雨の水と同じ温度の花の香り
どこから?と四ツ辻を見わたす
芳香に気づいてから花の姿に会うまでの
こころの浮遊
持っていてはいけない物を持っていて
檻に入れられ檻から出された男が書いていた
「沈丁花の香りが懐かしかった」
気の触れた妻と死闘、酒に溺れ、
それでも還ってきた妻と
暮らしを取り戻した男が書いていた
「中庭の沈丁花を見るたびに今年も生き延びたとおもう」
沈丁花
この漢字三文字
じんちょうげ
弦をじいんと鳴らすような響き
ジンチョウゲ科のジンチョウゲ
薄紅の差した
四弁花の小さな集合体の姿
男たちの安堵はこういうかたちで
春の世界にあらわれる
そのかたちと出会うまでの
男たちのこころの浮遊
雨の水と同じ温度の花のにおい
どこから、と四ツ辻を見わたす
かぐわしさに気づいてからその姿に会うまでの
こころの浮遊
持っていてはいられないものを持って
ひさかたぶり、檻から出された男が書いていた
「沈丁花の香りが懐かしかった」
気のふれた妻と、溺れたのは誰、
それでも還ってきたひとと
木々に触れるように
暮らしを取り戻した男が書いていた
「中庭の」
「沈丁花を見るたびに今年も生き延びたとおもう」
沈丁花
この漢字三文字
じんちょうげ
弦をじいんと鳴らすような響き
ジンチョウゲ科のジンチョウゲ
薄紅の差した
四弁花の小さなあつまり
かさなりあってここで心音になる
男たちの安堵はこういうかたちで
春の窓に首をもたげる
その輪郭と出会うまでの
かたくもやわらかなこころの浮遊