kagemiya@なりきり

MELTY BLOOD企画SSスレ / 8

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学校帰りの服装のままに、廃ビルを駆け上がる。
時刻は午後四時。外を降りはじめた雨も気にすることはない。腐りかけの階段を飛び、古びた床材を蹴るたびに上がる黴臭い煙が鼻を突く。
近い。近付いてくる。上から漂ってくる、異常な香りに少し眉をひそめる。それは幾度と無く嗅いできた、そして忘れ得ぬ、ぞっとするような感触。
血の匂い。腐った肉の匂い。───死の匂いだ。

最も匂いの強いフロアが見えて来る。此処だ。頭を出すより先に左手の聖書を開き、右手に刃を充填する。
階段を上りきった瞬間、大部屋の中に四本の黒鍵を投擲し、室内に飛び込む。──残骸。そこには誰もおらず、代わりに、誰のものとも知れぬ人骨とそれに付着した肉がおぞましい腐臭を上げ、床に飛び散った大量の血液が、凄惨な朱色の絵画を描いていた。
申し訳程度に設えられた机の上に乗ったそれが、死徒の低俗な趣向による"食事"の犠牲者であったことは疑いようもない。
この街には紛れもなく、まつろわぬ者どもが跳梁跋扈している……眼前の光景を前に彼女は、実感としてそれを認識した。

「……遅かった」

ここを拠点としていた死徒は既に去ったらしい。天井に空いた大穴はビルの最上階まで達しており、光が差し込んでいる。周辺の瓦礫はさして古くなく、建物自体がつい最近、老朽化によって日光を遮れなくなったのだろう。
注意深く周囲を警戒しながら、人骨に相対する。それは対して食いもせず放置された下半身であり、酷く変色した肉には蛆がわいていた。
無残にも奪われた命に十字を切り、教会に連絡を取る。遺体は彼らが回収し、しかるべき処置ののち葬送されるだろう。

用の無くなった廃ビルを足早に後にする。
死徒の殺しに、基本的に道理は無い。人間はそこを歩いていたために、そこにいたために殺される。そこには正気も狂気もなく、沙汰の外なのだ。人間の法など通用しない。
だからこそ──彼らは、人間が、人間として滅ぼさなければならないのだ。

降りしきる雨に濡れながら、灰色の空を睨む。この街にはどれだけの死徒が潜んでいるのだろうか?検討すら付かない。
此処はあの男が、祖が滅びた街。ここは今やその『空座』を埋めるための饗宴の会場なのだ。世界中から死徒が訪れる博覧会の様に。

「『空座』なんていい名前。ただの血吸い虫のくせに」
「生きてても奪って、死んでからも奪うのね。……おまえは」

冷たい雨が頬を撫でる。高い空を望む深緑の瞳のうちには、ただならぬ決意が宿っていた。

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