仏教のお話

Rの会:方便品第二(前半) / 3

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ダルマ太郎 2024/04/20 (土) 20:29:26 修正

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略して開三顕一(かいさんけんいち)を顕す
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言に寄せて権実二智を讃嘆する
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諸仏の二智を讃嘆する
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経:()の時に世尊、三昧(さんまい)より安詳として起って、舎利弗に告げたまわく。諸仏の智慧(ちえ)は甚深無量なり。其の智慧の門は難解難入なり。一切の声聞(しょうもん)辟支仏(びゃくしぶつ)の知ること(あた)わざる所なり。所以(ゆえ)は何ん、仏(かつ)て百千万億無数の諸仏に親近(しんごん)し、尽くして諸仏の無量の道法を行じ、勇猛精進(ゆうみょうしょうじん)して、名称(みょうしょう)普く聞えたまえり。甚深未曾有(じんじんみぞう)の法を成就(じょうじゅ)して、(よろ)しきに随って説きたもう所意趣解り難し。
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R訳:その時、無量義処三昧(むりょうぎしょざんまい)という三昧(さんまい)に入っておられた釈尊は、三昧を終え、静かに目を開かれました。そして厳かに立ち上がられ、誰からの質問も待たずに自ら口をお開きになり、舎利弗(しゃりほつ)に向かって語り始められたのでした。仏の『智慧(ちえ)』は大変奥深く、『真理』はあまりにも深淵であるために、ふつうの人々には真理の内容を理解するのは困難です。しかも、声聞(しょうもん)縁覚(えんがく)の境地にいる全ての者も、真理の意味を正しく理解することができません。仏はこれまでに無数の仏から教えを受け、数々の修行と努力を尽くしてきました。しかも様々な困難や、()き起る全ての煩悩にも打ち勝ち、ひたすら仏の境地に向かって精進(しょうじん)してきました。そしてついに、深淵な『真理』を悟ることができ、あらゆる人々から(あお)ぎ見られる身となったのです。
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太郎訳:その時に世尊は、瞑想から眼を覚まされると、尊者シャーリプトラに告げました。諸仏の得た智慧は、非常に深く、その智慧を得ることは、非常に難しく、智慧の門にはなかなか入れません。一切の声聞の弟子たちや縁覚の弟子たちでは理解しがたい内容です。人々が得ることの難しい智慧を、諸仏が得ることができたのは、仏は、過去に無数の諸仏を敬い、無数の諸仏の元で修行に修行を重ね、努力精進をしたからです。その結果、多くの人々に知られるようになり、尊敬されるようになりました。非常に深く得ることの難しい真理を覚って成仏した諸仏は、人々の機根に応じて教えを説かれましたが、その教えの内容の奥の奥の真意は人々には、なかなか理解できないものでした。
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権実二智とは
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太郎論:権実二智とは、権智と実智、方便と智慧のことです。法華経では、諸仏の二智を讃嘆し、どのようにして人々を覚りへと導くのか、その智慧と方便の具体的な実践を明かしています。
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諸仏の二智を讃嘆する
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