きくくち

沈丁花 / 1

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雨の水と同じ温度の花のにおい
どこから、と四ツ辻を見わたす
かぐわしさに気づいてからその姿に会うまでの
こころの浮遊

持っていてはいられないものを持って
ひさかたぶり、檻から出された男が書いていた
「沈丁花の香りが懐かしかった」

気のふれた妻と、溺れたのは誰、
それでも還ってきたひとと
木々に触れるように
暮らしを取り戻した男が書いていた
「中庭の」

「沈丁花を見るたびに今年も生き延びたとおもう」

沈丁花
この漢字三文字
じんちょうげ
弦をじいんと鳴らすような響き
ジンチョウゲ科のジンチョウゲ
薄紅の差した
四弁花の小さなあつまり
かさなりあってここで心音になる

男たちの安堵はこういうかたちで
春の窓に首をもたげる
その輪郭と出会うまでの
かたくもやわらかなこころの浮遊

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