隣家の小さな中庭に
金木犀の花が咲く
毎年、金木犀の香りが
どうしてだか、とても楽しみ
そういえば生家には、金木犀の生け垣があった
小学校にも、校歌に金木犀が出てくるほど
手にいっぱい花をためても
まだまだいっぱい、咲いてたなぁ
金木犀を見上げようとして
その隣の、椿の葉裏に見つけた
セミの脱け殻だった
つやも色もずいぶん褪せて、でも
しっかりそこに留まっていた
季節も、物事も、心のなかも
きっぱりと変わっていくものではないから
ひっそりと留まっているものは
ひっそりとしたままで
四季のすべてを受け止めてある
隣家の小さな中庭に
金木犀の花が咲いている
ご無沙汰しておりました。最近、まったく思わぬところから、ちょりさんの消息を聞き、今日ツイッターを始めて(いまさら 笑)、ここにたどり着きました。
タイトルがぜんぜん決まらず、書いた日付を入れました。。
あと、二連目、三連目がもったりしているなぁと、思いつつ
よろしくお願いいたします
投稿ありがとう。
えらいひさしぶりで、びっくり。
思わぬところ?怖いよ…。うう…。
冒頭と最終二連の姿がうつくしいので、
そのぶん序中盤の取っ散らかり方が
もったいないかなあという印象です。
・「金木犀」問題
さすがにこの尺で6回は目がチカチカするかと。
第二連の3回はそのまま全部言い換え等で削ってしまってもいいかもしれない。
・「いっぱい」
リズムはいいのだけど、
「手にいっぱい」「まだまだいっぱい」と
連打しちゃうと語彙が悲しそうな顔をするので
たとえば「手にあふれるほど」みたく変えるのはどうだろう。
・「と」「留まる」
「しっかり」「留まっていた」
「きっぱりと」
「ひっそりと留まっている」
「ひっそりとしたままで」
が縦に続くとすこしくどいようにおもいます。
ただ、「きっぱり~」以降は畳みかけとして機能しているので、
セミの抜け殻のくだりをもう少し違った表現にしてもいいのでは。
それに「と」三連発をどこかで抜けないかなあ、って。
「ひっそり留まっているものは/ひっそりとしたままで」とか。
「ひっそりと」だとかたい意志をもって留まる、という雰囲気になるので。
気になったのはこのあたり。
それと欲を言えば、なぜ「金木犀の香りがどうしてだか、とても楽しみ」なのか、
金木犀である必然性(季節的なもの?とか花言葉や色とか)、
あるいは「どうしてだか」をもうすこし膨らませられると
奥行が出てくるんじゃないかなとおもいました。
思わぬところ、というのはわたしにとって「思わぬ」だっただけですー。
たぶん人狼つながりなのだと思います。
びっくりさせたりこわがらせたり、ごめんなさい(笑)
留まっている、は、「とどまっている」と読んでいたので
たしかに、ひっそりととどまっている、で横三発、そして縦にも連発
ことばのくどさは意識するようになったのですが
表現の置き方までは気が回っていなかったです。意識してみます。
金木犀の香りだけが楽しみな理由は、自分でもまだ疑問なところです(笑)
以前は、何らかの作品に仕立てなくては!という意識が強すぎて、せっかくの素材にも変に手を入れようとするところがあったと思うので、今回は
あ、香りがしてる、花が咲いたんやなー
「私ってなぜか毎年これを楽しみにしてるよなぁ、なんでやろか」
そういえば、生家や小学校に……
と思いながら金木犀を見上げようとしたらセミの脱け殻を見つけた
を、そのまま書くようにしてみようという試みでした。
でもたしかにここを奥行き出したら、面白くなりそう。
ちょっとやってみます。
あ、人狼。マジか。
ちなみに詩人狼村という企画を主宰してるんだけど、
文月悠光さんをゲストに招いたりけっこうガチで活動してるよー。
あ、香りがしてる~からの
イメージの織り方はすごく自然でいいとおもう。
その自然さをメモや日記の(一種の)平坦さに
しないようなギミックが何ヶ所かあると
いい意味で気負わなさが映えるかなって。
急がないので、リライトたのしみにしてます!