ペナトピ・Deracine版

セイバーメトリクス・データ・統計・確率 / 21

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USA 2023/05/21 (日) 08:37:53 修正

最近野球の時間はあまりとれないが、このトピも更新しないと。

今回の話題は、MLBの「ルール改正テスト」と盗塁推奨対策

MLBでは、NPBでは見られないルール改正テストが常時行われている。
いきなり、ルールを改正する前に、マイナーリーグで改正する項目を数年かけてテストして結果を見る。結果次第で、MLBのルールブックを恒久的に書き換えるかを決定する。

合理的な方法で、日本の二軍のように単なる「一軍以外選手」の所属場所とは違った、より「ダイナミック」な下部リーグの活用だ。

あまり知られていないが、日本の野球規則は、MLBのそれの翻訳に過ぎない。野球の国際大会を開くためにはルールの統一は仕方ないが、NPBからMLBにルール改正の申し入れがなされたとか、MLBがNPBに諮問をするなどということはない。ここは完全にMLBが世界の全てのリーグの上に立っている。下部は上の決定を受け入れるだけだ。

ここ数年話題になっているのがStolen base=盗塁。
セイバー的に言えば、成功率7割を楽に超えなければ盗塁にはゲインがない。Batting Runの考え方で、盗塁成功は+0.168の価値、盗塁失敗は、ー0.384である(とは、盗塁一回成功で0.168点が入り、失敗すれば、0.384を失うということ)。だから、±ゼロ=損益分岐点は、0,168 x A+ (-0.384) x (1-A) = 0で算出される。A=0.695ということは、成功率7割でもって収支トントン。これでは作戦として採用できないから、少しでもプラスになるためには、7割5分は欲しいし、8割ならこれは推奨するというのが、現在のMLBの考え方。

「並みに足の速い」選手程度では、走れば走るほど減点になる。タイガースなら近年なら赤星だけが合格だ。だから、MLBの盗塁数は、近年激減している。2012年、企図4300ほど、成功3400ほど、成功率75%ぐらいだったのが、2020年には、企図3000程度、成功2300程度に低下した。成功率は75%前後と変わっていない。大きなゲインは見込めないし、怪我も怖い、だから走らせない、それがMLBの趨勢だった。

しかし、試合中の動きがなくなればゲイムの興奮が薄れる。だから、MLB機構は、盗塁という「絶滅危惧種」を復活させる方法をここ数年模索している。

極端なアイディアもあった。
投手とホウムプレイトの距離を変える(距離を長くすることで、投球が捕手に届く時間を長くする)、2塁をホームから遠くするなどもあったが、流石に野球というゲイムの根幹に係る。ある距離感で育ってきたプレイヤーを突然違う「環境への移動」をさせると順応は簡単でなないだろう。例えばピアノのサイズを10%大きく(つまり鍵盤の幅を10%広げる)と、訓練されたピアニストほど弾けなくなるだろう。あるレヴェルから先は鍵盤など見ない。その位置を感覚的につかんでいるからだ、だから、音程の跳躍もやすやすとこなせる。これが別の位置になったら、もう一度新しい鍵盤で感覚を取り戻すことはほぼ不可能に近い。

そこで、現在の球場の様々なオブジェクツ=塁、フェンス、間の距離、を変えずにどうやって盗塁を容易にするか?
盗塁とは、塁間をどれだけの時間で移動できるかで成否が決まる。

だからリードを大きくとったり、投手のモウションを「盗ん」で、スタートを早く切るわけだが、ダイアモンドの寸法そのものを変えずとも塁間を縮めることは可能だ。一つが、ベイスのサイズ自体を大きくする。お化けベイスではないが(苦笑)、3インチずつ大きくする(このこと自体は、数年前テストされ、2023年からMLBに採用された)。そして、更にセカンドベイスについてはポジションを変える。従来なら、中心がベイスライン上にあったのを、ベイスラインの内側に引っ込める(これは、今年度後半マイナーでテスト予定だ)。

これで合計15センチほど距離が変わる。もちろん、あまり短くして誰でも楽々盗塁になったら元も子もないから、現在のトップ走塁選手たちが、コンマ数秒を稼げるようになることで、ほんの少し(実際の数字はおそらく算出されているだろうが、公開されていない)成功率が上がる(成功か失敗かはクロスプレイを見ていると本当にコンマ数秒の差ではある)ことをインセンティヴとして、ティームが盗塁適合者に敢行させることを意図している。

これだけでは、足りないから、投手側に牽制の制限を強化する。走者が累上に入る時、牽制、ないし牽制動作(プレイトから足を離す)は2回までしか許されない。このことに関しては、ダルヴィッシュが今年早速その餌食になった記事がある。

新ルールに戸惑い…ダルビッシュ痛恨ボーク ベンチの指示「ピッチアウト」が誤って「ピックオフ」と伝達 - スポニチ Sponichi Annex 野球
今季からMLBで導入された「DISENGAGEMENT RULE」でパドレスのダルビッシュ有投手(36)が16日(日本時間17日)、7回4安打1失点と好投しながら2敗目を喫した。「DISENGAGEMENT(離脱、解放状態、撤回) RULE」は意訳すれば、「投球動作の撤回に関してのルール」だろうか。マウンド上で、一人の打者と対峙している間、プレートを踏んだ投手が、プレートを外したりけん制できる…
スポニチ Sponichi Annex

このDisengagement(打者への投球から「離脱」する行動)への制限は、現行だと走者が進塁すればリセットされる。だが、マイナーでテストが予定されているのは、進塁してもリセットしないオプションで、これだと、走者がずるがしこく、一塁で投手から2回のDisengagementを誘えば後は、走り放題になる。それだけ、投手は頭を使わないといけなくなるし、逆に油断している走者を、捕手がピックオフするなど、頭脳的戦略がより必要ともなる。

さて、これらのルール改正の結果、MLBでは今年になって盗塁成功率が83%に到達したという中間報告がある。これなら、各ティーム、喜んで足のある選手を走らせるはずだ。シーズンが終わってみて、盗塁企図数、成功数がどのように変化するか楽しみだ。

また、ベイス自体を大きくするのは、塁上の接触を防ぎ、怪我の防止という役目もある。

この他にマイナーでテストされているのは、継続中の「AIアンパイア」だ。ボールストライクコールは、マイナーではすべてAIと人間並行で、投手、捕手、打者は、一試合に3回まで、人間審判のコールに対し、AIにアピールできる。更に、ゲイムそのものをAI任せでコールさせるという試合もマイナーリーグの一部で行われることになっている(というか、数年前から一年に数試合とはいえ、マイナーの一部でこれを実際にやっている)。

総じて、US文化は、日本文化と違って盗塁でも「秘伝の技」にはしない努力が払われる。盗塁が難しい理由を解析し、それに対処する。日本語のバカチョンをIdiot proof=「知識を持たない人間でも失敗しない」と形容するが、凝れば文明進歩の原理だ(スマートフォンやタブレットの普及は万人が認める操作の容易さ故)。特定のエリートにだけ通用するシステムではなく、MLBという組織に属する「平民(つまりすべての選手)」にとって障壁があるならそれを除こうという思想だ。日本の盗塁マスターは「投手の間や動作を見破る」とか必ず個人芸に帰着し、そのスキルを共有しない。だが、その結果、「秘伝」になった技は、選り抜きの選手の専有物になり、いずれ絶滅危惧種になる。システムそのものを変えるというUS流の考え方には、人間全体の進歩という論理があるわけだ。

NPBも、大胆に「ルールの改正実験」をするようになるべきだし、そうやって獲得した独自の知見をMLB機構に提案し、それがMLB、ひいては全世界のルールブックの改正に繋がる、そういう時代が早く来ないものだろうか?

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