RoundTable

無の証明は本当にできないのか / 55

63 コメント
views
51 フォロー
55
詠み人知らず 2019/11/27 (水) 05:29:05 >> 53
  • 人生のストーリーすべてが完全に記録されていて何も悪事を働いていなければ無実は証明できる
  • 同一時間に同一人物が1人しか存在しないことすら証明できないし、発展的には、シミュレーション仮説の可能性まで考慮すればもう証明のしようがない
  • 我々の行っている証明は、数学上のものでさえも「ユークリッド幾何学」等の仮定の上で成り立っていることを忘れてはならない

こんな感じで『あらゆる主張は例えそれが公理と呼ばれるほど自明な内容であっても完璧ではない』みたいなベースラインで話してたヤツの口から
まさかまさか「無実を主張する場合、頑張って認めさせようとするだけでいい」なんて見解が飛び出すとは思ってもいなかったわけよ。

監視カメラの映像や目撃者の証言、押収したスマホのデータや採取されたDNAなどの物的証拠から「太郎くんが盗撮犯である蓋然性が100%の近似であることの証明」を突きつけられたとしても
あくまで論理的な観点から見るなら「全く同じDNAを持つ人間が複数いる可能性を完全には否定しきれないので、その証明はあくまで仮説に過ぎません」みたいな反論が通っちゃうよね~完璧な証明って不可能だよね~・・・っていうベースラインで話してるつもりだったんスけど?

もう一度聞くけど、上記の水準(論理的に突き詰めていく方針)において、無実であることの蓋然性をどうやって高めればいいわけ?

「無実かどうかは分からない」に対して「否、無実である!」と否定的立場をとるのであれば
推定無罪などの法的な公理には頼らず現代論理の視座から答えを追及していくのであれば
遅かれ早かれ証明する必要性が出てくる

・・・というのが俺の意見なわけだが、理解してるか?

「"◯◯するのに××が必要"なとき、"××がなかったら◯◯はできません"」ってことになる

これは正にその通りなんだけど、俺が指摘してるのは「〇〇」の部分(条件)に関する掘り下げなわけで。
論理的考察を突き詰めていけば、『主張としての最善策(証明の完遂)』が必要となる領域に遅かれ早かれ到達するだろうが。

「三角形の内角の和は180度とされているが、それは仮説であり実は違うかもしれない」という不完全性定理に則った論理的結論に対して「否!三角形の内角の和は180度ではないことが明確だ!」と完 全 否 定する場合、どうやってその意見の蓋然性を高めればいいわけだ?
おい、答えてみろ?

社会通念上の正論だとかそういうステージを軽く超越し、シミュレーション仮説の可能性さえ考慮するほど厳密な論理的視座から無罪か否かを考察する、という水準において
「無実を主張する場合は頑張って認めさせようとするだけでいい」・・・ってオイオイ何だそれ

ベースラインをそこまで引き下げるのであれば、そりゃ証明する必要なんてねーよw

通報 ...