「支さん、あなたはまだ分かっていません。あのぐうたらぽやぽや自制心ゼロの歩くゴジラがいかに制御不能か」
フラムは目の前のパフェをもりもり片付けながらぷりぷりと怒るという器用な真似を行っていた。
支はコーヒーで唇を湿らせながら、たいていの女性は甘いものが好きというのは本当なのだなと益体もないことを考えていた。
「ゴジラは歩くんじゃないかな」
「そういうことではないのです!平気で何処でも煙草をぷかぷかやる!どんな時間でも酒を飲む!
この街にやってきてふらりといなくなったと慌てたら何をしていたと思いますか!
あのじゃらじゃらと雷鳴もかくやという騒音を発する遊興施設で遊戯に耽っているんですよ!
初日ですよ初日!なにが『わぁいお菓子もらえた!フラムちゃんにあーげるっ♡』ですか!
日本は困った国です!あの飢えたシロナガスクジラには誘惑が多すぎます!
…まあ基本的にどの国でも似たようなことをするのですが!
あああ思い出しただけで腹が立ってきました!あの××××頭あーぱー芸術家気取りめぇ…!」
聖職者なら口にしてはいけない汚い罵倒が混じっていた気がするが、聞き流す勇気が支にはあった。
「よくまあ、あれだけの暴力の世話を焼けるね。ナナさんとは長いの?」
どうもこれ以上は良くない。何かこう、噴出してはいけないものが噴出する気がする。
話題を支流へとズラすと、フラムはふむと呟いた。
「それはニ、三年を長いかどうか考えることになりますね。。
なんせナナ様はあのような方ですから私以外は長続きしなかったんです。
今のところは私が最長記録ということになりますから、比較的では長いのではないでしょうか」
なるほど、と支は相槌を打った。
納得は出来る。ナナは騎士どころか人間としても破天荒の類だ。
まるで都会に馴染んだ野生の生き物のような、適応しているのに異質という矛盾が彼女にはあった。
あ、でも、とフラムがパフェの中の白玉を匙で掬いながら言った。
「あんな方ですが、聖堂教会では最も誉れ高き聖堂騎士としてきちんと称えられているんですよ」
「…悪いけれどいまいち信じがたい話だ。素人目に見ても素行不良の女性なのに」
「確かに振る舞いについては敬虔な信徒失格というのは大いに賛同しますが…」
あはは、と苦笑いを浮かべたフラムだったが、次に浮かべた微笑みはそれとはまた違うものだった。
「あの方はどのような戦場であっても真っ先に先陣を切り、最も遅く戦場から帰るからです」
「…」
「性格が違うものなので優劣をつけられるわけではないのですが…。
代行者の聖務と違い、聖堂騎士の戦場とは基本的に“手遅れ”です。
既に状況は最悪のケースへと至ってしまったもの。死徒によって地獄に変えられてしまった地が彼らの戦場です。
主の光を再びその地へと取り戻すため、多数の聖堂騎士が投入され、殉教者は少なくありません。
その死地へナナ様は最も早く討ち入り、最も多くの死徒を滅し、殉教者の遺体が収容されるまで最も長く戦場に留まり続ける。
故に多くの信徒から敬意を集め、あれぞ主の威光が似姿、『虹霓騎士』と謳われているのです」
───口調には僅かながら熱が籠もっていた。
支は少し考えて言葉を選んだ後、確かめるように言った。
「そうか。君は───彼女のことを尊敬しているんだな」
「…普段の自由きままぶりは反省して欲しいと常々思ってはいますが…」
ことりとスプーンを置いて、フラムははにかむような笑顔で支の顔を見た。
「はい。あの方ほど貴き方はいらっしゃらないと、そう信じています」