてるんだ。
すっかり夜は誰も出歩かなくなって、街の人たちも元気がないんだ」
「そうなんだ。それは怖いわね」
口ではそう言うがさほど怯えた様子もなく、女は淡々と肉料理を口の中に放り込んでいった。
少年は段々とこの女の怪しさに首を傾げつつある。奇妙な女なのだ。
大して目新しいものも無い、埃っぽい田舎町のここでは旅行客自体が珍しい。しかし、女の格好は旅行客というふうでもない。
上から下までフォーマルなパンツスーツに身を包んでいる。まるでばりばり仕事を手掛けている新進気鋭のビジネスウーマンみたい。
綺麗な女だが、棒きれみたいに細いネクタイも無地で、全体的に飾り気が無い。せいぜい耳のピアスくらいだ。
トランクひとつ手に提げてバスから降りてきた女と少年が出会ったのはまったくの偶然だった。たまたま女が道を訪ねてきたのだ。
あの人懐こそうな、それでいて今から悪戯を仕掛けようとする子供のような、そんな人好きのする明るさで。
「今更だけどさ。あんた何者なの? こんな田舎に何の用で来たの?」
「アタシ? ああ、アタシはこういう者なのよ」
そう言って女は襟に指を突っ込んで首元を探ると、ネックレスを取り出した。
銀の十字架。女自身の飾り気の無さとは違い、華美にならない程度に細やかな彫金を施された高価なものと素人目にも見て取れた。
スーツからは連想しにくい意外な職種だが、それを見せられれば少年でもある程度は察しが付く。
「なに。あんた教会の人? ヌーノ爺さんに会いに来たの?」
「そそ、そんなところ。新しく赴任しに来たってわけじゃないんだけどね~。ちょっと御用があって、ね」
「ふぅん。こんな時に災難だね」
「そうでもないわ。よくあることだし。慣れっこ慣れっこ」
またよく分からないことを言う。気づけば料理は粗方片付いてしまっていて、女はグラスの中のワインをきゅっと飲み干している。
いよいよ満腹だい、ごちそうさまと太平楽に唱えた女は、ふと少年の方をちらりと見つめてこんなことを聞いてきた。
「………それにしても、なんとも出鱈目なことになってるのね。
この街から離れたいと思わない?キミは怖くないの?次に攫われるのは自分だとか、考えたりしない?」
「そりゃ怖いよ。怖いけど………うちもまわりも、ここらへんはそう裕福じゃないし年寄りばっかりだ。
怖いからって引っ越すなんて出来るやつはそんなに多くないよ。それに………」
少年はそこで一度言葉を切り、視線を手元へと反らした。
少年を見つめる女の視線が、あんまりにも真っ直ぐ過ぎたから。湖の一番深いところまで見通そうとするような、穏やかだけれど鋭い視線だった。
けれど一度逸らした目を再度戻し、はっきりと女を見つめて言った。
「………それに、俺はこの街がなんだかんだで好きだ。
アンタみたいなよその人からすりゃなんにも無いところかもしれないけれど、それでも俺の故郷だ。
父さんは街一番の漁師で色んな店に魚を届けてるし、母さんは誰よりも料理が上手い。近所はみんないい人たちだし、綺麗な海や野原だってある。
ちょっと騒ぎが起きたくらいで見捨てて逃げ出すなんて気に入らないじゃないか。
あと、な………」
「………」
「俺の………幼馴染が、ルシアも行方不明になってるんだ………。きっと見つかると信じて俺は待っていてやりたいんだ。
畜生、俺にもっと力があったらな。凄く強ければ犯人を捕まえてやるし、金持ちならたくさん金を警察にやってみんなを守ってもらいたい。
でも警察だってここより行方不明の人間が多い隣町の方で躍起になってるし、田舎のここにまで全力を尽くしちゃくれないんだ………」
「………ふぅん、そっかぁ」
少年の心の奥底から出たような言葉に一度深く頷いた女はやおら席から立ち上がった。
釣り銭取っておいて、と店主に言って紙幣を机の上に重ねて置いた女は、まだ座ったままの少年に向かって最後の問いをした。
後になって少年は回想する。───その時の女の微笑み。凪いでいるけれど決して揺るがないそれ。
既視感を覚えた先は、この街の教会に据えられている聖マリア像のそれだった。
「もし。もしだよ? 万が一にも、悪いことをしてるやつかやつらをやっつけられる人がいて………。キミならその人になんて言う?」
「そんなの決まってるじゃないか」
きっぱりと少年は言った。
「───助けて! 俺に出来ることならなんだってするから! ………って。そう言うに決まってる」
それは素面のその少年なら恥ずかしくて誰にも言えない台詞だったかもしれない。
けれどごく当たり前にこの街を愛し、ごく当たり前に仄かに想いを寄せている幼馴染の無事を祈っている少年の口からは、自然と臆面なく零れ出た言葉だった。
その無垢な言葉は、そしてそう───何故か、その女にはそう言っておかなければならない気がしたのだ。
瞬間、その女はにっこりと破顔した。
スペインの熱い太陽にも負けない、きらきらと輝く陽の気の笑顔だった。
「よし、承った! 後はこのナナにお任せあれ!」
それじゃ用意があるから、じゃーねー、と女はつむじ風のように店から出ていってしまう。
後に残されたのはぽかんとする店員と、ぽかんとする他の客と、ぽかんとする少年だけだった。
女が少年に奢ったレモネードの氷はとっくに溶けきって、グラスはびっしりと汗をかいていた。
シスター・フラムはようやく訊ねた。
「で、どうだったのですか?」
「ルシアちゃんのこと? 駄目だったよ。連れ去られたのが二週間も前ではね。食屍鬼にならないよう処置するのがアタシに出来る関の山」
空港の外れ。まばらに人が道を行き交うのを眺めながら、ナナは紫煙を青空へ向けて吐き出した。
こじんまりとした喫煙スペースに相席しながらフラムは隣で煙草を吸うナナをちらりと見遣る。表情に目立った憂いなどは見受けられない。
聞いたのはどちらかといえばターゲットとなっていた死徒のことだったのだが、ナナからすればそちらは問題にもならないらしい。
実際、彼女にとっては大したことではなかったのだろう。先行したナナは後続の聖堂騎士たちを待つまでもなくあっさりと死徒を討ってしまっていたという話だった。
フラムは時々このナナという信徒が遠い存在に見える。
正式外典コルネリオに選ばれた、聖堂教会屈指のドラクルアンカー。その実力、埋葬機関にも引けを取らないと謳われる『白光の織り手』。『虹霓騎士』。
二つ名なんて挙げればキリが無い。死徒の撃破数はレコード持ち。文句なしに聖堂騎士の中で最強の存在だろう。
それでも───それでも、救えないものはある。
死者を生者として今を生きる生者の元へは返してやれないように。
立ち行かぬことをひっくり返すことなど、この聖堂騎士にも出来はしない。
「残念だよ。とてもね」
「………あなたでも救えなかったものを惜しむ気持ちは持ち合わせているのですね」
「あのね。シスター・フラムはアタシのことを何だと思ってるのかな?
ひょっとしたら、何かの間違いでここに来るのが二週間早ければその子を助けられたかもしれない。そんな妄想くらいアタシだってするわよ。
でもね。ニンゲンがニンゲンを救うなんて、そんな思い込みは本来は烏滸がましい行いなんだ」
ナナが指に挟んでいた煙草を静かに咥えた。すう、と吸われることで煙草の先端がめりめりと燃え尽きていく。
漂っていく煙の筋は、いつかアーカイブで見た東洋の儀式における送り火のそれと重なって見えた。
「誰かを救うということは、誰かを救わないということ。
この二週間が仮に前倒しされていたら、その前借りされた二週間によって平穏無事にあったはずの誰かが失われていたことでしょう。
正しきものも、間違っているものも、それら全ての衆中を救うなんてそんな大業を成し遂げなさるのは我らが主のみの御業よ。
誰かを救おうとそう志した時点で誰かを救わないという不誠実が発生しているのがアタシたちの宿業なの。特に、アタシみたいに半端に力を持ったヤツはね。
だから。人が救えるのはただひとり。自分自身だけよ。彼は自分自身を救うためにアタシを輪の中に招き入れた。
アタシはその輪の中で全力を尽くした。後にその結果が残っただけ。それだけのことなのよ」
淡々と、まるで遠い昔に心へ刻んだ言葉を復唱するかのように綴られたナナの言葉をフラムはただじっと黙って聞いた。
ナンシー・ディッセンバー。聖堂騎士にして、その出生の過去を誰も知らない名無しのナナ。
まるで自分をただ力を振るうための装置のように規定するに至るまで、どのような道筋があったのだろう。
フラムには分からない。分からないので、ナナの言葉を額面通り受け取ることにした。
「………では、私も私自身を救ってよろしいでしょうか」
「うん? え、いいじゃないの? 唐突でびっくりしたけど」
「分かりました。では」
フラムは修道服の内側に忍ばせてある十字架を片手で押さえ、開いている手で十字を切った。
「アーメン」
「………」
その祈りの聖句が何に向けてのものなのか。
あるいは、誰に向けてのものだったのか。
ナナは問わなかった。代わりに、その僅かな鎮魂の時間に付き合ってくれた。
さて、と彼女が再び言葉を発したのは、フラムが伏せた瞳が開かれるのとまったく同じタイミングだった。
「次の任地はどこだったっけ? シスター・フラム」
「日本の地方都市ですね。シティ・ヨルミだとかいう。
今回は少数精鋭とのことで、聖堂騎士団から派遣されるのは我々を含めごく僅かです。代わりに代行者のお歴々が向かわれると」
「うぇ~、アイツらか~。やりにくいな、アタシのことあんまり好きじゃないみたいなんだよね~」
「それはそうでしょう。聖堂騎士でありながら代行者のように単独で振る舞われるナナ様を快く思われる代行者の方々などそうはいないのでは?」
「………前から思ってたけど、フラムちゃんはアタシに対して結構辛辣だよねぇ」
「敬ってもらいたいなら敬われるような行いをしてからにしてください、騎士ディッセンバー」
意図的に冷たくそう告げ、フラムは喫煙時間は終わりだとばかりに空港の発着口へとすたすたと歩き出す。
待ってよ~、と情けない声が背中にかかるが、煙草の吸い残しを惜しむナナのことなど気にかけるつもりは微塵もフラムには無かったのだった。
「♪London bridge is falling down,falling down, falling down───」
快活な歌声が響いてくる先へ振り返ったミナは走りつつも力を込めて手を振った。
肩から肘へ、肘から指先へ、滝のように怒涛の勢いで駆ける魔力の奔流。
指先から溢れて物質界に働きかけたそれは瞬時に数匹の蝙蝠へと転じた。
生き物のように宙を飛び、爆弾のように炸裂する。まともに当たれば容易く肉を引き千切るだろう。
「♪London bridge is falling down,My fair lady───」
対して、追跡者は回避行動を全く取らなかった。
靴底に鋼が仕込んである靴の独特の足音が止まらない。
スピードを落とさないまま、眼前へ急接近した蝙蝠をまるで虫でも叩くように裏拳でぺちぺちと落としていく。
だがそこまではミナも予想範囲内だ。本命は蝙蝠の仕込みにあった。
追跡者が最後の蝙蝠を叩き落とした瞬間、ぱちんと泡のように弾けた蝙蝠が分裂し、魔力塊となって顔面へと迫る。
直撃すればその頭部は吹き飛ばされ、首なしの肉体がずるりと崩れ落ちる───
「嘘でしょう」
さすがにミナもつい呟いてしまった。
あろうことか、追跡者は魔力塊を『噛み砕いた』のだ。
同じ死徒なんじゃないかと疑ってしまう。少なくともまともじゃない。
「ねーねー、追いかけっこはそろそろやめにしよーよー。…っとぉ!」
すると追跡者は傍らにたまたま置かれていたゴミ集積用の鋼鉄のコンテナを、まるでプラスチックのバケツを担ぎ上げるような気軽さでひょいと持ち上げて───
───旋風。衝撃。轟音。
直線の軌道ですっ飛んできて、ミナの前の地面へとコンテナは突き刺さったのだ。
進行方向を塞がれ、ミナは立ち止まった。…ミナ自身は経験が無くとも、貴種たる肉体が感じ取っていた。
これを横に躱す。あるいは飛び越える。いずれの選択もその僅かな一呼吸が致命的になると。
すたすたと大股歩きで寄ってきた追跡者へ、ミナは表情変えること無く静かに言う。
「貴女、強いのね」
「そりゃこれでも騎士やってるからね~。や、しかし好都合ね。
こんなところで件のお姫様を討てるんだから。これは思ったより今回の仕事、早く片付くかな?」
そんなふうに言ってにこにこ笑う女はなんとも朗らかだ。
月光に濡れた銀の髪、コントラストになって映えている褐色の肌。とにかく人懐こそうな笑顔で、殺意のようなものは感じられない。
(でも───………)
分かる。アレはそんなものなどなくとも討つべき相手をシンプルに討ち果たす機構だ。
その片腕に仰々しく装備された、円錐形をふんだんに用いられた優美なフォルムの巨大な杭打ちを突き立てるのに何の躊躇いも無いだろう。
「それじゃてきぱき終わらせましょうか。ま、その不浄の魂にも救いがあるなら、きっと滅んだ後に───」
「──────待てっっ!!」
どうこの状況を切り抜けたものか、とりあえずミナが身構えたところにその声は朗々と響いた。
ここ最近、すっかりよく聞くようになった声。当人に対する感情はさておき、目の前の襲撃者よりは親しみが持てた。
騎士の背後。自分やこの騎士なら一息で辿り着けそうな距離にひとりの男の子が立っている。
逆光になっていて表情は伺い知れなかったが、ミナが嫌いではないあの力強い眼差しが注がれているのは確信できた。
驚くべきことは突然の闖入者だけでは無かった。追跡者までもがこちらに背を向けくるりと振り向いたのだ。
「…君かぁ」
ぽつりと呟かれた言葉には、なんというか、『こんなところで会いたくなかったなぁ』という気色がはっきりと滲んでいた。
───そう言って、ナナは無造作に投げてあったホースをむんずと掴んだ。
このグラウンドは少年野球チームが練習場に使っているから彼らが使用しているものだろう。
蛇口をひねり、Yシャツ姿のまま勢いよく吹き出た水を頭から被る。すぐそばの街灯の明かりがその様子を映し出していた。
どす黒い血で赤く染まっていた髪が、月の光を漉いたような銀色へと元通りになっていく。
まるで野生動物の水浴びのような、繕うことのない荒々しい美しさがそこにはあった。
支はベンチに腰掛けさせられたまま、腕の傷口に包帯を巻いているフラムに話しかけた。
「僕よりも、彼女の治療を優先したほうがいいんじゃないか」
「大丈夫です。たぶん全部返り血ですから。あの人物凄く頑丈で、例えるならサイボーグなんです」
「おーい聞こえてるよシスター・フラム~」
「ええ、聞こえるように言いました」
服を着たままじゃぶじゃぶと水を浴びるナナへきっぱりと告げ、フラムはぱちんと包帯をカットした。
「あまり大きな傷口ではありませんが咎めないとも限りません。
間接的とはいえ不浄なる屍から受けた傷ですし。どうか用心なさってください」
「ありがとう。恩に着るよ」
いえ、と淡白に返事したフラムは先日見かけたものよりコンパクトなトランクケースに応急キットを仕舞っていく。
と、そこで公園の夜闇にキュッと金属の擦れる音が響いた。蛇口が閉められた音だった。
「フラムちゃん、タオルちょーだい」
「はいはい」
トランクケースから取り出されたタオルを受け取ってナナが髪を拭う。
まだ湿っていたがタオルでは乾ききらないと判断したのか、途中で切り上げて支の方を向いた。
「ま、これで分かったでしょ?下手に首を突っ込むとサクッと死んじゃうぞ~?」
「でも、僕は───」
「でももへったくれもあるもんかい。だいたい今だってアタシたちが来なきゃ死んでたじゃないの。
これは『常識外(アタシたち)』のお話。キミは『常識(あっち)』の人。住む世界が違うんだよ。
あのお姫様の居場所を教えろとまでは言わないからさ。悪いこと言わないからやめとき?」
ナナの口調はあくまで脳天気な調子だったが、表情は真面目にこちらを案ずる真剣なものだった。
………そう。
ミナも側におらず、たまたま彼らが“運良く”通り過ぎなければ支は死んでいただろう。
彼らは悪い人たちではない。
彼らは秩序の調停者だ。魔を滅すると同時に市井の人々を闇へと立ち入らせないものでもある。
支の理屈を納得してもらうのは難しいだろう。
唇を引き結んだ支の横で、「ところで」と唐突にフラムが声を上げた。
「いつ切り出すか迷っていたのですが。───服、思い切り透けていますよ」
へっ、と間抜けに呟いたナナが身体を見下ろす。つられて支も視線が下にいった。
血がだいぶ流されてところどころ薄ピンク色に染まっているYシャツは、水を吸ってぴったりとナナの肌に張り付いていた。
彼女の均整のとれた肢体がこれでもかと強調されている。綺麗にくびれた腰、大きすぎない程度に大きい程よい乳房。
街灯の頼りない照明でさえ、みずみずしい褐色の肌が透けて見えるようだった。
ネクタイを外して胸元を開いていたので胸の谷間さえ顕になっている。生地に浮き出ている細かい凹凸は下着のものか。
Yシャツの色合いが変わっていないから、色はおそらく“白”───!
「───ぎゃあああああ!フラム!上着、上着!支クン、みっ、見ないでぇ!」
瞬間沸騰したナナが胸元やお腹を腕で隠し、人間に気づいた動物みたいな俊敏さで街灯の明かり届かぬ暗闇へと逃げた。
「支さん、あなたはまだ分かっていません。あのぐうたらぽやぽや自制心ゼロの歩くゴジラがいかに制御不能か」
フラムは目の前のパフェをもりもり片付けながらぷりぷりと怒るという器用な真似を行っていた。
支はコーヒーで唇を湿らせながら、たいていの女性は甘いものが好きというのは本当なのだなと益体もないことを考えていた。
「ゴジラは歩くんじゃないかな」
「そういうことではないのです!平気で何処でも煙草をぷかぷかやる!どんな時間でも酒を飲む!
この街にやってきてふらりといなくなったと慌てたら何をしていたと思いますか!
あのじゃらじゃらと雷鳴もかくやという騒音を発する遊興施設で遊戯に耽っているんですよ!
初日ですよ初日!なにが『わぁいお菓子もらえた!フラムちゃんにあーげるっ♡』ですか!
日本は困った国です!あの飢えたシロナガスクジラには誘惑が多すぎます!
…まあ基本的にどの国でも似たようなことをするのですが!
あああ思い出しただけで腹が立ってきました!あの××××頭あーぱー芸術家気取りめぇ…!」
聖職者なら口にしてはいけない汚い罵倒が混じっていた気がするが、聞き流す勇気が支にはあった。
「よくまあ、あれだけの暴力の世話を焼けるね。ナナさんとは長いの?」
どうもこれ以上は良くない。何かこう、噴出してはいけないものが噴出する気がする。
話題を支流へとズラすと、フラムはふむと呟いた。
「それはニ、三年を長いかどうか考えることになりますね。。
なんせナナ様はあのような方ですから私以外は長続きしなかったんです。
今のところは私が最長記録ということになりますから、比較的では長いのではないでしょうか」
なるほど、と支は相槌を打った。
納得は出来る。ナナは騎士どころか人間としても破天荒の類だ。
まるで都会に馴染んだ野生の生き物のような、適応しているのに異質という矛盾が彼女にはあった。
あ、でも、とフラムがパフェの中の白玉を匙で掬いながら言った。
「あんな方ですが、聖堂教会では最も誉れ高き聖堂騎士としてきちんと称えられているんですよ」
「…悪いけれどいまいち信じがたい話だ。素人目に見ても素行不良の女性なのに」
「確かに振る舞いについては敬虔な信徒失格というのは大いに賛同しますが…」
あはは、と苦笑いを浮かべたフラムだったが、次に浮かべた微笑みはそれとはまた違うものだった。
「あの方はどのような戦場であっても真っ先に先陣を切り、最も遅く戦場から帰るからです」
「…」
「性格が違うものなので優劣をつけられるわけではないのですが…。
代行者の聖務と違い、聖堂騎士の戦場とは基本的に“手遅れ”です。
既に状況は最悪のケースへと至ってしまったもの。死徒によって地獄に変えられてしまった地が彼らの戦場です。
主の光を再びその地へと取り戻すため、多数の聖堂騎士が投入され、殉教者は少なくありません。
その死地へナナ様は最も早く討ち入り、最も多くの死徒を滅し、殉教者の遺体が収容されるまで最も長く戦場に留まり続ける。
故に多くの信徒から敬意を集め、あれぞ主の威光が似姿、『虹霓騎士』と謳われているのです」
───口調には僅かながら熱が籠もっていた。
支は少し考えて言葉を選んだ後、確かめるように言った。
「そうか。君は───彼女のことを尊敬しているんだな」
「…普段の自由きままぶりは反省して欲しいと常々思ってはいますが…」
ことりとスプーンを置いて、フラムははにかむような笑顔で支の顔を見た。
「はい。あの方ほど貴き方はいらっしゃらないと、そう信じています」
学校帰りの服装のままに、廃ビルを駆け上がる。
時刻は午後四時。外を降りはじめた雨も気にすることはない。腐りかけの階段を飛び、古びた床材を蹴るたびに上がる黴臭い煙が鼻を突く。
近い。近付いてくる。上から漂ってくる、異常な香りに少し眉をひそめる。それは幾度と無く嗅いできた、そして忘れ得ぬ、ぞっとするような感触。
血の匂い。腐った肉の匂い。───死の匂いだ。
最も匂いの強いフロアが見えて来る。此処だ。頭を出すより先に左手の聖書を開き、右手に刃を充填する。
階段を上りきった瞬間、大部屋の中に四本の黒鍵を投擲し、室内に飛び込む。──残骸。そこには誰もおらず、代わりに、誰のものとも知れぬ人骨とそれに付着した肉がおぞましい腐臭を上げ、床に飛び散った大量の血液が、凄惨な朱色の絵画を描いていた。
申し訳程度に設えられた机の上に乗ったそれが、死徒の低俗な趣向による"食事"の犠牲者であったことは疑いようもない。
この街には紛れもなく、まつろわぬ者どもが跳梁跋扈している……眼前の光景を前に彼女は、実感としてそれを認識した。
「……遅かった」
ここを拠点としていた死徒は既に去ったらしい。天井に空いた大穴はビルの最上階まで達しており、光が差し込んでいる。周辺の瓦礫はさして古くなく、建物自体がつい最近、老朽化によって日光を遮れなくなったのだろう。
注意深く周囲を警戒しながら、人骨に相対する。それは対して食いもせず放置された下半身であり、酷く変色した肉には蛆がわいていた。
無残にも奪われた命に十字を切り、教会に連絡を取る。遺体は彼らが回収し、しかるべき処置ののち葬送されるだろう。
用の無くなった廃ビルを足早に後にする。
死徒の殺しに、基本的に道理は無い。人間はそこを歩いていたために、そこにいたために殺される。そこには正気も狂気もなく、沙汰の外なのだ。人間の法など通用しない。
だからこそ──彼らは、人間が、人間として滅ぼさなければならないのだ。
降りしきる雨に濡れながら、灰色の空を睨む。この街にはどれだけの死徒が潜んでいるのだろうか?検討すら付かない。
此処はあの男が、祖が滅びた街。ここは今やその『空座』を埋めるための饗宴の会場なのだ。世界中から死徒が訪れる博覧会の様に。
「『空座』なんていい名前。ただの血吸い虫のくせに」
「生きてても奪って、死んでからも奪うのね。……おまえは」
冷たい雨が頬を撫でる。高い空を望む深緑の瞳のうちには、ただならぬ決意が宿っていた。