【第四回】
ここはバトルコロッセオ。日夜行われる英霊たちの戦いに観客たちが熱狂し、それを見て王は満足する歴史ある闘技場である。
観客たちは次の試合はまだかまだかと騒いでいたが、対戦カードが発表されると途端に静まり返った。
マスターであるトリグと彼女のサーヴァントであるアサシンである追い剥ぎソロヴェイが北の門から入場してくる。
対する対戦相手であるロゼ・パトラシェクと彼女のライダーであるヴィズリルが南の門から入場する。
両者は向き合い、鐘の音とともに二組による試合が始まった。
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まず最初に動いたのはアサシンだった。彼は口を大きく開き息を思いっきり吸い込む。そして―――
「~~~♪!!!!」
彼の口から大音量で放たれた歌声は衝撃波となり、会場全体を揺るがせた。
あまりの爆音に耳を塞いだ者もいれば気絶する者もいた。
そんな中でもロゼはなんとか耐えきり、一歩前へ出る。
「……ふんっ、それがどうしたっていうのかしら?」
彼女は不敵な笑みを浮かべながらそう言う。
それに対し、アサシンはまたも大きく息を吸う。しかし今度はすぐには撃たなかった。
代わりに彼は、歌うように喋り始めた。
「♪~」
その声色はまるで天使のような慈愛に満ちたものだった。だが、それを聞いている内にロゼは徐々に気分が悪くなっていくのを感じた。
(なにこれ……。頭がくらくらして……。立ってられない!)
立っているのも辛くなりその場に座り込んでしまう。
それを好機と捉えてか、アサシンはさらに言葉を紡ぐ。「♪~~♪~~~♪♪♪」
それは次第に歌へと変わっていく。そしてそれに呼応するように観客たちが次々と倒れていく。
そしてついにはロゼ自身も意識を失ってしまった。ライダーは倒れた彼女の体を受け止め、そのまま抱きかかえる。そして歌い続けるアサシンを睨みつけながら静かに呟いた。
「許さないぞ。僕のマスターを傷付けた罪、万死に値する!」]
「!?︎」
アサシンはその言葉を聞き、咄嵯にその場を離れようとしたその時だった。彼の胸元に衝撃が走り、そのまま壁まで吹き飛ばされる。壁に叩きつけられ床に崩れ落ちた彼は、自分が攻撃されたことに気づく。しかし、何が起きたのか分からなかった。何故ならその一撃は彼の予想以上に重く、彼が受けたダメージは決して軽くはなかったからだ。
「逃すわけないだろう?」
ライダーの声と共に再び彼に衝撃が走る。今度は反対側の壁にまで吹き飛ばされた。それでも何とか受け身を取り、即座に立ち上がる。自分の状態を確認すると、攻撃を受けたであろう箇所を中心に体が痺れていた。まるで強力な電流を浴びせられたような感覚だ。
「…………」彼は声を出すことすらできず、ただ黙って立ち尽くすしかなかった。すると、目の前にライダーが現れる。そしてゆっくりとした動作で彼に向かって手を伸ばしてきた。
次の瞬間、凄まじい電撃が彼を貫いた。それは先ほどとは比べものにならないほどの威力であり、全身を焼かれるような激痛に襲われる。だが、そんな状況でもなお、彼は必死に耐え続けた。この程度の痛みならば耐えられる自信があった。だが、それすらも甘かったと思い知らされることになる。
ライダーは更に手に力を込める。すると次第に体に力が入らなくなっていく。
(これは……まずいな)既に意識も薄れ始めておりこのままでは確実に死ぬだろう。
彼はこの状況を打開するために全力を振り絞り抵抗を試みる。アサシンのマスターであるトリグは何かに気付いたのか慌てた様子だった。
しかし、もう遅い。ライダーはアサシンの体から手を離すと彼の体は力無く崩れ落ちた。そのまま床に転げ落ち、うつ伏せの状態になり動かなくなる。その様子を見て、ライダーは呟くように言った。「これで終わりですか……。呆気ないものですね。まぁ良いでしょう。僕の勝ちです。約束通り貴方には死んでもらいます。恨むなら自分の不運さを恨みなさい。」
そう言うとライダーは彼の体を持ち上げようとした。その時、突如として倒れていたはずの彼が起き上がり、手に持っていたナイフで斬りかかって来たのだ。
不意打ちを受けたライダーはそのまま吹き飛ばされてしまう。
そして再び立ち上がり今度はしっかりと構えを取る。「ほう……まだ動けるとは驚きましたね。でも残念ながら無駄ですよ。今ので分かったはず。僕に勝つ事は出来ないんです。諦めてください。」
それを聞いた彼は不敵に笑いこう言い放った。
「確かにお前さんは強いだろうな。だけどな、俺はただの盗賊じゃないんだよ!!『小夜吼鳥(ソロヴェイ・リーク)』!!]
その瞬間、彼の声は衝撃波となってライダーを襲う。
「ぐぅっ!?」
咄嵯に腕で防御するも、その衝撃は凄まじく、思わずよろけてしまう。しかし、そんな事は関係ないとばかりに追い討ちをかけるように彼は叫ぶ。
「『小夜曲(セレナーデ)』!!」
その声は空気を震わせ、ライダーの鼓膜を破り、脳までも揺さぶる。
そして次の刹那、その声は指向性を持ち、まるで弾丸のように放たれる。ライダーはその一撃を辛うじて避けたが、それは余りにも予想外だった。
何故なら、その声はライダーに掠りもせず、そのまま後ろにあった壁を撃ち抜いたからだ。しかしそれだけでは終わらない。
声はそのまま空気を切り裂いて直進し、闘技場の壁に穴を空けて消えた。同時に、壁の穴の先に居た観客たちがバタバタと倒れていく。
それはさながら、超音波によって脳を揺すられたような感覚。何が起きたのか、誰も理解できなかった。
そしてただ一人、ライダーだけは笑みを浮かべていた。
「これは……凄まじいですね」
「これが……アサシンの宝具……」
トリグが呟く。どうやらあの音響兵器じみた一撃は想定外だったらしい事が分かる。だが、それで終わりではなかった。
「おい、まさかアレが全部だとでも思ってんのか?」
そう言って、追い剥ぎソロヴェイは懐から新たな楽器を取り出し構えると再び吹き鳴らす。今度は先程より幾分か音量が小さいがそれでも十分すぎる程の威力を持っていた。
「なっ!?︎」
それにいち早く反応したのはライダーである。その声を聞いた瞬間、ライダーは即座に行動に移した。
彼は、自分の耳を押さえると同時に走り出した。
ライダーは今度こそ確信した。この音には間違いなく精神汚染効果がある。しかもかなり強力なものだ。
(まずいな。このままではまともに動けなくなる。せめて一刻も早く決着をつけなければ!)
ライダーは走る速度を上げる。そして一気にアサシンとの距離を埋めると拳を振りかぶった。だが、そこに待ち構えていたのはアサシンではなく、トリグであった。
「馬鹿め!」
そう言うとトリグはその手に持ったナイフを投擲する。
ライダーはそれを弾き落とそうとするが、その隙を狙っていたかのようにアサシンが斬りかかってきた。
咄嵯に身を捻ってそれをかわすものの、避けきれず左腕を切りつけられる。
「ぐっ!?」
痛みに耐えながら体勢を立て直そうと足を踏み出すと、そこにはすでに別のナイフが迫ってきていた。なんとか体をひねり直撃を避けるも肩口に刺さる。そのまま壁際まで吹き飛ばされた。
壁に叩きつけられて崩れ落ちるように地面に膝をつく。そんなライダーを見てトリグは勝ち誇るように叫んだ。
「はっはー!!」「見たかこの力!」「戦いは数だよ兄貴ぃ!!」
その叫びを聞いてロゼは唇を噛む。
ライダーが負けた。いや、まだだ。まだライダーは負けていない。あの程度の攻撃でライダーが倒れるはずがない。
そう思い、ライダーへと視線を向けると、ライダーは膝を突き息を荒げていた。その身体は傷だらけで血を流している。明らかに満身創痍だった。
「はあッ……はあっ……」
「おいおいどうしたライダー」
「っ、まだだ。僕は諦めない。マスター、下がっていて下さい。僕も少し本気を出します。……あまりやりたくなかったんですけど」
「大丈夫なの?」
「はい。この距離なら十分です。―――来なさい、『嵐の王(リネアール)』。」そう言ってヴィズリルが手を伸ばすと、虚空から大剣が姿を現す。
そしてライダーが大剣の柄を握ると同時に、大剣がバチバチという音を立てて稲妻に包まれていく。
ライダーが立ち上がる。稲妻を纏った大剣を構えるその姿はまるで神話の英雄のようであった。
ライダーはアサシンを睨みつける。
そして、一瞬の溜めの後、雷光となって飛び出した。
ライダーの雷速の突撃に対して、アサシンが反応できたのは奇跡と言ってもいいだろう。
だが、それでも完全には避けきれず、ライダーの一撃は肩口を掠める。
ライダーはすれ違いざまにアサシンの腹を蹴り飛ばす。蹴り飛ばされたアサシンは大きく後ろに吹き飛ぶが、すぐに体勢を立て直す。
だが、雷光の速度を乗せた大剣の斬撃を受けたことで、その肉体からは煙が上がっている。
ライダーが再び駆け出す。今度はアサシンが迎え撃つように構える。
だが、ライダーは途中で軌道を変え、壁際に立つロゼの元へ走る。
突然のことに驚くロゼを無視して、そのまま抱えて大きく跳躍する。
直後、それまで立っていた場所に無数のナイフが突き刺さり、爆発する。
ライダーが着地したのは観客席の最前列。観客たちは何が起きたのか分からずざわめいていた。
これはアサシンのマスターであるトリグたちの放った攻撃だ。ライダーは客席最前列から飛び降りると、地面すれすれまで姿勢を低くして走り、またもや急加速でアサシンの背後を取る。
だが、振り向き様に放たれた拳がライダーの顔面を捉え、大きく仰け反らせる。
「ッ!?」
ライダーは即座に腕を振り上げ、肘鉄を放つ。
だが、それは囮だった。
カウンター気味に入った筈のライダーの一撃が、逆にアサシンの脇腹に叩き込まれる。
アサシンの身体が折れ曲がるように浮き上がり、地面に転がった。
「がっ、あああ!」
アサシンは悲鳴を上げながら転がり、やがて止まる。
そして顔を上げると、そこにはいつの間にか距離を詰めてきたライダーの姿があった。
起き上がろうとするアサシンの頭を踏みつけ、その動きを封じる。
「ぐぅ、あ……!!」
ライダーはそのまま足を滑らせ、アサシンの背中に体重をかける。
ミシミシという音が聞こえそうなほど強く体重をかけられ、苦しげな声が上がる。
そして『嵐の王(リアネール)』が振り落とされる。それは一瞬の出来事だったが、それでも十分すぎるほどの時間だった。
アサシンの右腕が肩から切断され、宙を舞う。
鮮血が舞い、観客たちの歓声が上がった。
しかしライダーは油断しない。
まだ、終わっていないからだ。
ライダーは足に力を込め、思い切り蹴り上げる。
ライダーの蹴りは、そのままアサシンの首へと叩き込まれる。
首の骨の砕ける嫌な音と共に、アサシンの意識は闇に沈んだ。
自らのサーヴァントであるアサシンを失ったトリグたちは、苦々しい表情を浮かべてその場から走り去っていく。
ライダーはそれを追おうとはせず、その場に佇み、辺りの様子を窺っていた。
ふと、観客席の方を見ると、ロゼがこちらを見て笑っているのが見えた。それに軽く手を振り返すと、彼女は驚いたように目を丸くする。
そんな彼女に対して、ライダーは大きく口を動かして笑いかけるのであった。