・アルハンブラ宮殿への旅行のあと、繰り返し模様の作品に挑戦しはじめた。ライオンに似た動物やこうもりで埋め尽くされた織物を作製して展覧会を開いたが、不成功に終わる。一度は繰り返し模様の作品製作を断念した。
・1934年 2回目のアルハンブラ宮殿訪問をはたした。旅行後 結晶学者であった兄から『結晶学時報』を読んでみるように勧められ、平面を同じ図形で埋める方法(平面充填)を研究した。
・エッシャー自身は自分の絵に何か寓意がこめられていると思われることを嫌っている。「自分は芸術は進歩するものではない、前の時代の画家が残してくれたものからスタートするものではない、作家が原点から出発して作品を作っていくのだと思っていた。」と語っている。作品が同時代のどの様な流れにも分類されないのは、そのような態度にも関係しているのかもしれない。
・「粘り強く一つの分野に取り組む職人」であった。
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