非常に残念だが、この喧嘩界では未だに価値のあるディベートが確実にできるとは思えないね
ここにいるほとんどの人間が否定という行為ばかりが先行してしまっている
そんな中でありながらやはり詠み人知らずにはビビったな
この部分には同意だけど、
この発言は、まさに先進的な喧嘩界にあるべきソレだ。
相手の発言を読んだ上で、賛成できる点、反対できる点を精査し、磨き上げ、洗練された一言を話す。この行為を息を吐くようにできる人間が何人いるのかという話だ。
価値のあるディベートとはこういう姿勢が肝要だ
ああ…本当に残念だ。さっきこそ「説得」を重視する書き方で言い寄ったがここからは俺の本音を書かせてもらおう。刺さる部分もあるかもしれないが心して聞くがいい。
喧嘩大会など本来なら恥ずべき行為だ。
まったくわけがわからないよ。
何のために言い争う?
無益だと思わないか。
そのことに自覚もなく喧嘩を行っている奴は例外なくバカとしか言いようがない。
喧嘩大会で有益なやり取りができるかどうかは参加者の民度による。そこでしっかり意義のあるやり取りをできるかどうか。
前回大会の準決勝のkain VS 天音が意義のある試合であったことは周知が一致する意見…とまでは言わないが、少なくとも俺から見たら意義のあるものだったぞ。そこに意義をみいだせるかどうかは読み手によるが。
喧嘩大会だろうと喧嘩界だろうと、参加する人によって吉とも凶とも出る。
ここからは有意義かどうかを中心に据えた話になるが
例えば、「喧嘩界に行けば俺を更なる高みへ連れていってくれるだろう」とか、「喧嘩大会に意義なんてないだろう」とか、こういうことを言い出す人は、喧嘩をするべきではない
喧嘩をして何か特別なスキルや知識を得られると思っている人は、喧嘩をするべきではない
喧嘩さえすれば喧嘩側から意義が湧き出てくる(意義が湧き出てくれないんだったらやらねーよ)と思ってる人は、喧嘩界に来るべきではない。
そういう人らは、喧嘩をして何かを身につけられるようなレベルではないと思う。(レベルと言っても、どちらが高いとか低いとかの話ではないが)
喧嘩をして意味が降ってくるなんて、消えちゃうキャンディ
で金箔入りを引き当てるようなものだ。
木の根っこにつまずくウサギを待ちぼうけするようなものだ。
普段の何気ない日常風景からでも学び、吸収できるような人間は、きっと喧嘩の時間も有意義に過ごせるだろう。
一見自分には関係ない、自分には意味がないようなことでも進んで取り組もうとする人間は、喧嘩でも意義を勝ち取れる人間だろう。
いわゆる、“雑魚”と呼ばれているような人間からでもいいところを吸収し、自己の研鑽に結び付けられるような人間は、喧嘩する意味のある人間だ。
そういう意味では、雑魚だ雑魚だと周りを罵り続けた挙句に「まともな奴が全然いない!」とか言い出す奴は、意義の観点からしたらかなり無駄な時間を過ごしているだろうな。ほとんどの喧嘩師がそんな感じだと思うが。
あとは、たまーに喧嘩や論争をしてみて「あ、俺なんか頭のいいことしてるな」と思うような人。
こういう人はただ気分転換してるだけ。場合によっては不愉快な思いをして引っ込むこともありえるし、気分転換としての喧嘩なんて意義を考えたらもってのほか。
飯食ってジム行った方がはるかに気分転換になる。やったことない人は1度やってみよう
まあだから、意義とは与えられるものだと思ってる人はそれこそ学校行って本読んで仕事でもしてた方がいい。
なんでもないようなことから意義をもぎとれる人にこそ、喧嘩界をオススメしたい。
それこそリアルだけでは出会えないような様々な人が言葉というツールを使って考えを主張しているからね。普通に考えたら学びだらけだよ。
もちろん、学ぼうとしてる人からすれば、だけど。
意義がない、もしくは意義を疑ってる人、それから「喧嘩さえしてれば有意義なんだ!」と思ってる人にはのっけからオススメしません。